4-3-1
芹沢鴨は、立派な武蔵国大使館の、第一の見学者となっていた。
榎本武揚は、建設完了の知らせに、嬉々としてスケジュールをやりくりし、芹沢鴨を連れて来たのだ。
「如何でしょうか?武蔵国大使館は、和人の大使館ですので、趣は和です。」
「立派な料亭のような佇まいでありながら、この数々の広い執務室よ。うむ!これぞわたしの職場に相応しいッ!!しかし、立派過ぎるだけに、ますます酒は飲めぬな。」
榎本武揚は祝いの席をしたがっており、尋ねた。
「何故です、芹沢さん?祝賀会には、ビールくらいいいじゃありませんか。ビールは旨いですよ。蝦夷共和国のチーズと合うんです。」
芹沢鴨は、隠しても意味が無いとわかり、打ち明けた。
「榎本さん。残念だが、わたしは酒でガラリと凶暴になり、この立派な大使館を破壊しかねないのでね。ビールを辞退してチーズをいただこうか。」
「酒乱であられましたか。失敬致した。蝦夷共和国では、ノンアルコールのジンジャーエールも取り寄せてますので、そちらは如何か?ビールのように、のどごし爽やかですよ。」
芹沢鴨は微笑んだ。
「それは有難い。祝賀会では、ジンジャーエールをいただくとしようか。」
「芹沢さん!芹沢さん!!」
平間重助が走ってきたが、芹沢はいま榎本武揚と話が波に乗ってきたところだ。
「後にしなさい平間君!ところで、フランス移民がユグノー信者が多い為に、フランスへの信頼厚いアメリカでも、蝦夷共和国は話題の国家だとか。アメリカ合衆国自体が、プロテスタント移民が多くてね。」
「フランス王がアメリカ独立にフランス軍を増援しまして、まさに蝦夷共和国は第二のアメリカのようなものですから。最近では、うちの元帥ブリュネ君に会いたくて、旅行に来るアメリカ人団体もおりましてね。そこでわたしはリゾート施設開発も視野に入れながら、小樽に目をつけまして。」
「素晴らしいアイデアだ。小樽ならば、アイヌの森をおかさず、漁猟が盛んで富みんでおられる。観光客は資源になるので、名産もこだわらねば。」
榎本武揚は少し顔が曇った。
「しかし、スチームパンクの公害が、アイヌの森にも及んでいて、蒸気ばかりはどうにもならず。アイヌは狩猟に困ると、毛皮を売る為に森から出てきます。彼らの文明を脅かしたくは無い。毛皮とて、彼らには神聖な神の一部です。」
芹沢鴨は唸った。
「それは参る問題ですな。あくまで共生でなければ、アイヌからしたら、和人とフランス移民の植民地と変わりません。数々の国家から学ばれた榎本さんは、文明の破壊はお悩みであられましょう。」
平間重助は必死に呼びかけた。
「芹沢さん!芹沢さん、緊急事態です!!」
芹沢鴨は一喝。
「やかましい!!平間君、わたしは後にするようにと、話したはずだがね!!」
平間重助は怒鳴った。
「沖田君です!!芹沢さん!!恩人の沖田君の縁者が、天然理心流の佐藤彦五郎さんの紹介状をたずさえて、面会を待ってますよ!!」
芹沢鴨は驚愕した。
「沖田君の、縁者だとッ!?何故この国に?いや!まずは命の恩をお礼しなくてはならん!!榎本さん、申し訳ないが退席する!祝賀会はいつですかな?」
榎本武揚も時間が無く、頻繁に懐中時計を見た。
「わたしも喜びのあまり仕事を放り出してきました、戻らねば!祝賀会は今宵か明日の夜にでも、芹沢さんの都合のいいほうに。使いを飛ばしてください、わたしはどの道仕事を放り出さねば顔を出せませんから。」
「忙しい中で感謝致す!では、これにて!」
芹沢鴨は馬車の中で平間重助に確認した。
「沖田君はもういない。何故、沖田君の縁者の方は、蝦夷共和国に?」
平間重助はようやく話せると、息巻いた。
「沖田君の恋人は、沖田君と同じ剣客です!女の剣客なのです!沖田君の意思を継ぐために、新撰組の入隊を志願してますよ!」
芹沢鴨はまた驚いた。
「沖田君の愛した人は、女剣士なのかねッ!?あの幼さが残る沖田君に浮ついた話があるだけで、わたしとしては驚きだが!!わたしの梅とて、死ぬ覚悟はあっても剣まで知らぬ……そうか。沖田君は、まさに新時代の娘に惹かれたのか……!!」
芹沢鴨は、住居代わりの軍艦に戻り、平間重助と平山五郎の紹介で、顔合わせを果たした。
「沖田君縁の方々よ。まずはこの芹沢鴨、沖田君の優しさから命を拾った恩がある!沖田君の生前に恩返しは叶わなかったから、少しでもあなた方の力になりたく存ずる!」
瑠璃は真っ向から対応した。
「お気持ちはお察し致しますが、沖田総司は既にいません。わたしは貴方を助けてはいませんし、それは総司さんの良心によるもの。わたし達は沖田総司の名を騙り恩返しにあやかろうとは思いません。ただ、沖田総司の意思を継ぐ剣客として、芹沢さんのお力をお借りしたく、訪ねました。」
芹沢鴨は困った。
「なかなかに手厳しい女性だな。わたしとしては、沖田君縁者の貴女に、恩返しをしたいというのに、かね?」
「はい。わたしは総司さんの意思を継ぎますが、あくまで別の人間です。わたしはその死を解するまでの、旅をしました。だから、実感を得ました。わたし達がどんなに惜しんでも、あの人は死んでしまって、残された者は、後悔と共に、前に歩むしか、無いんです。」
「……その旅路の話は、わたしにも聞かせていただきたいものだ。わたしも沖田君を悼みながら、まだ実感は無い。……要件を伺おうか。各自、名乗ってくれたまえ。出来るだけアプローチと思想も語りなさい。平間君、筆記記録を。平山君は君の目から見た意見を。」
まず、瑠璃が名乗った。
「新撰組入隊志願の沖田瑠璃です。天然理心流を沖田総司に習い、勇五郎先生の元、正式な門下生にもなりました。それなりの腕と自負しております。思想はありません。少し尊王寄りだけど、旧幕臣達の苦しみも、見てきましたから。わたしは、わたしが納得がゆく正しい剣である為に、総司さんの愛した仲間を守る道を志しました。」
「新撰組に女性隊士は前代未聞とは、わかっているのかね?」
「え?沖田総司はおなごです……殿方に見えても、心身ともにとても優しいおなごですよ。近藤さんも土方さんも、承知の上でしたが。」
芹沢鴨は絶句し、頭を振った。
「そうであったか……。余程の機密だろうから、聞かなかった事にしよう。瑠璃君も、土方君以外には話さぬように。平山君、意見を。」
平山五郎は嬉しげだ。
「死合って死にかけました〜!あぁ、俺を殺せる女が現れるなんて!!てなわけで、前カノと別れて来ました!斎藤一の剣も最高だけど、俺的には瑠璃の剣もまた最高って感じですね!」
「えっ?また女性をふったのかね、平山君。すぐヘラって女の人がいないとダメな癖に……ともあれ、平山君的には最高の剣か。ならば土方君次第だ。異論はなし。次に、そこの……一際目立つ美しい殿方は?」
嘉志太郎がキセルを袖にしまい、きちんと挨拶した。
「お忘れか、芹沢殿よ。俺は新撰組の入隊を志願致す。伊東、名を嘉志太郎と言って、同じ名前の伊東甲子太郎とはたまたまの同名であって、縁はありませぬ。貴殿が身請け金を払って助けた花魁、品川楼の嘉志久、と言えば、伝わろうか?」
「なんと!!何故、殿方に?」
「たまたま身体がおなごに生まれただけのこと。手術中の身にて、身体がバレぬように、相部屋はこの四人を希望致す。剣は北辰一刀流を免許皆伝の父に習い、長らく仕事で剣を触れなかったが、ゴロツキの二、三人ぐらいならば俺一人で斬り捨て申す。思想は旧幕。学び直す必要があるが、なにぶん将軍様のお膝元で生まれ育ち、今すぐ変えられる訳もなし。俺は、夢見た剣客、永倉新八を探して此処へきた。新撰組ならば、いずれ会えようから。」
芹沢鴨はピンと来た。
「殿方で、女性に生まれた……?嘉志久さん、もしや、あなたは永倉君の言っていた、不思議な花魁さんではないかね?確か品川楼の話だったはずだ。……永倉君も時代錯誤でね。伊東甲子太郎先生は、女形だとわかるのに、あなたのことは不思議がって、度々話すのだよ。」
「永倉新八が、いるのか!?」
「世帯あって前線は降りたが、新撰組で剣術指南役をしている。会えば、さすがに永倉君も理解出来よう、女性でも殿方がいるのだとな。……確信は無いがね。彼はとにかく男には理解あって……新しい事にはひどく鈍感でな。その一本気が取り柄だがね。永倉君も旧幕思想で、伊東先生が偉い、わたし、芹沢鴨が偉いと、慕いながらも、彼は志し一本だ。」
嘉志太郎が不敵に笑う。
「変わっておらぬようだ。俺を不思議がってはいたが、たいそうな度胸があり、酒乱の俺に酒を飲ませて、暴れまくるのを面白がるのでな。」
芹沢鴨は頭痛を堪えた。
「わたしといいあなたといい、彼は酒乱を好むから……平山君。嘉志太郎さんの意見を。」
「元が女だったとは知らなかったんで、顔面偏差値にドン引いてましたァ。腕は立つけど、まだまだ。まぁ、隊士なら強いほう、務まるでしょー。なんせ、剣術うろ覚えなくらいでよく戦いますよね。ブランクを抜けたら、今より強いかも?」
「なるほど。ならば異論は無い。土方君次第だ。そちらの不安げな方よ、なんとなくわたしも心配なので、話を聞きましょうかな。」
武田観柳斎は観念した。
「拙者は元新撰組軍師、武田観柳斎と申しまする。かつて、尊王に生き、近藤勇を説得して除隊し……晴れて尊王活動をしておりましたら、新撰組の刺客達に暗殺されかけて……命からがら、逃げ延びた男です。」
芹沢鴨は眉をひそめた。
「それは難儀な体験をなさったものだな。何故ここにいらしたのか?正直、新撰組など、懲り懲りではないのかね?」
「えぇ、懲り懲りですとも!ですが拙者にも、他に得難い仲間が此処におります。瑠璃殿、嘉志太郎殿、安藤殿……部屋の数合わせで良いのです、友の役に、立てるならば。拙者は剣は滅法弱いですが、学問では役に立てます。此度は新撰組の為ではなく、友の為に入隊したい所存にて。」
「……ならば、武田さんのことはわたしが口利きしよう。永倉君などはあなたを敵視している。だが、あなたは恐怖を乗り越え、友情を守らんとしているのだ。わたしには異論はない。しかし、学問と尊王となると、一気に背負った藤堂君がしっちゃかめっちゃかになっていてな。武田さんには、おそらくその役割が来よう。あなたは入隊すればかなり忙しくなるが、大丈夫かね?」
「お任せあれ!尊王を語り学術を説くならば、拙者にとってはほぼ趣味トークなれば!!」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




