4-3-4
芹沢鴨が沖田瑠璃達を連れてオテルの中庭に行くと、土方歳三は集まった隊士達に怒鳴った。
「全員整列!!」
隊士達は動揺しながらも、整列する。
「女だ……」
「馬鹿野郎。あの踏み込みがわからねぇのか?」
「え……?」
「俺なら逃げらァ。あの女はただ者じゃねえ。」
「てめぇら!!無駄口を叩けば斬る!!」
「「はっ!!」」
土方歳三は芹沢鴨に確認した。
「芹沢さん。仕切るならアンタだ。」
「いいや。土方君に任せよう。」
「……隊士志願者は名乗りな!!」
瑠璃が一歩踏み出す。
土方歳三にはわかる。
椿の羽織りは、トレードマークだ。
「沖田瑠璃!沖田総司と近藤勇五郎より天然理心流を学び、その死出の旅路を終えて、己が剣を見定めて参りました!」
土方歳三が若干微笑んだ。
「よくぞ、来てくれたな、瑠璃さん……いいや!その剣は総司の代わりに俺が見届けるぜ。次!!」
嘉志太郎が踏み出した。
「随分と傾いた色男だ」
「あの羽織りは、錦じゃねえか?それに、あんなに美しい面は……?」
永倉新八が思わず歓声を上げた。
「いよッ!!嘉志久ッ!!日本一ィッ!!!」
嘉志太郎は念願の永倉新八に一喝。
「黙れ永倉殿よ!ろくな名乗りが出来ぬ、下がっておれッ!!」
隊士達は意外な激しさにざわついた。
「燃えるような気性だ」
「最強の永倉殿に一喝とは……」
永倉新八は大喜びだ。
「カッカッカッ!!激しさ怒涛の如くってな!」
「伊東嘉志太郎と申す!御陵衛士の伊東殿とは無関係ながら同じ名にて。北辰一刀流を学びながらも、空白の期間があり、腕前は衰えた次第!旧幕思想で英雄永倉新八を追って参った、此処に入隊を志願す!」
土方歳三は、永倉新八に聞いた正体は伏せたまま、見定めた。
「衰えたと言いながらも、一部も隙がねぇぜ、嘉志太郎さんよ。藤堂平助!!」
「はいっ!!」
「嘉志太郎さんの手合わせは、藤堂に一任するぜ。」
嘉志太郎は藤堂平助と聞いて驚く。
「北辰一刀流の申し子、先駆け先生、藤堂平助殿か?俺では彼のような猛者の相手にならんぞ?」
「案ずるな。アンタは藤堂に値する剣客さ。次!!」
渋々、あゆみ出て、笠をはずしたのは、武田観柳斎だ。
「武田先生だ!!」
「生きてらしたのか……!!」
武田観柳斎は朗々と声を張る。
「元軍師、武田観柳斎、舞い戻って参った!新撰組が尊王に変わったとは信じ難いし、殺されかけた恨みも恐れも消えはせぬ。だが、我が命にも代え難き友を助けるべく、拙者は此処に参った所存!」
永倉新八は睨んでいたが、心配げに武田を支えに来た瑠璃や安藤さんに微笑み、安心させる武田を見て、納得せざるを得なかった。
「なんでぇ。一皮剥けたなら、もっと早けりゃあよ。」
左之助がカラカラと笑った。
「ようやっとわかったか、がむしん!絆を悪く言いやがったら、また殺すぜ、俺ァ!ソイツは、俺とてめぇを否定するようなもんだからよ!」
「左之ォ!はじめっからそう言えやい!!」
土方歳三は武田を睨み、冷やかした。
「絆の為か。俺におべっかをせんでいいのかい?武田さんよ。アンタ剣はまるきりダメだろう。」
「拙者がおべっかを使って応じる男ではなかろう、土方君よ。隼人殿にお会い申した。貴殿のような一徹の志しに、拙者のおだて芸など何が通じようものか。」
「ふ……久しく兄貴の名を聞くたぁな。田村銀之助!!」
整列そっちのけで土方の軍服を繕っていた美少年が、呼ばれて瞬きした。
「はい……?土方さん、まだ軍服は直っておりません。」
武田観柳斎、その愛らしさに瞬きす。
「え?何ですかな?拙者の知らない美少年いる……。」
「田村銀之助は後々入隊してな。幼さ故、俺や榎本さんの身の回りの世話を一任してきた。銀之助。剣を取り、この人と手合わせしな。」
田村銀之助はたじろいだ。
「銀之助は、剣は扱えませぬよ?」
「安心しな。武田観柳斎は、からきし剣が不得手だ。おめぇじゃなきゃ、対等じゃねぇのさ。」
「こ……心得ました!」
土方歳三はチラ、と安藤さんを見た。
「さて、そちらさんだが……。」
「アンドー、名乗っても?」
オテルの玄関の鐘が鳴る。
正式な客人しか、オテルの鐘は鳴らさない。
現れたのは、なんと陸軍を統括するジュール・ブリュネ元帥である。数名の部下を連れ、まずは大使、芹沢鴨に深々と一礼した。
「武蔵国大使殿。安藤さんの件、武蔵国にはなるべく穏便に言い換えますよう、お取り計らいお願い申し上げる。」
「計らいましょう。ところで、何故箱館戦争の大英雄、ブリュネ元帥殿がこちらへ?」
「ふふ。箱館戦争で自力の戦果を出したのは、土方少将ですよ。」
ブリュネは土方歳三と合図し、廊下に正座した。
「どうやら、わたしは間に合ったらしい。」
「あぁ、来てくれてありがてえ。安藤さん。名乗ってくれ。」
安藤さんはブリュネ元帥の登場に驚いたが、改めて一歩前に出た。
「アンドーは、元アメリカ商船警備水兵、アンドー・アントン・マスジローにゴザル。カンジは、こう……安藤アントン益次郎……と、かきます。アンドーは、戊辰戦争のおりから、旧幕臣に関わる夢、ありました。叶わぬ夢だった、ラスト サムライへの関与は、いつしか、ルリと出会い、決意し……アンドーは武士道に、歩みだしました。斬られて果てても、悔いは無し。そして……アンドーのアメリカも、フランス王の支援で独立しました。蝦夷共和国は、仲間です。」
隊士達は、改めて考えさせられた。
「安藤さんは、旧幕だが、俺達は伊東先生の学び舎が無かったら、彼を夷狄として敵視していたのか……。」
「そういうこったな。ブリュネさん。ご意見伺いたい。」
土方歳三に、ブリュネ元帥は正座したまま、頷いた。
「我らの独立は、ナポレオン三世の心変わりによるし、わたしは手紙を書いただけで、フランスで何があったかはわからない。わたしは、英雄などではありませんが……安藤さんの志しは紛れもなく、わたしと通ずるもの。かつての侍の在り方を、抗ってでも、失わぬ信念。……わたしが安藤さんと手合わせ致しましょう。」
「感謝するぜ。ブリュネさんよ。永倉ァ!!初手は武田観柳斎!!」
永倉新八は勢いよくかけ声を上げた。
「元軍師、武田観柳斎!対するは、田村銀之助!!構えッ!!」
武田と田村は抜刀して構えた。
「いざ!いざ、いざ、真剣にィッ!!」
隊士達は、正直舐めていた。
「勝負ッ!!!」
「あいやしばらくッ!!!」
武田が全力疾走。オテルの中に走り出した。
隊士達は唖然。
「……え?」
相馬主計が怒鳴った。
「土方さん!!敵前逃亡は斬らねば!!」
土方歳三は、ニィ、と笑った。
「あぁ……斬れればな。銀之助、追い込め!!」
「は、はいぃッ!!」
銀之助が追うと、隊士達も気になって追いかけた。
「……あっ!?」
なんと、武田観柳斎はオテルの礼拝堂のイエス様の聖櫃を盾に、鉄砲を構えているでは無いか。
ついてきたブリュネ元帥が感心した。
「卓上の学問かと思っていたが、甲州流兵法とはなかなかの策士。」
「鉄砲を持っています!鉄砲をください!」
隊士が銀之助に貸してやると、正式に習いこそしなかったが、銀之助は鉄砲弾を撃つ。
すかさず武田観柳斎は聖櫃に身を隠す。
「イエス様の聖櫃。頭が回る男だ。信仰も手玉にとるか。」
銀之助は弾込めして進むが。
「長椅子が邪魔過ぎるッ!!長椅子が無いのは、脇道二本と正面の聖櫃までの一本道だけ……これじゃあ、俺はまるで的だ!!」
武田観柳斎はすかさず一発放ち、銀之助の耳を弾丸がかする。
「ひっ!」
「左様!甲州流兵法とはまず卓上で築城を学び、建築を覚えて軍略に生かすものなり!!これ即ち、武田信玄による戦であり、後の武田の旧臣、小幡景憲が定めた兵法である!剣には遥かに及ばぬ拙者でも、この軍略ならば三人は打ち倒そうぞ!さぁ、次なる弾は威嚇にあらず!!」
田村銀之助は半泣きで降参姿勢を上げた。
「土方さ〜ん!俺まだ死にたくない!たくさん身の回りのお世話をして、たくさん稼いで裕福な大人になりたいです!!」
隊士達は驚いて、武田観柳斎を見直した。
「まるで、城攻めの軍略だ」
「フランス伝習隊もいいが、甲州流兵法もすごいぞ!」
「「武田!武田!武田!」」
止まぬ武田コールの中で武田観柳斎は立ち上がり、鉄砲の煙をフッと吹いた。
「ところで田村銀之助君。拙者が奢りますゆえ、美味しい飯処は如何かな?」
「えぇ〜?ご馳走ですかぁ〜。兄上が許してくれるかな……俺、たっかいフランスそば粉のガレット屋さん、腹いっぱい食いたいです!!」
微笑む武田。
「健全かな、健全かな。」
永倉新八が叫んだ。
「勝負あった!勝者、武田観柳斎ッ!!」
安藤さんも拍手喝采だ。
「タケダ!アタマが良い!!」
「先手必勝で走り出して、追いつかれて斬られていたら、敗北でしたがな。」
嘉志太郎が口酸っぱく言った。
「彦五郎殿の道場でも言ったが、俺に仕込めというに。」
土方歳三が隊士達に号令す。
「中庭に戻って整列!」
皆で中庭に戻り、土方歳三は告げた。
「次!安藤アントン益次郎!ブリュネ元帥、お願い致す!」
「かしこまりマスル。」
「承って候。」
永倉新八が号令を上げた。
「安藤アントン益次郎に対するは、ジュール・ブリュネ元帥ッ!!さぁ、構えッ!!」
安藤さんとブリュネ元帥は一定の距離を置き、安藤さんが坐禅。ブリュネ元帥はピンと来た。天然理心流ながら、あたかも安藤さんは、北辰一刀流の座業だ。
ブリュネ元帥は、自らも坐業した。
永倉新八は困惑する。
「か……構え?」
「アンドー、未熟ゆえ。まず、精神統一せねば、平晴眼にも、到らない。」
「わたしも気づきました。安藤さんと、同じ理由にて。いつでも開始されよ、永倉殿。」
永倉新八は天性の才能と異常な本能の剣であり、座業の二人に戸惑いながらも、土方歳三に目配せした。
「心配いらねぇ。はじめな。」
「……いざッ!!いざ、いざいざ、尋常にィッ!!勝負ッ!!」
静まり返った。
斎藤一が声を潜めて尋ねた。
「ブリュネ元帥、剣の心得あんの?」
土方歳三が静かに答えた。
「ブリュネ元帥はフランス人伊達らに旧幕臣だぜ。いざ自らが危うい場面では剣もこなす。まぁ、鉄砲の扱い程じゃねえが、充分な侍だ。」
瑠璃は心配げに安藤さんを見ていた。
安藤さんは、一月間の、佐藤彦五郎の指導に、すべての精神を回していた。
平晴眼の構えから天然理心流は始まる。
浮島すらも。
平晴眼すらまだ掴めない。
だが、座業は安藤さんを導いてくれる。
彦五郎さんいわく。
安藤さんの座業は、浮島に繋がるものだ。
安藤さんには、普段は気配などわからない。だが、座業は知らせた。
ブリュネ元帥が片足を上げて鞘から柄に指を立てた。
気配、音、動き。
安藤さんは彦五郎が告げた気がした。
今だ、安藤さん!
安藤さんは素早く片足を上げ、迫るブリュネ元帥の剣戟から身を守る一撃、奏者を繰り出す。
ブリュネ元帥は身を起こし、安藤さんは立ち上がりの隙をついて、かけ声一線。
「いああああああああぁぁぁッ!!!」
立ち上がりながら仕掛けるは、飛龍剣である。
ブリュネ元帥は咄嗟に守りに出たが、間に合わない。
「いかん!」
芹沢がぼやく。
安藤さんの一撃を防いだのは、ブリュネ元帥を蹴飛ばして剣を受け止めた平山五郎である。
「充分っしょ?俺が出たら死んじゃうぜ〜?」
永倉新八は慌てて叫んだ。
「勝負あった!勝者、安藤アントン益次郎ッ!!なんでぃ、強えぞ!?平晴眼も出来ねぇのに浮島だとッ!?」
安藤さんはホッとして、膝をついた。
瑠璃が駆け寄る。
「安藤さん!頑張りました!やはり、才があります!」
「アンドー、ヒコゴローの合図、聴こえた。」
ブリュネ元帥は剣を納める。
「見事な浮島であった。座業の浮島から奏者、続く飛龍剣とはな。異人のわたしでは相手にならなかろう。人選ミスだな、土方君よ。」
土方歳三も息を飲んで見ていた。
「そいつは言いがかりだぜ、ブリュネ元帥よ。まさか、アメリカ人が浮島をするたぁ思わなかろうよ。俺だって浮島には到らねぇんだからな。」
安藤さんは告げた。
「ヒコゴローの教え。アンドーの座業。手合わせ、ありがとうございました。」
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