内定
第12話「伝説の就活生、現る」
「地上最強の就活生……?」
諏訪は思わず聞き返した。
「はい。」
社長が静かにうなずく。
「創業以来、会長がたった一人だけ、自ら採用を決めた人物です。」
「そんな人がいたんですか?」
「いました。」
「今は何をしているんです?」
「誰も知りません。」
「またそれか!」
人事部長が古びたアルバムを机の上に置いた。
表紙にはこう書かれている。
『極秘 第一期新卒採用記録』
諏訪は恐る恐るアルバムを開いた。
そこには、一枚の集合写真があった。
創業当時の社員たちが笑顔で写っている。
しかし、一人だけ顔にモザイクがかかっていた。
「何でですか?」
「本人が恥ずかしがったそうです。」
「伝説なのにシャイなんだ!」
さらに資料を読む。
・面接回数 365回
・内定回数 48回
・不採用回数 92回
・採用辞退回数 16回
・入社回数 3回
・退職回数 4回
「計算が合わない!」
「弊社でも合いません。」
「調べてください!」
さらに驚くべき記録が続いていた。
・社長を三回経験
・平社員を五回経験
・アルバイトを二回経験
・観葉植物部のお世話係を十年経験
「キャリアが自由すぎる!」
最後に、会長の手書きのメモが残されていた。
『この人は、誰よりも失敗した。』
『そして、誰よりもよく笑った。』
『だから採用した。』
部屋が少しだけ静かになる。
『能力があったからではない。』
『才能があったからでもない。』
『人の失敗を笑わず、人と一緒に笑える人だったからだ。』
諏訪は、その言葉を何度も読み返した。
「それだけで採用したんですか?」
社長は少しだけ笑った。
「弊社にとっては、それが一番難しいことなんです。」
「……。」
「人は自分の失敗には厳しいですから。」
「確かに。」
「だから、誰かが失敗したときに、『大丈夫ですよ』と言える人は、とても強い人なんですよ。」
諏訪は、この会社に来た日のことを思い出していた。
二百社落ちた就職活動。
何度も「自分には価値がないのではないか」と考えた日々。
それでも、この会社だけは、自分のツッコミや笑顔を評価してくれた。
少しだけ胸が熱くなる。
その時だった。
社内放送が流れる。
「緊急連絡!緊急連絡!」
「嫌な予感しかしない!」
「伝説の就活生が、本日来社しております。」
「えぇぇぇ!?」
社員たちは大騒ぎになった。
「二十五年ぶりだ!」
「本当に実在したのか!」
「伝説は本当だったんだ!」
社長は慌ててネクタイを直している。
人事部長ですら、少しだけ緊張していた。
「諏訪さん。」
「はい。」
「会いに行きましょう。」
「はい!」
応接室の前に着く。
社長が静かに扉を開いた。
「失礼します。」
そこに座っていたのは――。
白い髪の、一人の老人だった。
穏やかな笑顔。
少しだけ猫背の、小柄な男性。
とても伝説の人物には見えない。
老人は諏訪を見ると、にっこりと笑った。
「初めまして。」
「は、初めまして!」
「君が諏訪くんだね。」
「どうして僕の名前を?」
「会長から聞いているよ。」
「会長と連絡取ってるんですか!?」
「昨日、一緒にプリンを食べた。」
「共犯者だ!」
部屋中が大爆笑に包まれる。
老人は笑いながら言った。
「君は、自分のことを特別な人間だと思うかい?」
「いえ、全然。」
「失敗したことは?」
「山ほどあります。」
「泣いたことは?」
「あります。」
「たくさん笑った?」
「はい。」
老人は、とても優しい顔でうなずいた。
「それなら大丈夫。」
「え?」
「もう君は、この会社に一番向いている。」
「僕がですか?」
「うん。」
「どうして?」
老人は少しだけ遠くを見るような目をした。
「だって、この会社はね。」
「?」
「完璧な人のための会社じゃない。」
「……。」
「失敗しながら、それでも明日を楽しみにできる人のための会社なんだ。」
諏訪は言葉を失った。
老人は最後に、小さく笑って言った。
「それに、君はまだ気づいていないだろうけど。」
「何をですか?」
「君、入社した初日から、みんなを笑顔にしているよ。」
諏訪は何も言えなかった。
この会社に来てから、ずっと自分が笑わされていると思っていた。
でも、本当は違ったのかもしれない。
誰かを笑顔にしていたのは、自分だったのかもしれない。
そして老人は、誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
「会長が、君に会いたがっている。」
「え?」
「そろそろ、本当の最終面接の時間だ。」
諏訪の「地上最強の就活」は、まだ終わっていなかった。
それは今、ようやく始まろうとしていたのである。




