新婚旅行に旅立つまで
「……もっと別の言葉は無いのか。数十年ぶりに会う親に対して」
「いいや、これ以上ないね。……あの骨壷の中にいたのは誰だ」
すると綾氏が割って入ってきた。
「京国の……比較的体型の似ている人間にございます。
病を患っており、余命幾許もない人間をお父様とさせていただきました」
「最低だな!!」
吐き捨てて僕は、周りにいる今までの旅でお会いした一同を一瞥した。
いやむしろ、睨んだ。
「全員知ってたんですか」
恨みがこもって当然だ。僕の旅は、茶番だったことになるから。
すると、まず綾氏が僕の前に現れて、土の地面に膝をついた。
「全員ではございません。ここに控える数名のみ、この事実を知っているのです。
……申し訳ありません! 結果的に騙すということに相成りました!」
「謝ってほしいわけじゃない。説明を求めてるんです。なんですかこれは?」
「もちろん、すべて幸雄様のご意向にございます」
「なんで!!」
ようやく、目が合った。自分とこのクソ親父と。
やつは僕が怒るのは承知だったようで、少し笑っていた。
「もちろん全部説明するとも。この大陸が一体どういう場所で、どうして『お前が呼ばれたのか』」
* * * * *
興奮して震えている僕の背中を、隣に立っているイリーネさんがさすっている。
彼女のこの馴れ馴れしい態度だって僕は正直我慢ならんのだ。ジークでの決闘だって、この結婚だって茶番だろうが!
……『結婚』という言葉で、僕は昨晩のことをまた思い出してしまった。
深夜にイリーネさんが部屋に入り込んできて……
それは、異性との経験が皆無だった僕にとってそれは衝撃的な夜だったわけだが、それも言って仕舞えば茶番だったわけだろう。
人のことをなんだと思っているんだ。
「……私は今まで、お前に対して親らしいことをできていなかったな」
「今を以てしてない」
はっきり言ってやった。
「……それもそうだな。私は、人との関わり方がわからない。
人間が嫌いなタイプでな」
「言われなくてもわかるよ。だからずっと家に引きこもってたんだろうが」
これでも、感情を抑えている。国家の元首二人が見ている前だ。僕を騙した相手だとしても。
二人だけだったら、胸ぐらを掴んでいたかもしれない。
「信じてもらえないと思うが……」
親父は表情を一つも崩さずに滔々《とうとう》と語る。
「お前を片親の子にしてしまった時から、お前に残せるものなど言葉以外にないとわかっていた。だから私は、いつかお前に語って聞かせてやれるよう、楽園を描き続けていたんだ」
「はあ?」
思わず身を乗り出した。渾身の「はあ?」だった。
「お前に言って聞かせてやれるような楽園を、私は考えた。
……神は『光あれ』と言ってから七日間で世界を作ったそうだが……
私の場合は二十年以上かかったよ。まずは神に習ってその国の創造主に『光』と名付けた。
こうして私の楽園造りが始まった……。
しかし、考えれば考えるほど、『楽園』とはどんな場所なのか、私自身が迷子になってしまったんだ。
私は人間が嫌いだが、人間の事はよく知っているつもりだ。
人が二人以上存在すれば、それだけで争いが生まれてしまう。
それが百人以上いたら? 千人を超えたら?
……楽園のことを想像すればするほど、結局真の楽園とは孤独のことなのではないかとすら思えてしまうのだ。
とてもお前に聞かせてやれる物語にはなれない。
私は、くだらない仕事の合間に、時間をかけて考えて、考えて、考えて人々が納得して生きる世界を頭の中で構築した。
いわゆる極楽のステレオタイプのような場所さ。しかしそれは、煮詰めて考えればひどく歪な全体主義の国になってしまったんだ」
人々が神を崇拝し、厳格なルールの中で慎ましく生き、辛い労働も信仰によって救済を受けることができる国。
何が極楽だ。そんな場所に十日以上いた僕は思わず鼻で笑ってしまった。
「うまくいかなかったと感じた私は、もう一つ真逆の国を作り、大陸の半分を与えることにした。欲望でできた国を作れば、京という国は極楽たり得ると思ったのだ。しかし……結果はお前が見てきた通りだ。
二つの国は常に争うことになってしまった。欲望を詰め込み、楽園となるはずだったもう一つの国も、お世辞にもそうは呼べない国になってしまった」
人一人が幸せになるために、五人を不幸にしなければならない国の事だ。
民主主義で政府への信頼が高い国を作った結果が、極端な合理化と過剰な資本主義、そして過度な貧富の差を極めた欲まみれの国だ。
「私はまた失敗した。この世に、お前に語って聞かせてやれる世界などないのかもしれないと諦めていた頃だったよ。
……実際に自分の作った世界に送り込まれたのは」
嘘つけ。そんな馬鹿な話があるか。と言いたいが、困るのは実際に周りにはその世界の住民が息をしているのだ。
「それで? その楽園の出来損ないに僕を案内できて、満足か?」
親父は何も言い返さなかった。
すると、さっきからひざまづいている綾氏が割って入ってきた。
「ここからは、私めから話させていただきます」
「結構です。僕は帰ります」
しかし、腕をがっしりとイリーネさんに抑えられている。
「私たちは、創造主たる幸雄様に代わり了様に、我々を楽園に導いていただきたいのです」
……はい? 言われている意味がわからない。
「了様には、今より『京本光』となっていただき、ラギ大陸の『建国期』に行っていただいて、幸雄様の作られた世界をその身で体験なさっていただきたいのです」
綾氏の口から言葉が出てくるたびに、頭に血が昇っていくのがわかった。
「親父にやらせてくださいよ! なんで僕なんだ!」
「……幸雄様には、その資格がございません。幸雄様は、リヒト軍に加担したことになっておりますので……」
「そんなの親父の匙加減でしょうが!」
「いいえ! そうはまいりません! ……いくら創造主様でも、歴史の改ざんはできません……。
そして、幸雄様がこの大陸に残した『大戦期』を描いた書籍四冊は全てリヒト側から書かれており、京国側のものがありません。
了様には、京国側の歴史書を四冊書いていただきたく……」
「勝手なことを言うな! それこそ親父にやらせろよ!!」
すると綾氏は悲しそうに顔を上げた。
「重複いたしますが……お父様はリヒト軍に加担しておりました。いくら創造主とはいえ、そのような人物に京国の歴史を語られるわけにはまいりません……」
「僕じゃなくてもいいだろう!!」
今度は、イリーネさんが僕の耳元で静かにつぶやいた。
「いいえ。あなたにしかできないことだわ」
……悪夢だ。日本に帰れない。少なくとも、僕がここで小説を四冊書くまでは……。
「僕には何も残さないんじゃなかったのかよ」
僕が聞くと、諸悪の根源は悪びれもせず……
「何も残さんよ。何せ今からお前は、士座了ではない。京本光だ」
「だいいち過去に戻るったってどうやって……」
すると、今度はエルザが割って入ってきた。
「それが、『この山』なら可能なのです。幸雄様も、この山に登り、過去に戻って四冊を執筆なさったものですから」
「僕の旅はいつ終わるんですか!?」
すると、イリーネさんが隣で話しかけてきた。
「いいえ。今から私と行くのよ」
僕は思わずキョトンとした顔でイリーネさんに返した。
「行くって、どこに?」
今度は綾氏が答えた。
「旅は……今から始まるんです。……光殿。
妻の、フェルト・マンタイと共に、新婚旅行に出ていただきます……」
冗談じゃない! こんなの、詐欺だ! やらせだ! 出鱈目だ!!
「本当にすまないと思うよ。しかし、いい面もあるだろう。
……カミさんもできたことだし」
「ヤラセだろうが!! イリーネさんは!? こんなんでいいんですか!?」
僕はイリーネさんを睨んだ。イリーネさんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。
「何か言えよ!!」
「光様! ……これは光様のためでもあるんです……。
我々の軍事力を、ご覧になっていただけたものと思います。
この旅のために、日本政府からもご支援を受けているものでして……」
呆気に取られすぎて顎が外れかけた。……日本まで盾にする気か!?
「つまり……光様にこの世界を補完していただくことが……人類の総意ということに……」
ノイローゼになりそうな頭で、なんとか足を踏ん張り、僕はため息をついた。
それは「はあ」などというような嘆息ではなく、器官や内臓、全部を使った「はあああ」に近かった。
僕は明らかに、うんざりしていた。
「わかったよ……わかりましたよ。やりゃあいいんでしょ? やりゃあ!」
すると、あたりからパラパラと拍手の音が聞こえた。
「では、この場で結婚式から始めるとしよう」
親父は最後まで、表情を崩さなかった。なんならこういう状況になって、一番満足をしているのは親父なのかもしれない。
全部、彼の掌の上で踊らされていたわけだ。
* * * * *
山の上で結婚式を開くことになる。
準備の最中、思い出すのは昨晩の事だった。
その……行為の最中のイリーネさんはとても情熱的で……何度もポエムのような言葉を繰り返していた。
そのギャップにやられてしまい、あれ、『行為』ってこういうもんだっけ? と僕は呆然としていたのだ。
呆然としているうちに準備は進められ、山の上での結婚式が始まる……。
* * * * *
実に妙ちくりんなカップルである。
世に言う、『おしどり夫婦』だの『お似合いのカップル』だの、夫婦を表す慣用句は数多くあるが……
僕ら二人が並ぶと、同時に二人を見るものの頭上には疑問符が浮かぶだろう。
それは、どうやって出会ったの? であるとか、そもそもなんで? であるとかである。
妙なカップルである。
ウェディングドレスを着ている方は、美人には間違いないのだが骨格がはっきりしているというか、どこかに飾られた彫刻が表情筋を持ったかのようである。
だから美人というより芸術品と呼ぶのが近いのかもしれない。
感情に乏しく、結婚式だと言うのに真顔であり、ともすれば不機嫌そうにも見える。
しかしその不機嫌さに気品すらあり、高値の花に手足が生えて歩いているのである。
非常に背が高く、新郎の頭頂部が肩の高さである。結いた豊かな銀髪は王冠のように光を反射する。
なんと評せばいいのか、ウェディングドレスが私服に見えてしまう不思議さがある。
一方のタキシードは、チビ、猫背、メガネの、いじめられそうな日本人の要素を備えてしまっている。
隣の新婦が情報過多な分、「よくわからないけど、いい人そう」としか評せない、良くも悪くもモブが板についた日本人が僕である。
見るからに気弱そうで、大勢に囲まれて恥ずかしそうで、居心地が悪い。
お互いの良い部分も悪い部分も引き立ててしまいそうな目立つカップルには違いない。
十人いたら十人とも、「なんで!?」と聞きたくなるのは間違いがないだろう。
そんな妙な二人の結婚式も、実に妙なものである。
* * * * *
神父役の親父は野太い声で、目が泳いでいる落ち着きのない新郎に問う。
……『神父』だって。笑えねえ冗談だ。
「新郎、京本光
汝、ここにいるフェルト・マンタイを、病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
言われて僕は、一呼吸おいて、しかしここ一番に弱い性格が災いして。
「ち、誓います」
と便りなく宣誓した。
神父は、落ち着いている新婦に問う。
「新婦、フェルト・マンタイ。
汝、ここにいる京本光を、病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
新婦は聞かれて、表情ひとつかえず
「Ja, ich will(ヤー、イヒ、ビル)」と母国語で答えた。
神父はさらに続ける。
「新郎、京本光。新婚旅行は『地元の図書館で、一週間ほど篭ってずっと本を読んでいたい』と言ったことを、ここに誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦、フェルト・マンタイ。新婚旅行は、『世界一周なんて生ぬるい。前人未到の地に体ひとつで行きたい』と言ったことを、ここに誓いますか?」
「Ja」
神父は一間置いて……
「今から私が言うことは、神からの言葉だと思い、非常に重要なことであるとしてよく聞き、理解し、素直に不正なく実行することを誓いますか?」
「「誓います」」
「今からお二人に行っていただく場所に、名前はありません。もちろん誰のものでもありません。
そして四季もありません。
年間通じて朝晩の気温は十℃。昼間は十五℃から二十℃。風は強く乾燥しています。
もちろんそれは、お二人が最初に降り立った地の話。他の場所は行ってみないとわかりません。理解したことを誓いますか?」
「「誓います」」
「子は作らずとも、二十代から三十代の、健康で男女比の均等な人間が自然に増えます。
ただし増え方は、降りてきた場所の環境に影響されます。
当然、飢えたり病んだり怪我をすれば、減りもします。
動植物も同じです。実った果実をもいでも、数日で再び実ります。これも環境に影響します。
理解したことを誓いますか?」
「「誓います」」
「お二人は降り立った瞬間に記憶を失います。覚えているのはお互いの事と、お互いの名前だけ。
それ以外の事は、文字の読み書き、道具の使い方、全て忘れます。それはお二人だけではなく、後から降りてきた人間全員に同じことが言えます。
お二人に限り、心での会話はできます。最初はお二人のみで、これは条件を満たすと増えます。
理解したことを誓いますか?」
「「誓います」」
「集落を作りたいときは、地面に名前を刻んでください。そうすれば最低土地面積五十平方キロメートルのコロニーが瞬時に完成しますが、
作れる集落の環境は、お二人の知識に準じます。
理解したことを誓いますか?」
「「誓います」」
「条件が揃えば、集落の建物、民の衣装、道具も瞬時に変化します。もちろんお二人の知識に準じます。
理解したことを誓いますか?」
「「誓います」」
その日から、時間は六年分まき戻る。
世界から、士座了という存在が、その日姿を消した。
彼に身寄りはおらず、職場の人間が代わりに行方不明手続きを行った。
忽然と姿を消した彼だが、まさか異世界で新婚旅行をしているとは、誰も思わないだろう。
これから彼は、本当の楽園とはなんなのか、探し続けることになる。彼の父親の足跡を追って。
神父は……いや親父は、非常に満足そうに、二人にこう、告げた。
「よろしい。では、誓いのキスを」
二〇二〇年、地球に『転移』してきた新大陸を、親父の遺骨と位牌を持って旅することになった僕の話。 了




