ヴェーザー〜『旅の恥はかき捨て』は、死語!!〜
酒池肉林じゃ! 余にカニと酒を持って参れ! 奴隷ども!!
王座でふんぞり帰り、黄金の聖杯を高々と掲げると、大勢の囚人たちがカニを目の前の円卓に運んでくる。
そして空になった聖杯に美女がお酌をする。
飲んでも飲んでも空にならない。むしろ、もっと食え、もっと飲めと煽ってくる。
じゃー僕も負けてられないぞ! さあもっともってこい! 僕の胃袋は馬と羊で鍛えられているんだ! カニなんて大したことないぞ!! あはははは!!
僕の気が大きくなると、両隣の美女も喜んで僕に抱きついてくる。
あー悪い気がしない。これが巷で有名な転生ハーレムモノですか?
最高じゃないですか。あはははは!!
……まあ、そんな夢だったわけだよ。
* * * * *
なんという悪趣味な夢だ。
僕が大陸南東部で見たのはなんだったんだ……。
昨日の深夜に食べたカニのフルコース、ロブスターのフルコース。そして地ビールが美味しすぎて、こんな夢を見たんだ……。
頭の中で『お前もリヒトのクソの一部になれたな。お疲れ』とエゴンが囁く。
違うんだー! 僕はリヒトに犯されたんだ! 本当の僕はこんなんじゃないんだー!!
と言い訳にすらならない言葉を頭で繰り返し、これでは僕は、親の権力でいい夢を見ているボンクラ息子じゃないか! と罪悪感に苛まれる。
歳をとって二日酔いになると襲いかかってくるのは罪悪感。さして賢くもない理性が僕に説教を繰り返す。
外はすっかり朝だ。僕はいつ寝たんだろう?
ホテルのレストランで馬鹿みたいに飲んで食って……
そこからの記憶がない。この歳になって、記憶がなくなるまで飲むことがあるんだなあ。
頭痛と無気力に襲われながら、あれ、今日は何時出発だっけと呑気なことを考えている。
……にしても、なんか変なベッドだな。枕は硬くて痛いし、なんか狭い。
あれ、ベッドじゃなくて変なとこで寝ちゃったか?
ゆっくり目を開けた。
* * * * *
「……ァ!!」
声にならない声を出して、一瞬で目と酔いが覚めた。
背中に真水をぶっかけられたような感覚で、冷や汗がつま先から頭まで湧いて出る。
脳内で『danger!!』と危険信号がサイレンとともに鳴り響く。
僕はちゃんと、ベッドで寝ていた。そして今、サングラスと目が合っている。
枕だと思っていた物は、イリーネさんの腕だった。
殺される。と思い冷静になって相手を観察すると、どうやら寝息らしきものを立てている。
ひとまず命は助かった……ところで体も変だ。とにかくイリーネさんの腕から頭をどかそうと、起き上がることを試みる。
すると、
「んー」
などという声と共に右腕が背中の方に引っ張られるのだ。
とてもとてもとても嫌な予感がし、後ろを振り向くとエルザが僕の右腕を掴んで寝ていた。
せめてもの救いは、三人ともちゃんと昨日の服装のままだったことだ。
それでも罪悪感が湧き上がってくる。
馬鹿野郎昨日何をした!?
エルザを起こさないように、自分の右腕を引き抜こうとするが、エルザは寝るときに何かを抱える癖でも持っているのか、なかなか離してくれない。
これを引き剥がすのが中々の重労働だった。
ようやく幸福なサンドイッチから抜け出せた僕はベッドに腰をかけて頭を抱える。
脳内では、『理性、倫理陣』と、『本能、言い訳陣』による緊急討論会が開いていた。
言い訳陣が高らかに叫ぶ。「これは僕の過失じゃない! 状況から鑑みるに僕が野獣になって女性二人をベッドに連れ込んだのではない!
そもそも僕が、娘ほどの年齢の少女と、どう考えたって自分より強いサイボーグ相手に野獣になれるか!!」
すると倫理側が猛批判をする。「そもそもこの旅はそういう旅ではないだろう! 君は君の領分を弁えないとならない!!
南東部の悲惨な現状を見て君は、何も感じなかったのかこの猿め!!」
「猿は言い過ぎだろう! これはラッキースケベだろう!!」
「ラッキースケベではなくハニートラップだったらどうするつもりだ猿め!! リヒトは平気でそういうことをやってくる国だといい加減学ばないか猿め!!
この……猿め!!」
僕はなんだか泣きそうになった。立ち上がって洗面台までくると、髪がボサボサの間抜けな顔が映る。
……顔を洗った。
* * * * *
その後もなんだか、自室にいる気になれずにホテルのロビーでぼんやり外を眺めていた。
今は朝の七時くらいだろうか。
現実逃避に窓の外を眺める。
アルトミュールは小洒落た街だ。本当に一日中、食欲をそそる匂いがする。
どこを見ても、カニのキャラクターがおり、僕はここに三日もいたら見事に痛風予備軍になるだろうなと思った。
トラックの数が多い。これはきっと、港からカニを運んできたトラックだろうと感じた。
……ダウパーの基地で一泊した時、リヒト人に心は許せないと思っていたのに、数日居ただけでこの体たらくだ。
「あ、いたー!!」
背中から聞き覚えのある声がして、ビクっとなった。
「もー単独行動は禁止って言ったじゃないですか!!
昨日は大変だったんですよー!」
き……昨日……?
僕はエルザの顔を見られずに下を見てしまった。
一体昨日僕が何をしたと言うのか……
「了様、呑み潰れちゃってその場で倒れちゃったんです。
イリーネが介抱して、トイレで無理やり吐かせて。それでも気持ちが悪そうだったから同じ部屋で寝たんです。
すごい心配したんですからね!!」
頬を膨らませながらエルザが隣に座ってくる。
……
……
……
最悪だー!!
何『観光』してんだ僕は!! それも外交官の前で大恥を晒して……何やってんだ僕は!!
「すんません……」
と頭を下げて、僕はリヒトにいる間、禁酒を自分に固く命じた。
* * * * *
すっかり二日酔いから覚めた僕は、心を入れ替えてシャキッと背筋を伸ばし、アルトミュール市長と面会をこなした。
僕はただの運び屋。親父はすごい人間だったのかもしれないが、僕はそうじゃない。
ただの運び屋! 日本に帰ったら安いビールを飲んで独りを楽しんで、庭の雑草とか抜くんだ。それが僕の幸せだ。
半ば洗脳のように、自分にそう言い聞かせた。
* * * * *
今から向かう『ヴェーザー』(または『渋善』)という都市の名前は、実は日本に居た時から知っていた。
というより、リヒトの首都ってヴェーザーだと思っていた。
そのくらい日本では有名な都市だったのだ。
一日中お祭り騒ぎで、見るもの全てが美しく、刺激的で、物価は高めだが料理も美味しいこの世の楽園だ。
みたいな事を、テレビで聞いた気がする。
「了様、本当に大丈夫ですか?」
心を入れ替えた僕が、仏頂面で座っていたら、理性を掻き乱す美少女が視界に顔を覗かせる。
「イエ。ご心配なく。もう酒の失敗は致しませんので」
何歳だ僕は。
旅の恥はかき捨て。などという言葉はSNSの出現とともに死語になったのだ。
今ではデジタルタトゥーとして消せない過去になる。
冒してしまった罪は受け入れ、慎ましく生きるしかないのだ。
しかし……
「いいえ! そうはいきませんよ!! 何せ今から向かう場所はヴェーザー。
ここでのルールはたった一つ! 楽しむ事です!! 了様におかれましては、今日こそお馬鹿になってもらいます!!」
だあ! 人が心を入れ替えたっていうのになんてことを言うんだこの小娘は!!
「い、いえ。自分はもう大人ですので」
こう言う時こそ綾氏を思い出せ。あの実直で誠実で真面目な青年を見習え。
……みょうに脇がこそばゆい。
エルザの細い指が脇をくすぐっていた。
「ダーメーデースー!! 何京人みたいな顔になってるんですか!!
そんな顔してたらヴェーザーでは悪目立ちしますよ!? 外交官としては沽券にかかわります! 馬鹿になりますか!? 人間やめますか!?」
どんな二択だ!!
「はい! 了様窓の外を見て!! あそこの歩道の男性です! 両手をポケットに突っ込んで呑気に歩いてますね!
彼は今何を考えてるでしょう!!」
「……はい?」
「これは、ヴェーザーに『入国』するための試験ですよ!?
さ! 考えてくださーい」
い、いかん……エルザのペースに持ち込まれるとよくない……
「……今日はいい天気……」
「ブッブー正解は、『ジャパニーズ畳に水かけて豆苗が育ったら、仕事しないで食っていけるよな。俺天才じゃね?』です!!」
……ナニソレ。
「いいですか了様。私たちが今から向かう場所はそう言う場所なんです。
ノリとパッションが全て。
酔って全裸になるのが当たり前!
行きずりの関係当たり前! その後裁判の訴訟騒動になるのも当たり前!
唯一のルールは楽しむ事! 以上! そんな街です!!」
え……サイテー。なんだその街は。
* * * * *
車は、北西に向かって進んでいる。ヴェーザー、または渋善は、首都シュワルツワルトの隣接都市である。
徳島を北とする縦四国で言うところの高知県内子町……といったところだろうか。
ただ難しいというかラギ大陸と縦四国の違うところで、南部が『^』の字状に欠けているのだ。
よってヴェーザーは南側の海に近い都市である。
……いかにもーな観光地だ。
でも僕は心を入れ替えたのだ。ハメは外さない。日本人の紳士として、これ以上恥を晒すわけにはいかないのだ。
「人口はラァジの指針する二十段階評価のうち十五。リヒトの中でも特に観光業に力を入れている都市でして、
『ヴェーザーに飽きることは人生に飽きること』とまで言われるほど刺激的な都市です」
じゃあ見事に飽きて見せようじゃないか。
そんじょそこらの若者とは違うんだ。僕は。
「それと有名なのは、『Prinzsturm』ですかね」
「プリンツ……なんです?」
「プリンツシュトゥルム。ラァジ大陸のスポーツですね。こちらです」
そう言って、エルザは端末を見せてきた。
リヒトで行われているスポーツのようだが見覚えがある。
あれ? これって……
「『皇子百里行』だ!!」
「あ、はい京国ではそう呼んでますね。
ヴェーザーには強いチームがあるんですよー。京国で観戦されました?」
もはや懐かしい思い出だ。
「はい! ものすごく楽しかった! これリヒトでも観戦できるんですか?」
「ええもちろん旅の予定に組み込んでますのでお楽しみに。
ただ、ヴェーザーのスタジアムは……流石に治安が心配なので。
違う場所でお見せしますね」
スポーツになると治安が悪くなる。
……なんだろう。日本で言う、近畿地方(や中部地方)のとある場所みたいなことだろうか?
端末を眺めていて、すぐに違和感に気がついた。
「女性が出場している……」
「そうです。それも京国とは違うところですよね。
なぜだか京国は女性をか弱いものだと思う節があるようなのですけれどもね」
視界に黙々と運転をしているイリーネさんが映る。
昨日も散々飲んでたはずなのに、それを微塵も感じさせない。
「……リヒトにはそう言う考えは無い?」
「無いです。全く。男女の括りなんてなくて、強いか、弱いかですから」
なんだかリヒト然とした言葉だなあと感じてしまった。
これが、『自由の国』たる所以の一つだろう。
「それとー……やっぱりヴェーザーと言ったら『ヴェーザーマン』ですかねえ……」
ん? 今アメコミのヒーローっぽい言葉を言ったか?
「……なんですか『ヴェーザーマン』って」
「まあ、こう言うお国柄ですので。ハメを外しすぎちゃう人が一定数いらっしゃるんですよね。
だからリヒト国のニュースのヘッドラインに『ヴェーザーの人間が◯◯をした』と上がるのが日常的なんですよ」
「それって……めちゃめちゃ治安が悪いってこと……?」
僕が聞くと、エルザは首を捻った。
「治安が悪いと言うより、特殊なんですよね。
これは説明するよりご覧になってもらった方がわかりやすいでしょう」
そう言ってエルザは端末を操作した。
こう書いてある。『THE Werser MAN』
そこには、コミカルなアニメ調のマスコットキャラが書いてある。……全裸で股間にモザイクが掛かっている。
そして、事件の一覧が書いてあった。
「ヴェーザーマン、全裸で逮捕される。
◯月◯日、ヴェーザー在住の四十代男性が、ショッピングセンターでトラブルを起こして出禁になるが、
本人は納得いかず、全裸で現れて暴れまわり警察に逮捕される。その時に彼はこう叫んだ。『俺はヌードマンじゃねえよ!!』」
……なんだこれ。
「ヴェーザーマン、全裸でショッピングモールから逃走。
◯月◯日、ヴェーザー在住の十代の男性が、ショッピングモールで窃盗を行い、
店の防犯ブザーが鳴ったタイミングで身の潔白を証明するために全裸になって逃走。
店内のカメラが男の顔を写していたためあえなく御用」
「ヴェーザーマン、トラックで海に侵入。
◯月◯日、ヴェーザー在住の五十代女性が、海水浴場にトラックで侵入。
そのまま海に入る。数台のアルメーによってトラックが取り押さえられた時、彼女は裸だった。
犯人は取調べの際、『トラックでサーフィンしちゃいけないって誰が決めたの!?』と言った」
……頭を抱えてしまった。
南東部で血生臭いA~Zを見てきた僕には、一周して爽やかなニュースに見えてしまう。
ところでなんで全員全裸なんだ。
エルザがこんなことを聞いてきた。
「……どう思います?」
正直言葉に詰まった。詰まったが、おそらく相手が望んでいるのであろう言葉を吐いてあげた。
「……バカの街ってこと?」
エルザは手を叩いて笑った。
「ヴェーザーのアルコール消費量は国内最大と言われています。
これらの犯罪もみな、酔っ払いによる犯罪が多いんですよ。
原因の一つに天候があります。
ヴェーザーは年間通じて比較的天候がよく、湿度が高い。一年中ビールが美味しい天候なんですよね」
「……もしかしてすぐ服を脱いじゃうのも」
「ええ。一日中暑いからです」
* * * * *
僕たちがヴェーザーの都心部に着いた時には、十九時を回っていた。
本当に人が多く、そこら中人だらけだ。
街路樹に椰子の木が並び、真っ黒なはずの海岸は、モニュメントが発光しているためにカラフルな電飾が施されている。
確かに湿度がある。僕は思わずジャケットを脱いだ。
とにかく一人で歩いている人を見かけない。
そして、当然仕事中の方も見かけない。
車の中でも至る場所から爆音で音楽が聞こえる。
二階建てくらいのバーの屋上で、DJイベントでも開かれているのか、爆音に乗って踊り狂っている人々がいる。
と思ったら、路上で違うDJイベントが開かれていて、踊り狂っている人々がいる。
と思ったら、今度はバンドが生演奏をしており、踊り狂っている人々がいる。
老若男女、どいつもこいつも踊り狂っている……。
車は、一軒のバーの前で停まった。それはプール備え付けのバーで、そこからも爆音が響いていた。
賑やかな場所は得意じゃない。しかも、年齢を考えたら僕はこんな場所にいるタイプではない……
いいやそもそも、もう酒の失敗はしないと神に誓ったのだ!!
「車で待ってるよー」と言いかけた僕の腕を引っ張り、エルザは意地悪な顔で……
「パーティーパーティーyeah ♪」
などと言う。
* * * * *
それは、バーですら無いのだろう。行ったことないけれど、クラブってこんな感じなんじゃないだろうか?
もー耳と心臓が潰れるんじゃないかという爆音だった。
ウーハーと言うのか、馬鹿でかいステレオから重低音が響くたびにそれが僕の内臓に当たる。
スピーカーの前に人を立たせたら吹っ飛ぶんじゃないかと感ずるほどの音圧だ。
そして人が多い!!
ただ、なんと言うか……なんだろう?
南東部で見てきたようなワルばかりなんだろうと勝手に思っていたが、それらに比べたらここにいる人間たちは、なんと言うか『可愛い』かった。
そりゃあ今は『ワルぶってる』のだろうが、警察が出てきたら大人しく撤収するタイプの人たちのように感じた。
あとは外国人だ。ナンパ目的で来た海外の若者だろう。アメリカ人かな?
いずれにしても僕の居場所じゃない。のに、エルザに手を引かれて店の奥に入っていく。
そして意外なものを見てしまった。
イリーネさんが、店の中にいたガタイのいいリヒト女性と、アツい包容をして軽くキスをしていたのだ。
そして二人で店の奥に消えてしまった。
……こんな場所で、守ってくれそうなイリーネさんが消えてしまった。
エルザと二人きりにされてしまった。
勘弁してくれ……エルザがナンパにあったら僕はどうしたらいいんだ?
「あの人は、イリーネさんの古い知り合いですね」
なんとなくイリーネさんが消えた方を見ていた僕に、エルザが話しかけてきた。
「そんなことより、さ、パーティー始めましょー」
エルザが勝手に僕のグラスにビールを注ぐ。
「あ、僕は……今日は烏龍茶で……」
というと、エルザは目が潰れるほどの笑顔で言った。
「大丈夫! これ烏龍茶ですよ!!」
馬鹿おっしゃい。お父さん怒りますよ。
「ささ、ぐびっとどうぞー」
悪魔か!? この女は悪魔なのか!?
しかし、とにかくうるさくて人が多くて、湿気と人熱でむわむわしているのがストレスフルで、よくないのは喉も乾いていた。ええい。一杯だけだ。
* * * * *
あれ、僕はなんで踊っている?
目の前で踊り狂っているエルザは、気が付いたらスーツのジャケットを脱いでいて、ワイシャツ姿だった。
そこらへんに脱ぎ捨てられたジャケットが無造作に置いてある。
僕は我に返った。
いけない。いけない。
ここはパパがしっかりしてないといけない。
僕はすまし顔に戻り、脱ぎ捨てられたエルザのジャケットと……
脱ぎ捨てられた僕のジャケットを丁寧に畳んだ。
「了様ー!? 飲んでますー!?」
笑顔で小悪魔が近寄ってきて、飛び跳ねながらビールを運んでくる。
こらこら。そんなものを持って飛び跳ねてはいけません。
周りに飛び散って他のお客様にかかっているじゃないか。
……まあ、僕らも、他の客の手元からビールを浴びているので、これが汗なのかビールなのかわからないが……。
全くそんな不良に育てたつもりはありません。君は栄光あるリヒト国の外交官だろう。もっと慎みを持って……
「了様ー! もう一杯付き合ってくださいよー」
すると、エルザが引き連れてきた人懐こいリヒト系パーティーキッズが集まって勝手に僕にビールを注ごうとする。
辞めたまえ! なんだね君たちは! 僕は大人なんだ!
すると目の前のパーティーキッズどもは男も女も僕に向かって……
「「飲んでー、おねがーい」」
などと言う。
ば……馬鹿を言うんじゃないよ。こっちはもう、なんだか知らないが動きすぎで喉が渇いたんだ。
しかし熱いなあここは!! ……ビール、キンキンに冷えてるなあ!!
* * * * *
「イエーー!!!」
若者の輪の中で踊り狂っている自分に気がついて我に返った。
なぜか、この場の全員の顔と名前を覚えてしまった。
全くバカだなーパーティー野郎ってのは。
服ぐらい着ろよ。
まあ、仕方ないな。熱いもんな。
僕も……あれ……僕の服どこ行った?
周りを見渡せば、男は上裸。女は下着姿の無法地帯。
だけどなぜかその方が自然に思えてしまう。……冷静になって後から考えてみれば怖いことなのだが、この暑さと密集度とテンションの中で服なんか着てられないと思ってしまったのだ。
そして音楽がかかれば踊ってしまうのだ。
あぶねえあぶねえ。なんだここは。こいつら仕方ねえなあそこら中に服を脱ぎ散らかしやがって……
ここはパパがしっかりしないと。
床に落ちている誰かの服をとりあえず拾い上げて、カウンターに置いていく。
僕の上着、僕のシャツ。僕のズボン……え?
パンイチの自分に気がついて寒気がした。
や、やばい!! 僕今、『ヴェーザーマン』になってる!?
僕が慌てて服を着ようとしたら……
「「了様ー、もっと飲んでー」」
ヴェーザーマン予備軍が集まってまたビールを注ぐ。
やめろ!! 僕は馬鹿じゃないんだ!! もう旅先で恥はかきたくないんだ!!
ああ、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
体が熱い……ああ……恥ずかしくて全部忘れちゃいたい……
畜生……飲まないでいられるか……
* * * * *
プールにドボンと落ちて、ふと我に返った。
あたりには笑い声。どうやら僕は、プールに投げ込まれたようだ。そして、次から次にプールに人間が飛び込んでくる。
「了様ー! どうですかー! 楽しんでますかー!!」
プールサイドに這い上がり、パンツだけは死守していた僕にエルザが話しかけてきた。
この子は!! まだその野暮ったいワイシャツを着たままなのか!!
どうした風邪か!? 君はそんな子じゃないだろう!!
ふと、プールで騒ぎ回る彼らの様子を見た。
この人たちは、毎日昼間はリヒトの首都近郊で忙しくしている人たちなのだろう。
なんてったって、おそらく西側にいる人たちは、競争に勝ち抜き、受験に勝ち抜き、仕事を手に入れた若者たちなんだ。
そういう子たちが、ヴェーザーでハメを外すのだ。
真面目だなあ。
なんて真面目なんだ君たちは!!
大人ってのはもっと不真面目で、遊んでいないといけないんだ!!
ようし!! ここは大人として模範を示さないとならないだろう!!
僕は音楽に合わせてプールサイドの真ん中に立ち、パンツに指をかけた……
「がしん!!」と、背中を誰かに掴まれた。
それで我に返った。
……いつの間にか帰ってきてたイリーネさんだった。
はて……僕は……今、何をしようとしていたんだ……?
* * * * *
クラブにいたリヒト人全員と仲良くなって、何人かとは連絡先を交換したけれど、
僕はホテルに向かう車の中で罪悪感に震えていた。
隣でエルザはいまだに大爆笑をしている。
「見事なヴェーザーマンっぷりでしたよー!! 了様! サイコーです!!」
うるさい。話しかけないでくれ。
僕はもう、リヒトという国が怖くて怖くて仕方がないんだ……。
本当にヴェーザーマンになりかけてしまった……。
「さて了様、明日行く場所は『ジーク』
公式イメージは『言葉が通じない!? それでも三月三日にはジークに行け!』です!」




