ジーク〜エルザがお嫁にとられちゃう!?〜
頭が……痛い。
流石に飲み過ぎだ。僕は一体ここに何をしにきたのだろう?
冷静に、至極冷静に考えてみれば、『飲まされた』のだ。昨日なんかは特に。
しかし、これまた冷静に考えてみれば、だ。
旅先で馬鹿になることの意味を考えるいい機会になった。
それは、これから一年に五度程思い出しては罪悪感に蝕まれるほどの後悔だとしても、逆を言えばこの瞬間しか体験できない事だったのではないだろうか。
それは、ハメを外しすぎて観光地を汚すのは論外だとしても。
……事実警察沙汰にはならなかったわけだし、周りも笑っていたわけだ。
大統領の前でペナッペナだった僕が、若者たちの前でエンターテイナーになれた……とは決して言わないが!!
あの空気感を共有できた。そういうことにしよう。
そう考えていないと、ここから先墓場まで持っていくには恥ずかしすぎる現実だ。
リヒトのクラブで若者に混じって、馬鹿みたいに酔っ払って全裸になりかけて止められた。なんて……。
寝起きの頭でベッドに一人腰掛けて、深く息を吐く。
受け入れよう。人間は、あんな状況では誰であれ、ああなるのだ。多分。
そう思って、ホテルのテレビをつけた。
これがまたすごいサービスなのだが、僕が日本人だとわかると、全ての番組が京言葉に翻訳されていた。
ドラマ。通販番組。ニュース。全てだ。
なんとなくニュース番組でチャンネルを回す手を止めると……。
「ヴェーザーマン、飲食施設のプールを燃やす。
昨夜午前一時。ヴェーザー市、ズューデンザーレの飲食店にて、全裸の男たち数名がプールにガソリンを流し放火するという事件が発生しました。
消防隊アルメーによって火は消火されたものの、建物の一部に損害が出た模様。
なを、逮捕された客の中には、昨今増加している観光客も含まれており、京国将軍府は今朝、非難声明を発表いたしました」
顎が外れるかと思った。
……全員知ってる顔だったし、知ってるプールと建物だった……。
僕らが帰った後かあ……。
僕は見なかったことにし、そっとテレビを消し、『旅の恥はかき捨ては、死語!!』と心のメモ帳に大きく書き記した。
そして金輪際、家以外で酒を飲むことをやめようと、今度こそ、今度こそ強く心に誓った……。
* * * * *
おかげでなんだか市長に会うのも罪悪感を感じる。
僕はただの運び屋だが、もはや親父を抱えることすら許されないのではないか。
市長は、本当にヴェーザーの市長か!? と感ずるほどの、おとなしそうな僕と同じ年齢くらいの女性だった。
大きいメガネをかけていて、学生時代は図書委員だったのではないだろうか? とか、そんな印象だった……が、
今ならわかる。こういう人が、ヴェーザーでうまくハメを外せる人なんだ。
* * * * *
次の目的地、『ジーク』、もしくは『江野玉』に向かう車内。
車は西に向かっている。
『ジーク』もしくは『江野玉』は、徳島を北とする縦四国で言うところの、『堀内町、喜木津』あたり……だろうか。
縦四国とラギ大陸が共通しているのは、縦四国で言うところの『佐多岬半島』。つまり四国から出っぱって尖っている半島がラギ大陸にもある。
角度は少し違うようだが。
そこの半島にあるのは『刃河』と言う虚民区だ。ええと……リヒト語で言うと……アウサーシュタットだったっけ。
今更説明することもないと思うが、アウサーシュタットとは大陸の都市でありながら、正確には都市ではなく、
お互いがお互いに干渉しないように生きている。と言う、部族とか、原住民とか、そんな扱いの場所だ。
中でもこの『刃河』は、面積的に一番大きいアウサーシュタットに感じる。
十一時に市長と挨拶を済ませ、今日のスケジュールは非常にシビアだと言うので真っ直ぐにヴェーザーを出ていく。
ヴェーザーを抜けた時には陽は傾きかけていたが、露骨に建物がなくなり、虚無の草原と評せばいいのか……
ウェスタン映画でよく見る何もない砂丘がただただ視界に広がる。
なんとなく大陸南東部を思い出す。
真っ直ぐ伸びた国道。草原。広い空。時々道路を横切る野生動物。それが全てだ。
いつも、やかましいぐらいに話しかけてくるエルザが、こちらに向かって話しかけてこないので、久々に僕は黙っていられる時間ができた。
と言うのも、エルザは電話で常に、誰かとリヒト語で会話しているからだ。
間も無くジーク都心部に着くはずだが、本当に何もない。景色が変わらない。
夕日の眩しい草原の真ん中で車は停まった。
何かを待っているようだ。
電話をようやく終えたエルザが、こちらに話しかけてくる。
この子も、イリーネさんも、昨日はしこたま飲んだはずなのに仕事への切り替えがすごい。
……こういう子がリヒトで『生き残って』いけるのだろう。
「了様、これから向かうのは『ジーク』ちょっと……特殊な『国』です」
「『国』?」
「はい。と言いますのも、ジークの立ち位置はアウターシュタットとリヒト領の中間のような都市なんです」
そりゃあ、世の中には色々な形態の都市や国の在り方はあるだろう。
しかしリヒトにおいて、そんな都市があるのが理解できなかった。
どうにかして、リヒト領に組み込もうとするはずだ。
「それは……京国との関係性が絡んでいるとか?」
「いいえ、そうではないのです。
むしろ、ジークはリヒトの関係者以外立ち入り禁止で、リヒト人以外でジークに『入国』するのは了様が初めてでございます」
ジークの面積は広大で、確かリヒトは人口の増加が問題になっていたはずだ。
なぜ、そんな場所があるのだろう?
人口問題を脇においてまで、ここを半ば独立させるほどの価値が、ジークにはあると言う意味だろうか?
「人口はラァジの指針する二十段階評価のうち六。
暮らしているのは、『刃河族』の方々です」
「へ?」
変なところから声が出た。つまり、ジークそのものが半ば虚民区ということ……なのか?
僕が頭に大量の疑問符を浮かべていると、後ろから二トントラックがやってきた。
……平車なのだが、荷台に檻が乗っており、そこに十頭近くの牛さんが乗せられていた。
「モー」などと聞こえる。
「ここからは移動しながら説明しますね」
* * * * *
「もちろん、『ジーク』と『刃河』はリヒト内で区別されています。
我々リヒト人も、『刃河』には踏み込めません。
ただ、ジークからは税金を取らず……自衛のためのアルメーを含む武器も所持することが許されています」
「……なんですか? 何か弱みでも握られているんですか……?」
思わず聞いてしまった。意味がわからなさすぎる。
「えーとですね……」
エルザは端末を開いた。
そして一頁目、大陸史を開き、『大戦期』を指差して示した。
「ここです。第二次大戦でリヒトは京国に敗れました。
そこから……大陸は京国の統一国家になり、大陸のリヒト人は差別や弾圧を受けました」
「それは、なんか聞いたことがあります。それで、第三次でヴァイス三兄弟がリヒトを取り戻したんですよね?」
「はい。……では、兄弟が革命を起こすまで、リヒト人はどこにいたのか?」
そこまで言われて、ようやく話がつながった気がした。
「『刃河』で……『虚民区』で革命の準備をしていた……?」
「おっしゃる通りです。人としての尊厳を奪われていたリヒト人を、受け入れてくれたのが刃河でした。
そして厳しい差別や弾圧に耐えながら、『三月三日にジークに集まれ!』を秘密のスローガンに生きていたのです」
「三月三日……?」
「はい。それがリヒト人の合言葉でした。
三月三日になれば、『刃河』から爆撃機と戦車が『江野玉』すなわち『ジーク』を取り戻す。
だからその日に帰ってこい。そう言いながら耐えていたそうです」
「……なぜ『刃河』はリヒト人を受け入れたのですか?」
「それは、第二次直後の京国の政策が関係しておりました。
第二次の勝利後、京国は旧リヒト領のアウサーシュタットを丸ごと京国に再占領しようとしていたのです。
ですので、三月三日はこの辺りではお祭りが開かれます。もちろん。ヴェーザーのようなお祭りじゃないですよ?
儀式。そう呼んだ方がいいかもしれません」
……確か、第二次大戦は、大将軍が後ろから部下だと思っていたリヒト人に刺殺されるという戦争だったはずだ。
国内でもリヒト人が暴れ回り、首都まで一度陥落する戦争だった……と思う。
その反動で、京国民としてはリヒト人が怖くて怖くて仕方が無かったという気持ちだろう。
……案外、京国民をここまで排他的、保守的にしたのは、第二次大戦があったからなのかもしれない。
リヒトにあったものは、すべて京にしておかないと、気が気でなかったのだ。
それで虚民区、『刃河』にまで手を伸ばそうとしていた……。
「革命戦争には、『刃河族』の人間も共に戦ってくれました。
本来、経済と戦争では交わらないアウターシュタットとリヒト。
まさに共闘革命が成功したのちに、リヒト人は感謝の気持ちを込めて、ジークを『刃河』に譲渡したのです」
「要は……頭の上がらない部族、みたいな?」
するとエルザはクスっと笑った。
「その通りです。刃河族がいなければ、私もここにいませんでしたから」
しばらく草原を進むと、『Kein Zutritt gestattet!!』とそこら中に白と赤の看板が立つ。
これはおそらく『立ち入り禁止』ということだろう。
そして、国道にポツンと、遮断バーとプレハブ小屋が見えてきた。その脇にアルメーが三台ほど雑に待機している。
まさに『国境』だ。
* * * * *
国境を越えると、集まってきたのは身体中に模様の『浮き出た』人間たちだった。
元々ああなのか、体に何か入れてるのかは分からないが、肩や太もも、二の腕が少し尖っている。
そして額にツノが生えている人間までいる。
上半身は当たり前のように裸で、色は紙より白かった。
「彼らが刃河族です。今夜は、了様は族長とお父様を引き合わせていただきます」
エルザの声に珍しく緊張感を感じた。
すると、おおよそ同じ人間とは思えない奇怪な四肢を持つものが、バン・バン!! と車のボンネットを叩いてきた。
イリーネさんは落ち着いて、後ろのトラックを指差すと、彼らはトラックの方に移動し……
運転手たちを引き下ろすようにトラックを奪い、そして走り去っていった。
「……族長との面会の条件は、雄牛十頭だったそうです。
彼らは主に、狩猟と農耕の生活をおこなっています。文明レベルはアウターシュタットのままです」
「……親父をここに呼んだのは?」
「もちろん族長です」
なんやねんそれ。
呼んでおいて雄牛まで要求するのか。どんだけがめつい民族なんだ。
なんとなく……リヒト人っぽさもあるんだなあ。
などと思っていると、トラックから杖をついた男性がゆっくりと歩いてきた。
トラックの運転手に支えられながら、車に近づいてくる。
イリーネさんは、ドアのロックを解除し、男性を車に引き入れた。
トラックの運転手はそのままプレハブ小屋の方まで立ち去っていった。
「了様、彼はアーカーゲイ。リヒト国で唯一、刃河族の言葉を理解できる人間です」
「は、初めまして」
おそらく、アーカーゲイさんは目が見えないのだと思う。
僕は悪手に応じた。
刃河族のコロニーにやってきた時にはすでに陽は暮れていた。
彼らは、地面に穴を掘って暮らし、日中は外に出ない、夜行性の部族だそうだ。
「大戦期は、刃河族の言葉を理解できる人間は多くいたのですが……アーカーゲイさんが最後の一人になってしまいました」
「え、それって大丈夫なんですか?」
「はい。大問題でして。現在研究者も総力を上げて、通訳の方法を模索しているのですが、刃河の言葉は非常に難しいのです」
コロニーの中心では、先ほどの白い民族たちが、火を囲んで座り、太鼓のような楽器を鳴らして踊っていた。
「夜になったら、火を起こし、踊る。そして狩猟と畑仕事に移る。
日の出共に家に帰り、眠る。
そんなことを数百年と繰り返してきた民族です」
そんな民族が、どうやってリヒトと一緒になって革命を!?
すでに理解ができなかった……。
僕らは、コロニーの中心に案内された。
* * * * *
異星人に囲まれているような気分だった。
実際、異星人のようなものだろう。
知らない大陸の、よく知らない部族だ。それはもう、異星人だ。
族長は、身体中がトゲだらけだった。
なるほど。強いものほど、体に何かを埋め込むのかもしれない。
僕ら四人は、族長の前に通される。
「ぁ……ぁぁ……ぁ」
それは、言葉ではなく、声だった。
規則性も感情もわからない。それを、アーカーゲイさんが聞き取り、さらにエルザにリヒト語で伝えて、そして日本語になって僕に届く。
煩わしい伝言ゲームだが、そんなことは気にしていられない。
何せ、僕らの周りをライフルを持った真っ白トゲトゲ星人が取り囲んでいるのだ。
リヒト西部で……こんな目に遭うとは思ってなかった……。
ところで、今の族長の言葉がようやくエルザまで届いた。
「『息子か?』と聞いてます」
息子? ……ああ『親父』の息子って意味か?
親父あんた……こんな人々とも関係を持ってるのか……
絶望感と嘆息を込めて僕は「はい」と答えた。それがエルザにいき、アーカーゲイさんを通じて、族長に届く。
すると、おおよそ信じられないことが起きた。
あたりを囲っていた殺伐とした者達が一斉に平伏し、口々に「ぁ……ぁぁ……ぁぁ……」と唱えたのだ。
『ぁ』は渦となり、その渦の渦中に僕はいた。
そんな時間が十分は続いただろう。
これで終わりか。帰っていいのかと思っていたら、族長が僕を指差し……
「ぁぁぁ……ぁぁぁぁ」
……
これが、悪夢の始まりだった。
「『息子なら、ここで勇気を示せ』だそうですよ」
いやです。
と、僕が言いかけた頃には、とげとげ真っ白星人達は立ち上がっており、ライフルを片手に僕を凝視していた。
「……『勇気』ってどうやって示すんですか?」
僕は、エルザに個人的に聞いた。
それをエルザはアーカーゲイさんに翻訳する。
「ぁ……ぁぁ」
……
「『息子には、我が一族の男と決闘をしてもらう』んだそうです」
はいムーリー!!
それはアウトー!! 死にたくないでーす!!
「どうです? 了様。やれそうですか?」
「えええ……ちょっと! 僕に危険な目に合わせないのが外交官の仕事だったんじゃないですか!?」
「ちょっと、詳しく聞いてみますね?」
……
「あ…… ぁぁぁ……」
……
「『本来ならこれは、村の結婚相手を決めるための決闘で、槍でどちらかが絶命するまで戦う儀式だが、お前には村に伝わる魔酒を、村の男と飲み比べてもらうことで決闘とする』だそうですよ」
……はあ。つまり飲み比べ勝負ですか。……は!?
* * * * *
無理無理無理無理!!
無理無理無理無理無理!!
僕はもう旅先で飲まないって誓ったから!! 僕の神に!!
……と、僕が言おうとした瞬間には、儀式の準備が進められ、対戦相手の男が僕の前に器を持って立っていた。
なんとなく断りづらくなってしまったじゃないか!!
「ぁ……ぁぁ」
「『もちろん、決闘なので、大事なものを賭けてもらう』そうです」
「ちょっと!! 何を賭けたらいいんですか!? 僕は負けたら何を失うんです!?」
……
「ぁ……ああ……ぁ」
そしてアーカーゲイさんは、「え!?」と一瞬驚いた顔をして……エルザに何かを話すとエルザも……
「まあ!!」と口を開いてそれを手で隠した。
何が行われているのかわからない。
「……なんです?」
「了さんちょっとこれは……負けられませんよー?」
なぜかエルザが真っ青になった。
「了さんが負けたら……大変なことになっちゃう……どうしよう……」
何やら本気でテンパっているようだが、なんだなんだ!?
まさかと思うが……エルザがかかってる?
結婚がどうこう言ってたのは、僕が負けたら、エルザがこの一族のお嫁に行くことになる!?
「了さん……! 勝って! お願い!!」
……馬鹿野郎がよう!! 碌でもないことに巻き込みやがって!!
* * * * *
そして、勝負が始まった。
魔酒が、まるでなんだかわからなかったが、分かるのは酷くアルコールが強くて、
なんだかゴムとガソリンの匂いがする、口が全体的に拒絶反応を起こす飲み物だった。
相手も一杯目で『足』にきていた。
でも負けられない。僕のせいで、大事な娘が……いや違う。リヒトの優秀な外交官の婿が決まってしまうのだ。
僕はもう、ヤケクソだった。
ここ数日、アルコールをしこたま飲んで、準備が出来上がっていたのが逆に功を制したのかもしれない。
僕よりも先に、相手のトゲトゲ星人が膝をついて、勝負は成った。
『村の男』として認められた僕は刃河族全員から愛のある張り手とハグを食らった。
棘が、体に当たるが、僕の意識は朦朧としていた。
* * * * *
僕の頭の中は完全にパッパラパーになり、イリーネさんが肩を貸してくれて、ようやく立っている状態だった。
よって、ここから先のことはあんまりよく覚えてない。
ただ、僕は譫言で「娘はやらん……」と呟いていたそうだ。
全裸にはならなかったが、テンションが上がって上裸には結局なり、この状態で刃河族とハグを交わしたために、身体中にアザができていた。
「やりましたね!! 決闘に勝ったんですよ!! 了様おめでとうございます!!」
「うん。ははは。……で、君はお嫁に行かなくて済むのかい……」
「はい!! この決闘は、イリーネを賭けた決闘でしたので!! この勝負で了様とイリーネの結婚が決まりました!!」
ああ、そうですかー。それはそれはめでたい。
…… ……
…… ……は?




