トレッタハッシュピッツェ/荒野戸 〜市長が命を狙われる都市〜
夕ご飯と朝ごはんは、ビニール袋に包まれたビスケットだった。
「ツークシュピッツェでまともな飯にありつけようと思ったら、大金が必要なもんでね。悪いがこれで我慢してくれ」
顔を洗ったり、歯を磨いたりは、市庁に隣接している消防署の水を使わせてもらった。
消防車を洗車するための外にある立水栓だ。
外にあるので、数人の男が並んで歯を磨く。こういう風景も戦争映画で見た気がする。
……戦争映画の登場人物の一人になったみたいで、少しだけ楽しくなった。
エゴンがそうするみたいに、水で口を濯いで、そこら辺の地面に吐き出す。
僕は昨日見た異質な景色を思い出して、エゴンに聞いてみた。
「……英雄が、ここでは吊るされてましたけど?」
それは、カルテルのゲート脇で首を落とされて吊るされていた、倫平太像だ。
「ああ。あれか。
……まあ、許してやってくれよ。ここは自由の国なのさ。
英雄様をどうこうするのも自由の内なわけよ」
許すも何も。今一つ納得のいく理由ではなかった。
すると……後ろからクラクションの音が響く。
目をやれば、僕たちの車が邪魔で、市庁に入れない軍用車だった。
すぐさま道を塞いでいた車が退いた。
軍用車が僕たちの後を二台、通り過ぎていく。
二台目は四トンの平トラックで、何かの搬入が始まるらしい。
「お。おいでなすったか」
* * * * *
市庁には、警察署も隣接しており、トラックはそこに搬入をするらしい。
エゴンはドライバーに近づいて、挨拶をした。
すると、クラクションが一回鳴った。
どうやらお互い知った中のようだ。
トラックのエンジンが止まり、車からドライバーを含んだ四人ほどの男が降りてきた。
エゴンはドライバーと握手をしてハグをする。
「ヨー兄弟。今日はどっから?」
エゴンが聞くと、ドライバーはあくびをして……
「アルトミュール」と答えた。
「マジかよ。大陸横断じゃねえか」
目の前で、明らかなドイツの軍人が、日本語で親しげに喋っている。なんだか妙な光景だ。
エゴンの視線がこっちを向いて。
「あーこいつは、ほれ。幸雄様の息子だ」
「どうも」
ドライバーが気さくに握手を求めてきたので、僕も応じる。僕の倍はありそうな手のデカさとゴツさだった。
「荷台のはアルメーか?」
エゴンが聞くと、ドライバーは頷いた。
「やってらんねえよな。数年頼み込んでようやくアルメー一台だぜ」
「ああ、『一台』ってのがサイアクだよな。盗られたら手も足も出ねえ」
「ここにアルメーが来たって分かったら、また治安が荒れるな。奴ら群がって来るぜ」
「まあ、アルメーがカルテルだの、テロリストだのに奪われたら本国も重たい腰を上げて、軍が治安出動せざるを得ないだろ。
案外そういう作戦かもしれんぜ。実際こいつも中古品だしよ」
何やら深刻げな話をしているが、僕はあえて空気を読まず質問をしてみた。
「『アルメー』って?」
するとエゴンとドライバーは顔を合わせた。
「……見せていいか?」
ドライバーは黙って頷いた。
* * * * *
三人の男が、荷台のカバーを外すと現れたのは、
大きさ五メートルほどの人間型のロボットだった。
「どうだい。これがリヒトの主力兵器。『アルメー』だ」
テレビアニメに出てくるような人型ロボットと言うよりかは、重機と人間の中間……いや、人間と言われれば人間、に近い形だった。
本来なら驚く所だが、僕は京国でこれより十倍ほどの大きさの物を見ている。
僕の表情を読み取ったのかエゴンは……
「京国の『マスラオ』のが強そうって顔してるな。ドシロの考えだぜ。
奴らデカければ強えって思い込んでるんだ。リヒト軍が所有しているアルメーの数は五千台以上。
対してマスラオは? せいぜい百がいい所だろう。
戦力比は単純計算で五十対一。お前さん、五十匹のスズメバチに襲われたらどうする?」
「死ぬ気で逃げますね」
「そう言うことだよ」
* * * * *
車は、ツークシュピッツェの平原を進んでいる。
何もない平原。そして遠くに海。
何かあっても、養羊場しかない。
やることがない僕は、車に揺られながら、いつものルーティーンをこなすことにした。
これから向かうトレッタハッシュピッツェ(もしくは『荒野戸』)と言う都市は、一昨日までいたビルケンコプラと湖を挟んで反対側にある。
徳島を北とする『縦四国』で言うところの『宿毛市』のあたりだろうか。
ただ宿毛市は港町だが、トレッタハッシュピッツェは四国南西の『>』の字型に欠けている部分が全て陸になるので、内陸の都市である。
『旅のしおり』をじっと眺めている僕に、隣のエゴンが声をかけてきた。
「南東部一、美しい夕日を見られる街トレッタハッシュピッツェ。
気候も年間通じて穏やかで、なだらかな平地の中にある都市。眼前には巨大な湖。
まあ、過ごしやすい場所だよな。
都市の人口は、ラァジの指針する二十段階評価のうち十だ」
「……観光地の割には人口は少なめですか?」
「まあな。と言うのも、こんな所に観光するバカはいないだろうからな。
暮らしてるのもマフィアとかカルテルのお偉いさんくらいだよ」
それを聞いて、僕はなんだか全てを察した。
「……そこに今からいくわけですか」
「心配すんな。行かねえよ。脅かすわけじゃないけれど、リヒト東部のクソどもは、お前さんが大事なものを運んでいることくらい知っている。
昨日、車に発砲してきたバカみたいなのだったら俺らでも対処できるが、万が一アルメーに乗ったバカが出てきたらお前さんごと誘拐されかねんからな。
でも市長には会ってもらう。ちょっと変則的な方法でだけどな」
* * * * *
車が向かったのは、郊外の廃ホテル、その地下駐車場だった。
一時期はここも、観光地として栄えていた事もあったのだろう。
それが、反社会勢力が居座ったおかげで撤退せざるを得なかったのだ。
今は『かつてそこに観光地があった』くらいの残骸しか残っていない。
リヒトは『自由の国』だという。
だけれども僕は、その言葉の意味すらわからなくなっていた。
この人たちの言う『自由』ってなんだ?
なんなら、京国以上に殺伐としていると感じるのは、一回襲撃を受けたからそう思うのだろうか。
これじゃあ自由にしがみついている。と言う言葉がしっくりきそうだった。
そんなことを考えながら待っていること一時間。
地下駐車場に車がやってきた。
いよいよマフィアの取引みたいだ。
* * * * *
「了様、初めまして。トレッタハッシュピッツェの市長を勤めております。
カーンです。申し訳ない本来なら、こちらから出向く所なのですが、私も命を狙われているものでして」
車から現れたのは、数名のSPを連れたスーツ姿の男性だった。
僕は挨拶だけして、親父と市長を引き合わせる。
これでここでの儀式は、本当に儀式的に終わった。
ここまでしてやることなのかと、なんだか滑稽に思えてくる。
* * * * *
「一番の問題は、人口の過密性なんです」
地下駐車場で、装甲車やら兵士やらに囲まれながら、市長は重々しく言った。
暗くてほとんど、表情も見えなかった。
市長さんは、ここ大陸南東部の現状を自分から語ってくれた。
どこか助けを求めているようにも聞こえる。
「そしてもう一つの問題は、現在リヒトと京国の間で《《戦争が発生していない》》事です」
「……平和なのが問題なのだと?」
「おかしな話ですがその通りです。
リヒト国民の総人口は千五百万人。国民人口の実に三分の二が、西部に住んでいますから、一千万人が西部で暮らしていることになります。
西部は人が溢れているんです。当然、まともな企業に就職できるのはほんの一握りのエリートだけです。
リヒトの治安維持装置は、基本的には警察。つまり公務員です。警察になれるのも、一握りのエリートだけ。
職にあぶれた若者が軍に入っても、平和な状態でしたら出世なんてできませんから。
一生慎ましく生きるか、ここ南東部に来るか、うまいことやって京国に逃げ延びるかです」
そう言われて、僕は以前京国『秋綾』で見た、リヒト系京人の事を思い出した。
若くて力があるのに、職がない。そう言う人間はここでは、異端の人間となってウラン採掘をするか、反社会勢力の一員になるしかないのか。
ユースバルジという言葉がある。
若年層がバルジ状に広がる事を意味する言葉だ。
二〇一〇年、アフリカでもチュニジアを中心に独裁政権に反発する大規模な騒乱が起きた。
いわゆるアラブの春だ。
これの根幹にあったのも、若者が職にあぶれるという社会情勢があったという。
中東でも当てはまる。
若くて体力があるうちは、デートがしたい。なのに職がなくてお金がないとデートもできない。ヤケになってテロを起こす。
日本だってそうだ。
大学に通っても、会社で優遇されるのは血筋が支配する縦社会。
怒りと体力を持て余した若者がゲバ棒と火炎瓶を持って闘争を起こした時期がある。
中途半端に頭と体を鍛えた若者に、武器と暇を与えたら恐ろしいことが起きるのだ。
それと同じことが、リヒト国の陰で起きている。
『大戦期に四度起きた大戦。四度とも、争いの発端を作ったのは全てリヒト人だということです』
僕は、綾氏が言った言葉を思い出した。
「自由の国というのは皮肉なものでして。
ここ南東部でも様々な思想の潮流があります。
中には、京国と結託してリヒト打倒を企てるなんて考えている若者たちもいれば、
リヒトに抗って第三の国を作るんだという若者もいます……が……
結局のところは現状のリヒト国に反抗心を持った若者で溢れているんです。
なのに政府はこれといった対策を取ろうとしない」
「なぜですか?」
「なぜだと思いますか?」
質問を質問で返された。この会話自体、僕にして一体何になるというのか。
「こうは思いませんか? 了様がエリート側の人間だったとする。
ふと、目の端に落ちぶれて、荷物をまとめて東部に向かう若者が目に映る。
……その時、どう思いますか?『こうはなっちゃいけない』『自分達はこいつらとは違うんだ』『こうならないように一層気を引き締めねば』
……と思ったりしませんか?」
僕は何も言えなかった。
「エリートを、エリートたらしめるのは、その他落ちこぼれの存在。
そして、実際に京国と戦争が起きたなら、同じリヒトの人間として手を取り合うんです。
……リヒトの自由とは、冷静に見れば競争に勝ち残ったものが掴める自由。
……実に歪な自由なのかもしれません」
「歪な、自由」
一度歪と言われると、目に映る全ての物が歪に見えた。
* * * * *
市長は去り、我々はこのままこの地下駐車場で夜を明かすことになった。
「さて、明日はいよいよ、ここ南東部の首都……みてえなところだ。
『ファールゼルベルグ』もしくは『鶴長』だ。公式イメージは『南東部の流行はここから! 南東部のカルチャーシティと、自分たちは思っている都市』だ」




