仙野多摩〜京国東側の首都?〜
「了様、我々は今から京国の東部に入ってまいります」
ラギ大陸北部。すなわち京の西半分は、山脈と海に囲まれた土地なのに対し、東側は実に広大な草原地帯が広がっている。
なんなら西側より面積が大きいのが、僕のいう『縦四国』との差異だ。
ともかく今から東に進むわけだが、今日向かう『仙野多摩』は、徳島を北とする『縦四国』で言うところの、本当に難しいが位置関係だけでいうと、『成谷の大杉八幡神社』の辺りに都心部がある……と言えば伝わるだろうか。
『京浜大志』は本当に一日中トラックが出入りするゴミゴミした街だ。
場所に観光する人間は少ないからなのか、観光客用の宿は皆無と言ってもよく、
その代わり運転手が利用するための宿がある。いわゆるビジネスホテルみたいなことだろうか?
その中でも、おそらく一番いいビジネスホテルに宿泊させてもらったのだと思う。
その割には宿泊客は少なかった。
後から個人的に調べて知ったのだが、そもそも『京浜大志』を利用するドライバーは、ホテルなんか利用しないのだそうだ。
それは、人種も性別も入り混じっている都市性もあるが、
そもそもが土地面積の広くない『京浜大志』に、トラックを百台単位で停車できるホテルがないのだそうだ。
よって、ここにくるドライバーは、『京浜大志』では車中泊が基本なのだとか。
その代わりドライバーが利用する大衆食堂的な場所はあって、そこが京人、リヒト人の垣根を越えてドライバー同士の交流や情報交換の場になっているのだという。
実際にドライバーには国も人種もなく、同じ時間に同じような飯を食べている人間は京人だろうとリヒト人だろうと仲間意識が芽生えるのだろうか。
どうせならそういう場所に行ってみたかった。
* * * * *
「了様、今から向かう仙野多摩は、京国東側の首都とも言われ、建国期の京人が初めて他文明から征服した都市と言われており、
文化の都市とも呼ばれております」
『文化』は京人にはあまり似合わない言葉だと思う。
「なんで東側の首都なんですか?」
「んー……」
などと言いながら端末と睨めっこしている。これはあまりよくわかってない時の綾氏だ。
「純粋に人の多さもあるんだと思います。都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち十八ですから。
まさに東側を代表する大都市ですね。あ、それと、本日は『皇子百里行』の観戦も予定に含まれておりますので」
* * * * *
仙野多摩という都市に近づいて、まず感じたのは、匂いの変化だ。
香辛料の匂いがする。
道中、昼食を取るために立ち寄った食事処で出てきたものこそ、安定の『ウマドン』だったが、
西側と明らかに香りが違った。
それこそ、京国名物『ウマドン』と言えば、羊と馬の匂いの共闘、ダイナミック感を味わう料理だが、ここでは獣臭さに寄り添う形で香辛料が加えられている!
この独特の香りは……八角が近いような気がする。
そして香辛料のほのかな辛味が、癖の強い羊肉と淡白な馬肉の良い部分を引き立てている!
え、美味い! 西部のウマドンは、日本で出されたら確実にネットニュース案件だが、東部のウマドンは、ちゃんと馬肉と羊肉丼だ!
なんというか、香辛料の偉大さを感じた。
「いやー、私も東部の生まれですので。東部都市の食事処にくると『帰ってきたなあ』と思いますなあ」
綾氏の表情が緩んでいる。
「……西側の料理って、『美味しくない』っていう認識であってるんですか?」
「そ、そんなことはございませんよ!? 西側には西側の良さあり、東側には東側の良さありということにございます」
「……横井さんは?」
僕は思い切って自分から、運転手の一人の横井さんに話しかけてみた。
彼は突然の事に流石に驚いたようだが、サングラスの奥に皮肉っぽい笑顔を浮かべて、
「リヒト人に、まず馬鹿にされるのが料理ですからね。伝統を重んじるあまり頑固で保守的な国民性が料理に出てるんですよ」
「横井くん!」
綾氏の諌める言葉が飛んだが、横井さんはチロっと赤い舌を出しておどけて見せた。
京人同士でも軽口とかいうんだなあ……。
* * * * *
あたりには、「モー」などと聞こえてくる。乳牛を育てている牧草地の脇を、四車線の国道が通っており、その脇で一度車は止まった。
ここは仙野多摩の都心部とは目と鼻の先にある牧草地。
東部は本当に空が広い印象だ。西はどこを見ても山だったから……。
「了様、ここ仙野多摩も歴史的に重要な都市の一つです。
大陸初めてのリヒト軍との戦闘、リヒト軍による大侵攻作戦『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』
その戦場の一つとなったのがここ、仙野多摩でした。そして……」
綾鶴が指差した先には、立派な侍の像が建っていた。
顔になんとなく見覚えがある。
「この地も玉隅同様、一時期は首都としての機能を持っていました。
第二次大戦時、時の将軍、雪光殿は、最期は竜の背に乗って、当時リヒト占領下にあった荒神を奪還したという逸話があります。
武神の加護があるということで、軍人にも配属地として、人気の高い地にございます」
「過ごしやすくて、飯がマシですから」
突然会話に割り込んできたのは、横井さんだ。
普通に会話に参加してくれるようになった。
* * * * *
都市部に入ると、これまた驚いた。
『ちゃんと』都会だった。
そこまで尖ったデザインの建物はないが、団地倉庫ではなくてちゃんと個性がある!
四車線の道路脇には街路樹が立っており、街の外観も小綺麗だ。
そうか! 京が異常だったんじゃない。京の西側が異常だったのだ!
「あのー、了様……」
話しかけづらそうに綾氏がモジモジとしている。
「この後、真っ直ぐ市庁に参りまして、それで今日は自由時間となるのですが。
ええ。ええもちろん『皇子百里行』の観戦はできますよ!? ただね!?
……ここ仙野多摩で、有名なのは、やっぱり寄席でございます。
そこでは毎日毎晩、落語や浪曲。講談などが開かれておりまして。
本日は寸馬亭金松の独演会でして。
告知されている演目も『竹中晶、雪壁大立ち回りの段』という、ここ仙野多摩での晶公の英雄譚にございます。
晶公の魅力に触れ、ここ仙野多摩の歴史を知ることもできるというーまさにお得な一席が開かれるのですがー……
……試合の方が、見たい……ですよね?」
「はい」
演目で分かった。この男自身が寄席に行きたいだけだ。
「そうーーですよねー……」
「いいじゃないですか綾氏様、了様は我々が競技場に案内いたしますから、綾氏様は落語をご覧になれば」
横井さんがまさかの提案をしてくれた。なんだか今朝の一件から、横井さんとの距離が縮まったのが妙に嬉しい。
「ば、馬鹿者! そんなことができるか!!」
だいぶ残念そうではあったが、綾氏は観戦に付き合ってくれることになった。
* * * * *
僕たちは市長さんと親父を引き合わせて、仕事後のスポーツ観戦に来ている。
コート……というのか、競技エリアはサッカーコートのそれと比べて若干大きい。
そして、人が多い。
思うに、京国の東側というのは、西側のような抑圧感が少しだけ緩いのかもしれない。
仕事終わりにはみんなして、スポーツを観戦するぐらいの娯楽はあるのだ。
……まあ、酒は飲まないし、観戦時のポップコーンもないが。
それで『皇子百里行』がはじまった。
最初こそルールが全く分からないが、これはおそらくシンプルな競技だ。
ようは、騎馬戦✖︎アメフト✖︎剣道だ。
まずは攻撃側と防衛側に分かれる。
攻撃側も防御側も、八人対八人で陣形を組む。
攻撃側は、二人で籠を持ち、おそらくその中に『皇子』がいるという設定なのだろう。
そして、籠を持っていない選手全員は、手に模造刀を持っている。
攻撃側は籠を持っていない残りの六人で、敵の攻撃を阻む。
防御側は、八人全員で籠を攻撃し、籠持ちの前か、後を模造刀で斬ったら、籠は『落ちた』とされ、ターン終了となる。
攻撃側、防御側も各選手には、鎧が着せられており、そこに模造刀が接触したら『斬られた』と判断され、その場から動くことを禁じられる。
そのように攻防を繰り返し、攻撃側が、相手側の陣地まで籠を運べたらポイント。つまりタッチダウンだ。
まあ、パスのないアメフトみたいなことだろう。
初めは意味がわからなかった。
試合が続くうちに、お、あの選手のあの動き、いい働きだったんじゃないか? あれはいい選手だな。と思い始める。
気がつくと、その選手のファンになっており、途端に試合が楽しくなりだした。
終わる頃には熱中していた。
大陸に来て、一番楽しい瞬間だった。
* * * * *
「楽しんでいただけたみたいで。何よりでございます」
「楽しいなんてもんじゃないですよ! 日本にも広めたいって思っちゃいました!!
これ、リヒト領でも見られるんですか!?」
「みられると思いますよ? 何せ、年度末にはラギ王者決定戦がありますから」
日本野球で言うところの日本シリーズみたいなことだろうか。
* * * * *
まさか自分が京国でこんなに熱狂するなんて思わなかった。
移動中の車で、運転中の横井さんと試合のことで熱弁してしまった。
「まあ今日はこのまま宿に向かいましょう。
明日は……『黒見』に向かいます。少し変わった立地にあるものでして……
ちょっと早起きしましょうか。
黒見の公式印象句は『京国、陸の孤島。文句を言っている軍人と文句を言っている商人しか見ることがない』です!」




