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リーゼンヴェレンラント〜旅の終わりが始まりに続いてしまう〜

 田舎の山道の朝は、都会と比べて実に賑やかだ。

 木の葉はざあざあと鳴き、虫や小鳥が、人間の目など気にせずに鳴き、長閑《のどか》なりにそこかしこから、まるで僕に何かを訴えるように鳴いている。


 そんな朝の山道を、車で登っていく。


 本来は今頃、ハイデ・アルエルクを目指していたはずだ。そして船に乗って京国入りし、隅扇島《すみおうぎしま》、そして仙神堀空港《せんじんぼりうこう》から日本に帰る。

 大陸の思い出を胸に。そんな予定のはずだった。


 それが、大陸の中央に居座る、標高から面積から何もかもが巨大な山脈を、ヴァッサークッペから車で登っている。

 逃げようにも僕は無一文だし、綾氏《あやうじ》が運転する車の、後部座席に座っている僕の両隣にいるのは、まるでリヒトの双璧。

 エゴンと……イリーネさんがきっちりと僕の両脇をガードしているので僕は身動きすらとれない。


 僕の旅が、ただ親父と一緒に三十六都市回ればいいだけの旅、ではなかったのは、おそらく最初から決まっていたのだろう。

 この、内臓を煮詰めるかのような不快感の原因は、どうも旅の主役が親父から、僕に移ろうとしているのを感じはじめているからだ。

 なぜ、そう思うのか。僕は今、『親父を持っていない』

 それはもう、必要ないのだそうだ。

 どう言う意味だそれは。


 まるで、壮大すぎるドッキリ企画に参加させられた気分だ。……僕は芸能人でもなんでもないのに。



 今までも、たとえば京国にいるときも、リヒト領にいるときも、この人たちは親父ではなく僕に何かを訴えてきているとは感じていた。

 感じはすれど、僕は無関係を装っていられた。実際、関係ないと思っていた。

 親父が京国大将軍からも、リヒトのカルテルからも、大統領からも重要人物だと思われていようが、僕には知ったこっちゃない。

 そう思っていたのに……それは違った。彼ら全員かどうかは知らないが、どうやらこの旅は、親父云々よりも僕にラギ大陸を一周させたかった旅なんだ。


 それはなぜか? 知るわけがない。これからわかるのだろう。


 * * * * *


 僕は呆然と、昨晩のことを思い出していた。市長の家での事だ。

 お風呂を借りて、全ての受け入れられない現実を『受け入れる努力をすることを決めた』時点で眠気が襲い、これらは悪い夢だったことにして寝てやる。

 ……と思っていたら、ノックの音がしたのだ。

 もーなんだよ!! 用があるなら風呂に入る前に済ませといてくれよ!!

 などととにかく不機嫌だった僕が、半ば乱暴にドアを開けると……部屋の前に立っていたのは……


 * * * * *



「……私からお話ししてもいいんですか?」


 昨晩の思い出を断ち切って、現実の車の中に引き戻す声が響く。


 助手席のエルザが、運転中の綾氏に声をかけている。

 彼女にしては珍しく、緊張感のある声だった。


 綾氏の方は運転に集中をしながらも、明らかに熟考していた。

 すぐに答えを出さない。それは京国の国民性なのか、それとも綾氏のクセなのかはわからない。

 結局頷くくせに、それにいちいち時間をかけるのが京国国民であり綾氏だ。

 それをエルザも解っているのか辛抱強く返事を待つ。


「……よろしくお願いいたします。ただし、補足として私から口を挟ませていただくこともあるかもしれません」


 慎重に、しかしはっきりと言葉にした。こいつの発言は、いわば京国の発言になる。

 だから慎重になる。


 エルザが振り返って僕の方を見た。


 そこから聞かされたのは、これまで全く知らなかった物語だ。


 * * * * *


「ここから話すのは、まだ語っていない真実です。

 第四時大戦の終結後でした。

 戦争は終結していたのにも関わらず、その直後にそのまま全面戦争すなわち、第五次大戦が始まろうとしていました。

 それは、復興期から積み上げてきた大陸の文明を、消滅しかねない規模のものになるのは、両国とも感じていたと思います。

 止まろうにも止まれない両国の状況下でした。

 大陸に、預言者を名乗る人間が現れたんです。

 その人間はリヒト人を自称しておりましたが、見た目は京人でした。名を、Caesarと名乗りました」

 

 聞いたことある名前だ。


「彼は預言者であると同時に、この大陸の創造主であることを我々に語ったんです。

 もちろん、大陸の誰も彼の声に耳など貸しませんでした。

 京国、西リヒト、東リヒト、それぞれが、そんな狂人の声に耳を貸す余裕など無かった。それが本音です。

 一触即発の社会情勢。それを覆したのが、彼の出した最初の書籍。『Caesars Monolog』」


「京名は、『シーザーの独白』でございました。まあ、同じ意味です。

 その書が、真っ先に両国の元首の目に留まり、我々は互いに矛を納めたのです」


 その作家は知っているが、僕が見たことも聞いた事もない書だと言うことはわかる。


「……よくわからないのは、そんな重要そうな書籍の話が、今まで話題にも上がらなかったのはどう言うことですか?」


 ここまできたら、聞かないわけにはいかなかった。


「はい。それは……リヒト側、京側の元首がこの書に書かれていることの一部を、真実と認める代わりに、一般に出回る事を固く規制したからです」


「それはなぜ……」


 すると、エルザと綾氏が同時に……


「「わからないのです」」


 と言った。


「……はい?」


「書の内容を正しく把握しているのは、元首と軍の上層部のみ。

 出版社の人間も知っていることになりますが、彼らは世間に口を開くことを固く禁じられました。

 我々外交官にすら、書を読むことは禁じられました。よって、そこに何が書かれているのかは、語ることも考察することも禁じられたのです」


「それが『自由の国リヒトでも』だ」


 先ほどから不機嫌そうなエゴンが話に割って入ってきた。


「そこまで、国民に知られたら都合の悪いことが書かれてたんだろうぜ」


「……まあともかく、『シーザーの独白』事件によって、第五次大戦は食い止められたこと。

 そして、Caesarという預言者の発言力を、全ての国民が注目することになったんです」


 ……シーザー、シーザー、うるせえな。

 僕が感じていたのはこのような不快感だった。なんて勿体ぶった言い方だ。

 僕は震えが止まらなかった。


「親父だったわけでしょ!? そのCaesarとかいうのは!」


 すると、全員が黙った。

 重々しく綾氏が……


「左様にございます。今まで隠しておりました。申し訳ございません」


 何がシーザーだ。自分の苗字、士座をそれっぽく読ませただけじゃねえか!

 我が親父ながら捻りも何もねえな! 僕の震えは止まらなかった。

 そっと、僕の膝の上に、イリーネさんの手が置かれた。落ち着けと言いたいのだろうが、これが落ち着いていられるか。

 

 エルザは続ける。


「この『シーザーの独白』事件の後に、Caesarは四つの書を執筆なさりました。

 それは、第一次から第四時までの戦乱を、リヒト国の視点から描いた物語でした」


 そのうちの一つが、僕がリヒト国で買ってもらった『三本目の火矢』というわけか。

  

「そしてCaesarが最後に残したのは予言でした。このような内容です。

『間も無くラギ大陸は二度目の滅亡をする。しかし、新たな場所の元で蘇るだろう。

 そのとき、新たな預言者の誕生によって京もリヒトも思い知るのだ。この大陸は、誰が統治し、どうあるべきかを』」


 ガクン。と、僕の頭は落ちた。

 勝手なことをつらつらと……。


「了様。そこからは了様もご存じの通りです。ラァジは一度消滅し、このような形で蘇りました。

 ……六年前のことでございます。大陸の復活とともに……Caesarは姿をくらませました。我々は大陸の総力を上げてCaesarの行方を探しました。そして、見つけたのです」


「あーわかりました、わかりました!!」


 イライラが最高潮に達していた。

 事態が思っていた数百倍厄介だ。

 腹のたつ原因は今から口にするこれだ。


「それが、僕となんの関係があるんですか!?

 親父がこの大陸の……何やら根幹に関わっているんだろうなというのは、大陸に来る前からわかってました。

 僕はその輪郭を今なぞったわけです。でもね。

 僕は親父とは関係ありませんよ。ただの息子です。それも一緒にいた時間は短いので息子と呼べるかもわかりません。

 だいいち、親父が見つかったんなら本人に聞けばいいでしょうが! 親父の独白に何が書かれていたのか!!」


 イリーネさんが僕の手をギュッと握る。珍しく優しさを出してくれたのだろうが、その行為ですらイライラした。綾氏は続ける。


「幸雄様は……我々には何も語ってくださりませんでした。なんでも『それは私の役目ではない』そうですので……」

 

「じゃあはっきり言ってください! 僕に何をさせたいのですか!? こんな山まで登らせて!!」


 ……誰も何も言わなかった。

 なんだこの沈黙は。

 もー、ほんと、リヒトも京も一緒だ!! 僕は、この大陸の人間の、こういうところが大嫌いだ!!

 いつも肝心なことをその場で教えてくれない!


 エルザは何度か綾氏の方を見て、ようやく口を開いた。


「了様、了様が初めてリヒト領にきた時、私はこことは反対側、東側の山岳地帯で、こう言いましたね?

『Riesenwellenland(リーゼンヴェレンラント)は人を呼ぶんです。そして呼ばれた人間が山脈に訪れると……

 過去への道が開かれて、その人を大昔へと連れて行ってしまうんです』」


「話をすり替えないでください。もう、関係ない話はやめてください」


「関係は……あるのです」


 エルザがそう言い切ると、山道は開けた道に出た。


 この景色が……本来終わるはずだった僕の、新たな冒険の始まりになってしまった。

 そこには、大勢の人間が僕達を待っていた。

 

 京国民。リヒト人。今まで会ってきた市長たち……大統領。あそこのガラの悪そうなのはカルテルの人間か?

 本来、一緒にいるべきでない人間たちが、黙って僕らを待っていた……。


 車は、その人たちの輪の中で止められた。

 

 僕はもう、納得のいく説明が来るまで車からテコでも降りねえぞ。と心に決めてた時である。

 綾氏が振り返り……



「了様……大事な方が、お待ちです」

  

 僕は、ラギ大陸を圧縮したような景色の、『真ん中』だけは決して見ないように俯いていた。なぜだかわからない。嫌な予感が絶えなかった。


 エルザが助手席から降り、後部座席のドアが開かれ、降りるように促されたが、僕は頑なに下を見て動かなかった。


 すると、イリーネさんが僕の腕を引っ張る。

 僕でも、暴力だけには屈するほかなかった……。


 大統領。カルテルの人間。あっちで大勢に囲まれてるのは京の大将軍か?

 色々いるが、『その人物』とだけは目を合わせたくなかった。

 イリーネさんに引きずられながら、僕は『彼』の前まで歩かされた。



 * * * * *


 お互い、黙っていた。

 いや、言いたいことはクソほどあるのだ。

 一度口をひらけば、文句の一つや二つから百個くらい、くだらないほど飛び出るのだ。


 だがそれでも僕から喋るのは絶対違う。

 だから黙っていた。


 トン。とイリーネさんが僕の背中を叩いた。

 

 僕は相手の顔を見ずに、大きくため息を吐いた。


「……死んでたんじゃないのかよ」

 

 相当散らかっていて、解きようのない頭がようやく弾き出したのは、こんな言葉だった……。


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