2-1
Well Well Well……
(おやおや)
壬生狼チャンバラ
第二話 夢を唄う鳥
伊東甲子太郎 編
ーーーこの嗤いを、知った時から。
「Well Well Well……
(おやおや)
お会い出来るかどうか、ひやりとしたわ。
かの近藤局長への面会が、こんなに厳重だなんてね。」
夷狄の出で立ちをした細身の男が嗤う。
洋装で、容姿端麗な痩せた顔だ。
嗤ったのでは無いかもしれないが、土方には嗤っているように感じられた。
元治元年八月。
近藤は、普段の威張り癖は引っ込み、すっかりこの男の魅力に吸い込まれた。
「面会、お待たせ致して大変申し訳無い!藤堂より噂は常常聞いております。貴方が常陸國より参られた北辰一刀流の道場主、そして尊王派の大先生であられる、伊東大蔵先生で相違なかろうかッ!?」
男は柔和な顔で、まず、近藤の緊張を解いてやった。
「相違ないけれど。大先生かどうかは、個人によるわね。わたしは新撰組が尊皇派か、確認に来ただけ。でも近藤局長の熱意を見てたら、疑いは詮無きことだったようね……。どうやら、わたし達は朝廷の為に語り合えるよう。」
土方は不味いと察知した。
新撰組の成立は、会津若松の松平公による。松平公に恩義ある近藤は、立場的には佐幕攘夷にあたるが、幕府にも朝廷にも熱意を上げる、時代に削ぐわぬ中間の思想家なのだ。
※尊王攘夷……朝廷、天皇陛下に国を返上し、外国に対抗しよう、という思想
※佐幕攘夷……今まで通り徳川幕府に国を預け、外国に対抗しよう、という思想
「無論です!無論、新撰組は尊皇攘夷ですよ!吾輩にも山南敬助という、志しを共にした仲間がおります。願わくば、お話に名高い伊東先生も、我らが新撰組と志しを共にし、その知見を吾輩達のような無骨者にお授け願えぬでしょうか。」
「近藤さん。この男のような者を新撰組に入れては、隊士達に示しがつかん。」
「トシ。口出し無用!伊東先生がついてくだされば、これ以上無い大事なのだ。新撰組は尊王の一歩を踏み出す、試衛館時代とて語り合った夢ではないか!」
伊東はこの踏み入った話に、なんのさじ加減か、納得が行ったようだ。
「元々、藤堂ちゃんには頼まれていたことですもの……いいわ。この伊東大蔵、新撰組が朝廷に恩義を果たせるその日まで、この屯所で同じ屋根の元、尊皇を唄うと致しましょうか。」
ーーー俺はこの男を殺めねばならねぇ。
そう、予感した。
新撰組に不釣り合いだってんならわからぁ。
このさとき男の居場所なんざはなからここにゃあねぇ。
ただ、こいつぁ唯の思想家じゃ無かった。
元治元年十月、伊東は京へ上洛す。
「伊東先生ェ!!参謀就任、おめでとうございます!!」
藤堂平助が早くも、伊東傘下の隊士を率いて、祝いに駆けつけた。
「参謀、とは異例なことですな。近藤局長も味な真似をなさいます。」
服部武雄は我がことのように嬉しげである。
「ありがとう、皆。もっとも、わたしは剣と学問しか取り柄はないから、学んだ兵法を読み上げるくらいしか、脳はないけれどね。」
「何を申されます、その剣の腕、それに伊東先生には立派な思想がござる!!」
「……そうね。無能な幕府は夷狄の脅威を知らずに開国してしまった。時、正に尊王にあり。朝廷にお力をお戻されになり、日の本を護るべく、私たち志士は剣を抜く。けれど、無闇に殺めるべからず。その為には、深く夷狄を学び、彼らの学問を理解すべき。対抗策を練らないとね。剣だけでは戦えない。思想が巡る戦よ。」
「お考え、いたく染み入ります!」
「ふふふ。藤堂君は熱心ですね。」
「服部。手放しに喜ばないで頂戴。藤堂ちゃんのような幼い子までが剣を手に戦わねばならない。日の本は時代錯誤だわ。今こそ、国を憂いて振り返らなければ。」
「は、はい!伊東先生の仰る通りです。」
「幼子が血に汚れずに済む世の中。学びごとは万人が受けられて、才のある者は、わたしだけじゃなくてごく普通にありふれる。わたし達は、そんな日の本の為に知恵をしぼりましょう。これ以後は名を改め、伊東ーーー甲子太郎、として。」
巻き込む。
いるだけでこいつの説く言葉に、夢抱く隊士は増える。
竹の水桶を抱えた沖田総司が、嬉しそうに走っていた。
目指すは、山南敬助が療養する離れだ。
「山南さーん!近所の子供たちと、川で小魚つかみ取りしてきましたよー!あ!伊東さんだ!語り合ってらしたんですか、体調如何です?」
病の山南敬助は、本日のお日様の暖かさに、軒下に来ており、伊東甲子太郎と座っていたが、沖田総司が走って来ると、立ち上がった。
「本日は調子が良い。見舞ってくれた伊東さんと語らっていたんだ。小魚だね?捕まえるのは小難しい技なのに、まったく君たちときたら。」
「昔、芹沢さんがわたし達にコツを教えましたからね。伊東さんも食べましょうよー!」
台所に立つ山南敬助に、伊東甲子太郎もついていき、沖田総司に笑った。
「沖田ちゃん達の戦利品でしょう?部外者のわたしが食べていいのかしら。」
「子供たちはもっといい魚採れたから、山南さんの見舞いにあげるって、くれましたよー。山南敬助見舞い組で食べちゃいましょう。まぁ、煮るのは病の山南さんですが!」
山南敬助は慣れた手つきで醤油や酒を入れる。
「ふふふ。賢きこともさることながら、何でもできるのね、山南さんは。」
「自炊は覚えて損はありませぬ。伊東さんのような方でも、苦手な分野がおありか?」
伊東甲子太郎は苦笑して白状した。
「そもそも、勉学に勤しむのが好きで、食べることに執着が無かったからかしら。今は、美味しい肴は好きだけれど。学び損ねたことだって、わたしには多々あるわ。」
山南敬助は小魚を洗いながら語った。
「伊東さんには、皆に教えを語る役割がござろうし。尊王志士の集まりは、男の集まりであるからして……旅館に頼り切りでは、身バレもしよう。そんな時は、わたしを用立てて下さればよろしい。口固く飯を作って参るから。」
伊東甲子太郎は、本気で手を振って否定した。
「賢い山南敬助を厨房に出していたら、さすがに会合が進まないわ。貴方だってわたしと同じ立場の先生格でしょうに。」
山南敬助は、煮物に取りかかりながら、背中が震えていた。
「厨房くらいどうと言うことは、ないのです。池田屋の、尊王志士達は……皆が皆、有識者でした。わたしがいたら彼らは死ななかった。」
伊東甲子太郎は、山南敬助の静かな怒りを見守った。
「山南さん……貴方のせいじゃないわ。近藤さんだって、元は同じ仲間よ……目を、覚ますはずだわ。」
山南敬助は、怒り、嘆いていた。
「池田屋事件から、新撰組は変わってしまった……わたし達がかつて、試衛館で語り合った夢は、もはや此処にはあらず。」
それから山南敬助の脱走までに、幾日もかからなかった。
やがて、山南敬助が脱走から連れ戻され、捕らえられた山南は、監視を追い払った永倉新八と伊東甲子太郎に、縛り縄をはずされた。
「逃げねぇ。二度とは会わずともいい。」
「山南さん。わたしが後は引き受けたわ。永倉君の言う通り、無駄死にはしないでちょうだい。まだ、時は熟してはいない。貴方の死で、新撰組はまだ変わらないわ。」
山南敬助は、病でやつれながらも、しっかりとした眼差しだった。
「この通り、衰弱して逃げ切れるとは思うまいから、尊王の志しの元切腹して果てるつもりだ。」
「山南さん」
山南敬助は、揺らめく炎のような眼差し。さながら、散り際の花のように。
「伊東さん。確かに今、わたしが死んでも、近藤勇も新撰組も、大して変わりはしないでしょう。だが、貴方は違うのだ。わたしの死は、貴方の決意をより硬く、磐石の備えにすることでしょう。わたしは良き友に恵まれた。安心して散りましょうぞ。」
その後、山南敬助は、土方、近藤の前に組み敷かれた。
「此度は何故ご法度なされた。山南さん、貴方ともあろう人が、何故吾輩を裏切られる?」
山南敬助は身を捩り、近藤を非難した。
「近藤さん、貴方という人は……試衛館時代、共に尊王の夢を語りながら、今の新撰組は何だね!?京の誰もが知っておろう。新撰組は幕府の犬!此処に尊王思想などございませぬから、逃げ出してやったまでのこと。」
土方は、山南敬助の親しい藤堂平助が不在なのをわかっており、この沙汰を大事にしたくは無かった。
「山南……もう少し発言を慎め。藤堂の帰還まで、断罪を伸ばしたくはねぇのか。」
山南敬助は怯みはしなかった。
潔く、散る覚悟だ。
「媚びはせぬ!我、尊王に生き、志しの元に死せり!!幕府の側にはこれっぽっちも染まりはせぬぞ!!徳川幕府に大義はあらず、日の本の神は朝廷にこそありき!!」
そこで近藤は激昂した。
「新撰組の恩義ある松平公と徳川将軍を敵に回すと申すのか!!過分なる侮辱であるッ!!なれば今よりそなたは天下の大罪人と知れ!!トシ、山南は切腹させよ!!武士としてせめてもの情けである!!」
山南敬助、微笑し、了承した。
「受けて立とう!例えこの山南敬助、腹を切っても、皇への忠義は失わぬ!!」
慶応元年二月二十三日、
山南敬助、切腹。
介錯人は、沖田総司であった。
藤堂平助は、任務を終えて帰るなり、事態を知って真っ青になった。
「山南兄は、敵に斬られたのでは、無く……?なんで……なんで?……沖田ッ!なんで沖田は山南兄を連れ戻したッ!!」
伊東が説き伏せた。
「藤堂ちゃん。貴方も絶望の最中だけれど、周りを責めるのはよしなさい。沖田ちゃんは、仲直りさせたくて山南敬助を探し回っただけ。あの子も、明るいフリしてここ一週間はうわの空だわ。沖田ちゃんだって慕っていた人の介錯をしたのよ……誰かを責めるより。何が新撰組を変えられるのかを、考えましょう。」
伊東の教えに、藤堂平助は沖田総司の心情も考え、怒りは行き場無く、ただ山南敬助を失った悲しみが込み上げた。
「伊東先生は、正しいです。でも、悲し過ぎて、誰ぞ責めずにはいられませぬ。」
伊東は実弟、鈴木三樹三郎に命じた。
「三樹。藤堂ちゃんの相手をなさい。藤堂ちゃん、稽古を。時には、荒ぶる剣しか、苦しみを晴らせない……そして、泣けないなら、一人の時は思い切り泣きなさい。」
三樹三郎は木刀を構えた。
「来られよ!」
「……参る!!」
藤堂平助は、がむしゃらに木刀を打ち込んだ。
やがて、涙ながらに、霞む眼で、打ちつける剣戟が荒れる。
「ぁぁぁぁぁ!!うわあああぁぁぁ!!!」
服部武雄は、我がことのように悲しげに、告げた。
「皆の心が曇ってしまわれた。伊東先生、すらも。抱え込まれますな。」
伊東甲子太郎は、首を振った。
「服部。詮無きことはいらないわ。わたしがこれで成長せねば、山南敬助の死は意味が無い……わたしはわたしにできることを、一身に考えましょう。」
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