上八間〜老人を引き寄せる都市〜
その町の顔、とはなんだろう。
例えばその町に旅行に行く。そしたら何を以てその町の顔と呼べるだろう?
ホテルとは考えられないだろうか。
ようは旅行客にとっての拠点になるわけだから、旅の思い出に確実に寄り添う施設だ。
そこの景色。そこで受けたちょっとしたサービス。匂い。雰囲気。
であればどんな国だって、ましてそこが首都であるならばホテル・サービス産業に国をあげて力を入れるはずである。
しかし例外がある。それが京だ。
もう期待も何もしていなかったが、というより、薄々勘づき始めているが……、
この京人という方々は、格好は戦国、考え方は昭和、生活感は未来世紀ディストピアというアンバランスな生き方をしているのだ。
生活感がディストピアと言い切れるのには確信があって、それは出会う全ての人々から感じる全体主義感である。
全員が共通の何かを盲信していて、それに依存し、そのために生きることを美徳としている。
つまり身内だけで……少なくとも今は全てうまく回っていると、彼らは思っているのだろう。
そうなると自然と、客をもてなすなんて感覚は薄れていくのかもしれない。
出てくる料理はどこも一緒。温泉なんてものはない。
むしろアクティビティだけ充実しているのが、「客人なら身なりに気を配れ」という無言の圧を感じる。
遠くに目を配れば美しい山、牧場の景色。涼やかな川の音など、風情を感じることはできるが、やはり歓迎されていないという前提に乗っかってしまうと、見える景色が歪んでしまうのだ。
そう考えると綾氏はよくやってくれている。なんというか、ものすごく頑張って気を遣ってくれているのを感じる。
そして、僕にそんな京国という場所を案内するという仕事の大変さがひしひしと伝わってくる。
* * * * *
今日行く上八間という都市は、荒神からさほど離れておらず渋滞も少なく、見るところも少ないというので、久しぶりにゆっくりできた。
朝は『ウマドン』親の顔よりみた『ウマドン』
熟睡後の心地よさを全て台無しにする獣臭さ。
羊さんやお馬さんにしたって、どうせ食われるならもっと美味しく調理してもらいたいんじゃ無いのか。などと考えるのは、ここには僕しかいないのだろう。
とは言え食わないと、ここから数時間何も食えない可能性もあるので、内臓に鞭を打って食うわけだが、ここで京の人に習ってみた。
味わうのではなく、目の前の綾氏や、ドライバーさん達のように腹にかっこむのだ。
すると、不思議と食えた。大陸に来て四日か五日。僕はようやく朝ご飯の食べ方を覚えた。
* * * * *
荒神、仙神堀、隅扇島といった大都市から北に離れることになるので、道が混むことはまず無いのだそうだ。
その前情報を聞いていたが、荒神を北に一歩でも離れると確かに車は一台も走っていなかった。
というより人間がいなかった。
大都市と聞いていたけれど、ようは人口のほとんどが都市の南側に集中しているのだろう。
あるのは進行方向の左手に馬の牧場。右手に養羊場。どちらも馬鹿らしいほど広大だ。
……今朝食べたものを想像して気まずくなるのは、多分僕だけなのだろう。
僕はなるべく外を見ないようにした。
眼前に広がる威圧的な山は北に向かって続いており、この山に沿って進んだ先に『上八間』はある。
地図アプリと『旅のしおり』の大陸地図を見比べてみたところ、
徳島を北に見る『縦四国』でいうところの『北島町』と言ったところだろうか。
「今から向かう上八間といえば、うーん、そうですねえ……」
端末と睨めっこをしながら綾氏が手を顎に添えて考え事をしている。
……この人は本当にわかりやすい人だ。
明らかに玉隅に向かう時や、荒神に向かう時と露骨にテンション感が違う。
本当に何もない場所なのだろう。
「まあ、『原子石』ですかね」
「『原子石』?」
「ええ。大陸のエネルギー源ですね。日本にも同じものがあると聞き及んでおりますが……?」
それを聞いて、ようやくわかった。
「原子力発電所ってことですか?」
「そうです。その資源となる『原子石』の採掘場があるんです。
原子力は、実は建国期には発見されていたという説があるのです。
発見した時の科学者達の衝撃は、それはそれは凄まじく『神の力』とすら評したと伝えられています」
僕は思わず、旅のしおりを開いた。一頁目だ。
ラギの歴史区分。
・建国期(大陸一周期)
・第一次絶滅期(原因は火山の噴火による寒冷化)
・復興期(他大陸からリヒト人が入植)
・大戦期(少なくとも過去四度の大戦があったのを確認)
・第二次絶滅期(原因は不明)
・再現期(建国全盛期の姿が『地球』で再現。理由は不明)
建国期というと最初も最初じゃないか。
その頃から核が発見されていた? その後四回も大戦が起きている?
「……第一次大戦時には核兵器があったということですか?」
「ああそうでは無いのです。ラギの歴史はその後の絶滅期で一度終わってますので。
あ、ほら、丁度今見えているあの山です!」
綾氏が窓の外を指差した。
「見えますか? 山脈の中に一つぽっこりと顔を覗かせておりますでしょう?
あれが活火山でして。
今でもしょっちゅう噴火するものでして」
と、綾氏が言った瞬間に車が上下に揺れた。
はじまった。悪路だ。
「もっとも、絶滅期に起きた噴火は、連鎖爆発ですのであの宗登山だけでは無いです。玉隅の『有山』、現リヒト領にあった山々まで同時に爆発し、火山灰が大気を覆い尽くして大陸から太陽を奪ったんです」
「そこからどうやってここまで取り戻したんですか?」
僕的には、この質問は綾氏が喜ぶ部類だと思っていた。
しかし……
「えーっとですね……」
などと突然歯切れが悪くなる。
どういうことだろう? 自分でもあまりよくわかってないということだろうか?
いや……この顔はそうじゃないな。知ってて濁している顔だ。
僕は、蘭の下の方。
・第二次絶滅期(原因は不明)
・再現期(建国全盛期の姿が『地球』で再現。理由は不明)
の、間を指差した。
「……ここで何があったんですか?」
「どう……でしょうねえ」
「はっきり言ってくださいよ。親父が関係してるんでしょ?」
ちょっとカマをかけてみた。
すると綾氏の口の端が引き攣ったのが確かに見えた。
視線は一点を見つめているようで実は何もみていない。
……図星だ。
「どう……でしょうねえ」
なるほど。まだ言うなと上から言われているのだろう。
そして何かしらのタイミングでそれが打ち明けられる日がやってくるのだろう。
いずれにしてもこうなってしまっては、綾氏はシラを切るマシーンにしかならない。
僕の旅は完全に、この人たちの敷いたレールの上を進んでいて、そこからはみ出したところで僕にはなんの利益もない。
……まあレールの上にも益がそれほどあると思えないが。
少なくとも大人しくレールの上を進んでいるうちは、無事に日本には帰してくれるだろう。
僕はそれ以上、綾氏を追及するのをやめた。
* * * * *
今までは、山だの川だの団地倉庫だの、何かしらはあった。
しかし、本当に何もない草原地帯を車は走っている。
遠くには山がみえ、反対側には地平線が続くのみだ。
寒い。気がつけば窓は閉められていて、暖房がつけられていた。
「えー、今から向かう上八間と言う都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち七。
お察しの通り、田舎の街でございます」
確かに。首都から少し離れたところに、こんな田舎町があるもんだ。
「それと特徴といたしましては……住民の年齢層の中心が極端なことですかね。
ここは、国境から離れていると言うこともありまして軍事基地がないものでして。
それと原子石の炭鉱労働者。あとはともかく、ご老人が多い」
「それはまたなんで?」
「老後にここ、上八間で畑でもやりながら静かに暮らす。みたいな理想を持っている人がいるみたいですよ?」
老後に?
え、こんな風が強くて寒くて、活火山が近くにあってウランの採掘場があるような場所が老後に人気!?
「暮らしやすいってことですか?」
「さあ、どうなんでしょうね。私の同僚にも、引退したら故郷には帰らず上八間に行きたいなどと申すものもございますが、
それがどうしてなのか本人達にもわかってないものでして」
え、怖。引き寄せられるってこと?
意味がわからん。というか、京に来てから意味がわかったことの方が少ない。
僕は理解を諦めた。
* * * * *
都心部に近づくにつれて、建物がポツポツと並び始めるが、市庁についても大きな企業らしき建物はなく、
こじんまりとした箱が点々と続く。こうやってみるとむしろ、荒神では無愛想で圧のすごかった建物が、上八間ではかわいらしく見える。
市長さんも、優しい笑顔の穏やかなおじ様だった。
それも嫌味のない自然な笑顔だった。
……京人でこんな人っていたんだ!? と驚いてしまった。
日本人の偏見に、北の人は笑わない。と言うものがある。
それは寒さで表情筋が固まってしまっているからだの諸説あるが、実際に北陸の人はクールな印象だ。
それが、あくまでも偏見だったのだと思い知らされた。
そして、用事は昼過ぎまでに済んでしまった。明日行く場所が少し大変な場所らしく、運転手の方二人組はここから準備があるということで別行動をとった。
綾氏と二人きりにされてしまった。すると……
「じゃあ……取り立てて何もない街ですが、一応名所がありますので、お疲れでなければ見に行きますか?」
* * * * *
「……っ!!」
息を呑んでしまった。
都市部から歩いて行ける距離に、巨大な湖があったのだ。
背中には稲田が広がり、その奥に向かって陽は沈んでいく。
そして茜色を湖面が反射し、その上を鳥が飛んでいく。
思いもしなかった絶景に言葉を失ってしまった。
「『八間湖』ですね。えーと……ちなみにですが、こちらの映像がですね。この場所から朝焼けを撮影したものなのですが……」
綾氏が端末を見せてきた。
一面、豊かな水の蒼と、茜が湖面で交わって、その上を太陽が登っていく。
「綾氏さん」
「は、はい。なんでございましょう」
「これ、明日見れませんか?」
「この映像の景色をにございましょうか!? ええと、大丈夫だと……思います。
意外だったな。まさかこの地を気に入っていただけるとは思ってなかったものでして……」
気に入るもなにも、大陸に来て初めて良かったと思った瞬間だ。
なんだあるんじゃないか!! 観光地は!!
こんな夕日と朝日とのどかな時間を楽しめるなら、そりゃあ老後には人気だろうよ!!
表情筋だって思わず緩むだろうよ!!
それを本人達がわかってないのだ!!
……やっぱりズレてるんだ。京の人たちは。
それにしてもすごい景色だ。一生、見ていられるかもしれない。
日本に帰ったら、日本人に京の他の都市はどれも勧められないが、ここ上八間の夕日は見ておけ。と言いたくなる。
「ええと、ついでですので……明日の予定を。
明日行く都市は『秋綾』という都市でして。
えー、公式印象句は『大陸最北の街! 京のはみでもの!? 寒すぎて暮らしている人の気が知れない』でございます」
……人が景色に浸っているのに、憂鬱になることを言うのは野暮だよ。
やっぱりズレてるんだ。京の人は。




