秋綾〜脳味噌がバグる都市〜
想像以上の絶景だった。
湖の彼方から、真っ赤な太陽が登り、それを湖面が反射している。
聞こえるのは風の音と鳥の鳴き声。
肌寒さがあるが、全く気にならなかった。
京国に来て、初めて観光らしい観光をした。
……なんならここから出たくないな。とすら思ってしまった。
この湖が見える家で、生涯静かに暮らしたい。
そう思わせる魅力が『八間湖』にはあった。
* * * * *
宿に戻ってみると、運転手二人が準備を済ませて待っていた。
……車が変わっている。
具体的に、タイヤがスタッドレスになっている。
なんで!?
あれ、南半球って、四季が日本と違うんだっけ?
イヤそうだとしてもここは位置的に赤道が近いんじゃないのか!?
そんな豪雪地帯がこの大陸にあるわけがないだろう。
頭に疑問符を乗せたまま、僕らを乗せた車が走る。
「了様。これから参ります『秋綾』は、大陸最北端の都市として知られています。
都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち七。
まあ、田舎の街でございます」
『秋綾』は徳島を北とする『縦四国』では、少し例えづらい。
というのも、四国の徳島は東側が『く』の字に欠けているので、
縦四国に当てはめてしまうとそれは、存在しない湾上の都市になってしまう。
「雪が積もっているんですか?」
「まあ……『秋綾』といえば常冬の都市ですので。
実は私も実際に行くのは初めてなんですよね」
そのくらいの辺境地ということだろうか。
「というより、なんの意図があってここに都市を作ったのか、理由が曖昧な地でもあるんですよね。というのも、秋綾の近くは真水が無い物でして。
都市は川沿いに作らないと発展しないことを、建国期の人間は知っていたはずですから」
「そうなんですか?」
「はい。建国期の人間は、京人のルーツですから、非常に賢いんですよ」
……自分で言うんだ。自虐も言うのに、愛国心の物差しがわかりづらいな。
「『秋綾』も原始石が取れますので、その採掘のためだけに無理やり作られた都市なんじゃないかと言う説もあります。
ですから首都に比較的近いのにも関わらず、都市が成立したのは建国期の中でも後期と言われているんですよ」
綾氏の言葉をよそに、僕は道沿いの八間湖を見ていた。
……多分、この湖が僕の旅のハイライトだなあ。少なくとも京国では。
僕がそんな事を考えていた時である。
前の席の、寡黙な運転手達のうち、助手席に座っている人間が……
「綾氏様、そろそろ……」
と珍しく声をかけてきたのだ。
「わかってる。了様、ええと……こちらをお召物の上に羽織っていただいて……」
そう言われて渡された紙袋の中には、ダウンのジャンパーと長ズボン、ニット帽、耳当て、手袋が入っていた。
* * * * *
目に映る、全てのものが白かった。
白い家、白い壁、白い道路。雪。
僕は言葉を失った。
ここからたかが二千キロ北には、常夏の島ハワイがある。
目の前の情景が、理解の範疇を超えていた。
頭を抱えていると、僕の疑問を流石に察した綾氏が……
「そうなんですよ。これまでも、各国の政府の方に一応、一通り大陸のことは説明するのですが、『秋綾は一年通じて豪雪地帯』と言っても誰も信じませんでしたな」
「そらそうでしょうよ! え、世界中の科学者とかが沢山来てるんじゃないですか!?」
「いやあ……『秋綾』に来た大陸外の方は了様が初めてだと思います。
京国はリヒトと違って閉鎖的ですから」
でしょうよ。
「我々といたしましては、『秋綾』のイメージはもう、これ。と刷り込まれてしまっているものですから。……やはり珍しいのですか? 豪雪地帯は」
「大陸の位置関係がおかしいんですよ! 赤道の真下ですよ!?
僕が研究家だったらここに永住します!」
「あ、『秋綾』にでございますか!? 京の人間でもそんな事言いませんよ!?
……こういうことを自国の人間がいうのもなんですが……もう少し暮らしやすい場所にした方が……」
「そういう事を言ってるんじゃないんですよ!」
早速、八間湖のインパクトが軽く吹き飛んでしまった。
* * * * *
生活している人間の職業は、中心がやはりウラン採掘の労働者。そして一応、北端の都市ということで軍隊も常駐しているらしい。
綾氏の話だと……
「まあ配属先としては一番人気がない都市です。理由は、まあ、お察しの通りでして。生活の大変さが挙げられます」
すると、珍しく運転席(確か横井さんだったと思う)から声が聞こえてきた。
「それと原鉱でしょ」
横井さんがそういうと綾氏は一間おいて頷いた。
「うーん……駐留軍と原子石探鉱者の関係が良好でないのも挙げられますね。正直」
「同じ街で暮らしていて仲が悪いんですか?」
「どうも彼らは……ここは自分の街だという思いに縛られているのですよ」
綾氏の言う『彼ら』とは、ウラン採掘現場の労働者の事を言っているのだろう。
僕は思ったことを口にした。
「でも、実際国を動かしているエネルギーは原子石なんでしょ? ならそこの労働者が胸を張るのは当然なんじゃないですか?」
いっぺんに車内の空気が静まり返った。
まあ、こうなることは覚悟の上だったが。
綾氏の声は低くなる。
「まあそのエネルギーを使用しているのは我々なのであってね。
それに京国民たるもの、地元ではなく国に忠を尽くすものですから。
いかに過酷な環境だろうが、勤労だろうが、国の事を思えばこそですから。
だのにここの労働者は小さい集団の中に忠を尽くしている。異端の京人です」
『異端』と言い切った。
「ですので、念の為今日は同じ部屋で宿をとらせていただきます」
「え? なぜです?」
「まあ、万が一が、ありますからな」
車は『秋綾』の都心部に入っていく。
まだ昼のはずだが、大雪が降っており薄暗く、街灯が灯っている。
都心部と言っても建物もまばらで、人は歩いていない。黒っぽい白が積もっていく物憂げな景色だ。
これでも赤道の真下の国だ。
そして僕は妙なものを見つけた。
京にも、車の走る車道があるなら当然、その両脇には歩道がある。
車道を挟んだ両側の、歩道の塗装が違うのだ。
片方は緑で、もう片方は赤である。
「左右で道の色が違うのは?」
「……まあこの地では軍人と労働者がギスギスしております。
ですから道を分けるしかなかったのですな。
京には、日本で言うところの警察という組織はありません。軍が治安維持装置です。
その軍もここは数が少ない。だから揉め事を少なくするため、合理的な処置を行うしかなかった。そう聞いてます」
誰もいない薄暗い真昼の歩道。赤い道を、赤いツナギを来た人がビニール傘をさして歩いている。
京の人にしては背が高いと思ったからかもしれない。追い越す時に顔を覗き込んでみたら金髪で、僕や、綾氏の顔とは明らかに人種が違っていた。
大陸で初めて見るタバコから、煙を吐いていた。
運転席の横井さんが露骨に舌打ちをした。
「堂々とあんなものを。奴ら『赤線上』はリヒト領だと思ってるんです。度し難い」
すると、低い声で綾氏が。
「マアこちらは送迎中だ。今回は見逃してやりたまえ。横井君」
* * * * *
「こんな場所まではるばる、ようこそお越しくださりました。秋綾の市長を勤めております。綾政にございます」
疲れた顔の壮年男性だった。
「ああ、こちら様が、幸雄様でございますね。まさかこんな場所までお越しくださるなんて……
……『秋綾』の人口の、四分の一が兵隊と採掘場の労働者です。労働者のうちの半分が、リヒト系京人です。
……ここ数年はリヒト系京人の人口が増えているので、もうすぐ労働者の数はリヒト系の人間が半数を越え、治安も年々悪くなる一方です。
もっと軍の取り締まりを強化してほしい所なのですが……」
今のは大きな独り言だろうか? 愚痴だろうか?
綾氏が割って入る。
「綾政殿。気持ちはわかるが今日は要件が違う。
今は幸雄様の面前なるぞ。軍務への陳情は然るべき組織に伝達せよ」
「は。これは、失礼をいたしました」
綾政さんは『ニ』のポーズを作り、深々とお辞儀をして、市長室に去っていった。
そしてわざと僕達に聞こえるように……
「何度取り合っても『どこも人手不足』だの…… ……原子石は京の背骨だというのに……」
と独りごちた。
赤道真下の雪国は、皆疲れた顔をしていた。
* * * * *
「了様、本日の旅館ですが、イヤアすいません。私のわがままでどうしてもここに来たかったのです!」
突然、綾氏の顔に生気が戻る。
車が停まった宿の名は、『車山屋』
「有名な所なんですか?」
「エエ! 京人なら誰もが読んだことのある物語や、講談の舞台になった場所です。
第一次大戦のことでした。
ここ車山屋は、リヒト軍の間者による拠点があったそうなのです。
それを大雪の中、たった数人で壊滅させたのが……
英雄、竹中晶公にございます! イヤア日本風に言うと、聖地巡礼というやつでしたっけ? 来てみたかったのですよ! 感慨深い、感慨深い……」
聖地巡礼なんてそんな言葉よく知ってたな。
「……明日は何時起きですか?」
「はい! えー明日向かう場所はですね……『飛騨高雄』
距離は離れていませんが、道中準備がありますので四時起床といたしましょうか。
公式印象句は『首都の影は象の楽園! 象牙が欲しけりゃここに来い!』です!!」




