内定式
第13話「会長との最終面接」
「本当の最終面接……?」
諏訪は思わず聞き返した。
「はい。」
伝説の就活生は、穏やかに微笑んだ。
「会長はね、誰にでも会うわけじゃない。」
「僕なんかが、本当に会っていいんでしょうか。」
「それは会長が決めることだよ。」
その言葉に、不思議と緊張が増していく。
すると、人事部長が静かに一枚の封筒を差し出した。
『株式会社アルティメット人事部』
最終面接のご案内
面接官 会長
所要時間 未定
持ち物 いつものあなた
「最後だけ、やたら優しい!」
「弊社で最も難しい試験です。」
「何をするんですか?」
「誰も知りません。」
「最後までそれか!」
翌日。
諏訪は、会社の最上階へ案内された。
創業から一度も開かれたことのない扉。
その扉には、小さな文字でこう書かれていた。
『会長室』
『ノックは三回まで』
『四回目は少し寂しいです』
「会長、意外とかわいいな!」
諏訪は深呼吸をして、三回ノックをした。
コン、コン、コン。
「どうぞ。」
とても優しい声だった。
扉を開く。
そこにいたのは、一人の老人だった。
白いシャツに、古びたカーディガン。
どこにでもいそうな、穏やかな老人。
「初めまして、諏訪くん。」
「は、初めまして!」
「座って。」
諏訪が椅子に座ると、会長は温かいお茶を淹れてくれた。
「お砂糖は?」
「二つで。」
「私もだ。」
「そこ一緒なんですね。」
二人は少しだけ笑った。
しばらく沈黙が続く。
諏訪は思った。
(質問されないのかな。)
五分。
十分。
二十分。
それでも会長は何も聞かない。
ただ、楽しそうにお茶を飲んでいる。
「あの……。」
「何かな?」
「面接、始まらないんですか?」
「もう始まっているよ。」
「やっぱりか!」
「君は、沈黙をどう感じている?」
「少し緊張しています。」
「どうして?」
「何を話せばいいか分からなくて。」
会長は優しくうなずく。
「それでいい。」
「え?」
「人はね、沈黙が怖い生き物なんだ。」
「……。」
「だから、無理をして何かを話そうとする。」
「確かに。」
「でも、何も話さなくても、一緒にいられる人もいる。」
会長は少しだけ窓の外を見た。
「私は、そういう会社を作りたかった。」
「何も話さなくても?」
「うん。」
「失敗しても。」
「何もできなくても。」
「立ち止まっても。」
「明日また来ればいいと思える場所。」
諏訪は、この会社のことを思い出していた。
失敗を笑ってくれる人たち。
何歳になっても新人でいられる人たち。
観葉植物が部長になるような、おかしな会社。
でも、そのすべてが、この人の願いだったのだ。
「では、最後の質問です。」
会長が初めて、面接らしい言葉を口にした。
「君は、どうして働きたい?」
諏訪は考えた。
昔なら、「お金のため」と答えていたかもしれない。
あるいは、「認められたいから」と答えていたかもしれない。
でも、今は少しだけ違っていた。
「僕は……。」
「うん。」
「誰かと笑っていたいです。」
「……。」
「たくさん失敗してきました。」
「うん。」
「就職活動も上手くいきませんでした。」
「うん。」
「それでも、この会社に来てから、毎日笑っているんです。」
会長は何も言わずに聞いていた。
「誰かの役に立てるような立派な人間じゃありません。」
「……。」
「でも、僕が笑ったことで、誰かが少しだけ元気になれるなら。」
「うん。」
「そんな働き方ができたら、幸せだと思います。」
部屋は静かだった。
時計の音だけが聞こえている。
そして会長は、今までで一番優しい顔で笑った。
「満点だ。」
「え?」
「私が聞きたかった答えはね。」
「はい。」
「実は、なかったんだ。」
「ないんですか!?」
「うん。」
「君が、自分の言葉で話してくれれば、それで十分だった。」
諏訪は思わず笑ってしまった。
「最後まで、この会社らしいですね。」
「ありがとう。」
会長は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。
そこには大きく書かれていた。
最終面接結果
合格
諏訪貴信
採用理由
『あなたが、あなただったから。』
諏訪は、しばらく言葉が出なかった。
学歴でもない。
資格でもない。
能力でもない。
ただ、「あなたが、あなただったから」。
それが、この会社の答えだった。
会長は最後に、小さくつぶやいた。
「諏訪くん。」
「はい。」
「おかえり。」
「……え?」
「ずっと待っていたよ。」
その言葉の意味を、この時の諏訪はまだ知らない。
そして、「地上最強の就活」は、ここで終わる。
いや――。
ようやく、本当の始まりを迎えるのだった。




