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就活するは我にあり  作者: 諏訪貴信


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入社

第14話「ようこそ、地上最強の会社へ」


春の風が、社長室の窓から静かに吹き込んでいた。


「おかえり。」


会長のその一言が、諏訪の胸の中に、ずっと残っていた。


(どうして、初めて会った僕に『おかえり』なんて言ったんだろう。)


諏訪は、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「こちらこそ。」


会長は、いつものように穏やかに微笑んだ。


「では、最後の手続きをしようか。」


「入社手続きですね!」


「うん。」


「何枚くらい書類がありますか?」


「ないよ。」


「ないんですか!?」


「もう採用は終わったからね。」


「そんなにあっさり!?」


会長は、一枚の紙を諏訪へと手渡した。


そこには、たった一行だけ書かれていた。


『あなたは、誰かを笑顔にできますか?』


「これは?」


「弊社の社員証だよ。」


「社員証!?」


「忘れそうになったら、読んでほしい。」


「……。」


「誰かを笑顔にできた日も、できなかった日も。」


「はい。」


「自分を嫌いになりそうな日も。」


「はい。」


「この会社は、君の味方だということを忘れないでほしい。」


諏訪は、言葉を失っていた。


就職活動とは、誰かに選ばれることだと思っていた。


誰かより優れていることを証明することだと思っていた。


でも、この会社だけは違った。


「君は、何者になりたい?」


そんなことは、一度も聞かれなかった。


「君は、どんな人?」


ずっと、それだけを聞かれていたのだ。


翌日。


諏訪は、新人社員として初めて出社した。


「おはようございます!」


「新人社員の諏訪です!」


すると社員たちが、一斉に立ち上がる。


「おめでとうございます!」


「ようこそ!」


「待ってました!」


「ツッコミ部の新入社員だ!」


「そんな部署ありませんよね!?」


人事部長が静かに書類を差し出す。


辞令


諏訪貴信


新人社員(永年)


兼 ツッコミ部部長


兼 観葉植物相談役


兼 笑顔推進室室長


兼 社長の話し相手


「仕事が多い!」


「残業は?」


「ありません。」


「珍しくホワイト!」


「定時になったら、社長を置いて帰ってください。」


「社長がかわいそう!」


すると社長が泣きそうな顔になった。


「私だけ、いつも一人なんだ。」


「ちょっとかわいそうだった!」


会議室は笑いに包まれた。


その日の昼休み。


諏訪は、一人で屋上へ出た。


青空を見上げる。


一年前の自分なら、想像もしていなかっただろう。


二百社落ちた就職活動。


自分には何もないと思っていた日々。


何者にもなれないと思っていた自分が、今ここにいる。


すると、会長が隣に座った。


「どうだい?」


「不思議な気分です。」


「うん。」


「僕、本当にここにいていいんでしょうか。」


会長は、少しだけ笑った。


「諏訪くん。」


「はい。」


「君はね、ずっと勘違いしている。」


「え?」


「人はね、何かになったから価値があるわけじゃない。」


「……。」


「何者にもなれなくてもいい。」


「何も持っていなくてもいい。」


「ただ、生きていてくれたら、それでいい。」


「……。」


「君が笑ったら、誰かが笑う。」


「君が誰かを大切にしたら、その人も誰かを大切にする。」


「それだけで、人は十分に素晴らしいんだよ。」


諏訪の目に、少しだけ涙が浮かんだ。


「この会社はね。」


「はい。」


「就活をする会社じゃない。」


「え?」


「人生に疲れた人が、少しだけ笑って帰っていく会社なんだ。」


春の風が、二人の間を静かに通り過ぎていく。


その時だった。


社内放送が流れる。


「緊急連絡!緊急連絡!」


「最後くらい静かに終わってください!」


「観葉植物執行役員が、新たな葉っぱを二枚出しました!」


「めでたい!」


「その功績を称え、本日付で副社長への昇進が決定いたしました!」


「早いって!」


「なお、社長は降格となります。」


「何で僕だけ!」


会長が大笑いしている。


諏訪も、思わず笑ってしまった。


きっと、人生は思い通りにならない。


失敗もする。


遠回りもする。


だけど、それでも笑える日があるのなら。


それは、とても幸せなことなのかもしれない。

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