鶴久保〜国内で一番アツい街〜
『黒見』の宿で寝付けなかった理由はいくつかある。
それは、基本車での移動なので、ちょくちょく昼寝を挟んでしまっていたと言うこと。
もう一つは、この町に関するなんとも言えないきな臭さが、関係のないはずの僕にまで漂ってくること。
もう一つは、音だ。
『黒見』は静かな街である。言い方を変えると、基本的に音のしない街だ。聞こえてくるのは淡々とした川の音。
なのにそれが夜になると、川の音に車の音が勝つのである。
深夜。住宅しかない場所。周りは虚民区に囲まれていて出かける場所なんてない。
そんな場所の深夜に活動的になる理由ってなんだ?
想像できないものを、想像しようとする時というのは厄介で、一番良くないのはキリがないことだ。
幾千、幾万通りの『かも知れない』が頭を通り過ぎていく。
さして賢くもない頭で、まして知らない大陸で、闇バケツの中のものをを手で探るようなものだ。
京国のキナ臭いものが黒見には詰められている。
そのキナ臭いものに、親父が関係していたら?
……どのみち数日で大陸を出て、おそらく二度と来ないだろう僕には関係のない話だ。
なのに気になって気になって仕方がないのだ。暇というのは、厄介なものである。
おかげで寝不足だが、どうせ車の中で寝れるのだ。
食って寝てばかりで、ここのところ明らかに運動不足だ。
しかも食うものは基本肉と米だから、確実に太るだろうこの旅は。
……いつの間にか不安のベクトルが変わった。暇というのは、厄介なものである。
* * * * *
「いかがなさいました? 了様。どこか具合が……」
心配そうに綾氏が僕の顔を覗く。
「イヤ、寝付けなくて……」
素直に言った。それより、なんだか随分のんびりとした朝だ。
今日行く場所って、そんなに近いんだっけ?
すると綾氏が……
「なら、出発前に少し休まれていきますか……?」
などと聞いてくる。
「……ここ(黒見)で、ですか?」
「ハイ」
「え、そんなに今日の日程のんびりなんですか?」
すると綾氏は端末を開いて……
「ええと……理由は二つありまして。
一つは、朝の黒鶴間道は渋滞するのです。
昨日も言った通り、黒見は住宅街ですので。人間によっては昨日の晩から出勤するものでして」
……あ、昨日の車の音はその音だったのか。
じゃあ僕の今日の寝不足の意味は!?
我ながら情けなくてため息が漏れた。
「もう一つの理由はなんですか?」
「それがー……今から向かう鶴久保はなるべく夕暮れ過ぎに行った方がいいかと思いまして」
綾氏が言うと、運転手二人も黙々と頷いた。
「……景色的にってこと?」
何も知らない僕が聞くと、横井さんは意地悪な笑顔を浮かべた。
「まあ、行ったらわかりますよ」
これは何も聞かせてくれないぞと悟った僕は、ゆっくり二度寝をさせてもらった。
綾氏や横井さんが言った意味がわかったのは、昼前に黒見を出発し、壁しか見えない黒鶴間道を抜けた後だった……
* * * * *
「イヤアどうですか。了様」
周りの景色に圧倒されて、僕は頭を抱えている。
鶴久保には、丁度夕方すぎについた。
目の前に広がるのは砂丘だ。
いや……はっきり言って砂漠だ。
一面、海のない砂浜が続いていて、砂煙が舞うので窓を閉められた。
猫と呼ぶには大型すぎる生き物と、目があったりする。
マア赤道の真下なので、本来は正しい景色なのかも知れない。
だけど四日くらい前まで僕は豪雪地帯にいたはずだ。
同じ国内でツンドラと砂漠!? もうついていけない……。
いや、いやアメリカだって、アラスカ州とテキサス州がある。それと一緒だ。
無理やりそう解釈することにした。
ここを日中に通りたくなかった理由は、日差しが厳しいのと、ハンドルが素手で持てないほど熱くなるからとのことだった。
「了様。ここ鶴久保は、ご覧のとおり広大な砂丘にある都市にございます。
都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち四。まあ、ご覧のとおりの街です」
これは、比喩でもなんでもなく何もない。
砂しかない。
しかし砂の山に沈んでいく真っ赤な夕日は、海外感といえばいいのか……非日常的な感じがして風情がある。
ちなみに立地は、縦四国で言うところの……馬路村のあたりに都心部がある感じだろうか?
国道が通ってなければ秘境としか呼べなさそうな、道を走っていると思ったら、突然巨大な重機が現れて工事現場の景色になったりする。
「まあ、鶴久保と言ったら鉄礬土でしょうね」
「鉄礬土?」
「日本にはございませんか? 鏡面紙の材料になる素材にございます。……あ、日本語で確か、アルミホイルだったかと思います」
うん日本語じゃあないな。
なるほど。ボーキサイトの産地なのか。
「まあ鉄礬土が取れるために建てられた都市が公式ですので、鉄礬土を採掘するための都市です」
「人口も今までで最低じゃないですか?」
「まあ……そうですね。住民のほとんどは採掘場の労働者です」
ふと、ここの人たちの生活を想像してみた。
地獄のような暑さと砂の中、重労働をして、それが全てだ。
娯楽のような娯楽は近くにはなく、神だけを信じ、ひたすら採掘をする。
そして宗教上の理由でお酒も飲めない。
別にその人たちの人生を否定するつもりはないが、想像せずにはいられなかった。
何を考えていて、何を生きがいに生きているんだろう?
人生が選べるものだとして、こんな砂の上で生きる事を選んだ人はどんな気分なんだ。
あるいは人生は選べないもので、砂の上で生まれたら順応できるものだろうか?
いくら疑問を浮かべても、物言わぬ重機は答えてくれなかった。
* * * * *
都心部についた頃には日が暮れていた。
地図上で見ると、大地の上に定規で引いたみたいな道路による長方形。
ここに居住区があり、今までで一番こじんまりとした市庁があった。
市庁の入り口には『鉄礬土の輸出率大陸一位! 鶴久保』と書いてあった。
僕はなんとも言えない気持ちで、市長に挨拶をし、親父と市長を合わせた。
* * * * *
砂漠の夜は寒い。とは聞いていたけれども、実際に冷たい風が強く吹いている。
砂埃が顔にあたり、目を開けてられない。
ここで生活をするのは、やっぱりハードルが高いのだと思う。
「了様。人口こそ少ないこの地ですが、第二次大戦時は……特に湾岸部の方は、リヒトを相手に大規模な戦闘が繰り広げられていたと聞きます。
京の本国から、京武士が孤立している南東部まで物資を運ぶ際、港がある黒堀までの道で大戦が起きました。
ここにも、戦いの傷跡はしっかりと残されているのです」
宿に向かう車の中で、綾氏が言った。
「さて……で、明日向かう場所が……
『黒堀』にございます。公式印象句は『東部の港町! 学校給食で唯一鯨肉が出る街!』にございます」




