玉隅〜悪天候と坂道の街〜
「さあ! 了様! 今からラギ大陸で最も重要な町と言っても過言ではない都市『玉隅』に向かっているわけですが!
どうですか楽しみですか!!」
朝から元気だなあこの人は……と思う。結局昨日は同じ部屋で寝て、僕は遠慮なくベッドで寝かせてもらい、彼はソファーで横になってもらったわけだが、僕よりも早く寝付けた。
やっぱり疲れてたんじゃないか。
「どうですか! 気分は!!」
「おー」
本当は、サイテーだよ。と言ってやりたかった。
というのは、朝食にまた例のアレが出たのである。
こう言っちゃあなんだが僕だってちゃんとした社会人だ。食に関してはこだわりはないにしたって!
昨日の昼、晩、今朝と全く同じものを出されたら『こら!』と思って然るべきじゃないか!?
目の前のこの綾氏はうまそうに食っていたわけだが。
僕の嫌な予感がまた一つ現実になろうとしている。
京の人は、食に興味がない。
今日の京国は曇り時々小雨が降るらしい。
絶好の旅日和だ。何せ、車が向かっている方向には何もないからである。
何もないは言葉のあやだ。
仙神堀からぼんやり見えた都会とは反対方向に車が進み、ズンズンと山の奥に入っていく。
急勾配の坂を、ウネウネとしたワインディングロード。
それに、山に入った瞬間にインフラが適当になっているのか、砂利道の悪路を進むので車が縦にも横にも揺れる。
そこに朝、胃に入ったものが相まって僕はもう気持ちが悪かった。
車は南に向かって進んでいる。『玉隅』という場所は大陸中央西側にある。
地図アプリと、ラギ大陸の地図を見比べて調べた結果、今から行く都市は徳島を北に見る『縦四国』でいうところの……
判断が難しいがだいたい、『金砂湖畔公園』あたりだろうか?
そういえば今朝、また一つ京の方々独特の文化に触れた。仙神堀の街を車が出ようとした時の事だ。
橋の手前で車が一旦停止する。
なんだ? と思っていたら綾氏に、
「了様、私の真似をしてください」
と言われ……真似と言われてもここ数日で嫌というほど見ている両手で『二』の字を作るポーズをとって、全員でお辞儀をした。
「……なんです?」
「はい。川は我々京の民にとって、『神の通り道』と言われています。
川を跨ぐことは、神様の動線を妨げること。
ですので跨ぐ前には挨拶をしないといけないんです」
「……ということは、これを全員がやっているんですか!?」
「はい。京ではそうです」
妙に律儀で、敬虔な国民性らしい。
大陸に川がどのくらいあるか知らないが、変なところで面倒臭い宗教のようだ。
* * * * *
仙神堀を出たのが朝の六時。そこから車に揺られること四時間は経ったろうか。
見えるのは山、草原、あとは何かを採掘しているのか、重機がところどころ並んでいて、それがここの全てだ。
「了様、今から向かいます『玉隅』という場所。
人口はラギの指針する二十段階評価のうち十。そこそこ文明レベルのある都市ですね」
僕は景色を眺めながら……
「とてもそうは見えませんねえ……」
と、胃から飛び出そうな馬と羊を押し込めながらそれだけ答えた。
「ええ。学生と軍人が多いんですよ。何せ我々が向かう場所は、リヒトとの国境にある、京国屈指の学園都市ですから」
すると学生はこんな山奥で勉学に勤しむのか。……その学生生活は果たして楽しいのだろうか?
ん? いやまて、今気になることをサラッと言わなかったか!?
「……国境……ってことは、緊張感がある都市って言ってませんでしたっけ?」
「ああ、ええ。まあ独特な雰囲気ではありますが、でも玉隅に関しては大丈夫です」
「なぜです?」
「理由の一つは、大陸の西側は高く険しいこの山が国を隔てているからです。
ですので、国を跨いで移動する場合も山越えなどせず、海路で行くのが一般的ですね」
僕は昨日の晩の彼の言葉を思い出していた。
「でも……なんか戦争ばっかしてた都市とか言ってませんでした?」
「はい! 過去四度あった大戦中に、ここ玉隅だけで大きな戦いは十九度もあったそうです! でもね!!」
隣の綾氏は明らかに高揚している。このエピソードを話したくて仕方がないというのが一瞬でわかる。
「そのほとんどの戦で京は勝利しているのです! しかも地名が『中荒隅』から『玉隅』に変わってからは、一度も負けてないんです!
負けたのだって最初の一回だけです。あとは全勝してるんですよ!
これだけ多くリヒトに攻められながら、占領されなかった都市は唯一玉隅だけと言っていい!
首都の荒神でさえ、二度占領されてますからね!?」
熱弁されても、それがどのくらいすごいことなのか全くわからない。
テンション感を共有できない。
なんなら京っていう国は、そんなに強くなかったんじゃないかとすら思ってしまった。
……しかしよくよく考えてみたら、十八戦中十八連勝か。
確かにそれだけ聞くと、すごい事のように思えてくる。
「地理的に攻めづらい場所だからですか?」
「まあそれもあります。特に船が一般的では無く、山を歩いて越えるしかなかった第一次大戦の時は。
でもそれだけじゃありません。……丁度ここら辺なのですが……あれだ。
横井君、一度止めてくれ」
綾氏が命じると、運転手は車を道の脇に寄せた。
「見えますか? あの山の中です。黒い建物が見えるでしょ?」
建物と言われたから分からなかった。
彼が指を刺した辺りにあったのは、建物の骨格と言えばいいのか残骸と言えばいいのか、黒く焦げた柱が数本立っていた。
「あれも模造品です。当時の資料を元に、わざわざ焦げ加減まで再現したんですよ」
「ええ? なんでそんなことしたんですか……」
「それはあそこが、ある英雄の事を記録するのにうってつけの場所だからです。
いかにしてこの『玉隅』は守られたか。それは英雄がいたからです。
元々あそこには、リヒト軍が玉隅を攻めるために臨時で立てた砦があったんです。
もちろんそこには幾百というリヒト兵が控えていました。
それを……たった数名の人数だけ率いて焼き落とした人物がいたんです。彼の名は……」
どんどん綾氏の声が芝居がかってくる。
「武神、竹中晶。京国では知らない人間はおりません」
* * * * *
霧で視界が悪い中を、車が登っていく。
運転手からも緊張が伝わってくる。
「この辺りは非常に気候も不安定でして。おまけに活火山も近くにありますから。ここはよく通行止めになります」
「……そうなったらどうするんですか?」
「もちろん、徒歩での移動になります」
淡々と恐ろしいことを言いやがった。よかったー今日は通れて。
なるほどインフラをサボっているのではなくて、この砂利道は火山のせいなのか。
……学生たちはそんな道を通ってるのか。
しかし一体どこまで山を登るんだろう? と思っていた時である。
「了様、見えてきました」
と、言われた瞬間に、木々に溶け合うような、緑色の建物が現れた。
山の上にこんな土地が? と一瞬身構えるほどの広大な敷地が現れたのである。
「ここが市庁ですか?」
「いいえ。ここは『玉隅竹中学校』
大陸で最も歴史の古い学校です」
「……玉隅? ……ふうん」
* * * * *
車が校門に近づくと、守衛さんたちが集まってくる。
威圧的な態度だったのでめちゃめちゃ怖かったが、綾氏が名乗ると態度が百八十度裏返る。
僕にも深々とお辞儀をする。
僕と親父は校舎内に通されるわけだが、なんだか僕の知っている学校とは印象が違う。
僕の学生感は、体力が有り余っていてそこら中男女が走り回っている。というものだが、京国の学生というのは実に静かだ。
だから建物の外観からは、中にこんなに生徒たちがいるなんて分からなかった。
無駄話をしたらペナルティでもあるのかというくらいシーンとしており、挨拶も、お辞儀をするだけで一言も喋らない。
足音すら立てていないのではないかと感ずるほどだった。
京国の教育文化も日本とは異なっている。
五歳から十五歳までは小育部。
小育部を卒業すると、ここでいわゆる受験があり、進学するものは十六歳から二十二歳までは大育部。
十八歳から兵役が始まり、学生は学業と並行で軍で働くことになり、二十二歳で卒業した後は、士官だ佐官だ軍関係者にいくか、商人になるか、労働者になるのだそうだ。
「ここ玉隅竹中学校は大陸一のエリート高ですからね。軍の責任者は皆ここの出身です」
昨日から綾氏の話を聞いていて、なんとなく京国には、日本の古い歴史で言うところの『士農工商』のようなカースト制度がどうもあるように感じる。
つまり、一番は軍関係者。二番は商人と農民。その次が労働者といった具合だろう。
学校が静まり返っているのは、エリート校ならではの校風だろうか。
ふと、廊下に並んでいる『玉隅竹中学校』の歴史資料が目にとまる。
読んでみようと思ったら、隣で綾氏の講釈がはじまった。
「非常に歴史の深い学校です。大陸の発展には、ここ玉隅から生まれた技術が柱になっていると言われています」
綾氏に言われて僕は先ほどから感じている違和感に気がついた。
「綾氏さんさっき、玉隅は昔違う名前だったみたいな事おっしゃってませんでした?
『玉隅』って、新しい地名なんでしょう? それなのに歴史が一番古いんですか?」
それだと、大陸中の『学校』の歴史が意外と浅いことになるのではないか? そう思ったのだ。
僕が聞くと、綾氏は深く頷いた。
「よくぞ気がついてくれました。
この学校も、『中荒隅』から『玉隅』に変わる段階で、名前が変わっているんです。
大陸の長い歴史で一度だけ、この街がリヒト軍に占領された時期にございます」
綾氏は、窓の外を指した。
「『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』……つまり最初の大陸戦争の始まりに、リヒトの軍勢はあの山を越えて中荒隅までやってきたそうです。
当時、京武士はあの山を、いかなる生命も遮断する越えられない壁だと思っていました。
それを鉄の武具を纏って越えてきた。
完全に死角を突かれ、都市には火を放たれ……中荒隅は一度崩壊いたしました。
その状況から見事『玉隅』として復興させたのが、英雄、竹中晶。
この学校も、かの英雄から名前を借りて、『玉隅竹中学校』と名付けられたのです」
彼の説明を聞き流しながら、僕は資料写真を眺めていた。
明らかに一箇所、おかしい部分がある。
「……これ、この時代」
僕は割と端の写真を指し示す。
どの時代も、形は変われども立派な建造物がここに建っていた。
……一箇所だけ、どう考えても一夜城よろしく急拵え的に立てられている時代がある。
「……プレハブ小屋なのは、改装中か何かだったんですか?」
自分で言って、んなわけねえだろとは思っている。
完成してから撮影するはずだ。
すると綾氏は目を伏せた。
「あー……それは第四次大戦時の玉隅竹中学校ですね。
ええ……なにぶん、最前線の都市でしたので……」
「一度、壊された?」
「ええ、まあ……」
「え? でも玉隅になってから一度も占領されてないんですよね?」
「うーん……」
なんで突然歯切れが悪くなる!?
ラギの歴史なんてこれっぽっちも興味がないのに、そんなことされると気になるじゃないか!!
「さ。この後、学長とお父様を合わせてあげてください。
そしてこの玉隅の学徒兵も、立派に戦い散っていきました。慰霊碑が校舎の裏にございますので後でいきましょう。
都市部は、少し山を降りたところですので、学校を出たら昼食をとり、玉隅市長と会ってください。
今日の予定はそれで全部です」
なんだか話をすり替えられようとしている。
(なぜ、玉隅竹中学校は、第四次大戦時プレハブ小屋だったのか?)
僕は忘れないように、心のメモに書き残すことにした。
* * * * *
我々は学長室に通され、面会を済ませた後に校舎裏の慰霊碑に立ち寄り、京国のために戦った子供たちと、親父を会わせてあげた。
腹が減っている。
どうせ出てくるものは、いつものアレだと思うとうんざりもするが、悲しいかな食欲はある。
なのに……
「了様、お手数ですが少しこちらに」
などと綾氏が言うので寄り道が始まってしまった。
* * * * *
校舎裏から、細い獣道を数分登る。校舎全体が眺められるかという高さまで登ると、侍の像が校舎を見下ろしていた。
流石に表情までは、よく分からないが頬のこけた、険しい顔立ちをしている。
「……彼が、竹中晶……さんですか?」
「いえ。彼はその配下の三枝小十郎様にございます。その脇にございますのが、彼の眠る墓でございます。彼にも、お父様と会わせてあげてください」
と、言われて指された先には、お墓が五つある。
その中の一番立派なのがおそらく三枝某の墓で、その隣に四つほど、鴨の親子のように小さいのが四つ並んでいる。
「……こっちのお墓は、やはり竹中晶氏の配下の……?」
僕が聞くと、また綾氏の歯切れが悪くなる。
「いやあ……それが、こちらの四つは実は……誰のものなのか私めにも分からなくてですね」
「はい?」
「誠に申し訳ない。誰にも解らんのです」
「……地元の方の誰かってことですか?」
「いや、京国は基本、墓跡は作りません。お骨を燃やしきった後は神になったとし、川に流すのです」
ああ、だから川は神の通り道なのか。
「墓が作られるのはご焼骨できなかった場合です……
竹中晶公が京国を取り戻すには、配下の存在が非常に重要でございました。
なにぶん、公は軍隊を好まず、必ず少ない人数で戦場に向かうものですので。
公はもちろんのこと、公の配下も相当な手練れであったそうです。
中でもこの小十郎様は長い間、常に公の側で戦い続けたものでして。
彼が戦死したのち、川に流すのを公が寂しがったために、寺子屋を見下ろせるこの場所に墓を立てたのだそうです」
こいつ、はっきりしてる時と歯切れの悪い時の波が激しいな。
とりあえず竹中晶某の個人的なファンなのだろうな。と言うのは伝わってきた。
……それにしたって、そんな大事な配下ならもう少しまともな場所に墓を立ててやることはできなかったのか。
京国には寺という概念はないのかもしれない。日本と似てて非なるというのは、実にややこしいことだ。
「了様、この玉隅という都市は、第一次対戦時に首都荒神がリヒト軍に占領されたのち、リヒト側からの勧告に応じずに戦い続け、
最終的に晶公は玉隅を首都として勝利いたします。
……言わば大返しの足がかりになった都市なのです。この都市がなければ、今の我々も居なかったのかもしれません。
我々の大地の上には、幾千幾万の同胞の血潮が染み付いているのです。その土を踏むたびに、我々は頭を垂れるものにございます」
まだ昼過ぎくらいだと思うが、曇っているからなのかすでに暗くなりかけている。
半日村というのは嘘ではないのかもしれない。
「いけない。この辺りは暗くなりますと山道は危険になりますからな。都市部に向かいませんと」
どうやら、ここ小一時間以上骨壷を持たされている僕の事は気遣ってもらえないようだ。
こんな時、あくまでも歓迎されているのは親父の方で、事情も何も知った事じゃない僕はただの運び屋なんだと思い知らされる。
「山道を降りたところで軽食が取れます。ささ、参りましょう」
どうせ生臭い焼肉丼だろ。知らない大陸で一人。僕は完全に腐っていた。
* * * * *
「ば、バナナだあああ!!」
本物の唾液というものは口からではなく、胃から込み上げてくるものだなと、僕はこの時思った。
夢ではなかろうか。大きな一房のバナナが目の前にある。
「ほほお、日本にもあるのですな。京でこちらは曲瓜と呼びます。
体の疲れを癒す作用がございますので、朝に山を登って夜宿舎に帰る学生には大人気でございますな。
ここ玉隅の名産です」
バナナは別に好きでも嫌いでも無かったが、なんとも甘味と酸味が体に染み渡ること染み渡ること!!
僕のイメージで玉隅は山と小雨のイメージしかなかったからバナナと巡り合えるなんてまさか思っていなかった!
「ささ。この後は都市部に行って市長にあっていただきます。
今日はそのまま宿に向かいましょう。
明日は大陸随一の経済区、『隅扇島』に向かいますよ!」
山の印象が強すぎたが、都市部は割とちゃんと街だった。
市長の綾恒さんに挨拶した後、宿の夕飯にはツラも見たくない馬羊丼が出てきた。
「……明日いくナントカ島は、なんて呼ばれてるんですか?」
「公式印象句のことにございますか? 明日行く『隅扇島』の公式印象句は、
『平均寿命が大陸ワースト一位。サービス残業と休日出勤が美徳と考えてるヤバい街』です!!」
……日本に帰りたい……。二箇所目にして僕はホームシックになった。
* * * * *
日はすでに傾いていたが、どうしてももう一件寄りたいところがあるということで都市部にある民家の一つに案内された。
立派な古民家なのは、シルエットでわかる。人が生活している痕跡はある。住んでいるのか、管理しているのかはわからないが……
古民家の住民に挨拶をし、敷地内に通されて裏庭的なところに出た。
そこには、お墓が二つ並んでいた。
……京人は、お墓を作らない。さっき聞いたばかりだ。お墓があるということは、それなりの理由があるのだろう。
名前を覗いてみて、すぐ納得した。
『竹中 晶』
とそれだけ、墓に刻まれていた。
……とすると隣は誰だろう? 覗いてみたがそこには『竹……』の下が潰れてて読めなかった。おそらく『竹中』だと思うのだが、形も大きさも同じ、二つの墓が並んで立っているのである。
とりあえず、かの有名な竹中 晶公と親父を引き合わせることはできた。
我々はお墓の前で深々とお辞儀をし、古民家を後にした。
古民家を出るとき、思わず視線が表札に行ってしまった。
「S・ジークベルグ」
と書かれていたのである。管理していたのは京人ではなかったのだろうか?
「誰ですか? ジークベルグさんって」
僕が聞くと、綾氏は……
「昔ここを管理していた人間ですね」
とだけ言って、それきり黙ってしまった。




