4-3-2
芹沢鴨は、最後に安藤さんに話しかけた。
「最後に、お待たせ致した、異人の方よ。お国はどちらかな?」
「アメリカです。」
芹沢鴨は流暢な英語で対応した。
「How do you say your name?
(貴方のお名前をなんと言う?)
We, the Serizawa Zaibatsu, enjoyed the favor of the United States as if we were friends in trade with the United States.
(私達、芹沢財閥は、合衆国との貿易で、あたかも仲間の如く、贔屓にあやかった。)
Thanks to you, we have now become the largest trading company in Musashi Province.
(おかげさまで、今、武蔵国一の貿易会社となってね。)
We owe a debt of gratitude to the Americans. We have no intention of being rude to you.
(私達は、アメリカ人に恩義ある立場だ。貴方に対して、失礼を働きたくは無い。)」
安藤さんは丁寧に頭を下げて答えた。
「We Americans are also indebted to France for the help we gained in gaining our independence.
(私達アメリカ人も、かつてフランスの協力で独立した恩義があります。)
We don't treat Japanese people like strangers.
In particular, the Ezo Republic is the same as the United States.
(和人を他人のようには思いません。
特に、この蝦夷共和国は、合衆国と同じだ。)
By the way, I can speak a little Japanese.
(因みに、私は少し日本語を話せます。)
Thank you for speaking English to me so kindly. From now on, I will be speaking in Japanese.
(手厚く英語を話してくれて、ありがとうございました。ここから先は、日本語でご挨拶致します。)
Meはアンドー。アンドー・アントン・マスジローと申す。カンジ……こう、です。」
安藤さんはトランクから、武田の達筆な書道を出した。
「これはまた達筆な。安藤アントン益次郎さん。良い響きです。安藤さんの、祖国の名は如何されましたか?」
安藤さん、決意の眼差しだ。
「和名だけで、生きてく覚悟にて。アンドー、ラスト サムライに関わるのが、夢でした。ボシン戦争、辛かった……みんな、ブシドー守る為、戦い、散った。見てるしか、出来なかった。アンドーは、アメリカ商船の、セーラーだったけど、こたび、身ぐるみ売って、ロギンを作って、船降りた。アンドー、夢叶える為、エゾチ来ました。祖国のヤケ酒、もはやいらぬ。旧幕臣達の最後のステージ、ここにある。アンドー、海兵志願のはずだったけど、ルリやカシク、タケダは、アンドーの永遠の仲間。もしミジュクな我が身でも叶うならば、新撰組に入隊し、本物のサムライ、なりたく存ずる。」
芹沢鴨は、安藤さんの夢を笑わず、感心した。
「ここにもまた一人。ブリュネ元帥の如き、国を超えた侍がおられましたか。この芹沢鴨、安藤さんの夢を笑うような無粋はせぬから、ご安心めされよ。わたしは尊王思想なれど、戊辰戦争を笑わぬ。旧幕臣は……榎本武揚や土方歳三は、最後の武士道に命を燃やしました。ナポレオン三世の助力なくば、この蝦夷共和国は生き残れなかったでしょう。確かに、彼らは古い時代のラスト サムライです。志し新たに、伊東甲子太郎を解しても。朝廷に許され、直属となっても。新撰組は、戦って戦って、武士道に散るでしょう。それは彼らに報いある誉れです。それでも、ゆかれるのか。」
「アンドー、天然理心流、一月。サトウ ヒコゴローに習いました。まだまだ、ミジュク者ですが。アンドーは、武士道追いかけて、死するも覚悟の上。ルリと出会った……そこから、アンドーも走り出しました。アンドーも斬り合いで散る、ツバキです。」
安藤さんの覚悟には、瑠璃とて驚いた。
「安藤さんは、わたしが死なせませんよ?安藤さんは守るべき友です。」
芹沢鴨が微笑んだ。
「平山君。」
「はいはーい!確かに、安藤さんは半人前でーす!平隊士にも負けるかも?でも海兵あがりは大砲の扱いの手練だし、撃鉄の扱いは異人の方が上手いしねー。あと、英語!」
「うむ。安藤さんには、まだこの先の稽古があるし、英語は武器になる。蝦夷共和国はフランス移民もいて、武蔵国からはイギリス商船が。とかく、外国語の先生は不足気味だ。わたしからも口利きしよう。」
瑠璃、嘉志太郎、武田、安藤さんは、床に膝まづいて深々と礼をした。
「芹沢局長!よろしくお願い致しまする!」
芹沢鴨は、平間重助に指示した。
「平間君、筆記は終わったかね?」
「はい!一言漏らさず書きました!英語は日本語に訳しておきましたので。」
「うむ。さすがは平間君、仕事が細かいな。わたしはこの筆記を持って今から新撰組のオテルへ。土方君のやり方になるぞ。平山君は、知らせを待って待機なさい!瑠璃さん達におもてなしを。平間君は着いてきなさい!」
「承知しました!平山はお裾分けのおはぎ出してあげて。」
「はぁい。行ってらっしゃい、芹沢さぁ〜ん!」
土方歳三は、司令室でロシア国境巡邏役達の報告を受けていた。
「副長!これ以上は、堂々と見張るのは不味いです!」
「今までだって、アイヌと交易に来るロシアの民間人が、我々新撰組が帯刀しているのに怯えてましたが……今日は特に危なかったです。」
土方歳三は眉を顰めた。
「ロシア側から何か?」
隊士達は頷いた。
「民間人と警備兵が来ました。一触即発でしたが、交易に来ていたアイヌの若者が、ロシア語を翻訳して、我々に話してくれました。民間人が我々を怖がってロシア兵を呼んだそうで、ロシア兵側は、敵対意志は無いが、樺太まで来たらさすがに庇えない、と。ロシアの帝は過激なところがあるから、刺激しないでほしいとだけ。我々は、彼は真っ当な意見だと考えます。」
土方歳三は腕を組み、考えた。
「ロシア国境巡邏役は改める。刀は帯刀してちゃ不味そうだ。樺太も入るな。アイヌに服を借りて、アイヌのふりをして、遠巻きに見張れ。そのアイヌは、良い奴なんだろう?」
「賢明です。今からアイヌに交渉して来ます。アイヌからしたら、アレも大事な神の品だから、買い取り金をいただけますか?」
「斎藤が会計だ。寄って金を受け取りな。」
「承知!」
一人になってから、土方歳三は不思議がった。
「天皇陛下の勅命は、ロシアとの戦いのはずだが……ロシア側は戦を望んではいねぇな。そも、武蔵国がロシアを敵視すること自体、今までは無かったはずだが……。」
オテルの小さい鐘が鳴る。
藤堂平助による、尊王思想と英語、海外の授業の時間を知らせるものだ。
「また悩みが増えるな……。」
土方歳三は立ち上がり、筆と硯を持参して、学び舎に向かった。
授業の後だ。
新撰組屯所のフランス式オテルでは、藤堂平助が相馬主計を連れ立って、中庭で雪の中からフキノトウ探しをしていた。
「ふふっ。主計〜春が来たぜ、蝦夷共和国にも〜!うふふ!」
フキノトウを愛でる藤堂平助に、相馬主計は心配げだ。
藤堂平助は、教えながら英語を噛んだし。
教えが伝わらないと、血気盛んに怒鳴ってしまうし。
学問は得意だし、どんなに頭は良くても。
伊東甲子太郎程の、教え上手な先生では無いのだ。
「藤堂さぁ。尊王の先生やるのは、限界なんじゃ……だって鈴木三樹三郎殿の手紙読みながらでも、うまくいってなくない?」
癒しを求める藤堂平助は現実逃避だ。
「ふふふ!あっちもフキノトウ、こっちもフキノトウ!あ!見ろよ主計、ウサギさんだぜ!」
そこへ、永倉新八が見参す。
「うーさぎ!つーかまーえたー!!」
永倉新八の捕まえたウサギに、藤堂平助は駆けつけた。
「永倉兄、すげぇや!ウサギさん触らせて!!」
「ういよなあ、ういよなあ、うさぎはよぉ!」
相馬主計は、そっと尋ねた。
「永倉さんは、剣術指南に参られましたか?」
「おっと忘れてた。お〜い!おめぇら!おきねさんの差し入れでぃ!!フキノトウの煮物を食いねぇ!!」
「わぁーい!フキノトウは俺のだー!」
斎藤一は島田魁を連れて、相馬主計に歩み寄り、深いため息。
「ねー、相馬ちゃん。例のフランス料理店、高い理由わかったわ。ぶっ通しで徹夜続きして、フランス語の勉強したらさぁ。島田のサポートも加えて、よーやく判明した訳よ。」
「え!斎藤さん、フランス語を覚えなさったんですか?すごいや!……まぁ、新撰組が多額の借金したせいですよね。」
斎藤一は島田魁に促した。
「相馬ちゃんは良い子だねぇ〜。島田、相馬ちゃんにあげなよ。」
「相馬組長!俺の幼い友達、レティシアちゃんのお家からお裾分けいただいたパテです。食べてください!斎藤さんが話したら、レシピもたくさんくれましたよ。」
相馬主計、瞬きしながら、パテを見た。
「え?かまぼこは、超高級料理では……?」
斎藤一が告げた。
「今までの新撰組が入ったフランス料理店は、フランス人も記念日しか行かないような、高級料理店だった訳よ。フランス語さえわかればなんてこたあねぇの。家庭料理店でもパテは食えるし、ベトナム人の屋台のバインミーにも入ってんの。旨いよ?」
相馬主計は大喜びだ。
「すごいや斎藤さん!土方さんの金遣いも歯止めが効くし、新撰組ももう借金しなくて済む!しかも、安くパテが食べられるだなんて!!」
斎藤一は多少調子に乗った。
「まぁね〜。ちなみに島田のツテでレシピもレティシアちゃんのお宅から色々もらって、俺が訳しておいたから、ラタトゥイユやらパテは、新撰組でも夕餉に加わっからね。」
島田魁が誇らしげに告げた。
「斎藤さんのおかげで、俺も先程ラタトゥイユを試しに作りましたよ!赤い野菜には驚きましたが、アレが美味しいんですよね。ええと、ポム ダムールだとか、トマトって野菜です。ラタトゥイユはフィットチーネという、うどんに似た太いパスタにかけたりして、いただきます。試食に来ますか、相馬組長?」
「行きたい!島田さんすごいや!!」
永倉新八と藤堂平助は途中から聞いていたのか、ニヨニヨして近づいて来た。
「俺も行くーッ!!」
「なんでぇ、なんでぇ!島田魁よ!島田伍長は俺との方が長かろう?ラタトゥイユたぁ、この俺にも食わせねぇ!!」
島田魁は皆を落ち着けた。
「皆さん落ち着いて!ラタトゥイユは逃げませんよ。台所にたくさんありますからね。皆さん、藤堂君の学び舎の後ですから、お腹すいてらしたんですね?」
藤堂は頭を抑え、涙ぐむ。
「俺が一番腹減ったよぉー。伊東先生の代役には、俺の頭がついてけないよ。フキノトウも食べちゃったし。ウサギさん、俺を癒して……。」
今まで真面目面で自習していた原田左之助が眉をしかめて、部屋を出て藤堂を追いかけてきた。
「待ちな!つまりアレだ。尊王たぁ、こーゆうこったろ?」
原田の書道には、
[朝廷に日の本をお返しすべし
明治天皇陛下の元、斬りあって果てるべし]
と、あった。
永倉新八は感心。
「すげぇや、さすがの左之だ!!覚えがはええやな!!」
藤堂平助は困惑した。
「そうだけど何か違うー!!物騒過ぎるよ原田兄!!伊東先生は、剣を収めて対話する時代だって……死ぬのが前提じゃないし!!あー、服部武雄さんがいたらなぁ。」
島田魁は、台所で盗っ人を発見した。
「何奴!!そこなラタトゥイユは、我ら新撰組のラタトゥイユぞ!!」
振り向いたのは風呂敷で頭を包んだ一人の鼠。
顔が隠し切れていない、土方歳三だった。
口周りを真っ赤にして、たくさんあったラタトゥイユがなくなっているでは無いか。
「土方さん!?一体、何が起きてるんですか!?」
土方歳三は真顔だ。
「何故、俺の正体を?」
「いや、バレバレです。顔が見えてます。」
「そうか。うめぇな……こいつを作ったのは、島田か?全部食っちまった。悪ぃことをしたな。」
土方は腹が何倍にも膨れている。水分過多だろう。
「まぁ、土方さんなら仕方ないですが。以後はこの島田魁に一言ください、別個に作りますよ。今後も夕餉に出ますから、皆の分は食べちゃいけませんよ?」
斎藤一が駆けつけた。
「嘘ッ!!なんでそんなに食ったの、アンタ!?」
土方歳三はぶっきらぼうに告げた。
「学術がわからねぇ。いいや。ずっと、違和感があってな……考える程、頭が朦朧として腹が減りやがる。商売はして来たから金の勘定はわかっちゃいるがな。新しい日の本は、海向こうの国々やら、英語やら……しかも、ロシアを敵視しているのはヨーロッパ勢だ。何か引っかかってな。頭を使ったら、無性に腹が減りやがる……。」
それに。
伊東甲子太郎の言う尊王と、天皇陛下の勅命の、ズレが、違和感として引っかかった。
伊東甲子太郎は、あくまで世界を敵視していない。
なんだ?この堂々巡りは。
「はぁ?ねぇ、馬鹿なの!?」
そこに、芹沢鴨と平間重助がオテルに入って来た。
「土方君はいるかね!?」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




