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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第二話 夢を唄う鳥
7/47

2-2

 唄う鳥に派閥が出来るのは、当然のことだ。

 しかし、新撰組を二分割にする訳にゃあいかねぇ。


「また殺す訳ですか……土方さん。此度は近藤局長が自ら勧誘した参謀じゃあないの?」

 斉藤一は、土方の唱える伊東甲子太郎の暗殺計画に反感を返した。

「折をみて、密偵に行け斉藤。もとより脱退は切腹だ。向こうも思惑はあんだろう。殺るか殺られるかだ。」

「そんなもん、はなから疑っちゃう訳だ。土方歳三。思想だかなんだか知らねぇがな、こちとら伊東とはそこそこ付き合いも良いんですがね。」

「どの道……伊東は殺らなきゃならなかった。近藤さんが命じてようが命じなかろうが、俺は副長として奴を始末する。」

「……引き返せねぇ坂道だぜ。何故、そこに踏み込んじまう?」

「俺たち新撰組は、人斬り集団にあらず、だ。恩義ある松平公に従う、一徹こそが武士道だろう。新撰組は志しひとつ。バラバラの隊士達を、近藤さんの元に、集わさねばならん。伊東甲子太郎はその根本を崩しかねねぇ……奴は、もう一人の局長になっちまうのさ。今のうちに命を摘んで、俺たちは新撰組を整え直さねばならぬ。」

「……伊東の命を摘んで、持ち直すような、俺たちゃ、そんな馬鹿の寄せ集めかい。」

「今は、違ぇねぇ。だが、この先は違う。この先はそうはならねぇ。新撰組は、ここじゃ終わらねぇ。」


 ならば、いつ始末する?


 俺はあの頃、ただそればかり考え、焦燥に身をかられていたーーー。


 時は山南敬助の切腹から二週間後であった。

「山南先生が、あんなことになるとはな……」

「今思えば惜しい人だった。学が深く、何をお話しても一理あられた。あの人が病床に伏せっている時、いくらでもお話しようがあったというのに。」

 隊士達は小さな声で口々に騒ぐ。

 山南敬助もまた尊王派で、近藤勇の試衛館時代からの盟友である。

 山南敬助は、自身が病床に伏せっている間に、幕府の側に傾倒した新撰組からの脱出を測り、局中法度に触れ、連れ戻されて切腹したのだ。

 そんな真相が、はや隊士達に知られていた。

 隊士達もまた、近藤勇に懸念し、二分されようとしている。

 伊東派だけじゃなく、それだけ山南敬助は、皆に慕われていたのだ。


「春風に 吹き誘われて 山桜散りてそ 人に惜しまるかな」

 ※山桜は山南敬助を表す。

 伊東甲子太郎は山南敬助について、四つの和歌を作っていた。

 友として、そして人として、山南敬助を悼む。

「伊東先生……」

「山桜は、皇への忠義に命を張った……流されぬからこそ輝く、美しい信念だわ。彼は彼の花を咲かせた。わたしはわたしの花を咲かせてみせる。この新撰組の過ちを、正してやろうじゃないの……」

 この頃には、伊東甲子太郎達とて、逆境に気づいていた。

 近藤は尊王派ではなくなり、新撰組は言うまでもなく幕府側の組織であった。

 新撰組の敵こそが尊王志士達である。

 伊東甲子太郎は勿論新撰組からの脱出を考えたが、入るは容易いが、脱退は切腹が規則である。

「どうします、伊東先生。」

「小賢しい規則で無益な血を流す……土方君のやり方は、最も私に似合わないわ。」

「俺が朝廷に再三申し立てます。伊東先生は、縦白書をつづり、わたしに預けてください。」

 篠原泰之進に、伊東甲子太郎は申し付けた。

「持久戦になるわよ、篠原。」

「俺より、縦白書次第です。伊東先生は、俺達の脱退のみならず、新撰組すら変えたいのでしょうから。」

 伊東甲子太郎は、頷いた。

「敵も味方も無い……これ以上の血は流させないわ。」

 その晩、伊東甲子太郎は朝廷への縦白書をつづった。


 慶応二年。一月。

 長州藩処分通達の露払いとして、近藤勇、伊東甲子太郎、篠原泰之進は先行した。

 近藤勇が不在の折に、伊東と篠原は話し合い、近藤勇が戻ると面と向かって対応した。

「伊東先生、なんのご相談か?吾輩にも聞かせてくだされ。」

「近藤さん。昨今の新撰組隊士は、義理も通さず行き過ぎた斬り捨てをしているわ……これでは逆に、京を脅かすのは我々ではないかしら?」

 近藤勇はこれに不貞腐れて、ろくに耳を貸さずに正当化した。

「それは誤りです伊東先生。我ら新撰組は松平公の元に、京の治安を守るべく、斬り捨て御免を許されているのです。」

 伊東甲子太郎は、その誤りを見透かした。

「近藤さん……松平公だって人間だわ。人が人を殺めてよろしい等と言うご命令のほうが、京の民には恐ろしい話ではないかしら?」

 近藤勇は困って誤魔化した。

「ううむ。吾輩とて人間です、伊東先生よ。伊東先生は確かに一理ありましょうが、そこまでの境地は、寺や僧侶の話でしょう。凡人には、わかりませぬぞ。」


 来たる十二月二十五日、孝明天皇が崩御す。

 孝明天皇は自らが発端の尊皇攘夷活動に厳しく、最後まで鎖国を唱えて亡くなったという。

 次代の天皇陛下は、齢十四歳の明治天皇である。

 伊東甲子太郎はこの機を逃さず、かつての縦白書の写しを書き、新しい縦白書も追加した。

 三日三晩、夜通し書き綴って、縦白書を篠原泰之進に託す。

「篠原。孝明天皇の御陵をお守り致す隊、御陵衛士の設立を、天皇陛下から拝命賜りなさい。根回しはしっかり……中川忠長様はわたし達の味方で、きっと力になってくださるわ。わたしはこれから任務で九州に行くから……大任を、任せたわよ。」

 篠原は縦白書をしまい、応じた。

「我が命に替えても、仰せつかった!!」


 笑いたきゃあ笑いな。

 それほど、新撰組という無骨な集団には脅威の男だったのさ。

 伊東甲子太郎はな。


 しんしんと雪が降り積もる。

 明治三年11月末日、ロシアとの境目も曖昧な蝦夷共和国の雪は、あっという間に人里を隔離してしまう。

 鈴木三樹三郎と藤堂平助は、密入国してからはこの寒さに難儀し、偽名を使って宿を取らねば潜入すらままならなかったろう。

 二人の頼りであった武蔵国の味噌も、もう使い切ってしまい、慣れない洋食を頼った。

「スープを飲まれよ、藤堂殿。生憎、味噌も尽きたが。先駆け先生は古傷が痛む故、いざと言う時までは大事を取りなされ。」

 先駆け先生とは、かつて特攻隊長だった藤堂平助の異名だ。

 三樹三郎の差し出した椀を、藤堂は受け取った。|伊勢国

「三樹三郎殿……俺を、置いて行かれよ。はや、俺は戦力に及びません。背中の傷は、俺が伊東先生の死を悟って逃げ出した証なれば。この弔い合戦、俺はきっと、相応しい男では無かろう。」

 二人は元新撰組隊士にしては非常に若く、幼さすら残る顔立ちであった。

 鈴木三樹三郎は伊東甲子太郎の実弟で、今では警察官を務める男である。

 実は、永倉新八が匿われて福山に来たのも、三樹三郎が兄様(あにさま)の仇討ちとして付け狙った為であった。

 藤堂平助は伊勢国(いせくに)の津藩主、藤堂和泉守の落とし子だと囁かれる、美男で、新撰組では副長助勤、そして八番組組長を勤めた。

 兄と慕う山南敬助を失い、伊東甲子太郎と共に御陵衛士となった。

 しかし、伊東甲子太郎の死亡した事件でかなりの深い傷を負い、剣の腕は確かながら、薄命な身体であった。

「言うてやるな。あれは新撰組のふざけた作戦ではないか。我が兄の死体を餌に、同士達は多くが犠牲になったのだ。死者の冒涜をも畏れぬ悪鬼羅刹の集団よ。だが、藤堂殿が生還されただけでも有り難き事。兄様は若かりし御身を案じておりました故。」

 藤堂は、あの七条油小路の夜を思い出すと、息が早くなり、手が震えた。

 怖い、そして、悲し過ぎた。

 七条油小路。

 新撰組は伊東の死体を罠に、生死確認に来た伊東一派を囲んで、一網打尽に斬ったのである。

 卑怯だのと叫ぶ暇はなく、ただ逃げねば殺されていた。

 藤堂平助もまた、背後から斬られて深手を負った身だった。

「俺のせいなんです。伊東先生は、朝廷から認められたけど、遅過ぎた。新撰組に入ったせいだ。俺が、伊東先生に新撰組をお願いさえしてなけりゃ……先生は今の世も、尊王を唄って、皇の認める方になっておられたはずなのに。」

 伊東甲子太郎は、新撰組からしたら裏切り者と罵る輩はいたかもしれないが、坂本龍馬を筆頭とするこの時代の志士においては、あまりにも真っ当な人間であった。

 土佐の武市半平太が岡田以蔵らを使い、暗殺を用いて尊王を行使したが、それに比べれば手も血に汚れること無く死んだ。

 伊東のよういた尊王とは、対話であった。

「嘆くのは、勝ってからに致しましょうぞ。この鈴木三樹三郎、警察の仕事を投げ出してまで蝦夷共和国に来ました。それもこれも、蝦夷共和国に新撰組が再起したが故。近藤亡き後も許してはならぬ。兄の仇、我らの手で果たすのです。」

 近藤勇は、偽名を使っていた時に、三樹三郎達伊東派が顔を見抜き、坂本龍馬暗殺の疑いもかねて拷問の末斬首、さらし首となっている。

 伊東の死という根源から、新撰組と伊東派は宿敵となったのだ。


「馬鹿は、およしなさい、三樹?」


 仇討ちは自己満足である、と言うのが、兄の理論であった。


 水戸で学んだ兄弟は、英語の師匠である神父から、宗教論を聞かされた。甲子太郎はバイブルを読んでいたが、三樹三郎はうんざりして、幼馴染に喧嘩を売っていた。

「志馬之助!神父の前でばかり良い顔しよって!それでも和人か!?」

「なんだとー!?実際神父はいいやつじゃねえか!悪さした俺だって(ゆる)してくれた!」

「ふん。赦しだなんてのは、本の上だけの話だ。敵を愛する神など有難くは無い。厳しい御仏の方がマシだ。」

 三樹三郎は馴染みとの喧嘩で、つい口走った。

「あー!?てめぇ、さっきは神父に媚びへつらってた癖に!!」

「本当の話ではないか!ならば貴様、敵である俺を愛する神が、今俺に味方したら、嬉しいのか!?」

「そりゃ……嫌に決まってらぁ!でも、お前の兄様は……」

 甲子太郎は読んでいた分厚いバイブルに栞を挟んで閉じ、ため息混じりに弟の世話を焼いた。

「Well Well Well……

(おやおや)

 三樹?お前はわたしと同じ教師から何を学んだというの。」

「しかし、兄様。敵は愛せませぬ!」

 伊東は蠱惑的に微笑んだ。

「違う。non non non……敵を愛さなければ、永遠に敵を知らないままよ。無知とは、ある程度までしか許されないわ三樹。わたし達が本日、神父に教えをこうたのは、敵を愛する為、敵を学ぶ為なのよ。夷狄の武器も、動きやすい洋装も、彼らの価値観も。きちんと学ばなければ、対策は出ないの。それに、まぁ。夷狄の神が日の本を愛してるなら、縁起は担げたじゃないの。」

「それは……そうなのですが……」

「それにあながち間違ってもいないわ。復讐だなんてのは、個人の自己満足に過ぎない……もし、わたしが死んだとしても、朝廷の為ならば見切りをつけなさい三樹。その覚悟無くして、尊王志士にはなれないわよ。」

「志士としては正しくありましょうが、家族としては底辺ではありませぬか!そのような畜生行為、この三樹は致しません。」

「このわたしの弟、ならば……わたしの朝廷への忠義を引き継いでくれることでしょう。ね、三樹?」

「兄様!卑怯ですし押しが強過ぎます!」

「ほほほほほ。まぁ、何にせよ復讐なんて辞めなさい。血を流せば争いなど果てしなく続くのよ。そんなつまらないことを考えるくらいなら、もっと英語に学びを進めて、この洋書ぐらい読んでみせるのね。赦しとは、中々面白いわよ。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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