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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第四話 死が二人を別つとも ー中編ー
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4-2-11

 専称寺につくと、松本良順先生が口利きし、坊さんと交代して、馬に跨る。

「では、仕事に戻らせていただくが。……これを使いなさい。」

 瑠璃は松本良順先生から、飾りの脇差を受け取った。

「はい。……ですが、これは高価な品では?わたしが使うにはもったいない品です。」

「わたしは剣を知らない、飾りの品だ。亡くなった将軍様に賜った品でな。将軍様を助けられなかったわたしには、ただただ辛いばかりの品だ。あれから時代は変わり、どの道、新政府軍にこの脇差を尋ねられて困っていたから、処分しなければならなかった。心置き無く使いなさい。」

「……そうでしたか。では、ありがたく使わせていただきます。」

 坊さんとのぶは、沖田総司の墓に案内した。

「この墓石の下に、総司ちゃんがいるわ。椿の枝をたむけにしてって。」

「戒名は、賢光院仁誉明道居士と申します。御仏の元、無事に輪廻転生も果たすでしょう。」

 瑠璃の目は鋭く変わった。

 塚に手をかけ、彼女は沖田総司と対峙した。

 彦五郎達はゾッとする。

 あまりの気迫、あたかも剣鬼そのものだ。

 嘉志太郎が坊さんを下がらせた。

「下がられよ、怪我をするぞ!」

 瑠璃は、松本良順先生の脇差を鞘から抜き放つ。

 あたかも、墓が人であるかのように、距離を置いて構えた。

「総司さん……沖田瑠璃、参ります!!」

「瑠璃ちゃん?」

「下がりなさい、のぶ!」

 彦五郎の時の比では無い。

 ただならぬ、殺気。

 この時、瑠璃の平晴眼から浮島は、あたかも千手観音の如く。

「総司さん……大丈夫です。たとえ貴女が死んでも、わたしは貴女を二度殺す!!」

 激しい、瑠璃の突き技が始まった。

 呆然と見ているのぶや、悲しみを分かち合う彦五郎。

 坊さんが非難した。

「お辞めなされ!なんと、罰当たりな真似を!!」

 嘉志太郎は、坊さんを阻んだ。

「阻むな!これは、剣客の鎮魂歌!沖田総司への、決着と弔いぞ!!」

 瑠璃が突き続け、墓石に亀裂が入っていく。

「これは……」

 彦五郎に、武田観柳斎が唸る。

「人体における経穴、いわば瑠璃殿は、石の点穴を突いておられる!唐土における点穴は、ほぼ人体の急所の位置と重なるという。よもや、木々や石の点穴までもが、彼女には見えておられます!!」

 沖田総司が教えた、急所を見定める目だ。

 いや。

 沖田総司以上の、眼。

 瑠璃は、その域に至っていた。

 坊さんがボヤいた。

「これは……あたかも、阿修羅の如き……剣による、悟り……?」

 瑠璃は最後のトドメに入る。

 一の突き。二、三。

 墓石が崩御した。

 松本良順先生の剣もまた、ボロボロになって折れた。

 彦五郎に抑えられたのぶは、漠然と見ていた。

「瑠璃……ちゃん……?」

 瑠璃は、膝をついた。

 ようやく、理解した。

 妄念から、目が覚めた。

 墓石を砕いたって。

 そこに、総司はいなくて。

 土の下で、永遠の眠りについたんだ。

 沖田総司は、もう生きてはいないのだ。

「届かなかった、総司さん……わたしの剣は、もう、貴女には届かないよ!!」

 瑠璃はせききれたように、涙が溢れた。

「愛してた!悔いて悔いて、焦がれてやまない!貴女と死合いたかった!病でなど死なせちゃ、ならなかったのに!貴女を超えたかった!わたしが貴女を、斬りたかったのにィッ!!」

「瑠璃、殿……」

 武田を抑え、嘉志太郎が告げた。

「三日間への、妄念は、沖田総司の初めの期待通り……彼女を、剣へと変えたのだ。」

 安藤さんが瑠璃の肩をそっと支えた。

「ルリ。落ち着いて。」

 瑠璃は涙ながらに俯いた。

「わたしは……武士じゃないんですよ、安藤さん……総司さんとの、三日間の恋は……妄執に変わり……わたし自身が、人殺しの剣に成り果てた。見定めたのです。わたしの剣は、良いものじゃあない……愛と、殺意の妄念です。剣とは、清きも悪しきも、使い途次第の道具……わたしは沖田総司になった。人になれた沖田総司以下の不出来な、剣に。」

 安藤さんが、優しく瑠璃の両手を包む。

「ルリは、カナシミも、激しさも、ソージと分かちあった。違う?ルリは、カタナ。なら、良いカタナになろう。エゾチに行こう、ルリ。ルリを正しく扱えるのは、きっとヒジカタさん。ヒコゴローも言った。ソージの愛する人達、守る剣なら。きっと、ルリの一番良い形。……ね?」

 瑠璃は、腑に落ちて、泣き腫らした目を擦った。

「……ありがとう、安藤さん。……そう在りたい。不出来な剣でも、あの人のお役に立てるならば。今までの旅路は無駄ではなかった。わたしは……あの人の愛した新撰組を、守りたいです!わたしが、唯一正しい剣になる為に……沖田総司の一対に、なれるように……!」

 彦五郎さんは、瑠璃に頷いた。

「旅路の果てに、貴女はようやく死を受け入れたね。頑張ったね瑠璃さん。わたしから歳三君に紹介状を書くよ。蝦夷共和国へは、芹沢財閥の船で行くといい。ただ、月一の出航でね。嘉志太郎君の治療の後で、いいんじゃあないか。」

 のぶは、困惑していた。悲しみと、激情で、彼女は揺れていた。

「瑠璃ちゃん……なに、これ。」

 瑠璃はのぶを案じて、振り向いた。

「のぶさん」

「わたしは、旅路の果てには、愛があって……愛は、平穏な幸せになって……瑠璃ちゃんは、わたし達と暮らすのだと、思っていて……どうして?なんで、こんなことしたのよ!?総司ちゃんをまた殺めるようなことをして!!どうして、わざわざ蝦夷共和国に行って……血を求めてるの?新撰組で、総司ちゃんの苦しみを、争いを!貴女が背負うのが、貴女の道なの!?そんなの、違う!そんなの、愛じゃない!!」

 彦五郎さんは、のぶの両肩を抑えた。

「やめなさい、のぶ!お前にはお前なりの愛があるし、瑠璃さんには瑠璃さんの愛がある。人を否定するものじゃあない。特に、剣客同士の愛には……狂おしい愛も殺意も、嘘では無いのだから。」

「でも!愛って、娶られた先に愛する人がいて、平穏があって、幸せがあって!!」

 彦五郎は、諭した。

「のぶ。お前は料理が旨くて器量良し、だから平穏の中に幸せがあって、総司君を見送る役割があったんだよ。わたしには武芸があり、だから平穏では無くとも、近藤さんに助太刀すべく戦へ出た。それが、役割で、絆なんだよ。瑠璃さんも、わたしなんだ。彼女の愛した沖田総司は、もういない。だから、平穏では無くとも。彼女の剣が、総司君の愛する仲間達に助太刀するのは、残された剣士の()せる、唯一の愛なんだよ。」

 のぶはようやく理解した。

「人の……役割……そうだわ。瑠璃ちゃんは剣客で、彦五郎さんと同じ……わたしって、なんて馬鹿。嫁いで幸せだなんて、ただ、わたしが恵まれてただけじゃない。」

 のぶは、平に謝った。

「ごめん、瑠璃ちゃん……。わたしは、何にも理解が無かったね。総司ちゃんと共に剣である、瑠璃ちゃんのこと。片割れを失った、瑠璃ちゃんという剣を。わたしには、剣がわからない……。見たまんましか、わからないし、志しだってわからない。悪かったのは、瑠璃ちゃんじゃないわ。わたしだ。わたし、非凡な女だったね。」

 瑠璃は、慌てて全財産差し出した。

「違うのぶさん!わたしは、自身の決着を優先して、のぶさんを傷つけました。悲しむとわかってたのに。ごめんなさい、のぶさん。それと、このお金を新しい墓石代の足しにしてください。のぶさんみたいな家庭的な人の助けがあったから、わたしも文をいただけて、総司さんも、孤独じゃなかったんです。それに。わたしの愛は……わたしにも、殺伐と感じます。この、愛の形は、わたしに知らしめた総司さんにしか、わかりようがないです。」

 のぶは微笑んで、お金をほんの少しだけ拝借した。

「そうよね。総司ちゃんから聞いたのに、まだわかってないわたしも、馬鹿だし。瑠璃ちゃんだって総司ちゃんの愛の形に、まだ戸惑っているのね。わたしは、彦五郎さんならわかるわ。彦五郎さんは武芸の人だから、大事な人の為に甲陽鎮撫隊へ入った。瑠璃ちゃんもそう。愛した人が残した仲間の為に、戦うのね。……墓石は、佐藤家と松本良順先生で、また建てられるから。わたしがもらったのはご飯の前金ね。皆さん、嘉志太郎さんを見舞いつつ、うちで栄養つけていってください。もちろん、余ったら返すから。」

「え!?そんな……皆のご飯代だとしても、足りないですよ!もっと取ってください!」

 彦五郎さんが笑った。

「うちは豊かな家です、前金を拝借したのは、のぶなりに、食べに来て欲しいからでしょう。言い訳ですよ。わたしも、空き時間がありましたら、稽古をつけていただきたい。今、近藤道場は勇五郎君が不在で、わたしが出稽古に出ていますが、師範代理には、まだまだ未熟ゆえ……」

 嘉志太郎はムッとした。

「わっちだけ、のぶ殿の手料理は食えぬのか。なんだか口惜しいな。」

 揺れる武田観柳斎。

「あぁッ!!イケメン嘉志太郎殿がガイになる治療の場には、是非とも傍にいたく!!然しながら、高揚チン部隊のお話は是非ともお聞きしたい所存にてッ!!揺れる武田のマイ ハート!!」

 安藤さん瞬き。そして目を細めた。

「なんか、タケダの言ってる、コーヨーチンブタイ、ちがくない?」

 瑠璃が間髪入れず返した。

「たぶん、下半身のチン。実に武田さんらしいジョークです。」

 いきなり佐藤彦五郎、爆発する勢いで笑い転げて、腹の痛みを訴える。

「アッハッハッハッハッ!!痛い!!腹が、腹がッ!!!」

 のぶは慌てて夫をさすりながら注意した。

「あなた?お下品ですよ!?だいたい、それで笑ったら、組織した近藤さんにも失礼だし……」

「ひっ、ひぃッはぁはぁ……アッハッハッハッハッ……わ、わたしは、真面目過ぎるがゆえに、面白きへの耐性が皆無でね……ふふふッ!!チン……まさか甲陽は、高揚?アッハッハッハッハッ!!沸点が浅いんだ、ヒーッヒーッ、腹が痛い、助けてくれ、死ぬ!!アッハッハッハッハッ!!!」

 瑠璃が真顔で告げた。

「あぁ、面白観柳斎が遂に死人を出してしまう……。武田さん、芸人になられては如何でしょう?ゲイだけに。」

 安藤さんもちょっと笑った。

「ルリってば。」

 佐藤彦五郎、生死の境である。

「アーッハッハッハッ!!やめて、瑠璃さんがトドメを……ぐふぅ!!ヒーッヒーッアッハッハッハッハッ!!!」


 瑠璃達は、一旦彦五郎達と別れ、松本良順邸で松本良順先生を待ち、夕暮れ過ぎに帰宅した松本良順先生は、船医の病の診断書を読みながら、嘉志太郎を診察した。

 瑠璃達はハラハラと、嘉志太郎より心配げに見ていた。

「なるほど。こういう人は、古来より男にもおなごにもいるのだが……西欧医学では病と見なすことで、医師が関与が出来る。男性の場合はまだ未開で……女性の場合は、乳房は乳がんの要領で切除。わたしが子宮を取り出せる医師だから……ドクター・マーティンはわざわざ、わたしを指定した。……急ぎの旅かね?高度な手術の連続だ、わたしとて患者を亡くすこともある。嘉志太郎君、命を預ける覚悟はあるのか?」

「……無いな。」

 武田観柳斎びっくり。

「えぇーッ!!?ガイになりましょうぞ、嘉志太郎殿!!」

 嘉志太郎はしっかりしていた。

「死ぬくらいなら、連続手術は結構だ。だが、乳房だけは無くさねば、呼吸器障害で本当に死んでしまう。優先順位を白黒つけねばな。乳房切除が今回、一、二年置いて、しっかり回復したら、子宮を取る。……ちなみに良順先生、ゆくゆくは男になれるのか?」

「うむ。生き急ぐ侍かと思いきや、君はしっかりした患者のようだ。今回の乳房切除ののち、一、二年置くのは賢明だろう。そして、あくまで病としての悩みを取り除く治療であって、現段階の医学では、男性にはなれない。仮に男根が作れても、尿道を通すのみだ。」

 武田観柳斎、大ショック。

「性的に!結ばれない運命(さだめ)!!拙者は尻を開いて待っておりましたのに……!!」

「だが、排尿は出来る。わっちは諦めぬぞ。」

 武田観柳斎、更なるショック、そして目覚めの時。

「尻に排尿!なんと斬新なハード プレイか!!拙者も肝を据えましょう!エム豚となりて貴殿を待つ次第にてッ!!」

 嘉志太郎は武田観柳斎を足蹴にした。

「ややこしいから、話に混ざるでない。だいたい貴殿の尻など見とうはない、瑠璃殿のような良い尻になってから出直すがよい。」

「あぁ〜ッ!さっそくハード プレイ!見事な足蹴にて候!!」

 瑠璃は瞬きした。嘉志太郎さんの方が、余程美しいお尻なのに、と。

 松本良順先生は、病棟に案内しながら、看護婦に指示した。

「術後の療養期間と、芹沢財閥の船の日程を調整したら、明日しか空き時間は無いな。翌日のわたしの空き時間は?」

「午後、夕暮れ以降です。」

「嘉志太郎さん。明日の夕暮れから手術になる。今夜から飯を抜いて。」

「承知した。」

 松本良順先生は看護婦に指示してから、立ち去る。

「では、わたしは入院患者の往診へ。杉村さん、嘉志太郎さんの着替えと点滴を!それでは。」

 瑠璃達は心配げに嘉志太郎につきっきりで、嘉志太郎が見かねた。

「瑠璃殿、皆で彦五郎殿の家で休まれよ。つきっきりでは、疲労するだけだ。」

「カシク!はらぺこ!ほっとけない!」

「わたし達が付き合います。わたし達だけ美味しいご飯をいただく訳には参りません!!」

 嘉志太郎は、逆に嫌がって、武田を使役した。

「優しさは無用!わっちに甘えが出ては決意が鈍る!!武田よ!今こそ役に立て!!瑠璃殿と安藤殿を連れて行け!!」

 武田はどんどこ瑠璃と安藤さんを押し出した。

「我らはご覚悟の邪魔ですぞ!佐藤家にて明日を待ちましょう!それでは嘉志太郎殿、手術前に参ります!!」

「来なくてよい。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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