フルダ〜リヒトのヤングシティ〜
一旦、見なかったことにしてそっと、本を元に戻した。
そんなことをしたって、何が変わるわけでもないのに、だ。
親父が軍属?
親父が軍属?
親父がリヒト側の軍属で京国と戦ってた? アルメーに乗って?
ため息をついて何度も頭を振った。
このことを……エルザ達に聞いてもいいものだろうか?
問題なのは親父は、『リヒト』だけではなくて『大陸』全体で重要な人物だったらしい。と言うことだ。
……それがリヒトの軍隊にいたと言うのはどう言うことだ? とは思うが。
リヒト軍に一度でもに関わっていた過去があるなら、それが事実であるならば、あの京国が親父を歓迎するとは思えない。
すると、この事実を京国は知らなかった?
その事実を以て有り余るほどの功績を残した?
しばらく腕を組んで考えた。
その時である。
がしん!! と肩を掴まれたので
「ワア!」と大きい声を出して固まってしまった。
振り返ると、後ろにドライバーのイリーネさんが立っていた。
サングラス越しの両目は、何を語っているかはわからない。
しかし明らかに深刻な顔をしていた。
ては、まだ僕の肩に乗っかっている。
何かを言いたいが、口が乾いて何も声が言葉にならない。
全身に冷たい水をぶっかけられたみたいに変な汗が出てきた。
僕が口だけアワアワと動かしていたらイリーネさんが恐ろしく低い声でこんなことを言った。
「何も見ていない。いいな」
その言葉の意味するところは分からない。ただ、僕がこのことを追求することは、『この旅のレール』を外れることになるのは察した。
一人では、お金も何も持ってない僕がだ。
* * * * *
「了様ー!! もーどうして勝手にどっか行っちゃうんですかー!!」
目を(><)にしたエルザが僕を両手でポカポカ殴ってきた。
……どっか行ったのは君の方じゃないか。と、言葉を必死に飲み込んだ。
そして、合流できるまでに起きたこと全てを、一旦腹に収めることにした。
「私心臓潰れちゃうかと思いましたよー!! イリーネに『助けてー!』って言って!! もー了様は単独行動は禁止です! 目を離すとすぐどっか行っちゃう!!」
僕は子供か!? 僕だって単独行動をとりたかったわけではないのだ。
「冗談抜きで、危ないんですからね! それとー、はい。これ」
エルザが買ってきてくれたのは、僕が探していた『三本目の火矢』と言う本だ。
……帰りの飛行機の中ででも読もう。
「ありがとう、すんません」
と、僕がお礼と、納得のいかない謝罪を済ませた後、車でヤクストを出発した。
* * * * *
車は北を目指して進んでいる。
とんでもない人の多さと建物の数だ。
「えーと、改めまして。今から向かう場所はフルダ。
ここにも有名な私立大があり高いエデュケーション率を誇る都市です。
人口はラァジの指針する二十段階評価のうち十三。
年代の中心は学生。リヒトで最もフレッシュな都市と言われております」
フルダ(戸石)は、徳島を北とする『縦四国』で言うところの、
高知県梼原町の、横貝のあたり……だろうか。
そう言われてあたりを見回してみると、確かに若い方々が多い気がする。
そしてお洒落な喫茶店。服屋。ピンク色の看板。
ピンク色の看板!?
「……あれはなんのお店なんですか?」
「ああ、風俗のお店ですよ」
ブフ。っと咳き込んでしまった。
「学生の都市なのでは!?」
目を回しながら僕が尋ねると、エルザは僕が何を言っているのかわからないと言った顔で……
「何かおかしいですか?」
と聞いてくる。
なんだかこの問題に真剣になることすら馬鹿馬鹿しいと思ってしまう分、発話がしどろもどろになってしまう。
「い、いや、いやだって、ここは、学生による、学問の都市なのではないのですか?
ががが学生の本分は学業なのではないのですか」
「そうですよ? ですから、学業に集中していただくための、じゃないですか。
性欲は勉学の邪魔ですから」
そこまで割り切るものか!?
よくみると、そのピンク色の看板の隣には校門のようなものが見える。
「……あの建物は?」
「あちらは小学校ですねー」
「いやおかしい!! おかしいおかしい!!」
車の中でエモーショナルになってしまった。おかしい。
小学校の横にそういう店があるのはおかしい!
どうなってるんだ。リヒトの倫理観。
「何がそんなにおかしいんですか?」
「子供に見せるようなもんじゃないでしょう!!?」
「え? でも、じゃあ日本では性教育はどうやって行っているのです?」
女子だけ教室に残されて、ホワイトボードにイラストだよ!!
「リヒトでは風俗店のキャストは、カウンセラーと同じ括りとして扱われているんです。ですのでそこそこの大学を出ていないと成れない職業なんですよ」
カウンセラーと同じ!!
その発想はなかった!!
ともすれば倫理観がおかしいのは、風俗で働いている人をいかがわしい目で見ていた自分なのではないか!?
などと思ってしまうから不思議だ。カウンセラーと同じだったとは……。
* * * * *
ところで、フルダの都心部に着く頃には、十七時を過ぎていた。
市庁は閉まっているので、面会は明日の十一時に行うことになった。
「さて! 了様! 先ほども申し上げた通りここは、若者の街フルダでーす!」
エルザが隣で、鼓膜が破れるんじゃねえかって言うほどの大声を出した。
「ここでの了様の思い出づくりに、私どもから提案したいのは……
ドゥルルルルルルル……」
風俗でーす! ……とか言われたらどうしよう。と、一瞬だけ思った。
「ジャン! ショッピングでーす!!」
「は、はあ」
「ここは自由と希望の国リヒト! そこを旅するなら、それに相応しいドレスコードが必須です!」
「……このスーツじゃ、だめかい……?」
するとエルザは、僕のシャツのシワを引っ張った……
「ちょっとヨレてる……」
そして僕の履いている革靴もじっと見て……
「靴も買い替えましょうか」
それで思い出したけれど、南東部に行ってからの僕は、自分の服の洗濯なんかしていなかった。
匂いを気にするにしたって、隣のエゴン達からも同じ匂いがするんだ。
そうだった。これから女性達と旅をするんだった……僕も気を使わないといけなくなるわけだ。
* * * * *
「そうは言ったって、ここは若者の街でしょう?」
「そうですよ?」
「……僕みたいな大人が着て大丈夫な服もあるのだろうか?」
「ええ! 任せてください! 私がきっちり、コーディネートしますから!!」
なんだか楽しそうで何より。親の気分になった。
* * * * *
そんなこと言ったって僕は、自慢じゃあないが自分で服なんか買いに行くことなんて滅多にないのだ。
私服で出かけるなんて皆無な人生だったもんで。
ショッピングセンターには、さまざまな人種の人がいるが、基本的に皆、若い。
香辛料の匂いがするのは、ラギ大陸独特の匂いなんだろう。
屋台がどこかで出ているのだ。
僕は服よりも……なんだかお腹が減ってしまった。
「ちょっとそこに立ってください」
と言われて、電灯の下に立たされる。
「フムフム……」
と、エルザは僕を観察して……
「了様はお若く見えるので、問題ないですよ。
そうですねえ了様は……ブルベの……夏ですね」
などとなんだか聞いたこともないようなことを言ってくる。
「痩せ気味だからニットもありですけれど……うーん……ちょっと現場で合わせましょうか」
そう言って、あちこち連れ回される。
いく店の先々で、店員さんとエルザが二人揃ってあれがああだ、これがこうだ、いや今の流行はこっちだみたいな話をする。
僕の話のはずなのに、全くついていけなかった。
それで……実に三時間という時間がかかった。
* * * * *
「うん! 良い感じですよ!! 了様!!」
三時間の苦闘の末に僕のコーディネートは完了したようだ。
小柄な方にはバンドカラーが相性がいいとかなんとかで、バンドカラーのシャツに、ネイビーのジャケット。
グレーのスラックスにローファーはスウェード……。
モノクロカラーの服しか持ってなかった僕が、まず着ない服だ。
ものすごく気恥ずかしいけれどなるほど。なんだか、周囲に溶け込める気がした。
今まであまり感じてこなかった感覚だ。
……とても空腹は感じているが。
「さて了様。今日はこのまま宿に行きましょう。
明日向かう場所も学園都市。『ヴァルノウ』
公式イメージは『大企業に就職したい奴はヴァルノウでお茶でも飲んでろ』です!!」




