ヴァルノウ〜学生が一度はお世話になるお茶〜
考えてみれば、大陸南西部に入って初めて利用するホテルかもしれない。
この街、フルダは学園都市ということもあり、観光地では決してないのだが、それでもホテルのサービスは素晴らしかった。
なんというか、いい匂いがした。
ホテル内のバーやアクティビティ、サウナは二十四時間利用できる。
そして人が多い。
明らかにリヒト人じゃない人を多く見かける気がする。
わかりやすいのはアジア系だ。チャイニーズか、コリアンか、ジャパニーズもいるかもしれない。
皆、両手に紙袋を抱えている。
調べてみたら、フルダは学生の都市ということもあり洋服も靴も良心的な値段で買えるのだそうだ。
昨今では、アジア系からの観光客が多く、片っ端から洋服を買っていくので都市の学生が洋服を買えない。などという問題もあるのだそうだ。
ホテルも同じだ。ここは赤道の真っ直下。なのに気候が一年通じて安定しているので常にホテルは混んでいて、どこも予約が取れないのだとか。
観光地じゃない場所がこんな感じなら、観光地はどうなってしまうのか……。
* * * * *
本当に人が多い。
天候は、日差しが強い印象がある。
湿度もそこそこあり、冷たい飲み物が恋しい気温だ。
十一時に市長に挨拶をする。
市長も、僕よりもだいぶ年上のはずだが実に若々しい方だった。
日常的に若い人と関わりがあると顔つきも若くなるのだろうか。
僕らの車はフルダを発った。
「了様。次の都市も学園都市、ヴァルノウです」
「有名な私立大があるんですか?」
「はい。まあフルダは商業、経済学、法学が強くて。ヤクストが医学、化学という印象。ヴァルノウは……うーん……
これらと比べてしまうと若干見劣りしてしまう印象がありますね。正直」
大学を出ても、いい仕事につけない。
職場環境が劣悪なものだったり、危険なものは囚人や、落ちぶれた人間がなるのでやっぱり仕事がない。
現在リヒトの、若者の就職率は相当冷え込んでいるらしいのを、南東部で聞いた。
考えてみれば、大陸と言ったって、南半分の左半分しか都市がまともに機能していない状況だ。
極めて限られた場所の中で、働きたいとなったらそれは、競争率も上がるというものだろう。
ただ大学を出ればいいということではないようだ。
しかし、大学を出ないと最初から希望がない。
リヒトに生まれるというのは、どういう事なのだろう?
車の中から、呑気に買い物を楽しむアジア人と、リヒトの学生を見比べて僕は考え込んでしまった。
* * * * *
「ヴァルノウの人口はラァジの指針する二十段階評価のうち九。
ここの名産はあれです。 ヴァルノウテー」
「ヴァルノウテー?」
ふと気がつくと、原宿と渋谷をごちゃ混ぜにしたような景色から、爽やかな森林地帯を車は走っていた。
「お茶です」
エルザは答えた。
『ヴァルノウ』もしくは『月鶴』は、徳島を北とする『縦四国』でいうところの、
『仁淀川町』……らへんだろうか?
「美味しいお茶なんですか?」
僕が聞くとエルザは……
「んー……実際飲んでみます?」
と聞いてきた。
* * * * *
僕らがヴァルノウの都心部に着いたのは十六時ギリギリだった。
まずは市庁で、親父と市長を会わせる。
外は夕暮れで、市庁の周囲は広大な茶畑が広がり、この時間でも人々が畑で働いていた。
その姿はなんとなく、絵画的な風景を思わせた。
エルザが農家の人に、得意のコミュ力を発揮してくれたおかげで、淹れたての『ヴァルノウテー』を飲むことができた。
「ん!?」
まず感じたのは、強烈な匂いだ。
なんと形容すればいいだろう……?
……腐ったコーヒー?
いやいやいや……
……酸っぱい匂いの強烈なコーヒー。色もどす黒い。
これが豆を炒ったのではなく、葉から淹れたお茶なのだという。
とにかく匂いが強烈だ。目が染みる。
湯気を顔から浴びたら、おそらく鼻より先に目がやられるだろう。
これを職場で飲んでる奴がいたら、白い目で見られるに違いない。
おおよそ、口に入れるのに抵抗を覚える匂いだ。
……これが、名産!?
農家の方が見ている手前、目を閉じ鼻を摘んで口に流し込むなんて無礼は働けない。
僕は覚悟を決めて飲み込んだ。
苦い。
いや、渋い。
……それらが一瞬のうちに口に広がって、辛い。つまり痛い。
一体自分は何を飲まされているのか!?
思わず涙が出た。
僕の反応を見て、エルザがプクククと笑っている。
なるほど、これは、文字通り一杯食わされたようだ。
* * * * *
「これはね、合格祈願のお茶なんです」
僕は口を開けて外気を取り入れている。口内を換気中なので、返事が返せない。
「大学受験を受ける学生たちは、このお茶を飲んで受験勉強をすれば、志望校に合格できるという言い伝えがあるんですよ。まあ、一種の願掛けです」
「あー、おーあんえうあー(あー、そうなんですかー)」
おかしいと思ったんだ。どうして飲むのが僕一人なのか。
「懐かしいな……。私も飲みましたよー。毎晩毎晩。
不思議と毎日飲んでると美味しく思えてくるんですよ」
「やあ(じゃあ)……あっいあんえおあああっあんえう?(さっき何で飲まなかったんです?)」
「ええ? ……プククク……もう飲みたくないからですよ。ふふふ。
でも、このお茶を飲んで、たくさん勉強して。それでこうして今了様にリヒトを案内している。そう考えたら、このお茶に感謝です」
あーそうですか。
* * * * *
ホテルに向かう前に、少し時間があるからということで、もう一箇所案内された。
それは郊外の、リヒト西部にしては珍しいただの草原地帯だ。
遠くで、高いビル群の夜景が煌々と灯る。
何もない草原地帯で車は停車し、僕は降ろされた。
やや背の高い草が生えた、ありふれた、ただの広場だ……と思ったら、中心は、えぐれるように地面が削られている。
僕は、まだ口が痛くて痺れていた。
「了様。これはヴァルノウ特有というわけではないのですが、西部にはこういう場所が数カ所あるんですよ。
いわばパワースポット的なもので、この形のまま保管されているんです」
意味がわからないと、ただの穴だ。
「こういう場所は、『ルッキー・シュトライク』と呼ばれたりします。
……第三次大戦時、リヒト人に居場所はありませんでした。
二度戦争に負けて、リヒト人は全てを失いました。故郷、自由、生活、権利、尊厳。差別を受けながら、京武士として貧しく働くか、虚民区に逃げ伸びるか。
リヒト人であるからという理由だけで、首を落とされた人間が数百といた時代です。
そんなリヒト人が当時、唯一手にした武器が一機の爆撃機でした。
これは、その爆撃の跡と言われてるんです。
最後まで諦めなかった者が、自由を手にする。そんな象徴がこの穴なんです」
エルザに言われて、僕はいろいろな景色を思い出した。
ファールゼルベルグの路上生活者。
イラー市長の、貧乏ゆすり。
ペグニッツの、デモ行進。
彼らは皆、『諦めて』しまった人たちなのか?
エルザ越しに見える大都会の夜景が、煌びやかに輝いていた。
* * * * *
ヴァルノウのホテルは、部屋の屋内、屋外あらゆる所にテントがはってあり、いわば室内のテントで寝ると言う変わったホテルだった。
いたる場所に本棚があり、テントの中で好きなだけ読んでいいそうだ。
あと、温泉があった!!
ラギ大陸初温泉だ!
温泉を楽しんだ後に、エルザに話しかけられる。
「了様。明日はいよいよ、リヒトの首都、シュワルツワルトに参ります。
公式イメージは、『自由の国の首都! 自由と治安は紙一重!?』です!




