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土方歳三は急いで駆けつけて、芹沢に告げた。
「頼むから局長らしくしてくれ、芹沢さん。きちんと司令室で座って、永倉なり使って俺を呼んでくれねぇと、隊士達に局長の威厳の示しがつかん。」
芹沢は土方歳三のタプタプ膨らんだ腹を見て、切り返した。
「土方君こそ、学びは誉れだが、疲労からの過食は気をつけなさい。鬼の副長の威厳を損ないかねんのでな。」
「局中法度に過食禁止は切腹とはありゃしねぇです。仮に、そんなご法度を俺が決めてりゃ、島田魁が真っ先に腹切り沙汰だ。……貧しい生まれの隊士達もいる。命懸けで戦う隊士達が、うめぇ飯を食うのに、制限は出したかねぇ。」
芹沢鴨は逆に一本取られてしまい、額を抑えた。
「それはそうだ。皆が恵まれた武家の生まれでは無いし、土方君とて長年の下働きあって今があるのだ。グルメぐらいは許容せねばならんな。己を恥じようとも。ただし……」
土方歳三は司令室まで芹沢と歩きながら尋ねた。
「ただし、とは?」
芹沢鴨は鉄扇を広げ、平間に呼びかけた。
「その腹は早くスッキリしてもらわねばなるまいぞ。新撰組にも、新時代の夜明けが来よう。平間君!」
平間重助は自分の筆記を読み上げた。
「入隊志願者が四名、局長、芹沢さんの許可は取れています!あとは副長、土方君の判断のみ、という段階です!」
「……入隊志願だと?」
「沖田瑠璃!伊東嘉志太郎!」
土方歳三、さらに永倉新八が驚いた。
「瑠璃さんか!……伊東甲子太郎?」
「まさか、嘉志久かッ!?伊東殿と同じ名なんだよ!ついにアイツ、あの銘刀を携えて現れたのかッ!!」
芹沢鴨は苦笑いだ。
「永倉君、君が相変わらず酒乱の狼藉者を面白がると聞いたが、少々悪癖ではないかね?飲む側には心強いことだが。」
「芹沢殿もたいそう面白かったが、嘉志久も女にしとくのが惜しいくれぇの剣幕で、熱い啖呵をきりやがる!」
土方歳三は、沖田総司との今までが脳裏に甦った。
試衛館時代や、壬生浪士組。
優しかった総司が、愛する友を斬り続け、優しさ故の異変が総司を襲ったこと。
総司が、愛する人とともに、剣となって。
総司は、瑠璃を地獄の道連れに、選んだ。
土方歳三には、近藤勇や伊東甲子太郎のような、倫理や情けが、無かったのやもしれない。
土方歳三は、愛を知らない。
だから、愛多き近藤を慕い、一途な愛の総司にも感心した。
総司と瑠璃を、好きにさせてやるべきだと考えた。
土方歳三は、馬車馬のように働きながら、剣への妄執で、天然理心流にたどり着けた。
土方は、総司と、剣への執念が通じ合っていた。
山崎烝が、瑠璃を巻き込んではならぬと案じるから、近藤勇まで話が回った。
総司とは、佐藤彦五郎の家が最後だ。
寂しそうに、頼りなくなった総司は。
まるで、剣や新撰組を失った場合の、歳三そのものだった。
だが、瑠璃はついにやって来た。
総司の想いは、叶ったのか?
「沖田……瑠璃、か……。総司の代わりに、俺が手合わせせにゃならん。」
芹沢鴨が土方歳三に言い聞かせた。
「よしたまえよ。彼女は平山君が敗北しているぐらいだ。実力を見るなら永倉君や斎藤君でなければ、命が危ういぞ。」
土方歳三は頑なに譲らなかった。
「これは、総司の遺した総司の務めだ。俺が代理で確かめさせてもらうぜ。」
聞いていた相馬と藤堂は、平間重助に尋ねた。
「あと二人は?」
「元軍師、武田観柳斎。アメリカ人の海兵、安藤アントン益次郎。この二人は芹沢さんからお話があります。」
永倉新八と土方歳三は嫌な顔をした。
「武田観柳斎だと?」
「あんのへつらい野郎め、卑怯者がよぅ!!まぁたお偉い局長に媚びへつらって味方につけたのかよッ!!芹沢殿、あいつぁ信用しちゃあなんねぇ、かの近藤勇を天狗に陥れたのも、総司に友を斬らせた要因も、武田観柳斎の仕業よ!!」
芹沢鴨は、特に土方歳三と永倉に、語った。
「武田観柳斎さんは、既に己の悪癖に打ち勝たれたのだろう。瑠璃さんに罪の意識を抱えながらも、沖田君の死地までの旅路に同行し、恐怖はしてらしたが、おそらくわかってはいよう。自身が、永倉君に斬られても、文句を言えぬ立場であると……わかるから、怖いのだ。瑠璃さんや沖田君に寄り添い、自身の業を解さぬような、阿呆な人間には、わたしには見えなかったのでな。賢い方だ。尊王に考え深く、学術にさとい。藤堂君の心強い味方になるのではないかね?」
永倉新八が不機嫌にドヤした。
「なんでぇ、なんでぇ!!芹沢殿までほだされちまったってのかい!?」
「いい加減にしねぇ、新八よォッ!!」
原田左之助が永倉新八をぶん殴った。ぶっ飛んだ永倉新八は、起き上がって怒鳴った。
「あにしやがる、左之ォ!!」
「馬鹿がむしんに、鉄拳見舞ってやったのよ!!俺たちゃ、除隊した武田を闇討ちに参ったからよォ!!武田がその恐怖を抱えて、瑠璃やら嘉志久についてきたってんなら、その心意気たるや何よ!?」
※がむしん……がむしゃら新八の意。
永倉新八は原田左之助に殴り返した。
「知る訳ねぇやなッ!!」
ぶっ飛ばされた原田は、怒って槍を構えた。
「こんの馬鹿もんがッ!!わからぬならば刺し違えてでも、殺すしかねぇやなッ!!」
永倉新八、構えた。
「やめたまえ!!君たちは、血気盛ん過ぎやしないかね!?」
「芹沢殿、止めねぇでくんなッ!!俺と左之たぁ、昔っから、殺り合わにゃわからん間柄よ!!」
「やめてくださいよ!!」
島田魁が慌てて永倉新八を投げ飛ばした。
巨魁永倉を軽々とすっ飛ばす、新撰組随一の剛力は相変わらずである。
「落ち着いてください、永倉組長!!原田さんが怒っているのは、友情や絆へ理解を寄せずに、永倉組長が批判してるからでしょう!?原田さんも永倉組長だって、自分がそれをされたら許さないはずだ!それを、友である永倉組長が続けたから、原田さん怒ってんですよ!原田さんも!!槍を出さずに、対話してください!!」
原田左之助は頭をかいて、槍を引っ込めた。
永倉新八は身を起こしながら、耳を疑う。
「友情と絆だァ……?嘉志久に、武田が……?総司の縁の瑠璃って女に、友情……?」
左之助がしゃがんで、永倉新八に告げた。
「おめぇの目はやっぱ節穴かい。総司は女だぜ?女同士で愛し合ったんならば、男同士でしか愛せない武田は、まず共鳴すんだろがよ。武田にも、瑠璃って女は他人じゃあねぇのさ。」
永倉新八はびっくりして、更に疑って左之助の胸ぐらを掴みあげた。
「まさか!総司が女……!?いんや、だとしたら!てんめぇ、総司に何をした、触りやがったのか、こんのスケベ野郎め!!」
「馬鹿がむしんが!総司のヤツァ、どこでも着替えてんじゃあねぇかよ!途中までは風呂まで来てたしよ!俺が総司を隠せと近藤勇に直談判に行くまで、総司のやつ風呂場ですっぽんぽんよ!それでも男と疑わねぇ隊士共が鈍感過ぎらぁ!」
「だって!総司に、胸なんか無かったじゃねえか!!」
「がむしんよぉ。今総司がいたらブチ切れんぜ?俺んとこのまさだって、子を生むまでは胸なんかあってねぇようなもんだったしよ。」
島田魁もびっくりはしていたが、頷いた。
「沖田組長がねぇ……。あ、俺の妻も、背丈がとても小さくて、胸だって成長してませんけど。永倉組長は、遊郭でしか女を知らないといいますか……まぁ、つまり、瑠璃さんは武田さんの仲間なんですね?」
永倉新八は気まずそうに背中を掻きむしりながら、土方歳三に尋ねた。
「だ、そうだが?どうする、土方歳三よ?アンタ次第だ。」
土方歳三は、サッパリしたものだった。
「同意の無い性交渉、つきまとい行為、隊士絡みの恋慕は、今まで通り厳罰だが、切腹沙汰にはならん。元々修道はご法度じゃあねぇ。だいたい、近藤さんの代わりに償わねばならんしな。尊王の教えや学術なら、爆死した藤堂の助けにゃなるだろうよ。」
藤堂平助はニッコリ。ウサギさんも、こころなしかニッコリ。
「尊王派が全員御陵衛士になんなくて良かった〜。幸い、生き延びた武田さんがいた……。」
相馬主計が尋ねた。
「アメリカ人の……安藤アントン益次郎さん、というのは?何故、隊士志願なんですか?榎本総帥の大好きな海軍の方が、力入ってますし、雇用に有利な水兵さんですよね?」
芹沢鴨が口添えした。
「アントンさんは旧幕臣に理解を寄せており、わたしは貿易商だったからわかるが、合衆国は蝦夷共和国と似た経緯で独立したから、アメリカ人のアントンさんには他人事では無いのだよ。最後の侍である新撰組に関わることは、彼の叶わなかった夢でもあって、未熟な身ながら入隊を許されるのであれば、斬りあって果てる覚悟だという。……侍の死に様を、椿に例えてらしたな。」
土方歳三が気づいた。
「芹沢さん。安藤さんも、沖田瑠璃の旅の仲間か?」
「そのようだ。なぜ、わかるのだね?」
「椿は……総司の特別な花なもんでね。病で死ぬのは歯痒いが、斬り合いで椿のように散るのは剣客の美徳だとな。近藤さんは、切腹の誉れに夢見たが……総司は、また違ったのさ。」
永倉新八が悲しげな顔をした。
「総司が、そんなこと言ったのかい?勝って生きるなぁいいがよ。斬られて死ぬなんざ、俺だって御免こうむる。だから、三樹三郎につけ狙われて、俺ァ蝦夷地に逃がしてもらったんだからよ。」
土方歳三は返した。
「俺ァ、椿に乗ったぜ。斬る以上は、斬られて果てるのは、相応しいだろうよ。芹沢さん。俺から言える入隊試験は、ただひとつだぜ。」
芹沢鴨が眉をしかめた。
「手合わせかね?武田さんやアントンさんは、剣は不得手だが……」
土方歳三はにっと笑った。
「あぁ。壬生狼チャンバラ次第さ。なに。無茶ぶりはしねぇさ。こちらも不得手な隊士を出しゃあ、対等だろう?」
芹沢鴨はため息だ。
「わたしは構わないがね。毎度これを繰り返しておれば、榎本さんは泡を吹いて倒れかねんぞ、土方君よ。」
「今のが生ぬるいさ。昔は、入隊数日以内に寝込みを複数人で襲う慣例だった。」
「つくづく、野蛮だと言わざるを得ないが……此度は天才が一人いる。それでも、真剣でやるかね?」
「だからこそやる。命などいくつあっても足りねぇのが、新撰組だ。俺がいる。此処が、俺が、新撰組だからだ。」
平間重助が知らせに走り、瑠璃、嘉志太郎、武田、安藤さんは馬車に乗り、平間と平山は馬で先導した。
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