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ヤクスト〜劇場が最近たくさん増えた〜

 川を下っていく巨大な旅客船というのは、日本では馴染みがないものだが、例えばドナウ川をゆくアママグナ号などが有名だ。 

 僕が乗っている旅客船も、そのようなイメージだろうか。


 ひとまず言っておきたいのは、控え目に言って最高だった。

 南東部でリヒトの闇を嫌というほど見せつけられた上で言う。最高だった。

 船には、乗船員の他に物騒なものをぶら下げた兵士がいたり、窓の外をよく眺めたら、景色の中に船を護衛するためなのだろうアルメーが紛れていたとしても、

このサービスを『最高』と言わないと流石に罰《ばち》が当たるに値する。


 川は基本的に山脈沿いを北西に流れており、船はその上を車よりもゆっくりと進んでいく。

 その山脈に咲いている木も、ただの無愛想な杉ではなくチェリーであったり、

見たことない品種であったり、どこに視線をやっても色鮮やかだ。

 その色鮮やかさも、おそらくは人口的なものなのだろうが自然に溶け込んでいる。

 

 出発は夕暮れ時だったが、川辺で呑気に戯れている野生動物が見られたり、

 川から驚くほど大きな魚が飛び跳ねたり、

 熊が平和そうに寝ていたり、とにかくどこを見ても飽きない。


 僕はここ数日間、サスペンションが優しくない軍用車であるとか、車の椅子に座りっぱなしで正直腰が痛かったのだが、

ここのソファーは僕のトータルファットを全て優しく包み込んでくれる。

 そこに、スタッフによって運ばれてくる果実酒を傾けながら、景色を眺めるわけだ。

 ボケーっとしている間に夜になる。


 夜になっても旅客船は全力で僕を楽しませようとしてくる。

 

 船内も、僕の知ってる船ではなかった。内装は高級ホテルだ。エレベーターまであるのだ。

 船内にいるスタッフも、全員京言葉、つまり日本語が喋れる。

 

 今日は僕の貸切ということだが、二十四時間船内のバーやサウナは使いたい放題。

 船外にはライトアップされたプールまである。

 

 船内のレストランは、テーブルや柱などはダークウッドを基調としたレトロでシックなデザイン。とにかく落ち着きと気品がある。

 料理の時間に指定はなかった。僕がお腹が空いて、レストランの席に座った瞬間にサービスが始まるのだ。


 ウェイターも、清潔で品があって、ユーモアもある。

 だからこちらも自然と笑顔になってしまう。


 僕は自分のタイミングでレストランに入ったのに、嫌な顔一つせずに対応してくれる。

 料理は肉か魚か選んで良いというので、久々に肉が食べたいと言うと、懐かしいものが出てきた。

『ウマドン』……ではない。

 それは、僕が日本で食べた『ラギ料理』に近いものだった。

「おーーこれかーー!」

 と思わず独りごちてしまった。


 いわゆる、香辛料マシマシの牛刺し丼なのだが、まずスパイスと牛が喧嘩をしておらず、獣臭さは爽やかに中和されておりそれでいて牛らしさを失っていない。

 何より、刺身のはずなのにしたの上で溶ける。

 白米も、形状からして日本米ではないのだがしっとりしており、これが牛によう合う。

 付け合わせのアスパラも、ソースが実に品があり、牛、米、野菜がちゃんと一つのストーリーに収まっている。

 当たり前だが、日本で食べたものとは比べ物にならないほど美味であった。

 

 そしてお酒もビールではなく、おそらくワインなのだがこれが、日本酒に近い口当たりだった。

 

 完全な一人旅だが、正直言ってラギ大陸に来てから誰かと一緒に常に行動していて、無意識のうちにストレスだったのだろう……

 快適な一人旅を満喫させていただいた。


 料理の後も、自由時間だ。

 自室に戻ればフカフカなベッドが出迎え、寝る気がないならプールを楽しんでもいいし、二十四時間楽しめるシアターや、ダーツ。

 そしてハンモックに揺られながらラギ大陸の書籍を楽しめるブックカフェまである。

 

 眠かったがこれは寝るのが惜しいと思った僕は、プールとブックカフェで迷ったが、大陸の本というのはどんなものだろうと思い、ブックカフェへ向かった。

 

 もちろん、リヒト語の物が中心で、読めるものはなかったが、……僕のために配慮してくれたのか、京の書籍もいくつか置いてあった。

 竹中晶……の話は綾氏から沢山聞いたからいいや。


* * * * *


 僕の目に自然と止まったのは、『三本目の火矢』という本だった。

 それは、著者が『caesar』と言うリヒト人でありながら京言葉に翻訳された、珍しい本だった。

 実話ベースの物語、とのことだ。


 この物語の主人公は、京本利央《きょうもとりお》という少年だった。

 そしてメインの登場人物は、利央の他に、京本雪松《きょうもとゆきまつ》と京本倫平太《きょうもとりんぺいた》。この二人は知っている。

 倫平太《りんぺいた》に至っては南東部で嫌というほど見た。雪松某《ゆきまつなにがし》は、荒神《あらかみ》で見た。確か後の大将軍だ。

 この二人が兄弟なのはなんとなく覚えていたのだが、利央《りお》という少年の話は京国では出てこなかった気がする。

 彼らは三人兄弟だったのだ。ではなぜ、利央《りお》は京国で名前すら語られなかったのか?


 パラパラと読み進めるうちになんとなく理由がわかった。

 この物語は利央《りお》が、京国を裏切って、リヒト軍将軍スタンウェイの傘下に入り、その事で首都『荒神《あらかみ》』を陥落させるまでの物語だったのだ。

 この物語がどこまで実話なのかは分からない。

 しかし、『三兄弟』で、京が『三』を嫌う理由ともつながるし、ましてやその『三男』が京国を売ったとなれば、京とすれば語りたくもない人物であることもわかる。

 利央《りお》という人物が本当にいたのであれば、京からは存在を消された人間なのだろう。

 案外、実話なのかもしれないと思った。


 国を売る。

 日本人である僕には実感の湧かない事だが、京人であるならば俄《にわか》には信じられない話だ。

 あの国の、異常なほどの全体主義感。国を売るということは、それは自分のアイデンティティーを失うことであるとすら感じる、あの愛国心。

 まして『京本』性ということは、大将軍の子供だったはずだ。

 そんな人物がなぜ国を売ったのか?

  

 僕は利央《りお》という人物に興味を持った。  


 到着が明日の朝というのが、なんだか物凄く惜しい。一ヶ月ほど滞在させて欲しかった。

 結局本をよみながらハンモックで寝てしまった。


 翌朝、スタッフに優しく起こされた。

 下船の前にシャワールームを使わせてくれるというので、僕はここ数日で久々の風呂らしい風呂に入ってから、歯を磨いて顔を洗った。


 

* * * * *


 下船した僕を、大勢の報道陣と、リヒト西部『ヤクスト』の市長が出迎えてくれた。

 僕は市長と握手をし、市長は親父に向かって空中に三本の線を描いて深々とお辞儀をした。


 儀式は終わった、さてこの後どうすればいいのやら……と思っていたら、

そのまま市長の車に案内された。


「改めまして了様。ようこそリヒト本国へ。

 そしてようこそ、学園都市『ヤクスト』へ。

 私は『ヤクスト』の市長を務めさせていただいております。ヴォルフと申します」

 

 後部座席の隣の席で、市長が言う。


「『ヤクスト』の人口レベルはラァジの指針する二十段階評価のうち十五。

 リヒトを代表する私立大学の一つがあり、国営図書館など見所も沢山ありますよ」


「はあ。……ところで僕は今からどこに?」


 本来なら支庁に向かうこの旅だが、すでに市長と親父を引き合わせている。

 そうすると旅の流れからすると宿に案内されるのかと思っていたが、時間的にも早い気はする。


「ええ。了様にはこれから、ヤクストの大学病院にご案内いたします。

 そこで最低一週間ほど検査入院をしていただきます」


 穏やかな顔でそんなことを言う。


「……検査入院、ですか」


「はい。と言いますのも、この後も了様には大事なお勤めが控えておりますものでして。

 ……妙な話ですよ? 万が一南東部で薬物を摂取されておりましたらお勤めが滞ってしまいます。

 そのための検査入院です」


 例の麻薬か?


「摂取……してませんけどね。少なくとも自主的には、ですが」


「ええもちろん。もちろん。まあ、念には念をと言うことでして。薬物の反応が現れなかったら最短で一週間ですみますので。

 ご協力お願いいたします」


 なんだか納得のいくようないかないような話だ。

 しかしそれほど、今のリヒト西部は麻薬による犯罪が増えているのだろう。

 なんだか昨日の楽園から、虚無に叩き落とされる感じがしたが、僕はそもそも観光に来たのではないのだ。と、この瞬間思い知らされた。



 * * * * *


 病院での一週間は、虚無以外のなんでもなかった。

 

 何もすることがなく、決まった時間に決まった食べ物が出てくる。

 

 頼めば軽い筋トレくらいはさせてくれる。


 ……暇だ。

 僕はルーティーンを思い出した。


『ヤクスト(玉妙島《たまみょうしま》)』は、徳島を北とする『縦四国』で言うところの『梼原町(ゆすはらちょう)』あたりだろうか?


 ……ルーティーンが終わってしまった。やることがない。

 健康的な野菜と、適度な肉を食べて、自主的にランニングをする以外、やることがない。

 

 あの旅客船に置いてあった本、なんとか譲ってもらえなかったかな……

 なんだか無駄に筋トレとかしてしまった。本来の僕ならあり得ないことだ。

 暇とは、人間をおかしくするのだ。

 なんとなく、革命に走る南東部の若者の気持ちが、わからなくもなかった。


 一週間で僕は、それなりに健康を取り戻した。


* * * * *


「了様ー!! ご無沙汰してますーー!!」


 無事、薬物の反応なしとドクターに判断され『刑期』を終えた僕を、病院の前で出迎えてくれたのは、なんだか懐かしい姿だった。

 リヒト国の外交官、エルザだ。そしてドライバーの……何さんだっけ?

 

 エルザはリヒト国の外交官で、業務的なスーツは来ているが、金髪を編み込んでいたり、耳元のさりげないイヤリングと、ネックレスが輝いている。

 そして人懐こい笑顔である。

 僕がもう少し若かったらコロッと恋に落ちていただろう。流石に、自分の娘ほどの年齢の子はそんな目で見れない。


 ボディータッチスレスレの位置で、「大丈夫でした? 南東部は。刺激が強すぎませんでした?」

 などと上目遣いで聞いてくる。

 全ての仕草が、計算し尽くされている。この能力を以ってして外交官なのだろう。そして僕の担当になったのだろう。


「まあ、大変そうな国だなあとは思いました」


 僕は敢えてマヌケを装った。

 うまくラギ大陸で、彼ら彼女らのレールの上を走るなら、マヌケくらいが丁度いいと思ったのだ。

 ……僕なりの打算だ。


「そうでしょう。そうでしょう。

 ご安心ください。ここからは了様を決して退屈させない、夢の国へご案内いたします! もうリヒトから帰りたくなくなっちゃいますよー?」


 * * * * *


 僕はまだ、『ヤクスト(もしくは『玉妙島《たまみょうしま》』)』を観光していないので、外交官二人は今日一日は観光の日としてくれた。


「ヤクストといえば、やはり国内最大の学園都市です。

 そして、なんといっても、『テアーターフィアテル』のミュージカルですね!!」


「……それは、合衆国で言うところの『ブロードウェイ』のような?」


「はい!! まさにその通りです!! ですからヤクストは国内の俳優や劇団の登竜門と呼ばれていて、都市内だけでも実に十五個の劇場があるんですよ!!」


 ……あれ? つい最近どっかで聞いた話だ。


「しかも最近オープンしたばかりの劇場が多いですから、設備も凝ってますよー?」


「『最近』……ですか」


「ええ! と、言いますのは、演目によって劇場の構造から工事する劇団もあるくらいですから!

 そして演目日程は最低でも半年。長ければ四年のロングラン公演を打つ団体もあるんです!

 四年公演で黒字を出した劇団が、晴れて商業劇団と呼ばれる団体になれるんですよ!」


 ……そうかなー、どっかの都市を丸ごと収容所にしたから、急遽増えたんじゃないかなー……

 とは、いえなかった。


「そして、国営図書館ですね!」


「あ」


 図書館と言われて僕は、旅客船の中で読んだ本を思い出した。


「そこに行きたいです」


「おや!? お目が高いですね!! 大陸中の本がある図書館です!

 何か気になる本があるのですか?」


「確かー……『三本目の火矢』っていうタイトルだったかな?」


 僕が言うと、


「ja」と母国語でエルザがポン、と僕の膝を叩いた。


「はいはい! 私も大好きな物語です!! 第二次大戦時のことを書いた物語ですね!!

 特に、スタンウェイ皇帝が初代皇帝と『玉隅《たますみ》』で再開するシーンは何度も読んじゃいます!」


「あの話は実話なんですか?」


「はい。まあ若干の創作は加えられてると思いますが、首都荒神が陥落したのは、京国の皇子の離反が大いに関係しているのは事実です」


 ますます、あの小説に興味を持った。

 


 * * * * *

 

 骨壷と、ドライバーのイリーネさんは車に残ってもらい、僕とエルザは国営図書館に入った。


 国営図書館は、さすが国営図書館だった。

 そこかしこに本がある。

 

 図書館なので静かなのだが、老若男女様々な人間がそこら中にいる。

 そして、人種も様々なので、おそらくは『地球上』のどこかの国からいらした方もいるのだろう。

 

 エルザが、本を探してくれようとしてるのか、ズンズン進んでいってしまう。

 ……リヒト人はこういうところがある。

 そして彼女は小さいので……僕がふと目を離すと人混みに紛れて消えてしまうのだ。


 僕は彼女とはぐれてしまった……。


 途方に暮れていると、目の端に映る本が気になった。

 分厚い本だ。


 広げてみても、リヒト語、つまりドイツ語で読めない。

 しかし、写真に人型のロボットが写っている

 これも戦時中の本だろうか。それも写真付きと言うことは、ドキュメンタリーだろうか。

 古い写真だが、人型のロボットが写っている。おそらく第四次大戦時のドキュメンタリーだと推測できる。


 筆者は……caesar。

 おお、僕の推しの作家じゃないか。


 文字が読めないのが残念だが、僕がパラパラと本をめくってみると……


 兵士らしき人間たちが集まった集合写真のようなものが出てきた。

 後ろには数台のアルメー。

 

 写真の中で、いかついリヒトの兵隊たちがこちらをみている。


 ……写真から、なんとなく違和感のある視線を感じると、リヒト兵に混じっている京人がいた。

 彼もリヒト人に紛れて、京国と戦った京人なのだろうか。

 ……というか、ん? 妙に見覚えがある。

 しばらく、写真の中の『彼』と目が合う。


「え!?」


 思わず声が出てしまった。

 写真の中に映る……リヒト軍の兵隊と一緒にいる京国の『彼』……

 どこかで会ったことがある。

 それも……ラギ大陸で、ではない……。

 彼は……



「…… ……親父?」


 そんなわけがない。そんなわけが。

 親父が知らない国で兵隊をやっていたなんて、そんなわけがない。

 

 しかし目は勝手にドイツ文字の羅列からその言葉を探してしまう。

 そして、見つけてしまった……


「……YUKIO……SHIZA……」


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