京浜大志〜渋滞とトラック野郎の街〜
「了様、これから向かう『京浜大志』という街は、大陸北部の中央に位置しております。その立地から、『首都への玄関口』などと呼ばれることもあります」
綾氏の説明を聞きながら、僕は『旅のしおり』の大陸図を眺めている。
ラギ大陸は、台湾よろしく中央には巨大で広大な山脈が背骨のように聳えている。
よって中央には険しい山が広がるばかりで何もない。しかし、その山脈が一箇所途切れている谷間の場所にできたのが、
この『京浜大志』だ。よって、土地面積はそこまで広くはない。
徳島を北とする縦四国で言うところの……つるぎ町あたりだろうか。
『飛騨高雄』の、のどかな山の麓の街という印象がガラリと変わり、すぐに渋滞に捕まった。
圧倒的なトラックの台数だった。
サイズも色も違うトラックの群れが国道に形成され、僕たちの車はその一部に加わる形になった。
「『京浜大志』は、隣接都市が仙神堀で空港を持ち、さらに西に行けば隅扇島の港があります。
逆に東側は広い平地が多く、そう離れてない場所には東側の港『黒堀』があり、つまり大陸南東部への運送経路があります。
大陸で最も『足の多い』場所がここだったわけです。
よって大陸中の運送会社がこの都市に集中するため、物流の中心地となっているのです。
まさに大陸中に血を送るポンプ役。そう、『心臓部』と言っても差し支えない」
「その割には……」
僕は旅のしおりを片手につぶやいた。
「その心臓部でやたら大きな合戦が多かったようですが……」
「それも、立地を考えれば仕方がないことなのでございます。特に第一次大戦時は、軍隊を運ぶ船なんてなかったわけですから。
とするとリヒト軍が攻め込んで来るのは大陸東部から。首都荒神に向かうなら、どうしてもここ京浜大志が戦いの場になってしまうのです」
旅のしおり、『京浜大志』の頁を読んで、ここで起きた戦いの一覧に目を通してみる。
『第一次、リヒト軍侵攻』第一次大戦。
『第二次、リヒト軍侵攻』第一次大戦。
『勲塔山の戦い』山岳地帯、第一次大戦。
『仙人谷の死闘』第一次大戦。
『麻鉄砂丘の戦い』砂漠地帯、第一次大戦。
『塩と水の道の戦い』砂漠地帯、第一次大戦。
『塩と水の道の戦い二』砂漠地帯、第一次大戦。
『京浜大志警備出動』郊外、第二次大戦。
『京浜大志郊外警備出動』郊外、第二次大戦。
『京浜大志郊外、教会奪還作戦』郊外、第二次大戦。(この戦いで大将軍、光人が刺殺されるという事件が起きる。郊外には今でも花が手向けられている)
『京浜大志、強襲』第二次大戦。
『京浜大志の乱』第二次大戦。
戦の表題だけ読んでも、何が起きたのかは全く分からない。でも、この地を巡ってやたら戦いばかりしていたのはなんとなく分かる。
「都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち十三。この混雑具合を見れば、もっと多いのでは? と感じるかもしれませんが、
京浜大志は山の間にある都市。土地面積の狭さが人口が多く見える理由の一つです。それともう一つの理由は、
このトラックの運転手のほとんどは都市の外から来ている人間ですので。
わかりやすく言うと、見た目は人工密集地なのですが、そのほとんどは都市の人間ではないと言う事です」
車が止まったので、また渋滞に捕まったのかな? と思っていたら、国道からやや外れた道の脇に出ていた。
見上げてみると、見渡す限りの広野にぽつねんと建つ、半壊した建物。その隣には侍の像が立っている。
どうやらこれを僕に見せたいらしい。
「第二次大戦時のことにございます。時の大将軍、京本光人殿はこの地で亡くなり、その意思を長男の雪松様が引き継ぎました。
最終的に京国は勝つのですが、非常に恐ろしい大戦でございました。
大将軍光人殿を背中から貫いたのは、なんと彼の側近。その者は京武士に紛れたリヒト人の間者だったのです」
綾氏と、運転手二人が、『二』のポーズを作り頭を下げる。
僕も親父を抱えながら頭を下げた。
「第二次大戦の背景の一つに、光人将軍のとったリヒト人との関係の見直し政策があります。
お互いの事を知らなさすぎた事が第一次大戦の根幹にあると痛感した光人将軍は、リヒト人に対する規制をさらに緩和し、リヒト人でも実力のあるものは積極的に軍の役職に就かせました。
……しかしその政策が、ご自身の命を奪う事になるとは。なんとも皮肉というか、無情な事にございます」
* * * * *
「了様、あちらをご覧ください」
『京浜大志』の都市部手前で渋滞に捕まり、なかなか進まない車内で綾氏は遠くを指差した。
都市からは南隣にある山の麓にある建物群だった。
「『京浜大志大倉学校』です。学校の敷地面積が大陸一と言われています」
「あそこも有名な進学校なんですか?」
「うーん……まあ、軍関係に進む人間も多いですが、
それよりも京大学といえば競技推薦枠がある事じゃないですかね」
競技? ……確かに大陸のどっかで綾氏の口からその言葉を聞いた覚えはあるが、はてなんだったっけ。
「覚えてませんか? 隅扇島に向かう途中、仙神堀の競技場、一緒にご覧になったと思いますが」
……ああ! コミュ障で脳筋な京人がどうやって団体競技をするんだ!? ってあれか!
競技の名前なんて覚えていないが、要するにあの山の麓の学校は、日本で言うところの体育大学。
競技推薦とはスポーツ推薦みたいな事だろうか。
……なんか国防とか生活とか、イデオロギーしか頭にない人種だと思っていたから正直意外だった。
スポーツにも力を入れることあるんだ。
「そういえば、試合観戦をさせてくれるって……」
「あ、はい!『皇子百里行』の観戦も旅の予定に組んでおりますので! 楽しみにしていてください!」
「今日ではないんですか?」
「今日のはねー……入場券が入手できなかったんですよ。申し訳ない。
何せ、今日は京浜大志軍対、仙神堀軍、優勝候補の二大巨頭による大一番ですからな」
スポーツに熱狂的になる一面もあると言うことか。それとどうやら、都市対抗的にチームが分かれているということらしい。
京の人も娯楽を楽しむことがあるんだ……。
* * * * *
都心部に近づくにつれて、道幅が広くなり、道路も六車線と、車道の幅が増えていく。
そこを、複数の会社のトラックが行き交っている。
視線を前に向ければ、左右の巨大な山を、国道が、旧約聖書のモーゼの如く開き分けている。
調べてみたら、京国では一番の渋滞スポットのようだ。
都市部に入ったあたりで、道路の真ん中に立派な像が立っていた。
険しい顔をした恰幅の良い格好の侍で、片手には巻物を持って彼方に指を差すポーズをとっている。
「彼は斎賀業平。建国時代からここ、京浜大使の交易隊を仕切っておりました。
商業の手腕もさることながら、彼はとにかく流通の達人だったと聞きます。
一次大戦時、ここ京浜大使を行き来していた交易隊の、三十六団体のうち、十六団体は彼の隊。
残りのうち五団体は彼の弟子の隊だったそうです。
かの竹中晶公も、業平の手腕に惚れ込み、配下として迎えいれたと聞きます。
ここ、行商の街の、商売の神、それと交通安全の神として知られておりますな」
道が進まないものだから、トラックの運転手の顔が見えたりする。
なるほど。確かに京からだけではなく、リヒト側っぽい顔の人も随分見かける気がする。
本当に世界各国から人がやってくるんだ。
それと窓を開けて感じるのは、なんとも不思議な匂いだ。
これは……香辛料?
たまに中華料理屋や、台湾料理屋の前を通ると感じるような匂いだ。
「えー……わかってはいましたが、全く進みませんので。明日の行程を話してしまいましょう。
明日からいよいよ大陸北東部に入ってまいります。明日行く場所は『仙野多摩』
京国有数の、文化の街ですな。
公式印象句は『京のサブカルタウンン。インテリとエセインテリを集めた都市』です」
結局僕らが市庁についた時には夜になっていた。
何もしていないのに、非常に疲れた。これは座り疲れというやつか、エコノミー症候群というやつなのか……。




