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伊東甲子太郎は慶応三年正月の元旦、まことめでたいから遊郭で羽目をはずそうと、斎藤、永倉を誘い出し、三日間を共にした。
「伊東殿は新撰組外泊の全責任を背負うものと、大きく出、俺たちは外泊三日目に到るのでぇ、あぁったァあぁ〜!!いよぉぉぉぉぉぉッ!!かかん!!!」
伊東、鳥がさえずるように笑う。
「ふっふふ。永倉君はよく見よう見まねで歌舞伎をやるけど、もし世が世なら歌舞伎役者になっていたかもね。……いいえ、話が面白くなってしまうから、逆に採用されないかしら。」
「さーて。歌舞伎風の芸人がいいとこじゃないの。時に、伊東先生って女の子触れるんですね。俺はてっきり伊東先生は女性側の方かと思ってましたよ。」
斎藤に、伊東は困ったように笑う。
「まぁ、わたしがどうあれ、隊士達のみんなとも付き合いやすくなるしね。」
永倉、ひょうきんな顔で聞いた。
「伊東殿は女形だろう?歌舞伎の女形で、スタァだ。俺ァ、伊東殿の語る思想はわからねぇが、伊東殿の在り方はわかるぜ。華やかなりし!てなぁ!!」
「ふふふ。永倉君はわたしを喜ばせる天才なの?そうね、当世風に言ったらわたしは女形。でもまぁ、男色は新撰組では罰則だし、離縁したけど妻だっていたわ。愛に性別なんて関係ないと考え至って今に至るのよ。愛深きことは色恋に限らず、隣人を愛し敵を愛する。敵に理解を深めるということは、それだけで武器になるのよ。」
「ほへー。じゃあ俺は?」
「愛すべき永倉君の弱点は耳と女の子ね。」
「どひぇー。伊東殿、堪忍してくれや!!」
斎藤一は、それとなく宴の趣旨を探る。
「それで。鬼の土方をカンカンに怒らせてまでの俺たちへの優遇、たまたまこの面子って訳じゃあないでしょ。」
「まぁね。実は、わたしが常日頃から尊王を唄っていた成果で、わたし達を朝廷側の御陵衛士にって話が、朝廷で出ている。わたしはこれを、新撰組の改革の第一歩だと踏んでいるわ。逸れた軌道を修正するのがわたしの役目。だけど、土方君はまず納得しないでしょうね。近藤局長は揺れている……わたしの唄う尊王と、恩義を感じている松平公の狭間で、近藤局長は、両方掴んでいたいのよ。」
「へぇ、朝廷の御陵衛士に。つまり、孝明天皇の墓所をお守りする朝廷側?近藤局長が幕府にも朝廷にも忠義を尽くすのが、分が悪いの?」
「わたし達尊王派は、朝廷に再び政権がゆくように活動しているから、それが叶えば幕府と朝廷は完全に別物よ。時代は遡ってはくれないから、近藤局長はこのままでは……新撰組自体が、終わってしまうわ。」
永倉、頭をかいて愚痴る。
「まぁたあの威張り狸か。近藤さんときたら、俺たちの取り締まる志士浪士達と同じ夢見て尻尾振るくせに、いざ幕府の敵と見なすや……あーぁ、面白くねぇっ!!酒が不味くならぁ!!」
「ちょ、ぱっつぁん!!」
永倉には新撰組上層部の機密もへったくれもない。
「そうね。正しくは……新撰組が終わってしまう前に、わたしは敵と見なされて殺されているかも。」
「伊東先生ェ!!おい、ぱっつぁん、だから言ったのに!!」
「逃げねぇ、逃げねぇ。三日間の恩義だ、この永倉新八が大暴れごろうじるから、その隙に伊東殿は逃げて生きねぇ。冗談じゃねぇや。芹沢殿は人柄は惜しくも致し方ない酒癖だったが、山南敬助の件はまだ覚めやらぬ。許しておける沙汰じゃあねぇやい。」
永倉新八の人情熱さに、既に土方の息のかかった斎藤一は冷や汗をかく。
本気で永倉が暴れようものなら、伊東と次まみえる時は、天皇陛下の使者として遣わされているやもしれないのだ。
(ったく、俺の立場もギリギリ。時間差でいつ伊東の殺しが天皇陛下への挑戦状になるやもしれねぇんだってのに。何考えてんだ土方、好きに御陵衛士させてやれっての……!)
伊東、詩を読み上げる。
「吹風に しほまむよりは 山桜散りて あとなき花 そいさまし……」
吹く風に散った山桜を人は惜しむ。
しかし、風にしおれ、枝に貼り付いているよりも、跡形もなく散る花こそが勇ましいのではないか。
「わたしは、山南さんを偲ぶけれども、怯みはしないわ。で、対策もうった。それが今回の酒宴てところかしら。新撰組の最強剣士と名高い永倉君と斎藤君。どちらかに、御陵衛士の護衛を引き受けて貰えたら嬉しいわ。言の葉は、紡ぐには猶予がいる。スッパリ斬られては、話し合いにもならないから。」
「え?いいよ?」
「だァ〜ッ!!」
即答する永倉に掴みかかる斎藤。
「つーか隊士斬っても、隊士は悪かねぇしな。近藤さんでもしばいて下克上しとくのも悪かねぇや!!超・局長、永倉!うむ、良い!!」
「駄目駄目ッ!!謀反謀反ッ!!」
「なぁんで俺を邪魔しやがる、斎藤殿よ!?伊東殿の申し出、至極正当なものとお見受けしたが!?」
斎藤一は密偵らしく、役を切り替えた。
「ぱっつぁんは駄目。何故なら、御陵衛士になるのは俺だからだ。」
「んん?」
「あら。」
斎藤一からしたら、嘘や作り話はちょちょいのちょいだ。密偵の経験上の手腕だが。
「前々から伊東先生ェの話には興味あったんだけどさぁ。俺ァこの三日間で、晴れて尊王の道に目覚めた訳よ。俺が御陵衛士についてく。だから、今騒ぎなんて起こされちゃあね。」
「なんでぃ。そういうこったら、譲るがよう。」
伊東は二人にお辞儀し、礼を告げた。
「斎藤君、ありがとう。この身を預けるわ。永倉君も、親身に考えてくれて、ありがとう。恩に着るわ。永倉君、このこと」
永倉、酒を飲み干しながら、手を振る。
「安心しな。墓まで持ってく。」
「もうひとつ。……近藤局長のこと、お願いね。彼は迷える人だけれど、確かにわたしの同士ではあったのだから。」
三日間の外泊で、隊内規則破りの処分は、伊東がどれだけ世話しても、永倉だけ六日間閉じ込められた。
歯向かう永倉新八と、天狗でいたい近藤勇は、この頃から既に袂をわかっていた。
「トシ!永倉は切腹させよ!アイツの縦白書のせいで吾輩は松平公にお咎めを被ったのだ!!」
「近藤さん。切腹ならば三名共に命じねば、隊士達に示しがつかん。」
土方の歯止めが無くば、近藤は永倉を切腹させたがっていた。
この場合は、斎藤から土方、近藤に情報が漏れていたので、時期が時期なら、永倉は危うかっただろう。
慶応三年、一月某日。
昼間に沖田総司は呉服屋へ行き、美しい椿の羽織りを受け取って、風呂敷に包んだ。
「本当に、松本良順先生はすごい方なんですねぇ〜。そして習った山崎さんの覚えの成果!咳も止まったし、快調快調!」
ふいに、沖田は羽織りを真剣に物色している伊東甲子太郎を見つけて、声をかけた。
「伊東さーん。鉢合わせましたね!日頃のオシャレな羽織りは、ここで買ってたんですか?」
伊東甲子太郎は驚き、苦笑した。
「Well Well Well……
(おやおや)
物欲がバレちゃったわね?そうよ。合間を縫って色んな呉服屋を物色しているわ。尊王第一だけど、美しくありたいもの。」
沖田は感心げに伊東の掴んだ羽織りを見た。
「綺麗なお花の柄ですねぇ。異国の「どれす」の上から、羽織り。オシャレですね〜。伊東さん、この花は?桜ですか?」
伊東は沖田の花へのうとさを悪くは言わず、たおやかに教えてくれた。
「桜は桜でも、山桜よ。この花はわたしの決意の表れだわ。尊王に散った山南敬助を、継ぐという覚悟。弔いであり、前へと歩む決心になるのよ。それに、美しいしね。」
沖田は、伊東の考えに心から感心した。
「伊東さんはすごいや……わたしは、山南さんを介錯して、悲しみから逃げたのに。確かに羽織りなら、弔いながら前へと進めますね。それは、冷酷に逃げることより、とても前向きで……伊東さんは、命を継ぐんですね。みんなが優しい伊東さんを好きになるのが、わかりますよ。」
伊東甲子太郎は笑って、沖田に言った。
「周りは大袈裟だけどね。でも、そう思ってくれたなら、嬉しいわ。沖田ちゃんは、呉服屋なんて珍しいわね。まぁ、可愛らしい着物だって自信を持って買うべきだわ。今日は、何を買ったのかしら?」
沖田は風呂敷を開いて、贈り物の羽織りを見せた。
「わたしのじゃないですけど。贈り物の羽織りです。」
「あら、美しい椿の柄ね。あえて大輪の模様が素敵だわ。…………椿、ね。」
沖田総司は瞬きした。
伊東甲子太郎が、何故一瞬悩んだのか、わからなかった。
「どうしたんです、伊東さん?」
「ううん。贈り物なら問題無いのよ。ただ、今の世は、尊王志士達は命懸け……剣士はみんな、椿を不吉だと避けるから。」
「えっ?綺麗な花なのに、ですか?」
「椿は、最期の時、枯れる前に花の首ごとポトリと地に落ちるのよ。それが、まるで斬首のようだから、剣客には不吉だと嫌われてるわ。わたしは好きだし、その羽織りが沖田ちゃんのものじゃないなら、無縁な話だけどね。」
「首から、落ちる………。」
伊東甲子太郎は、見ていた山桜の羽織りを、ついぞ手放せず、購入した。
羽織ってみせると、沖田総司が笑った。
「バッチリ似合ってますよ、伊東さん!山桜の白さが伊東さんの内面を表すみたいだ!綺麗だし!」
伊東甲子太郎は微笑む。
「ありがとう。この羽織りは、尊王の語らいの度に着ましょう。山南敬助を継いだ尊王志士として、ね。」
明治三年。
永倉新八は、その晩、夢に魘された。
永倉は土方から伊東甲子太郎暗殺計画の話を聞きつけて、近藤局長の間まで乗り込んだ。
「近藤ォおぉ!!」
襖を叩きつけると、その向こうには近藤が座っていた。
「吾輩、かように家来に呼び捨てにされる覚えはなし!」
「この野郎!まだそんなつまんねぇもんにしがみついてやがんのか。しかも、あんたという奴は、山南敬助に続いて伊東を!!」
「伊東は今まで泳がせておったのだ。尊王を語った時点で、吾輩には伊東が事件を起こすとわかっていた。だから、新撰組で泳がせて見張っていたのだ。」
「……あんた……その目を輝かせた夢までも、見えなくなっちまったのかい?」
「黙れ永倉。トシ!永倉を下がらせてくれ!」
土方が永倉を抑えた。
「落ち着け。近藤さんだって命を狙われて動転してんだ、わかってくれ……」
「山南敬助や伊東甲子太郎が大悪党だと仰せならば、あんたはどうだ!あいつらと同じ夢語らってたあんたは、大悪党じゃあねぇのかい!?なんでぃなんでぃ!!新撰組ってぇのは、こんなに胸くその悪いもんだったのかァッ!?」
ひた、と、冷たい、小さな手が、永倉の額を触る。
「……およ?」
永倉、薄く目を開くと、奥方のおきねさんが心配げに永倉を見ている。
「大丈夫か、きね!?新八君!?逃げなさい!!」
義父、杉村松柏が襖を開け、木刀を構えた。きねが父に告げる。
「父上、新八さんの寝言です。うなされていらしたのです。」
「あぁ、ならばよかった。お布団、もう一枚かけて寝なさい。」
永倉、飛び起きて、義父上は行ってしまわれたが、きねに尋ねた。
「きね殿。俺は寝言を何処まで……どうか、他言無用!!」
「まぁ、忙しい方ですこと。でも、貴方がまっすぐな方であるのはわかりました。裏表のある新撰組で、荒波に揉まれたことも。」
「おぉう、きね殿がいじめる。頼む、この永倉新八、寝言で家族を失いたくはない。」
「夢の中の若き血潮たけってのことでございましょうが、きねを口封じに殺されたくなくば、新八様は如何なる時も怒りを抑制なさりませ。この先家族が増えてから、やらかされては、きねとて困ります。」
永倉は頭が上がらず、謝罪を重ねた。
「すまぬ。重ね重ねすまぬ、きね殿。俺は新撰組にいたから荒波に揉まれた、だのに今再び新撰組に舞い戻っている。これは矛盾か?」
「それは違います。新八様、今新撰組にいることは、かつてとは違います。剣術指南役で活人剣を扱うことは、新八様の新たな志しです。暗殺騒動などありましたら、潔く離れなさいまし。フランス伝習部隊の稽古さえしておれば、食い扶持には困りませぬ。ですが、そうならぬ為に、新八様は活人剣を説いたのでございましょう?」
新八、きねの言葉に何度も頷いた。
「うむ……うむ!!目が覚めた。ひとつ、過ちに踏み込んだ仲間を正してくるとするか!!」
「朝早いことで。明日の夕方にはお帰りくださいませ。」
「承った!」
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