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二〇二〇年、地球に『転移』してきた新大陸を、親父の遺骨と位牌を持って旅することになった僕の話。  作者: SBT-moya
第三の国!? 利害関係のみでつながっている無法地帯。リヒト国東部
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マンハイム〜人生でマンハイム出身の人に出会う事はない〜

 京国最後の朝は五時。車に乗せられている。

 何も食べていない。

 もう二度と食べられないかもしれないと思うと、親の顔より見た『ウマドン』でも食べておけばよかった。

 

 ところで、今日は一台ではなく、京国の軍用トラックが前後についている。

 国境付近ならではの、『独特な雰囲気』というやつの一つだろうか?


* * * * *


『淀桂《よどかつら》』の国境地帯。

 それは、海沿いの山の麓から、反対側の大陸の中央を陣取る巨大山脈に通ずる山の麓まで続いている。

 一体何キロメートルあるのだろう。それは巨大なコンクリートの壁と、巨大な鉄のゲートで、等間隔に監視塔があり、なるほど独特な緊張感がある。

 巨大な施設に見えるが、これがただの壁なのだというのだから。


 なんでこんな時間なのかというと、今日の予定もあるのだが日中は非常に混むのだそうだ。

 しかも定時で営業が終わる……というのか、開かなくなるので、この時間帯に開けてもらえるのは特別なことなのだそうだ。


 鉄のゲートは、翼を広げた旅客機が一機通れるかという広さだ。

 ゲートの前で手続きを済ませると、軍人さんがやってきて「失礼いたします」という言葉と共に身体検査を受けた。

 不意に、後部座席の隅の方に視線が行き、そういえば荒神で大将軍から何か受け取ったことを思い出した。

 ……これの説明をどうしたらいいんだと思ったら、軍人さんはどうも訳知り顔である。荒神《あらかみ》から周到に連絡してくれたのだろうか。


 そして、ガー……と巨大なゲートが開いた。

 

 この先にリヒトがあると、勝手に思っていたが、ゲートの向こうには似たようなゲートがあった。

 なんだか似たような経験を、荒神でしたような気がする。だから特に驚かなかった。

 ただ向こうのゲートには、明らかに海外っぽい方が数名立っているため、ああやっぱりここは国境なんだなあと感じた。

 

 ゲートとゲートの間の、ここは京国なのかリヒト領なのかわからない、サッカーコートほどの大きさの空間にもう一台、車が停まっている。 


 車の脇に、見覚えのある金髪の女性が笑顔で立っていた。

 彼女が『エルザ』だろうか。日本を出るときに羽田空港で別れた人だ。

 

 それで、ここで車を乗り換えるんだなあと理解した。


* * * * *


 親父と、位牌と、荒神《あらかみ》でもらった仰々しい箱を持つと、そこそこの大荷物だった。

 エルザが車を開けてくれた。頑丈そうなワゴン車だった。

 

 その後部座席に親父と位牌を乗せる。


 荒神でもらった箱はどうしたらいいんだろう?

 僕が車の前で戸惑っていると、綾氏とエルザが同時にやってきた。


「中身はなんですか?」

 

 エルザが綾氏に尋ねる。


「それが我々にもわからないんです。やはりまずいと思いますか?」


「中身はともかく、この箱は目立つかもしれませんね。開けてみても?」


 二人の視線が僕に集まる。僕がうなづくと、綾氏が箱を取り上げ、僕に手渡した。

 流石に自分で開けろ。ということだろうか。

 そう言えば、初めて中身を見る。

 薬箱くらいの、ゴテゴテした塗装の箱を開けてみると、入っていたのは真っ黒な石だった。


「黒曜石ですな……」


 綾氏が感慨深そうに、言葉を漏らした。

 そう言えば車の中でコロコロ何かが転がる音が聞こえてたんだよなあと思っていた。


「京国では、旅の無事を祈って黒曜石を渡す文化があるのです。確かにこの箱はリヒトだと目立ちすぎるので……

 石だけ無くさぬよう肌身離さず持っていて下さい。

 箱は責任持って、私が帰りの仙神堀空港まで預かっておきますので」


 * * * * *


 最後に、運転手二人にお礼を言った。

 横井さんとはハグまでできる関係性になった。


 僕は、日本の住所を書いて横井さんに渡した。


「日本語ならわかるから手紙を書いてほしい」


 と言ったら……


「そっちこそもう一回京に来てくださいよ。家族に会わせますんで」


 と返してくれた。

 そして、太田代さんと、綾氏に固く握手をしてお礼を言った。


 三人に見送られ、僕は車を乗り換えた。


* * * * *


 すでにワゴン車はリヒト側のゲートをくぐり、リヒト領を走っている。

 ゲートの反対側に都市があるとは思えない深い森だ。


「改めまして了様。私がリヒト領を案内させていただきます。エルザと申します。

 運転手はイリーネです。二人とも京言葉は話せますのでご安心ください」

 

 羽田空港で別れた時は、僕は疲れ切っていたのでちゃんと顔を見ていなかったのだけれど、職場に来る新卒の女性くらいの若さだ。

 金髪で、人懐こそうな顔をしている。

 ……距離が近い。


 そして運転手が一人で、女性というのにも驚いた。彼女がずっと運転するつもりだろうか……?


 京言葉とは、日本語のことだろう。ひとまず安心した。が、次の瞬間途端に緊張してきた。

 そうか。ここから先は基本的に言葉が通じないのだ。ドイツ語なんて何もわからないぞ。


「ところで……了様、京国はいかがでしたか?」


 質問の意図が分からないでいると、僕の耳元に口を近づけてきた。

 

「退屈じゃありませんでした?」


 囁《ささや》いてくるので、耳がくすぐったい。そんなことされたこともない僕は、ヒエっと反射的に体を離してしまった。

 それを見てクスクスと笑うエルザ。

 

「どこを見ても同じ建物。何を食べても同じ味。娯楽なんて何もナシの京国の事を、

我々リヒトはrückständig(リュックシュテンダィッヒ)つまり逆行者《ぎゃっこうしゃ》なんて呼んだりしてます。

 しかしリヒトではご安心ください。リヒト人は客人をもてなすのを美徳とする人種です。

 了様に退屈な思いはさせませんわ。とりあえず、朝食がまだと聞いておりますので……お弁当をご用意いたしました。

 どうぞ、召し上がってください」


 そう言って渡されたのは、アルミに包まれた細長い物体だった。

 アルミの外からでも、香辛料っぽい匂いが漂ってくる。


 感触的にパンか? 僕がアルミをとると、出てきたのは……

 トルティーヤのような、おそらく小麦粉を薄く伸ばした生地が、バナナと肉を包んで、白いソースがかかっている見たことのない料理だ。


 肉は匂いですぐわかった。マトンだ。

 リヒトに来てもマトンかよ……と一瞬思ったが、これが案外美味かった。

 ソースはチーズっぽい。総じて、インドあたりのソウルフードにありそうな料理だった。まあそれは香辛料の力かもしれない。


 * * * * *


 ところで車は森を抜けて街に行くのかと思いきや、どんどん中央の山に入っていく。

 ラギ大陸の中央は、台湾のように巨大な山脈が聳え立っている。

 

「了様、今から早速いく場所はリヒト領『マンハイム』にございます。

 都市の人口は、ラァジの指針する二十段階評価のうち六。

 公式イメージは『秘境すぎてリヒト人からも都市伝説だと思われてる街』にございます」


「……いきなり秘境に行くわけですか」


「ええ。リヒト人のジョークで、『リヒト人が生きてマンハイムの人間と出会うことはない』と言われています。

 しかし、山から見下ろす景色は絶景! 今日は天気もいいので星も見れますね。実は穴場スポットなんですよ。

 しかもここは自由の国リヒト! 後ろの荷台を見てください! クーラーボックスの中で缶ビールが冷えてますよー!!」


「おお!!」


 思わず声が出てしまった。

 何せこちとら、十日以上禁酒状態だったのだ!

 さすがはラギ大陸の観光地リヒトだ! 早速僕の心はリヒトよりに傾いてしまった。


 ……というのが、彼女たちの作戦だったらどうしよう。と、別の頭で考えた。

 案内役に、こんなか弱そうな女性を寄越す。こちらが禁酒状態なのを計算の上での用意周到さも、何か引っかかる。

 明らかに誘惑だ。


 これは京国にいた時から薄々感じ始めていたのだが、大陸の人たちは、ただ僕に親父を運ばせるために来させたのではないのだと思う。

 そして最終的に『僕』に何かをさせようとしている。

 けれどそれがなんなのかが分からないし、今のところ僕自身がうまく聞ける自信がないのだ。



 * * * * *


 悪路を進む。以前の玉隅《たますみ》が可愛く思えてくるような悪路だ。

 あっちは山道。こっちは崖だ。ガードレールもない。

 

 窓の外を見ていないと一瞬で酔いそうな景色だが、僕はいつものルーティーンをこなしたかった。

 旅のしおりを読んで、今から向かう景色が『縦四国』でいうところのどこかを当てはめるルーティーンである。


 なので今こうして地図アプリと、しおりを交互に見比べているのだが、地図上の表記が『マンハイム(境石神井《さかいしゃくじい》)』と書かれている。

 疑問に思い他のリヒトの地名に視線を移すと、同じように()の中に和名……この場合京名と呼べばいいのだろうか? が書いてある。

 これはどういう意味だろう?

 

 聞いてみたかったが、今変な事を聞いて、運転手さんの手元が万が一狂ってしまったら僕は日本に帰れなくなる。

 今はひたすら、夜に飲める十数日ぶりのビールを楽しみにすることにした。


 ちなみにマンハイムは、徳島を北とする『縦四国』でいうところの、高知県重倉市あたり……だろうか?


「了様、それで『お召し物』ですけれどもー……」


 エルザに言われて気がついた。僕は未だ襦袢《じゅばん》に浴衣姿だ。


「そのお姿ですとリヒトでは目立ってしまうので、一旦こちらに着替えていただいてよろしいですか?」


 と、紙袋を渡された。


 シャツとスーツと革靴だ。

 

「……どこで着替えればいいですか?」


「あ、じゃあ、後ろの荷台で。ちょっと揺れますけど」


 確かに、僕は見た目は京人だから、京人が京人の格好をしていれば、国境を越えてきたと思われて酷い目に遭わされるかもしれない。

 素直に従っておいた方がいいだろう。


 ところで車内は世界一着替えるに適していない環境だった。

 浴衣や襦袢《じゅばん》は脱ぎやすいが、スーツは着ずらいのだ。


 若い女性たちの後でパンツ姿なのも嫌なのにそんなことも言っていられず、ズボンを履こうと片足を上げた瞬間に、転げる。

 比喩でもなんでもなく、転げる。しかもパンイチで。

 大陸で転げたのは、リヒトが初めてだ。

 そして転げて三度目で、一体自分はなんの辱《はずかし》めを受けているんだろう? と疑問に思ってきた。

 大事にされてるんだか、扱いが雑なんだか……リヒト人の国民性が早速見えた瞬間だった。

 

 * * * * *


 都心部に着いたと言われても、そこにあるのは牧歌的な景色だった。

 山の途中に、赤い三角屋根がぽつぽつと並び、柵の向こうには羊ちゃんがたくさんいる。

 車は止まったがどこが市庁なのだろう?

 

 ……などと考えていたら、エルザが民家のうちの一つをノックした。

 なかなか人が出てこない。


 しばらく待っていると、家の中から寝巻き姿のおじさんが、腹を掻きながら面倒臭そうに出てきた。

 顔が真っ赤だ。先ほどまで、随分飲んでいらしたんだろう。


 エルザとおじさんが、ドイツ語で二言三言会話をした後に、エルザがこちらに駆け寄ってくる。


「すいません。彼がマンハイムのフェリクス市長なのですが、どうやら了様が訪問されるのが今日だったことを忘れていたそうでして」


 ……まあ、別に僕としてはどうでもいいことだ。

 こんなことで唖然としてしまったのは、京国に十日以上いたからだろうか。

 京国では、まずあり得ない情景だ。

 

 親父を、市長の前に連れてくると、これまた今までに見たことのない所作が現れた。

 市長は、空に三本の線を引いて手を組み、頭を下げたのだ。


 これがこちらの宗教の流儀だろうか。

 どのみち手が塞がっている僕はいつも通りただただ頭を下げた。


 恰幅のいいおじさんだ。

 真っ赤で、それでいて穏やかな顔で僕の方をじっと見て、


「Du bist aber ganz schön dünn, hm?」


 と聞いてきた。

 僕が困ってエルザを見ると、


「『君は随分細いね』だそうです」


 そうだろうか? こちとら十日も食っては寝てを繰り返しているのでだいぶ体も鈍っていると思うのだが。


「Mensch, als ich so jung war wie du, hab ich Stiere gehoben! Ich war im Dorf als echter Haudegen bekannt」


「『市長が了様くらいの年齢の時は、素手で雄牛を持ち上げた』んだそうです」


 フェリクス市長は、ガハハと笑いながら、僕の肩を叩いてきた。

 誰もこの人が市長だなんて信じないだろう。

 

「Weißt du, dein Vater war ein starker Mann. Im Krieg hat er viele 『KYO BUSHI』 besiegt. Ein guter Mensch war er」 


 そう言って今度は肩を組んできた。

 エルザを見ると、一瞬顔が引き攣ったように見えた。


「Du bist deinem Vater echt ähnlich」


「……『了様が、幸雄様にそっくりだ』と、おっしゃってます」


「……父を知ってるんですか?」


「ええ、有名人ですから。さ、了様。夜に向けて準備をしましょう!」


 なんだか誤魔化されている気がする。どうして外交官という人種は、本当に大事なことを僕に隠すんだろう?


 * * * * *


「了様、リヒトでの初日は、もう少し標高の高いところに公園があるのですが、

 そこでキャンプをしましょう!

 テントを立てて、星に包まれてください」


 なんだか本当に観光地っぽいことをするんだなあと思った。

 

「ところで了様、大陸を横断するこの大山脈。

 リヒトではRiesenwellenland(リーゼンヴェレンラント)。つまり巨人が起こした大地の波紋と呼んでいるのですが、この山脈にまつわる説話をご存じですか?」


「いや、知りません」


「この山脈は、人を呼ぶんです。そして呼ばれた人間が山脈に訪れると……

 過去への道が開かれて、その人を大昔へと連れて行ってしまうのだとか」


 初めて聞いた。京では信じられていない説話なのだろうか。


「了様も、もしかしたら山に呼ばれてここまで来たのかもしれませんね」

 

 意地悪な笑顔でエルザが言う。

 冗談じゃない。僕は仕事を終わらせて日本に帰るんだから……。


 * * * * *

 

 すでに日は傾いていた。

 山道の途中に、開けた土地が現れた。

 そしてその中央には何かの銅像が飾ってある。 

 

 僕たちは車を降りて、三人でテントを立てた。

 人一人が寝れる大きさのテントだ。


 あたりに街灯はなく、真っ暗なのでキャンプ用の照明を灯した。

 銅像が気になったので見てみると、それは人間よりも大きい鳥の像だった。


「これは……」


「ああ、これはリンダー・アードラー。

 絶滅してしまいましたが、この山脈に生息していた鳥なんですよ」


 暗くてよく見えないが、立派な鷲に見える。

 

「……本当にこの大きさだったんですか?」


「全然これより大きかったそうです。主に第二次大戦時は、馬と並んで主力の兵器とされてましたから」


「え!? これに人が乗ってたんですか!?」


「はい。これに乗るための人間も訓練されていましたから。京でもリヒトでも。

 このリンダー・アードラーによる空戦兵が誕生した時は衝撃的で、戦いの概念さえも変わったと聞いてます。

 しかしこの鳥は、山脈でしか育てられず、数も少なかった。

 兵器として利用できることを知った京人とリヒト人によって絶滅させられた、悲劇の鳥でもあるんです」


 そんなファンタジー小説みたいなことが起きていたのか……。

 その鳥が見られないことが残念な反面、実際見たら少し怖いんだろうなと思った……。


* * * * *


 ビールが、うまい。


 十日ぶりのビールが、本当に、うまい。

 それも地ビールだ。その地で飲む土地のビールは、こんなにも体に染みるものなのだろうか?

 職場の同僚が、「沖縄で飲むオリオンビールは最高だ」みたいなことを言っていて、今ひとつ意味がわからなかったのだが、今ならその気持ちがわかる気がする。


 そして見下ろせば、リヒト都心部の夜景。見上げれば満点の星空。

 椅子にもたれて、美女二人と火を囲んで肉を焼いている。


 ……幸せかもしれない。


 なんというか、やっぱり人間には娯楽が必要なんだと感じた。


 幸せな時間はあっという間に過ぎていく。


 ……ところで、テントは一人用だがどうするんだろう?


「では、私たちは車で控えておりますので、テントでゆっくりしてください。

 あ、これ、虫除けスプレーと、蛇よけスプレーと、クマ避けスプレーです」


「……クマ出るんですか?」


「もちろん。クマも猪も出ますよ。

 もし出たら、車まで逃げてきてくださいね!!」


 どうもリヒト人には、こういうところがあるのかもしれない。

 人と仲良くするのは得意だが、扱いが雑なのだ。

 ……突然、京に帰りたくなった。


「了様、明日向かう場所は、国境の都市『ニーナ・ハーゲン』です。

 公式イメージは『落ちぶれた怠け者の都市』です!!」


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