黒堀〜黒見と間違えられると怒る〜
鶴久保は、その日の晩に出発した。
それはそもそも、鶴久保に宿泊施設はないという事と、日中に長時間、鶴久保の道路を運転すると、ハンドルが加熱して運転手に負担がかかると言う理由である。
だので、車の中で寝てほしいとのことだった。
砂漠とは言え、京国の国道が通っている。ので整備された道と、街灯はある。
何もない暗闇の砂漠に、点々と光の道が続く。
それはそれで、日本では見られない景色だ。
そんな景色の中を、心地よい車の揺れに身を預け、半分寝ながらぼんやりと眺める。
中々悪くない時間だ。
住めば都。なんて言葉があるが、僕は本当に京国に染まってきているのかもしれない。
* * * * *
黒堀は京国東側の港町らしく、都心部が海と隣接している。
徳島を北とする縦四国で言うところの奈半利町といったところだろうか。
山に囲まれ、謎の乱層雲が常時停滞している西部とは違い、東部は比較的天候が安定している。
……まあ、赤道の真下と考えれば、やっぱり色々とおかしい気がするのだが、その辺りのことはもう考えるのをやめた。
どうせ数日で出ていくのだ。きっと世界の研究者が、いつかこのヘンテコな大陸の謎を解き明かしてくれるだろう。
僕には関係のないことだ。
いつの間にか熟睡していたみたいで、目が覚めた頃には黒堀領に入っていた。
「おはようございます。ちょうど、そろそろ昼食をと思っていたところにございます。
ここは、京国黒堀。東側の港町で、主にリヒト南東部への輸入出の窓口的な役割を担っております。
都市の人口は、ラギの指針する二十段階評価のうち十三。そこそこ栄えた都市ですね」
「そして……」
僕は口を挟んだ。
「綾氏さんの故郷なんですよね?」
聞いてみると、綾氏は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「よく覚えておられましたな……。いかにも、私が十五の歳まで生まれ育った都市にございます」
「ここには何があるんですか?」
「はい。黒堀が歴史上で陽の目を見たのは、主に大戦期、第二次大戦時のことにございました。
第二次の戦場は主に、京国全域と大陸南東部でしたから。
特に南東部は孤立した京武士が孤軍奮闘している状態でしたので。
補給拠点として黒堀の港が活躍していた。と言う記録が残されております」
綾氏が『港』と言った瞬間くらいのことだった。
視界に青いものが映る。
「海だー!!」
* * * * *
海ごときではしゃぐなんて、子供か僕は。
日本だって海なんて珍しくもなんともない。しかし、旅先で見る海というものはなんでこう、感動するものなのだろう。
ましてそれが、なんだかよくわからない大陸ならば尚更の事。
海沿いの大きな港には、大小様々な船が停泊しており、海沿いに大きな建物が並んで立っている。
そしてその間を、白い鳥の群れが飛んでいく。
まさに海沿いの都市だ。
考えてみれば、ラギ大陸にきて初めて海を見るのかもしれない。
「すごい綺麗な場所ですねー……」
お世辞でもなく、素直な心に従って言葉を紡いでみた。
すると綾氏はわかりやすく照れて……
「港しかない都市ですから……」
などと、明らかな謙遜を言うので、意地悪を言ってみることにした。
「港しかないから、『黒見』とよく間違えられる?」
「そ! そんなわけがありませ……あ!!」
綾氏が口を押さえた。
「……すまん太田代くん……」
「いいえ。自分でもそんなわけねえって思ってますから」
意地悪なやり方だったが、これで黒堀の人の本音がわかった気がする。
黒見と一緒にされると怒る。と。
それよりも程よくお腹も空いてきた頃だ。
旅不精の僕でもわかる。こういう街のご飯は美味しいのだ。
* * * * *
京国に来て、目の前の景色に絶望したのは何度目だろう。
食事処で出てきた料理は、マジで親の顔より見てきた『ウマドン』である。
京国東部にきて、若干味が変わったとは言え、食えるのは最初の三食だ! 車を降りた瞬間、磯の香りで思わずお腹が鳴ったのに!
なんで!?
僕の表情を察した横井さんが、意地悪な顔を浮かべた。
「その顔は、海鮮を期待してましたね?」
僕は無言で何度も頷いた。
すると綾氏が申し訳ない顔になった。
「左様でございましたか……。そうでした。
京国は宗教上の戒律で、魚介類を殺めるのは禁忌とされているのです」
「川や海に住んでいるからですか!?」
険しい顔をしながら綾氏が頷いた。
「え! 給食に鯨が出るんじゃないんですか!?」
「あんなのは嘘に決まってます! リヒト人が勝手に言ってるだけです! 鯨様をいただくなんてとんでもない!!」
やっぱり京国は京国だ! 僕は思わず心の中で舌打ちをした。綺麗なのは外観だけかよ!
* * * * *
間も無く市庁につくかどうかと言うところである。
「ん? ……あ! すまん! 太田代くん! 車を寄せてくれ!」
突然車を止めて……
綾氏が車から降りる。なんだか知らないが、すごい慌てようである。
「ほ、ほんとすまん、ちょっと待ってて……」
そして、走り去っていった。どうやら、遠くの方に見える建物が市庁のようだ。
何やら市庁の入り口のところで慌てて、作業をしている綾氏が見える。
横井さんが、太田代さんを突いた。ものすごい悪い顔をしている
「おい……見に行こうぜ」
「同感」
そして、車は市庁の前に停まった。
そんな僕らの事にも気がつかないほど、綾氏は一心不乱に市庁の入り口に掲げられた横断幕を剥がしていた。
なんとなくだが……
『柳谷綾氏君! お帰りなさい!!』 と書いてあるのがわかった。
それを、鬼の形相で剥がしている綾氏。
運転席は大爆笑で、太田代さんはハンドルをバンバンと叩いた。その反動でクラクションを一回鳴らしてしまった。
「あ、やべ」
流石に綾氏がこちらを見ると、車の外からでも「あ!!」と聞こえてきた。
それを聞いて、ますます笑い転げる運転席の二人。
* * * * *
「綾氏さんは、黒堀の英雄なんですね」
僕が言うと、綾氏は耳まで真っ赤になった。
「いや! 私なんて! 英雄だなんてそんな! そんなもんじゃないんです! いやほんとに申し訳ない!」
本当に恥ずかしそうなので、横井さんが隣でフォローをしてくれた。
「京国東部はね、言って仕舞えば西部の生まれの連中に下に見られてましてね。
こと将軍府関係に食い込めるなんて稀なんですよ。しかもこんな大役を任されるなんて異例中の異例ですから。
名誉の凱旋ってやつですかね。綾氏様」
「よしたまえ!!」
綾氏は首まで真っ赤になった。
* * * * *
「ようこそ黒堀にお越しくださりました。
市長の綾盛です」
「どうも。えっと、親父です」
もう、何度繰り返したかわからない市長さんとの挨拶を済ませ、市長が『二』のポーズを作った後に僕に握手をしてきた。
こんなことをされたのは初めてだった。
「どうですか。ちゃんとやれてますか。綾氏は」
「綾盛殿! 今日の主賓は幸雄様にございますから!
……了様も申し訳ない。私を将軍府に推薦してくれたのが綾盛殿でして……」
「ええ。私が荒神京本学校の教員を務めていた頃から彼は優秀でしたので」
綾盛さんはその後三十分も綾氏を褒め称えた。
骨壷係としてはなかなかの重労働だが、それほど綾氏はこの街の誇りなのだろう。
* * * * *
帰りの車でもまだ、綾氏の顔は真っ赤でモジモジしていた。
「いやあ、お恥ずかしいところをお見せいたしました。本日の主賓は幸雄様にございますので、出過ぎたというか、余計な時間をかけさせました。
申し訳ない……」
「いえ。なんだか……綾氏さんってすごい人なんだなあって今更思いました」
「すごいだなんて……私なんか……」
また耳とか首とかが赤くなる。見ていて可愛げがあって面白い。
「本日は海の見える部屋を予約いたしましたので、景色も楽しんでくださいませ。
えー明日向かう場所は……『淀桂』にございますな。
公式印象句は『防御力最大! 人間には滅法強いが自然災害の被害が多すぎる都市』にございます!」




