隅扇島〜眠らない経済都市〜
今日向かう『隅扇島』という都市は、玉隅から少しだけ距離がある。
ちなみに地名に『島』とついているが別に離島なわけではない。
日本で言うところの、東京なら月島、大阪なら桜島のような、海に面した都市である。
徳島を北とする縦四国で言うところの、『三木町』と言ったところだろうか。したがって北西に進むことになる。
起床時間が早かった。四時起床、五時出発。
社会人やってた時もそんな早起きなんてしたことがない。
このスケジュールを前日に玉隅の宿で聞いた僕が、最初に憂鬱に感じたのはもはや朝食だった。
ラギ大陸全体なのか京国という国がそうなのかは知らないが、結局食べ物と言ったら、最大の皮肉をこめて言うが僕の愛してやまない『ウマドン』しかないわけだ。
ウマ・マトン・丼・略して『ウマドン』もうあだ名までつけてやった。
日本人の感覚からして、朝食べるものじゃない。まして朝の四時に起きて食うものじゃない。
だから昨日の晩から、『体調が良くないので朝食は少なめにしてほしい』と綾氏に頼んだら、今朝出てきたのが、
『ウマトン』だった。つまりお米の分を削ってくれたのだ。
いや違う。求めていたのはそうじゃない。
むしろ白米だけ出してくれればよかった。そしたらお湯でもかけて自分で調理するのに……。
つまり京国という人間性としては、具合が悪い時こそ肉を食えと。そういう体育会系の脳みその形をしているのだろう。
ちなみに都心部を川沿いに抜けると広大なバナナ園が広がる。
……嫌味に見えてしまう。なぜ、朝食にバナナを出してくれない。
『朝食にはバナナがいい』と、なぜ昨晩のうちに言わなかったのだろうと自分のポンコツ具合に後悔してみる。
ちなみに今朝は雨が降っている。気候が不安定というのはその通りらしい。
……気候が不安定な場所にバナナって育つのか……?
いやもうバナナのことは忘れよう。そんなものはラギ大陸にはないのだ。
そして都市部とバナナ園に沿って流れているのは鷹巣川という川らしい。
「この鷹巣川でも大きい戦いが二度もあったんです! 竹中晶公と、非常に凶暴で攻撃性が高い部族との壮絶な戦いは、
多くの作家によって書籍化されるほどのエピソードでして……!!」
左を見れば嫌味なバナナ園。右を見れば声の大きい隣の席の竹中晶講談の方。
玉隅の道路は、火山灰を掃除しきれないのか道路がデコデコしていて車が揺れるから寝ようにも寝れない。
なんて楽しい旅だ。
僕が今すぐ日本の家に帰れたらやりたいことは、アイスクリームを肴に日本酒を飲んで寝る事だ。
「玉隅の歴史は一晩では語り尽くせないのです。川を挟んで反対側に見えるあそこの山。
あそこでもラギの歴史を変える事件が起きました。
第二次大戦時、謀殺された時の大将軍、京本光人の敵討ち。しかしこれは、リヒト内通者による自作自演の戦いだった。
京国とリヒトの関係が最悪だったあの時代。リヒト人を淘汰するための軍に、リヒト側の人間がいた。京国影の歴史です」
綾氏越し、窓の外に映る山が、「本当にこの街は悪天候と自然災害と戦いしかない都市だよ。というか京国って全体的にそんな国だよ。楽しんで」
と訴えてきている気がした。
鷹巣川を渡る。お辞儀をして川を跨ぐ。
* * * * *
玉隅を出た瞬間、冗談みたいに晴れた。
そして玉隅の悪路が悪い夢だったかのように、整備された真っ平の道が続く。
おかげでようやく、安眠にありつけた。
綾氏に起こされたのは、この先の道中食事処がないために少し早めの昼食と休憩を兼ねてとのことだった。
僕は車を降りて大きくのびをする。
ここはどのあたりだろう? 目の前には巨大な円形の建物があり、人が沢山いる。
なぜだか、いつも威圧的で目が死んでいる京国人ではないような気がする。
皆、若干の高揚感を持って建物に入っていくのがわかる。
「ここはなんですか?」
僕が聞くと、
「ここは『仙神堀市立競技場』ですね」
と即答されて、自分が今、仙神堀の西の端にいることがわかった。
「剣道とか格闘技が開かれているんですか?」
「まあそれもやりますが、今日開かれるのは団体種目じゃないですかね」
……団体種目?
「……すると、スポーツ的なものを京の方々もやられるのですか」
「あ、はいそうです」
「野球とかサッカーとか!?」
「ええと……やきゅう、とか、さっかとかは存じ上げませんが。
一応八人対八人で行われる、肉体と計略と頭脳戦そして連携が重要な競技です。
『皇子百里行』という大陸では一般的な競技です。もちろん、これからの旅に観戦の予定も入れ込んでおりますので。お楽しみに」
勝手に決めるよな。と思った一方で少しだけ興味が湧いた。
言って仕舞えば協調性という言葉から遠く離れた京国の人間が、一体どんなチーム戦をするのか見てみたくなったのだ。
* * * * *
「さて了様、間も無く京国で一、二を争う経済都市、隅扇島に入っていきます」
ノートPCサイズの端末から資料を出力し、綾氏は画面を見せてきた。
「東には仙神堀の国際空港。西には港を持つ立地から、経済が発展するのに向いている都市なのですな。
人口はラギの指針する二十段階評価のうち十五。京国、いや大陸中に点在する企業や店舗の本社が立ち並ぶ姿は圧巻にございます」
と、綾氏が説明している間に景色がコンクリート・ジャングルになった。
しかしなんというか、渋谷とか新宿とか都会的なイメージか? と聞かれるとそうも思えないのは京国独特な空気感だろう。
人々は忙しなく動いているが、余裕もなく顔が殺気だっている。
ビルも隣のビルと区別などつかず、これはどちらかというと『団地倉庫』と呼んだ方がしっくりきそうだ。
そして……
「何か気付かれましたか? 了様」
「……なんだか、女性が……それも若い女性が多いような」
というよりも、ラギ大陸に入ってから女性に会うのはほとんど初めてなように感じる。
「はい。そうなんです。ここの都市で働いている女性も言わばエリート。
皆、荒神や玉隅の大育部を出てこちらに来ております」
「……玉隅の学校を出れば、軍隊に入れるんじゃ?」
「ええ。もちろん女性も軍属になることだってあります。
しかし基本的に戦はやはり、男がするものですので。
女性の仕事は家を守り、子を産む事。男の仕事は国と家族を守る事。
そして大事な家族を守るには、家という城の奥に置くのが一番ですので」
いわゆる『奥様』というやつじゃないか。
軍事力ではアメリカを凌駕しているのに、どうにもイデオロギーは一世代前のようだ。
なんかそれも、京国然としてるな。とも思えてきた。
「そしてこの女性達の夢は軍人との結婚です。
現に荒神、玉隅の学校を出た女性の就職率が多い会社は、運輸関係、製品企業など軍と関わりのある会社が多いです。
彼女達が憧れる言葉は、軍人と結婚して……」
「「寿退社」」
「……はい。そしてどんな子供でも三歳までは母親が付きっきりで育児をする……」
「「三歳児神話」」
自分で綾氏の言葉とハモってしまい、虚しくなった。
団塊世代か?
知らない大陸でジェネレーションギャップを感じるなんて思わなかった。
「男は強くならないといけない。強い男になるには何より訓練と勉強が必要。
そして勉強と訓練には時間がかかる。そんな男を支えてくれるのが、彼女達なんです。
了様が今見てらっしゃる景色というのは、言わばそのような景色です」
自分で言ってて恥ずかしくならんのか。ならんのだろうな。
ようは、それでうまく回ってしまっている経済という事なのだろう。
軍関係の仕事というものは想像もつかないが……
大陸内で既に四回も大喧嘩している隣国がいて、軍関係の仕事というのはどちらかと言えば資源を消費する立場の仕事だ。
ならばそれを支えているのが製造業。
製造業の中心にいるのが、軍に入れなかった男か、未婚の女性。
人も足りないはずだ。
昭和の価値観が、国の経済事情と噛み合ってしまっているのだ。
働き方改革だの、リモートワークだのの世界で生きていた僕とは、イデオロギーの価値観が合わないはずだ。
そこまで想像して僕には次の疑問が湧いた。
じゃあこの人たちの救いやら、癒しはどこにある?
またいつ悪化するかわからない隣接国家との関係。
ひたすら学んで働いて、毎日同じご飯を食べて、寝るだけの日々。
僕は大陸に来て数日しか経っていないが、既に京にだけは生まれなくてよかったとすら思っている。
僕じゃなくたって、同じことを思うはずである。
車が止まって目を前に向けると、信じられないくらいの渋滞が起きていた。
「……事故ですかね?」
「いや、いつものことです。これも隅扇島のありふれた景色ですよ。何せ、一日中忙しい街ですから」
止まっている僕らの車を、歩道側から早足の女性が追い越していく。
お世辞にも幸せそうには見えないが、彼女達には僕のことなど目にも入らないのだろう。
背景ほどの価値すら、ないだろう。
* * * * *
海に面している都市と聞いたから、海が見えるのを期待していたが都心部は内陸にあり、
海は遠い地平線の彼方にありそうだ。
今日は本当に一日中車にいた。
僕らが市庁に着いた頃には、すっかり陽が落ちていた。
公務員なら、既に退社している時間帯だ。
……日本の公務員なら。
「了様。こちらが隅扇島市の菊種市長です。
京国の歴史の中で初の女性市長なんですよ」
それはスーツ姿の女性だった。京の人というのは基本的に小柄で、男はずんぐりむっくりしている印象がある。
この女性は綾氏と並べると頭ひとつ背が高い。
「……この度はご愁傷様でございました。ようこそ隅扇島へ。
……幸雄様も、ようこそおいでくださりました」
親父の骨壷に向けて、菊種さんは『二』のポーズで深々と礼をした。
「ど、どうも」
「了様。彼女も玉隅竹中学校の出身なんです」
「ああ」まあ、そうでしょうな。
菊種さんは背丈もあるが、なんというかがっしりしていて強そうだ。
「玉隅には、もう行かれましたか?」
「は、はい。何やら……色々と大変そうな街でした」
これは自分でもひどいレビューだと思う。
でも玉隅と聞かれても山道とバナナしか思い出せねえよ。
菊種さんは静かに笑った。
「ここ隅扇島は、首都の隣接都市なのにも関わらず、第三次大戦終結までは戦いとは無縁の都市でした。
後方から支えるのが、港を持つこの都市の役割だったんです。
第四次大戦時、リヒトが海から攻めてくるまでは『奇跡の都市』と呼ばれていたんですよ。
私は、元々がここの生まれでしたので、この都市の市長になれた事を誇りに思っています。
玉隅からは遠かったでしょう。長旅、お疲れではないですか?」
「い、いいえ全く」
正直疲れていた。けれども、この人の前で『疲れた』とは言ってはいけない気がしたのだ。
菊種さんは窓に近づいた。自然に街の明かりが映る。
つまりは、残業の景色だ。
「眠らない港町、隅扇島。
見えますか? これが隅扇島の景色です。
時間をかけて実った物は、決して裏切らない。
この景色が京を支えてきた景色なんです」
演技ではない。言わされている言葉ではない。この人は本気でそう思っているんだ。
昨日の玉隅とは、別の意味で疲れてしまった。
* * * * *
腹が減っていたのだろうか。それとも僕の体がおかしくなったのか、
『ウマドン』が美味しく感じた。
地区によって若干、味に差異があるのだろうか?
それと、食に興味がないと思っていた京人の夕食に、付け合わせでさつま芋を蒸したものが出たのだ。
これが美味かった。
『ウマドン』と、意外と合う組み合わせだ。
食事処が宿の最上階にあり、見えるのは、車のテールライトとビル内の照明。
どこまでも人工的な灯りの群れだ。
……隅扇島は平地にあり、高いところならば遠くまで見下ろせる。
きっと、あの奥に転々と見える灯りが、明日行く首都、荒神の灯りだろう。
……反対側にも何やら大きな都市がある。
思わず僕は、『旅のしおり』を取り出して、大陸全体の地図を開いた。
あそこが荒神。あっちがおそらく仙神堀。だとしたら……あそこはどこだ?
地図で確認したら地図上には『芦矢』と書かれていた。
「……『芦矢』には行かないんですか?」
「ええ。『芦矢』は京ではないので」
あまりにも自然に言うので一瞬納得しかけてしまった。
しかしそれはおかしい。
「『大陸の都市は全て回る』って……そう言ってませんでした?」
別に僕だって芦矢に行きたいわけじゃない。
しかし素直に感じた疑問をぶつけると、綾氏はしばらく固まった。
困っている様子ではない。本気で僕が何を言っているのか理解しようとしているように見える。
そして、あ。と口を開いた。
「そうか。日本には無いのですな。キョミンクは」
「なんですかキョミンクって」
「虚の民の区域とかいて虚民区です。
正式に言うと都市では無いんです。
大昔からあるのですが、お互いのことにお互い干渉しすぎないように生きてきた。
そういう街が大陸内にはたくさんあるんですよ」
正直、大陸に、街が三十四個あると言われた時、最初は面倒臭さが勝ったが冷静になって考えてみたら、
面積の割には少ないと感じたのだ。
しかし全くわからない。どういう扱いの都市なのだ。
「戦争にも経済にも干渉しない?」
「しません。していた時期が全く無いと言うわけでは無いようですが……」
「普通に人が暮らしていて、ちゃんとした生活をしている?」
「はい。……これに関しては多分としか言いようがないのですが」
「え、なんですかそれは。リヒトのことは意識するのに、全く得体の知れない隣人はすぐそこにいるじゃないですか!」
僕が言うと、流石に綾氏の顔は少し険しくなった。
「全く得体の知れない訳ではないんですよ。
災害が発生すれば助け合いますし、困ったことがあれば援助もします。
少なくとも京国では。
ただ、お互いのことには関心を持たない。戦争にも巻き込まない。
建国期から続いている暗黙の了解なんです。
全く得体の知れない隣人ではありません。ただ、京の人間ではない。あくまでも隣人です。
それとリヒトは入植してきた人種。彼らは最初から大陸に居た人間たちです。
……ただまあ……罪人や、職を失ったものの逃げ場になっているのは現実ではあります。
彼らが京人を受け入れるかどうかは知りませんが」
……気持ち、民族みたいなことだろうか?
知れば知るほどわからない。
変な大陸だ。どうやって成り立った文明なんだ!?
納得できてない僕を置いて、綾氏は露骨に話題を変えた。
こいつのメンタルは本当に強い。
「ところで了様。明日はいよいよ京国首都に行きますよ!
荒神の公式印象句は『二度も同じ名前の人間に陥落された京国の首都』です!」
それを笑って言えるお前のメンタルは、やっぱり強いんだと思う。
……隣人が気になるのか気にならないのか。自分の国に誇りがあるんだかないんだか。
京の人間というものを理解できる日は来るのだろうか。
親父、あんたは本当に、面倒くさい仕事を残したもんだよ。




