飛騨高雄〜象が可愛い〜
「一緒の部屋で寝る」
と、言った割に綾氏は、僕が寝付けるまで宿内を散策していたみたいだ。
「すると、本当にこの門から晶公は堂々と入ってきたということですか! ヒヤアすごい!」
などとどうやら、宿の従業員に案内をさせているらしい。
彼の声は、実によく通る。
だから僕の部屋にも聞こえてくるのである。
他に宿客がいたら揉め事になっていただろう。
彼の声のせいで変な夢を見た。
意味は違うが白昼夢だ。雪の降り荒ぶどこまでも真っ白い道を、ひたすら歩いている。
一人ではなく、自分の前、自分の横には誰かおり、全員が息を切らせてそれでも歩いている。
ところで自分は、いや、自分達は今まで、どこで何をしていたのだろう?
ガシャガシャと隣からも後ろからも聞こえる音は、歩くたびに身につけている鎧が鳴っている音であり、
ふと隣を見れば、並んで歩いている者の顔中に真っ赤なものがついている。
手に重さを感じ、見てみれば《《ささらの如く》》欠けて所々こぼれ落ち、形が歪み、鞘に収まらないのだろう刀を手に携えていた。
視界を正面に戻すと、前を歩いている男は兜をつけておらず、背の低いが体格のがっしりとした、見るからに強そうな侍が歩いていた。
彼はこちらを振り向くことなどしないが、背筋はしゃんと伸び、道の真ん中を堂々と、我々の先陣を切って歩いている。
先ほどまでの自分達のしてきた事を思い出そうとすると恐ろしい気もするが、
彼の背中を見ていればなぜだか安心を得ることができた。
* * * * *
朝食は車中だった。というのも、宿に料理人はおらず、秋綾では軍用の食堂も労働者用の食堂も外の人間はお断りとのことだった。
まあ……普通に考えれば朝の四時から営業している食事処などあまりないわけだが。日本人の感覚では。
そこで携帯食が出てくるわけだ。
例の『ウマドン』を避けられたわけだが、ここでなぜだか寂しく思えてしまっている自分がいる。
芋と牛乳なんて、日本で食べられるじゃないか。などと感じている。
……自分も段々と京に染まっちゃいないだろうか。心配になってしまった。
車は、豪雪地帯を抜け、雪を降らす分厚い雲が遠くに見える。
我々は、本当に何もない草原をひたすら南に進むと、車が停まった。
どうやらタイヤを交換するらしい。
親父を車に残し、見渡す限りの緑の景色から腰をかけられそうな大きさの石に座る。
今から向かうのは『飛騨高雄』。
位置的には首都『荒神』を西に見る隣接都市と言っても良いのだが、この二つの都市を隔てる巨大な山脈のせいで直進できる道はないのだそうだ。
この山脈の、西側の麓に首都、荒神があるなら、東側の麓に『飛騨高雄』。
つまり山を、都市が挟んでいる。
徳島を北とする『縦四国』で言うところの、勝浦町のあたりだろうか……。
ところで、綾氏たちからもらった『旅のしおり』によると、今いる草原地帯のちょうどすぐ東に『噴沙』という街があるそうだ。
おそらくここからとても近い。なのに立ち寄ろうともせず、話題にも出さないということは、それなりの理由があるのだろう。
すなわち彼らのいう『虚民区』ということだ。
この、『荒神』と『飛騨高雄』を地図で見比べてみて、どうしても違和感を感じてしまう。
というのも、どう考えても普通は都市の立地から、直通道路を作るものだと思う。
山一つ挟んだ首都。
山道が無理ならトンネルを掘れば良いのではないだろうか?
彼らの技術力を以ってすれば、まず簡単なはずだ。
直通がないのであれば移動経路は、僕たちが通ってきた上八間を経由する北回りのルート。
もう一つが、仙神堀を含む二都市を経由する南回りのルート。
どちらも山脈を迂回する、大変遠回りのルートだ。
これではお互い不便なのではないだろうか?
なんだろう? わざわざ行くほどの価値のない都市ということだろうか?
立地的に辺境地というわけでもなさそうだし、荒神の人にしたって大陸の西側に出るならトンネルがあったほうが便利だと思うのだが。
僕が大陸の地図を睨んでいると、いつの間にか横に立っていた綾氏が……
「了様。今から向かう『飛騨高雄』でございますが、都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち十。
まあ立地的にも、荒神と山を挟んだ反対側にあることから『首都の影』と呼ばれてますな」
「……それ以外は?」
「それ以外!? えーと……あ、象の生息地としての一面もありますな」
象!?
「……野生のですか?」
「いいえ、育てて管理しております。もちろん野生も居るには居るでしょうが。
何せ『飛騨高雄』といえば、象牙が名産ですから」
「え、見てみたいです。象」
昨日の謎の豪雪地帯から、車で数時間のところに生息している変な象。そりゃあ見たくもなるだろう。
「え? は、はい。まあ、養象場は都心部の隣ですので。
市長との挨拶が済んだら、散歩してみましょうか」
* * * * *
飛騨高雄は、まあそんなに都会ではない。
建物もまばらで、車も人も少ない。
しかし、なぜだか軍人を多く見かける気がする。
車は、南西に進み、巨大で威圧的な山脈に近づいていくわけだが、山に行けば行くほど兵士を多く見る気がする。
都心部が山の麓と考えれば当然といえば当然だろうが、それにしてもこんなに兵士が主張してくる街なんてあっただろうか?
「飛騨高山に暮らす人の実に四分の一は兵士にございます。
まあ、虚民区が隣にあると言う理由と、首都への玄関口の都市、『京浜大志』の隣接都市ですので」
と綾氏は言うが、ならばどうして山の麓の都心部に兵隊が集中しているのだろう?
どうしても防衛しないといけない何かが都心部にあるのだろうか?
……山の麓の都心部?
僕はもう一度旅のしおりを読んで、確信した。たぶん間違っていないと思う。
おそらく、本当に荒神との直通の道はあるのではないだろうか?
しかしそれは、京国民全員が知っていて使える道ではない。
案外、荒神の将軍府の役人や、偉い軍人が、緊急で東に逃げないといけない時のための避難通路でもあるんじゃないだろうか?
もちろん勘だけど、現状一番納得のいく答えだ。
それを綾氏が僕に説明しないのは、他国民には知らせてはならない情報なのかもしれない。
* * * * *
その後、僕たちは都心部に着いた。山道に向かう道へは、露骨に軍用のトラックが何台も通っていくのが見えた。
そして市長と親父を引き合わせた頃には昼過ぎになっていた。
『ウマドン』をしっかりいただく。
そして昼過ぎにして仕事を終えた僕たちは、珍しい僕のリクエストで象を見にいくことになった。
それは同じく山の麓、都心部の隣の養象場であった。
京人の平均身長は、日本人より低い。それがどのくらい関係しているのかわからないが、
象も非常に小さかった。
高さは、大きいものでも僕と同じくらいの……まあ、僕が知ってる象と比べたら実にミニサイズだ。
子供の象なのか聞いてみたら、これで大人の雄なのだという。
しかしちゃんと牙は持っている。
人懐こく、長い鼻を僕の頭にくっつけようとしてくる。京人から言わせるとこれは挨拶なのだそうだ。
……可愛い。
牙は少し怖いけれど、優しい顔の人間慣れしている小さい象だ。
これもその気になれば観光客が観にくるのに……
しかし京の人というのは、自国をみだりに人に見せびらかすのを嫌う性格なのかもしれない。
まして、飛騨高雄という国が外国人に知られてはならないような秘密を持っているところであれば。
僕が、小さい象と戯れていると……
「ええと、了様。今日はこのまま宿に参ります。
明日向かう場所ですが、ここも京国を語る上で欠かせない、歴史的に重要な場所。『京浜大志』にございます。
公式印象句は『戦争してるか商談してるかどっちか。人がごちゃごちゃしすぎて何人と喋っているのか分からなくなる街』です!」
僕は象と戯れあいに興じ、綾氏が何を言っているのかあえて耳に入らないようにしていた。




