4-2-12
佐藤家までは、松本良順先生の手配で、馬車で送ってもらえた。
「おかえりなさい瑠璃ちゃん、武田さん、安藤さん。夕餉作ってるから、彦五郎さんといてね。」
瑠璃は、つい、台所仕事をしているのぶに、話し込んでしまった。
「のぶさん……わたしには、京を旅立つ時に、嘉志太郎さんが寄り添ってくれました。仲間だと言ってくれたのです。ずっとずっと、支えてくださって。でも、わたしは嘉志太郎さんをすべて理解した訳じゃなくて……おなごとして、花魁の頂点におられた方。あの美しい人が、何故おなごをやめたいのかは……正直、わかりません。わたしは、おなごでありながら総司さんを愛し、おなごながらに剣を学べた。ただ、嘉志太郎さんを支えたくて、わかってるフリを、しただけなのです。それは、誠実では無かったかもしれませんね……。」
のぶさんは、調理から目を離さずに、応答した。
「本人にしかわからないことも、あるよ。彦五郎さんなら、わかるのかなぁ……。でもわたしはおなごに生まれて良かったし、おなごだって瑠璃ちゃんみたいに剣客になれるんだし。総司ちゃんだって、殿方になりたいとは言わなかったよ。……ダメだわ。頑張って考えたけど、内面がおなごじゃ、余計、嘉志太郎さんは謎かもしれない。彦五郎さんの出番だわ。」
彦五郎さんは厠帰りだ。
「ん?呼んだかい?」
居間で、改めて瑠璃が心情を話すと、彦五郎さんは真顔になり、安藤さんと武田は意見がありそうだが、彦五郎さんを優先した。
「嘉志太郎さんと同じ立場……には、なれないからね。瑠璃さんや武田さんは、愛に性別を問わないし。ただ……もしも、わたしが女性に生まれて、このわたしのまんまの心だったら、やはり嫌じゃないのかな。友である近藤さんに言い寄られたり、親に娘と扱われたり、嫁いだり。友情さえ失ったら、悩んでしまうよ。逆に、のぶがのぶのまま、男性に生まれてたら、女性になりたいんじゃないか?」
瑠璃は考えてから、尋ねた。
「彦五郎さんは、嫁ぎたくないですか……ならば、花魁になれても、嬉しくないですか?」
彦五郎は青ざめた。
「恐ろしい話をするね。例え美しく生まれたって、男性とはちょっと……」
「ルリ。ヒコゴローがそれ楽しかったら、タケダサイド。カシクは、たえぬいて、ダッドのシャッキン、返しただけ。ルリだって、ソージ以外、やでしょ?」
武田観柳斎は歓迎。
「拙者は美少年専門ですが、今はリバに目覚め申し、彦五郎さんに抱かれるのはウェルカムですぞ!」
瑠璃は瑠璃なりに、安藤さんの言葉が腑に落ちた。
「嘉志太郎さん、本当は花魁の誉れも、苦痛だったんですね。錦を大事にしていたから、わたしが勝手に勘違いして。あれは、戦利品だからで……四ツ谷正宗の為とは仰っていたのに。本当に、言われればわかります。わたしが夫に恵まれただけですね。夫はわたしに触らなかったから。」
「それに、ルリのあだ名。」
「……実はわたし、どこかで総司さんの子を願い、腹で命の無い肉塊を育みまして。疾患名、妄想妊娠。以来、父にはマリア観音と呼ばれ笑われております。わたしは頭にきて、父には別れの挨拶にも行きませんでした。」
彦五郎さんが食いついた。
「それだ。親だって、理解が無かったら、別れの挨拶の義理は無いでしょう?瑠璃さんも新しい自分になる旅をした。嘉志太郎さんも、新しい人生を選んだんだ。」
のぶが御膳を運んできた。
「区切りがついた?夕餉が出来たから、たくさん食べてね。」
のぶの料理は旨かった。
「良い奥方をお持ちですな、彦五郎殿!料理名人であられますぞ!」
彦五郎は控えめに笑った。
「わたしは生まれつき恵まれた家に育ち、しかも少食で、酒ばかりでね。のぶを喜ばせるには、客人がいた方がいいくらいだ。」
「酒……」
瑠璃がボヤき、安藤さんが口走る。
「カシクいない。酒、チャンス?」
彦五郎さんは聞き返した。
「何故だい?嘉志太郎さんは厳しいの?」
「カシク、シュラン。仲間はずれ、かわいそうだから。いま、チャンス。」
彦五郎さんが納得した。
「酒乱の芹沢に、酒乱の嘉志太郎さんか……。嘉志太郎さんは永倉君を訪ねに行くんだよね?つくづく、永倉君は暴れん坊が大好きだなぁ……」
そして、彦五郎さんは席を立つ。
「武田さん、手伝ってください。酒蔵から良い酒を運びましょう。のぶの料理があるうちがいいでしょ?のぶの手料理は、酒にも合うんです。」
かくして、秘蔵の酒に瑠璃達は大宴会となった。
瑠璃自身は、酒を飲んで話し込むのは初めてだ。
「沖田君朝帰りの日、拙者は愛する美少年を他の隊士に寝取られまして。しかも除隊させられてしまいました。鬼畜の所業とはまさにこの事ですぞ。」
「武田さんはお気の毒でしたね……。総司さんは、その現場を通れなくなり、外出してわたしと知り合いましたよ。彼女は慎ましい方だから、恥ずかしかったと仰ってましたが……わたしなら、逆に隠れて見てしまうやも、しれません。」
「ルリ?スケベでてない?」
彦五郎さんがボヤいた。
「色んな偶然が重なって、星と星が惹かれ合う。まるで、百八星だね。」
「百……八、星?」
「水滸伝だよ。豪傑の百八星は、地上の星だね。新撰組もまた、星集う梁山泊になろうとしている。」
武田観柳斎がまとめてみた。
「今までの流れだと、安藤さんいわく、ベガとアルタイル。沖田君いわく、伊東先生はお天道様。瑠璃殿は沖田君が月で、松本良順先生は瑠璃殿が金星。彦五郎殿は新撰組百八星と。まとめてみると、ベガであり金星の姫が瑠璃殿、アルタイルと月の姫が沖田君、拙者達は星の仲間で、梁山泊、新撰組に集ってゆく……むむ、だいぶまとまりの無い集団ですぞ。ならば、苦労するのはリーダーの天魁星、土方君かな。ま〜拙者は途中でトンズラこきますがな!」
翌日、瑠璃は危うく寝過ごすところであった。
「ルリ!」
安藤さんの叫びに慌てて瑠璃が身を起こす。
安藤さんも、起きたばかりという感じで、青くなっている。
「空が、薄紅に……夕暮れが来る!!」
「タケダ!」
のぶも彦五郎さんも寝ていたが、今は構う暇はなし。
三人で二頭の馬を借りて、武田観柳斎が告げた。
「拙者が馬を扱いますから、瑠璃殿は拙者の馬へ!」
「はい!お願いします!!」
何とか松本良順邸に駆けつけて、病棟に走り込む。
「あなた達!廊下を走ってはなりませぬ!」
看護婦に叱られつつ、嘉志太郎のベッドへ。
嘉志太郎は、担架で運ばれるところであった。
「来るなと言ったが、仕方あるまいな。行ってくるぞ。」
「嘉志太郎さん、頑張ってください!行ってらっしゃいませ!!」
嘉志太郎の手術中、ずっと瑠璃、武田、安藤さんは、正座して待った。
看護婦が気づいて、椅子を促した。
「廊下に座るのでは持ちません。椅子にお座りください。」
瑠璃、武田、安藤さんは丁重にお断りした。
「どうか、お構いなく。我らは志しを共に旅した彼の仲間にて。このまま、見届ける所存です。」
数時間、かかった。
長い手術であった。
手術室から嘉志太郎が運ばれて出てくる。
麻酔で嘉志太郎は眠っていたが、瑠璃達も正座したまま寝ていた。
「瑠璃君たち、どきたまえ。」
瑠璃達は寝ながら蹴られると避けて、道が空いた。
「お腹すいた……」
瑠璃が寝言をボヤいた。
嘉志太郎を病棟へ運んでから、松本良順先生は看護婦達に告げた。
「夜も遅い。わたしの自宅から、下男を呼んでくれ。正座して寝入った三名を、わたしの自宅の客室に泊めるから。随分腹を空かせたようだし、西洋料理を馳走しよう。」
瑠璃が目を覚ましたら、そこは立派な洋室のベッドの上だ。
辺りを見回すと、立派な西洋の調度品や、油彩の額縁。
恐る恐る部屋を出ると、いい匂いにつられてリビングへ。
そこで安藤さんも武田も戸惑っていた。
テーブルのご馳走。
椅子に座った松本良順先生が、促した。
「戸惑うことはない。わたしも最後まで幕臣側で戦った軍医だ。沖田総司の客として君たちをもてなすくらいはするとも。さぁ、座って食べなさい。」
瑠璃達は涎を堪えた。
「でも、嘉志太郎さんが術後なのに……」
「嘉志太郎君だって病棟では良い献立が出るぞ。わたしは牛乳や牛肉推進派でな。これくらいのビーフシチューは患者も食べる。朝廷側もわたしに払いが良く、政治家でもあるのでね。まぁ、ローストチキンは特別待遇だ。和人には鶏の方が馴染みがあるかと思ってな。」
「……ここまで支度なさってくださった料理を蹴るほうが無礼というものです、ご招待にあやかりましょうぞ!」
瑠璃、武田、安藤さんは席について、瑠璃と武田は夢中になった。
「鶏は、手掴みでしょうか?」
「フォークとナイフですぞ!切り分けて差し上げますから、お待ちなされ!」
安藤さんがフランス式のパン、バゲットやブールでビーフシチューを食べて、松本良順先生に尋ねた。
「武蔵国で、バゲットやブール、珍しいね。武蔵国、だいたいイギリスパン。」
「わたしが元幕臣だからな。フランスの方が親しんだ経験あって、わたしはブールを好む。安藤君、ワインは好きかね?」
「好きです。かたじけない。」
「ビーフには赤ワインが良いかな?鶏は白だというが……」
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