新大陸に旅立つまで 後編。
一人息子の僕に、家庭はない。
だから近所の葬儀場に一人で行って、親父の焼骨が済んだら骨と位牌を家に持ち帰り、簡単なつまみでも作って位牌の前で二人分の酒でも注ごう。
そしてたまには親父との数少ない思い出に浸ってみるのも素敵なんじゃないだろうか。
そんなささやかな妄想をしていた。
しかし時として理想と現実とでは兎と象ほどの大きさの違いが生じることがあるのだ。
親父が連れていかれたのは、都心の、なんとも形容し難い仰々しい建物で、
僕に与えられた選択肢は報道関係を参列させていいか? くらいのものだった。もちろん全力で断った。
「士座様、この度はご愁傷の事と存じます」
会場に入るや否や、喪服姿で黒髪黒目、背の低い人懐こそうな男性が話しかけてきたが、日本人なのかは分からなかった。会場にはため息が出るくらいの、大勢のスタッフが親父のために右往左往している。
「今日の式は、私が喪主様を手助け致しますので」
はあ。じゃあお願いします。と言う他なかったが、実際式が始まってみるととても、親父の葬儀をしているというような気分になれなかった。
無神教の僕は詳しいことは知らないが、どう考えても浄土真宗の手順とは異なる形で葬儀は行われた。
日本語らしきものを喋っているが、所作礼拝供養のお経、どれも全く知らない物だった。
例えばどこが異なるのか?
一番大きいと思った違いは、掌を合わせてお辞儀をする、いわゆる『合掌』がなかった。
それの代わりなのか分からないが、独特なポーズを強いられた。
このポーズについて、大まかに言えば手順は二つである。
手順一、まず右手と左手で、胸の前に漢字の『二』の字を作り、指をピーンと伸ばす。
手順二『二』の上パーツとなっている右手の手首を少しあげ、逆に下パーツとなっている左手の手首は少し下げる。
とにかくこれを頻繁にやらされた。
世界中のどこを探したってないだろう。こんな宗派は。少なくとも僕は知らない。
先ほどの背の低い男性に身振り手振りをレクチャーされながら、しどろもどろに式を終わらせて、なんとか親父の焼骨が済んだ。
僕がドラマや小説で知っているのは、業者の方が、ヤレ「ここが喉仏です。仏様が拝んでいるように見えますね」だの、「こちらが下顎です。ここまで綺麗に残っているのは生前良い行いをしたからですよ」だのの常套句を聞けるもんだと思っていたが、
ここの宗派はそういうことはしないらしく、代わりに全部の骨を喪主である僕が骨壷に収める作業をした。
この例えは適切と思えないが、まるで引っ越す時のパッケージングに似ている。まあ、『お手伝い係』の彼が大半手伝ってくれたわけだが。
喪主なのに、一番ぎこちない。
嫌に緊張したし、何より、疲れた。
とても自分の親の葬儀という気がしなかった。
* * * * *
『彼ら』が僕に接触してきたのは、去年の年の暮れのこと。
病院から連絡が来て、親父から脳梗塞の症状が出ていることを知った。
病院側からも暗に、「そろそろお別れの準備を」と匂わされてきている気がするので、そろそろなのかなあ。と心の準備をしていた時期だった。
『彼ら』はアポもなしに僕の職場に現れたのだ。
職業柄、僕らは毎日ふた通りの昼を経験する。すなわち、電話の着信音と怒号と、タイプの音が鳴り響く殺伐とした昼。
もしくは、『ア●クル』や『モ●タロウ』と言ったサイトから、ティッシュペーパーやらトイレットペーパーを注文する以外やることがない昼。
『彼ら』がきたのは前者の方の昼だった。事務所は殺伐としていたがそれでも、
「コン、コン、コン」
とノックの音がはっきりと聞こえた。当然我々は構っている暇がないので無視を決め込んでいると、
「コン、コン、コン」ともう一度はっきりと聞こえた。
僕の向かいのデスクの女の子が、小さくため息をついて事務所の扉を開いたら、扉の外に『彼ら』がいた。
仰々しいスーツで身を包んだ大人数で、誰がどう考えてもこの場には不釣り合いな佇まいだった。
只事ではない事態が起きている。女の子はそう思っただろう。
とりあえず、セールスや、どこかの営業ではなさそうだった。
女の子が目を丸くしていると、先頭にいた男が何も言わず名刺を差し出した。
「失礼致します。外務省の佐世保と申しますが、士座様はお見えでしょうか?」
ガイムショウ。うちの事務所では聞きなれない単語だ。
女の子が恐る恐る僕の方を見て、そこから奇妙な夢としか評せない出来事がとんとん拍子に決まった。
始まったのは滑稽なほどの不条理で、親父が遺書に『裸木』なんて書いたのは耄碌でも、冗談でもなく必然だったことを思い知った瞬間だった。
結論を言うと、僕は会社を辞めてまでラギ大陸に行くハメになったのである。
* * * * *
葬儀場の待合室にて。
やたら豪華な食事が並べられているが、誰も手をつけようとしない。
僕は、特殊すぎる葬儀をなんとかこなし、正直お腹が空いていた。
なのに僕の周りに四人ほど集まり、何やら重要そうな話をするのでお箸が遠くに感じる。
四人のうち、一人は外務省のお偉い方で、一人は大使館の方で、残りの二人のうち一人は背が低い黒髪黒目の男性。もう一人は青い瞳で色白だが骨格がはっきりしている金髪の女性だった。
後半二人は多分、ラギ大陸の人間なのだろう。
「……今から、ですか?」
僕は、僕じゃないような声を出して、集まってきた四人に問うた。
四人のうち、背の低い黒髪黒目の人懐こそうな男性が口を開く。
「ええ。……このまま大陸までお連れいたします。そのようなお約束だったと記憶しているのですが……?」
実は彼らの言うことは正しくて、僕は今から家にも帰らずこのまま空港に向かい、『ラギ大陸』とやらにいかねばならないらしい事は知っていた。
確かに彼らが僕の職場に、暴力団よろしく上がり込んできた時に説明は受けていた。
とにかく時間がなく、先方は待っていると言うので僕は了承せざるを得なかったのだ。
それでも親父の葬儀を済ませたその足で、喪服のまま骨壷と位牌を持って、ラギ大陸なる場所に行かねばならないと言うのがとても非常識に感じたので確認してしまったのだ。
せめて今日くらいは、一人きりにしてほしいじゃないか。
「そのくらい、お父様は私たちの大陸にとって重要な方でしたので」
この男のこのセリフも、もう十回は聞いた。でも具体的に何をしたのかは頑に教えてくれないのだ。聞いても……
「それは、了様が大陸で実際、肌身に感じていただいた方が良いのではないかという判断ですので」
の一点張りだった。
とにかくこのままでは僕はこの格好で、全然乗り気でもなく、何の用意もしてないままラギ大陸なんかに行くことになってしまう。親父の骨を抱えながら。
「僕にも準備が……」
「了様の旅は、我々が全力で手助け致します。了様におかれましては、ただお父様を連れて頂いて、ラギの各都市を周り、市長とお父様を引き合わせていただきたいのです」
この文言を聞くのも十回目だ。
「いや、恥ずかしながら僕は旅行とかは未経験でして……支度やら着替えやら時間が」
「了様の身の回りのことは、我々が全て致しますのでご心配なく」
「こちらはラギの事も全くしらない状態でして」
「それも我々が随時、ご説明いたします。宿の手配、食事の手配、車の運転も全てこちらにお任せください。ご心配なく」
「……友人に挨拶とか」
「このような時に連絡されるようなご友人がいらっしゃるのですか?」
オイ今のは失礼だろう!! ともかくこの四人は、……いや、この四人の向こう側にいるのであろう日本とラギ大陸のお偉い方たちは、僕に各都市を回ってほしいようだ。
それが日本国家のためにもなるのだとかなんだとか。社長が『お国へのご奉公』なんて言ったのはそのためだ。
日本とラギ大陸が、親父を介してどのようなやり取りをしたかなんて、知らないし知りたくもないが、
アメリカさえも黙るような軍事力を持っているらしい大陸だ。ほとんど棍棒外交だったのだろう。
だとすれば、外務省の人間が職場に乗り込んでくるような遮二無二感もわかる。
* * * * *
抵抗虚しく、僕は空港に向かう車に乗せられた。親父を膝に抱えながら。
「了様、こちらがこの度、我々が用意いたしました『ラギ大陸旅のしおり』です」
背の低い男が僕に、単行本程度はある厚みの、割としっかりしたガイドブックを渡してきた。
ラギ大陸の形を説明するにあたり、日本人相手には便利な『物差し』がある。
それは、ラギ大陸は、日本の四国に《《似ていなくもない》》形をしているのだ。
ただ、四国で言うなら徳島が北を向いている。
従って土佐は東、宇和島が南、新井浜が西をそれぞれ向いている。そんな形をしている。
伊方町から伸びている国道百九十七号線が、尖って伸びている部分もそっくりである。
これからもラギ大陸の地名の例えとして四国の地名を用いることが多くなると思うので、今後徳島が北を向いてる四国のことを『縦四国』と呼ぶことにする。
ラギ大陸は、大きく三つに分類することができ、二つの国に分かれている。
すなわち、北部、南西部、南東部である。
北部に、日本語を話す『京』という国があり、南東部、南西部にはドイツ語が公用語の『リヒト』と言う国がある。
『旅のしおり』第一頁には、こう書かれてあった。
ラギ大陸の歴史には大きく六つの時期があったそうだ。
・建国期(大陸一周期)
・第一次絶滅期(原因は火山の噴火による寒冷化)
・復興期(他大陸からリヒト人が入植)
・大戦期(少なくとも過去四度の大戦があったのを確認)
・第二次絶滅期(原因は不明)
・再現期(建国全盛期の姿が『地球』で再現。理由は不明)
それで今が第六期、再現期らしい。
旅のしおりを読む僕の両脇には、人懐こそうな『京人』と、人懐こそうな『リヒト人』が座って、あれこれ説明してくれているが、
正直疲れていてあまり頭に入ってこなかった。
「それで、僕は全部の都市を回ればいいんでしたっけ?」
「はい! お父様が亡くなったことを……各都市の市長に報告していただき、市長から挨拶をさせてほしいのです」
「……なんで」
「ソレは了様がご自身で大陸に行って……」
「ああああいいです! わかりました! ……都市って、どのくらいあるんですか?」
僕が聞くと、両隣の人懐こそうなラギの民は……
「「三十四都市です!!」」
とステレオで答えた。
「えっと、まず『都市』の概念が、我々と了様達で差異がありそうなのでそこから説明いたしますね。
ラギ大陸の都市は一つ一つが非常に大きいので、そうですねえ……合衆国の『州』ほどの大きさがあると思っていただければ良いかと思います」
つまり三十四州!! そんなに!!?
「まず、了様には羽田空港からプライベートジェットに乗っていただいて、大陸北部『仙神堀』に来ていただきます」
男は大陸地図を開いて……
日本の四国、それも徳島を北とした『縦四国』で言うところの、『高松空港』のあたりを指差した。
「そこが始まりで、北西部を一通り回って頂いて北東部」
男の方がそこまで説明すると、女性の方が割って入ってきた。
「そこからは国境を越えていただいてリヒト領を案内させていただきます」
縦四国においては、現実の四国の今治から土佐清水までの幅が少し長い。リヒト領は面積が広く感じる。
「南東部をぐるっと回っていただいたら、南西部に来ていただき、リヒト首都、シュワルツワルトを通って北上。
京国に戻り仙神堀でゴールです」
何やら楽しそうに伝えてくるが、一大陸全域の三十四ヶ所を回るのは大変なんじゃないか……?
旅行なんて、修学旅行ぐらいしか行ったことがない僕がだ。
僕の表情を察したのか、女性の方が、
「大変だとは思いますが、了様にしかできない役目にございます。あと……
これは生前、お父様が申し上げていたことになりますが、
『とにかく旅行に来たと思って楽しんでほしい』とのことでした」
楽しんでほしい? どの口が言うとる。
どうやって楽しめってんだ。あんたの骨を抱えながら。
「何より了様に、ラギ大陸の事を知ってほしい。お父様の気持ちでございます」
行方不明だった親父が、どうやってラギ大陸なんかに行って、そこで十五年も何をしていたかなんて知らない。
そこで僕の事をどう思っていたなんて。
それを知るには、どうやら彼らに導かれるがまま、実際にラギ大陸に行かねばならないらしい。
骨壷を抱えた僕の、奇妙な旅はこうして始まったのである。




