黒見〜京国一闇の深い街……?〜
今日向かう場所は『黒見』という場所。
ここは縦四国でいうと、『坂野町』あたりだろうか。
本物の坂野町は比較的海に近いわけだが、ラギ大陸は徳島の欠けている部分が無いので内陸の都市になる。
いずれにしても北に向かうことになる。
こんな変な周り方をする理由、『旅のしおり』の大陸図面を読めばなんとなく予想できる。
『黒見』は西に『噴沙』、東に『笛ノ巣』、南に『桝戸』
という都市に囲まれている。
この三つの都市はこの大陸独特の『虚民区』と呼ばれている都市で、正確にいうと都市では無いらしい。
排他的で仲間意識が強い京民にとっての『虚民区』は、敵では無いものの、正直扱いに困っているのだと思う。
よって進行方向にある虚民区を避けながら移動したために、大きな三角形を描くような移動を強いられるのだろう。
とまあ、ここまで説明できるくらいには僕も京国に慣れてきたということだ。
* * * * *
『黒見』に向かう日の朝のことである。
仙野多摩の宿で少し早めに目が覚めてしまった僕は、宿周辺を散策しようと思った。
団地倉庫か山しかない西側とは違いそうだから、何かしら見所はあるだろう。
……などと思っていたら、宿のロビーで運転手の横井さんと太田代さんがソファーに腰をかけていた。
数日前だったら気まずいので、そっと彼らの視覚外に避難するのだが、今は挨拶ぐらいならできるだろう。
なんなら綾氏が国の規制で言えないようなこともポロッとこぼしてくれるかもしれない。
近づいてみたら、二人とも空気が重たかった。
「おはようございます」
声をかけたら、二人は一瞬ビクッとしたが僕とわかると挨拶を返してくれた。
こういう時は、今から行く場所にあまり乗り気じゃないのだろう。
「『黒見』に行くのが楽しみなんですか?」
僕は冗談のつもりで話しかけてみると、比較的冗談の通じる横井さんはフフ……と笑ってくれたが、
太田代さんの方はますます頭を抱え込んでしまった。
「なんですか。『黒見』には何があるんですか? 僕はまだ寝ていて、ここにいるはずがないので、いないものとして会話の続きをしてくださいよ」
僕が彼らと同じ席に座ると、横井さんは笑って話してくれた。
「まあ、こんなこと言ったら綾氏様に怒られちゃいますけどね」
「そう。そういうのが聞きたいんですよ」
「ははは。……とりあえず時間をかけていく価値は無いですよ。これといって見どころもないし、特に大きな戦闘も起きたわけじゃありませんから。
綾氏様にしたって、この何もない場所をどうやって了様に案内する気なのか、自分はむしろ楽しみなくらいなんですがね」
「そのためにわざわざ数時間かけて移動する価値もない……」
横井さんの軽口を、太田代さんが項垂れながら返した。
どうやら『黒見』に本気で行きたくないのは太田代さんのようだ。
「ここさえ通らなきゃ、隣の鶴久保まで時間短縮できるんですけどね。『黒見』のせいで謎の無駄な三角形を描かなきゃならない」
「でも、全都市の市長と親父を引き合わせることが僕らの仕事なんでしょ?」
僕がいうと……
「だからって……わざわざ『黒見』なんかに……」
太田代さんの頭がますます重たそうになっていく。
「京の人間だって、黒見を京国だと思ってない者も居るんじゃないか?」
「すると、親父とも関係がない?」
と聞くと……
「「ないないないないない……」」
二人揃って否定する。
「黒見には、何も、ない」
太田代さんが強めに言葉を吐き捨てた。どうも何か知っていそうだった。
「と言うより、京の東部は基本的に何もないんですわ。京の暇人が寄席や浪曲を聞きに仙野多摩に来るぐらいじゃないですか?」
「京は、宗教の関係で娯楽らしい娯楽が少ないですから。これも綾氏様に告げ口しないでくださいよ?」
横井さんも太田代さんも口々に、自虐的な言葉を並べる。
これは後で分かったのだが、京国の旅をサポートしてくれた綾氏と運転手二人は三人とも京国東部の出身で、東部は西部に比べて戒律が若干ゆるいらしいのだ。
そのため西部の人間からは下に見られがちで、綾氏のように外交官まで出世できるのは異例なことなのだそうだ。
だからこの運転手二人は、感覚的には僕に近く、京国の滑稽な部分を共有できたのだった。
「でも、そこまで行くのが嫌な理由はなんです? 今までも玉隅とか、秋綾でしたっけ? 変な場所はいっぱいあったじゃないですか」
僕が言うと、運転手二人は顔を合わせた。
* * * * *
いつの間にか僕ら三人の前には京国の地図が広げられている。
「そもそもが、なんで『黒見』みたいな都市を作らねばならんかったのかと言う話でね」
地図を指差しながら横井さんが言っているのはおそらくだが、『黒見』が北東の隅にあって、三方向を虚民区に囲まれていると言う、京国民の管理者からすれば不便な土地だと言いたいのだろう。
「秋綾には、まだ原子石が取れる。だから無理くりにでも都市を作ったんです。ここは何も取れない。
あって養蜂場です。蜂蜜好き以外には特に重要ではないし、京人は蜂蜜は好みません。西部では出回ってないですから」
確かに。京で蜂蜜なんか取れたんだと、たった今知った。
「おそらくお偉いがたの頭の中はこうですわ。『噴沙』『笛ノ巣』『桝戸』が万が一、連立して建国したら、京の右半分の上半分が京じゃなくなる。
そうなると京はリヒトと他国に挟まれることになる。それは避けたいので、上から蓋をするように『黒見』なんて都市を立てて三つの虚民区を分断させた。
それだけの都市なんですよ」
「それだけの都市に……」
僕は首を傾げて……
「どうして太田代さんは行きたくないんですか?」
すると太田代さんは、地図上で秋綾を指差した。
「どんな悪路だろうがなんだろうが、地図が読めればどう考えたって、海沿いに行けば順路は、秋綾の次は隣の黒見のはずだ。
それがなんで一度こんなに南下して仙野多摩を経由してもう一度北上……無駄な三角形を描かなければならないのか」
地図の上を指でなぞりながら、太田代さんは重々しく喋る。そして、黒見の北部、沿岸辺りに円を描いた。。
「ここが自然保護区で入れないからなんですよ」
「何人たりとも入れない区域がこんな場所にある?」
僕が聞くと、二人とも黙り込んでしまった。
* * * * *
朝食を済ませた僕たちは車に乗り、一路、何だかよくわからない『黒見』へ。
僕と運転手二人は、さっき三人で話したことは綾氏の前ではなかったことにした。
「了様、これから向かう黒見という都市。都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち九」
「九!」
思わず僕は大きな声が出た。さっきの話を聞いていて、思っていたより人口が多いと思ったのだ。
「ええ。何せ三つの虚民区に囲まれていることもあって、軍施設があります。
というよりも何より都市沿いを違多川が流れており、豊かな牧草地なので生活はしやすいので。ですから交通の便は悪いですが、
住宅街としての一面があるんです。
……太田代くんはここの出身だよな」
え、と助手席の太田代さんを見ると、重々しくうなづいた。
そうだったんだ。
国道は、料金所的なところに入っていく。
その前のサービスエリア的なところで一旦車は止まる。
「了様。お手洗いなどの用事がございましたら、ここでお済ませください」
「え? まだ仙野多摩を出てませんが……」
「ええ。これから我々は、仙黒間道路を通ります。黒見に着くまでは道中、お手洗いがございませんので。
ここで済ませていただきまして」
つまり高速道路で言うところのサービスエリアが全くないと言うことだろうか。
考えてみれば、虚民区と虚民区の間を強引に突っ切っていく道路だ。
そして虚民区との約束事が、極力お互いに干渉しないことなら、余計な面積も取らないように京側が歩み寄ったのではないだろうか。
しっかり用を済ませた僕らは、仙黒間道路に入って行った。
道はそこまで混んではいない。
そして真っ直ぐな道なので、速度も出しやすいようだ。
ただ、道の両側には高い高いフェンスが立っており、従って見える景色はフェンス。以上。だった。
虚民区の人間とは、お互い干渉しない。
この考えは徹底されていると言うことだ。
まあ、見るものも特にない、退屈も退屈な道路だった。
道中、綾氏が必死でこの道路を建設するためにかけられた苦労を語っていたが、本当にそれしかないんだな。と思った。
ただ黒見は遠かった。ひたすら遠かった。
* * * * *
黒見に入ると、なぜだろう。京でありながら半ば、隔絶されたような都市だからという印象が付きまとうからなのか、
とても不気味に見えた。
風に揺れる電線とか、住宅街なのに、誰の姿も見えないところとか。
利用客が少ないのか、閑散としているショッピングモールとか、カラスの鳴き声とか。
そして、その割に存在感のある、巨大な軍事基地とか。
僕が感じたのは得体の知れない、居心地の悪さだった。
市長に挨拶を済ませたら、ここならではの名物、蜂蜜湯が売っている露店があったので、人数分綾氏が買ってくれた。
綾氏が、明日の打ち合わせで横井さんと話し合っているうちに、僕は太田代さんに声をかけた。
「……自然保護区って、どんな感じなんですか?」
すると太田代さんが答えたのは……
「わからないんですよ」
「え?」
「俺はここ、黒見に十五歳まで住んでいました。十五年間住んでいた人間が、地元の自然保護区のことを全く知らないんです。……どう思います?」
「知らないって、どう言うことですか?」
「自然保護区とは言いますけどね。誰が保護してるんだという話で。まあ軍でしょうね。でもね、軍の配属先に、《《黒見は含まれてないんです》》」
「え? ……じゃああの基地はなんの基地なんですか……」
すると太田代さんは蜂蜜湯を一気に飲み干し、紙コップを握りつぶした。
「それがわからないから、気色が悪いんですよ。
『黒見には何もない』それは、国が我々にそう刷り込もうとしている印象であると同時に、我々もそう信じたいのです。
黒見には、何もない」
京にも黒い歴史があり、それを自然保護区に隠していると言うことだろうか?
今朝、運転手二人から自然保護区のことを聞かなければ、僕はこの街に興味すら持たなかった。
もしかしたら、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかも知れない。
(黒見の自然保護区には何があるのか?)
僕は心のメモにそう、書き記した。
今日は黒見で一泊ということだが、なんだかすぐにでも立ち去りたかった。
「了様。明日我々が向かうのは、『鶴久保』という砂漠の都市にございます。
公式印象句は『アルミホイールしか産まない街』にございます」




