荒神〜京国首都は壁ばかり〜
ジジジジジジ……
深夜の宿に響いたその音は、日本では聴きなれない音だった。外から聞こえてくるようだ。
そして、窓の外を染める空色の眩い光。
体は疲れていたが、明らかな異常事態が起きていると感じた体が勝手に目覚めてしまう。
窓に近づき、カーテンを開けた。そこには……
「わ……うわああああ!!!」
目の前の景色に圧倒されて、僕は思わず腰を抜かせてその場にしゃがみ込んでしまった。
ほんの数秒後、部屋にノックの音が鳴り響いた。
「了様! 綾氏です! いかがなさりました!!」
僕は気を取り直して立ち上がり、部屋の鍵を開けた。
入ってきた綾氏に、窓の外を指す。
巨大な機械の塊が、窓の外にいた。
綾氏はそれを見て、
「おお。やっとりますなあ」
と、むしろ若干嬉しそうに窓に近づいた。
その態度に、危険なものではないのだろうと判断した僕は一緒に窓の外を見た。
この宿は、優に二十階を越える高さの建物だ。
……機械の塊はそれよりも大きい。
もちろんそんな大きさのものが、公道を車輪で移動する訳が無い。
それは二つの足で、海の方に向けてゆっくり歩いていた。
このジジジジ……という音はこの機械の起動音なのだろう。
気味が悪いのは、そんな巨大な重機が《《歩いて》》いるというのに、
大きな足音もしなければ、地響きもなく建物が揺れもしない。
「綾氏さん……あれがもしかして……」
「はい。我が国防兵器の主力『マスラオ』にございます。
なにぶん、ここ隅扇島港が国境地みたいなものですので。
マスラオが夜間警備をするのです。
いかがです? 大きさの割に器用に動くし、小回りも効く。
人間の関節を追求した動き。ここ隅扇島に本社をおく軍需企業『柳谷』製のものですな」
つまり、あの巨体は音を立てないで移動できるわけだ。
建物を、まして、足元の車やら人間を傷つけないように、実に器用に移動する。
どういうサイバネティック技術だ。
あの巨体でも人間が移動できる場所なら移動できる。人間や戦車より早く。それも巨大な兵器を携帯しながら。
アメリカや中国が怯むわけだ。
その日僕は、家を巨人に踏み潰される夢を見た。
* * * * *
首都『荒神』は、隅扇島から北東に進んだところにある。
徳島を北に見る『縦四国』で言うところの板野町あたりの位置だろうか。
距離は離れていないのだが、荒神、隅扇島、仙神堀の三角都市は大陸北東部の人口密集地のようで道路が一日中混む。
それと荒神の場合は市庁ではなく将軍府すなわち荒神城に行くことになるため、そうなると京国独特の手続きを色々と踏まないとならないらしいので、今日も四時起き。あまり眠れていない。
そして出発しても車が全く進まず、威圧的なクラクションがそこら中で響いている。
ただ、朝ごはんは車内だった!
蒸し芋! そして牛乳! これが京国定番の移動飯で、どちらも隅扇島の名産らしい。
今まで食べた中で一番幸せでお腹に優しい朝食だった。
「さ、さて了様。いよいよ京の中心部、あ、荒神にい、行くことになります。人口はラギの指針する二十段階評価のうち十八。大都市です」
大都市。と綾氏の言葉にいちいち引っかかる。
確かに人は多いのは、見りゃあわかる。ただ、大都市イコール華やかな街とはならないのは、京国独特の雰囲気なのだろうか。
無愛想で無機質で無個性な団地倉庫が永遠と続く。
この旅を魅力的に感じないのは、観光地らしきところに立ち寄らないことだ。
景色と言ってもフィヨルドか団地倉庫しかないのでは、わざわざ見に来るほどのものではないだろう。
そこに排他的で警戒心の強い国民性が合わされば尚更のことだ。
「職業の中心は軍隊。そして士官学校も併立している『荒神京本学校』の、が、学生。どちらも、ひ、非常に非常に非常に優秀な人材が集まってtます。それから、こ、工場労働者……」
「綾氏さん、何か緊張してます?」
「そそそんなことありませんよお!?」
わかりやすい人だなあ。
「そして今日は、だ、大将軍、光元殿との謁見がございます。
……ハァァ……私綾氏、二十六という歳まで生きてきましたが、ハァァ。
故郷『黒堀』という田舎町から出て、外交官などという地位を仰せ使っておりますが、殿と直接お会いするのは、は、初めての事にございまして……」
綾氏の緊張が伝わってきて途端に寝苦しくなった。
* * * * *
隅扇島を出るのに実に三時間かかった。
企業ビルが立ち並ぶいわゆる経済区を抜け、川を渡ると広大な稲田の真ん中を国道が通っている。
大渋滞の道路脇に生えてる米を食わされてたんだと思うと複雑になる。
それを越えたら、また箱の群れである。
「我が国最大の工業区にございます。そ……そして……見えてまいりました……」
仙神堀の空港から見えた威圧感のある山、その麓にある……巨大な壁。
馬鹿馬鹿しいくらい高い壁が万里の長城よろしく広がっているのである。
空港から見えた円柱状の柱の正体だ!
渋滞で少しずつ車が動くたびに、巨大な壁に吸い込まれていく。
その度に少しずつ巨大な壁がさらに巨大になっていくのだ。
「あの奥に、将軍府がございます」
* * * * *
京という国の国民性は、でかけりゃ相手はビビるとでも思っているのだろうか。
実際ビビってしまっているわけだが。
手汗がひどくて口の中が乾いている。
仙神堀の税関を思い出してしまった。またあの悪意のある圧をかけられないとならないのか。
それも今回は、綾氏が全く頼りにならないほどビビり散らかしている将軍府の関だ。
し、心臓が痛い……。
車で関に入ると……流石に空港の税関みたいな感じ悪さはないが、やることは一緒だった。
ずんぐりむっくりした、力士のような男が、僕の体のあちこちを触って身体検査をしてくるのだ。
刑務所か何かに入れられるのかと思った。
力士の巨大な手の圧縮になんとか耐えた僕が、関を越えた後に見た景色は到底受け入れ難い現実だった。
なんと壁の内側にあったのは、新たな巨大な壁だったのだ!
なんだこれは!? 夢か!? アホらしい夢の中にでもいるのか!?
「まさか……また同じ検査を受けるなんてことはもちろん……」
「ええ、《《もちろん受けていただきます》》」
はあ!? それになんの意味がある!? まさかのダブルチェックか!?
き、今日はやばい……生きて荒神を出られないかもしれない……
壁と壁の間に挟まれる。
それは頑丈そうな壁というよりも、所々崩れていて、ひび割れていて、それでいて威圧的で、海外の映画に出てくる、妙に酒に強い爺さんを思わせた。
「ここ、首都『荒神』は一次大戦時に五度もリヒト軍に攻められた末に陥落いたしました。
その後三度の大戦を経て、当時八重にあった城壁が三つまで破壊されました。
残っているこの壁も、大きく補修はせず、負けた悔しさと反省をこうしてわかりやすく残しているのです」
……嘘。ここを抜けてもあと一つあるの……?
* * * * *
二つ目の関を乗り切り、三つ目の関が見えてきたあたりには、悪いループに陥っている気分になった。
一つ目の関で必要以上のボディーチェックを受けたのだ僕は。それが、何重にも同じことをされることになんの意味がある!?
もう囚人とかそういう域を超えて、人間として見られてないんじゃないのか!? とすら感じた。
宇宙人が何回も何回も身体検査を受けている。そんな気分になった。
そして、三つめの関を奥歯を噛み締めて抜けた先に見えたのは四つ目の巨大な壁だった!
オイ情報が違うじゃねえか!! 僕が唖然としていると、それを察した綾氏が……
「ええ。京の人間は、『三』という字を激しく嫌いますので……」
だったら一個壊せばいいじゃん!! なんで増やす方に持っていくんだ!
* * * * *
四つ目の関の前には、道を挟むように強そうな侍の像が二体、立っていた。
勇壮に槍を構えた、迫力のある二人の侍だ。
さしずめ東大寺南大門の仁王像だ。
「……こちらは向かって左側が京本雪松様。後の大将軍、雪光殿ですな。
右側が弟の京本倫平太様。兄弟揃って武勇に優れ、第二次大戦を勝利へ導いた名将にございます。
中でも雪光公は槍を持たせたら生涯無敗。対峙する相手を気迫のみで打ち取ったという逸話までございます」
……その猛将の末裔と、今から会うわけか。
四度目のボディーチェックを通過すると、荒神城が見えてきた。
* * * * *
非常に暑い。
四枚の巨大な壁に閉じ込められているので空気が籠っているのだろう。
だが、風を感じないかと聞かれるとそうでもなく、城の前には巨大な川が流れていた。
川が、城壁の中を通っている事になる。
「一説によると、荒神という都市はこの城のこの位置から成立したといいます。
故にこの荒神城は京の中心であり、始まりの地でもあるという事です」
城の外で、もう一時間は待たされている。
綾氏の緊張はもう、彼の中で吹っ切れたのかもしれないが、その分の緊張は僕の方にやってきた。
なんだか落ち着かない。
京という知らない国の、一番えらい人に会う。
こんな人生になるなんて思いもしなかった。全部親父のせいだ。
「綾氏殿」
城から、着物を着た武士っぽい人がやってきて、綾氏に耳打ちをする。
何をコソコソと喋っているのかと思えば……
「了様、謁見の用意ができたようでございます」
そのくらいのことを、なぜ耳打ちで伝達するのだ。
全くこの国は何から何までもが謎だ。
* * * * *
本当に人間が暮らしているのか? と思わせる高い天井と、でかい扉と、長い通路。
そしていくつもの、何何の間や何何の間を通されてたどり着いたのが、金の間である。
僕らはそこに通されると、中は薄暗く、蝋燭の灯りが灯っていて油の匂いがした。
部屋は……実に十五メートル四方はあるのではないだろうか?
その中心に正座をさせられて待つこと三十分。
御簾の向こうに五人ほどの人間の影が現れて、それぞれ一定の距離をあけながら座る。
影なもので誰がどんな格好をしているのかわからないが、明らかにこれが大将軍だ。と自信を持って言えそうな人間はわからなかった。
……そういう仕組みなわけじゃなかろうか。
一人が本物で、残りの四人は影武者みたいなことだろうか?
向こうから何かを聞かれるかと思いきや、何も話さない。
だから僕は、座る以外にやることがなかった。
「失礼致します」
京国のえらい侍か何かが、傍から現れ例の『二』のポーズをとると、親父を持ち上げて御簾の向こう側に運んで行った。
五人分の影が、少し間を置いて『二』のポーズをとった。
その時間が果てしなく長く感じた。
五人のうち誰が大将軍なのかはわからないが、彼が親父と心でどんな会話をしているのかが気になって仕方がなかった。
それはおそらく切実な何かなのだろう。考えてみれば葬儀の日にまっすぐ来いと言ってきた張本人なのだ。
会いたくて、仕方がなかったのだろう。
永遠とも感じたその時間がすぎ、五人の影は我々に『二』のポーズでお辞儀をしたので、僕らもそれを返す。
そして五人は部屋の奥へと溶けていった。
* * * * *
「イヤ緊張いたしましたな! わ、私なんか今でも心臓が!!
イヤーー大将軍と謁見できるなどと!! 人生どうなるかわかったものじゃございませんな!!」
緊張の糸が解けた綾氏が、饒舌になり始めた。
……あれは会ったうちに入るのだろうか?
我々がきた道を引き返していると……
「了様」
と、先ほど金の間にいた偉そうな侍に後から声をかけられた。
「大将軍光元殿が、了様に、と」
そう言って、三十センチ四方の、翠色で黒光りした装飾が施された箱を渡された。
薬箱にしては仰々しすぎるが、大きさはそのくらいだ。
「僕にですか? 親父にですか?」
なんでそう聞いたのかは、自分でもわからない。
旅疲れなのか、変なことが敏感になってしまう。
すると侍は、詠みあげるように言った。
「はっきり、『了様へ』と。長旅の邪魔になってはならない。小さい入れ物にて渡すよう仰せつかったのですが、
なにぶんこれより小さい入れ物が城には無いものでして……」
そうは言われても僕の両手は親父で塞がっているのだ。
気を利かせた綾氏が、
「わ、わたくしめが! お預かりいたします! 柳谷の綾氏、家名にかけます故、御信用いただけると……!」
「……かしこまりました。それでは宜しくのほど、お頼み申す」
綾氏が僕の代わりに箱を受け取ると、侍は去っていった。
箱を抱え、まるで自分が受け取ったかのように高揚し、今にも泣き出しそうだった。
「こ……これは……とんでもないことにございますよ了様!!
大将軍が直々にこんな……!! 恐れ多い、恐れ多い……」
綾氏は、何度も何度も『二』のポーズを作って、侍が去っていった方向にお辞儀をする。
欲しければあげますよ? と喉元まで出かかった。
大将軍からこんな仰々しい物をもらってしまって。帰りの空港であの税関でなんて説明したらいいんだ!?
僕はそのことで頭がいっぱいになった。
* * * * *
「イヤア今日はご苦労様でした了様。今日はこのまま宿に参りましょう。
明日は北上いたしまして、『上八間』という街に参りますよ。
公式印象句は『京国一朝日の美しい街。老後は寒さと火山に立ち向かえ!』です!」




