4-2-10
のぶが、茶と菓子を運んできた。先に、氷水と手ぬぐいを彦五郎の近くに置いて、手当てしてから、改めて客人達に茶と菓子を出す。
「甲陽鎮撫隊の時に、総司ちゃんはここで脱落した。近藤さんを心配してて、明るいフリをして落ち込んでたわ。……さて、この練り切り、ようやく出せた。」
瑠璃は練り切りをまじまじと見た。
「椿の練り切り、ですね?とても綺麗……食べるのが、もったいないくらいに。」
のぶはまた泣きかけた。
「……今は、季節だから、買いやすいわ。総司ちゃんの時は……間に合わなかった。瑠璃ちゃんを見て一目で、あの子だーってわかった。椿の羽織りは、総司ちゃんの永遠の思い出話よ。」
瑠璃は、胸が再び痛む。
チクリ、と些細な針が刺さるように。
瑠璃はそれを押し殺して笑った。
「総司さんの贈り物は、わたしの一生の晴れ着です。」
何故、愛する人の話を聞いて、まだ実感が湧かないのか。のぶのように泣けない、瑠璃にはそれが無性に悲しかった。
傍にいれなかったから?
それだけじゃない。
愛しているから、殺めたかった。
苦しませたく、無かった。
(あぁ。わたしは、まだ何処かで、間に合うと信じているのだ。総司さんを、殺められると……)
瑠璃に、沖田総司が死んでいる実感が無いのは、確かだった。
ならば、瑠璃は何を目指して旅して来たのか。
武士の情け、或いはーーー。
のぶは、小さな赤い巾着袋を瑠璃に渡した。
「これは、総司ちゃんが死ぬまで握ってた、お守りよ。近藤たまさんにもらった宝物が入っているわ。瑠璃ちゃんに渡す為に、今まで預かってた。」
瑠璃は巾着袋を開けた。
中には、椿の帯留めが入っていた。
勇五郎の言った品だ。
瑠璃は、あの三日間の恋の妄念、そして己が逃げた過去が甦り、悔恨に苦しんだ。
「総司さんは、最期まで、椿のように散りたかった……何故、あの人を斬れ無かったんだろう。わたしは彼女を苦しませただけだ。覚悟の覚束無い赤子だった。愛していただく資格なんか、わたしには無かったのに……!」
のぶが、瑠璃を支えた。
「散り際だからじゃないよ、瑠璃ちゃん。総司ちゃん、生きたかったの。瑠璃ちゃんが総司ちゃんを変えたのね。椿は、貴女との思い出の花だから、固執したのよ。吐血したって椿の赤だ、とか笑って。総司ちゃん本当に治療、明るく頑張ったんだから。」
瑠璃は、変わったという総司が、わからなかった。それはかつて、瑠璃の悲願だったはずなのに。
「わたしは、やはり頑固者ですね。総司さんが変わっても、どれだけのぶさんと文をやり取りしても、わたしと総司さんの三日間から、心が進まないのです。……だからこそ、行かねばなりません。時を、進めなくては。」
武田観柳斎が、あえて口を挟んだ。
「愛した人との思い出に、勝るものはありませぬ。拙者は一番愛する人とは叶わず、尊王活動に走り出しました。やがて新撰組に闇討ちされかけて、逃げに逃げ……拙者の愛する人は、拙者を騙して殺したと、根も葉もない噂がたち、悩み、新撰組を除隊しました。拙者も頑固です。忘れはせぬし、心残りでならぬ。」
のぶが頷いた。
「武田さんの言う通りなの。文は、補助でしかないし、わたしだって……あの絶望感は、文では表せなかった。歳ちゃんと彦五郎さんに、支えられたかったし、逆恨みだってしかけたもの。愛する人、亡くしたもの、みんな、自分の目で見たものが先立つから。忘れなくていいんだよ。瑠璃ちゃんの旅路は、沖田総司の死と対面するためでしょう?」
総司の死を前にした時。
この人を、のぶを悲しませる結果は、嫌だな、と、瑠璃は胸が痛んだ。
彦五郎は武田と安藤さんに支えられながら歩いた。
「絶対安静なのに……」
「だって、この先はのぶの苦しみの場所だから。傍にいないと、ね。」
のぶの案内で、瑠璃達は松本良順邸へ。
現在は政治家と医師をこなす松本良順先生は、不在だったが、知らせを聞いて急いで帰って来た。
「先生?往診は……」
「抜け出したのだ、すぐに戻ると知らせを飛ばしてくれ。……のぶさん。瑠璃さんは、どちらだね?」
「え?」
松本良順先生は、嘉志太郎の前に来た。
「あなた、骨格でわかるが女の人だね。瑠璃さん?」
周りの彦五郎とのぶが驚いた。
「えっ?」
「おなご……なの?」
嘉志太郎は懐から、船医の文を出して、松本良順先生に差し出した。
「わっちは元花魁の伊東嘉志太郎と申します。瑠璃殿の旅路のついでに、病を処置して欲しいのです。」
松本良順先生は文を受け取り、告げた。
「往診から帰ったらあなたを診察しよう。では、あなたが瑠璃さん?椿の羽織り、なんと、見落としていた。目印があるではないか。」
瑠璃は頭を下げた。
「沖田、瑠璃です。」
松本良順先生は早歩きで病室を案内した。
「別の場に大きい西洋式医院を持っているが、なにぶん患者が収まりきらず、わたしの自宅の旧病棟もまだ現役でね。今は別の患者がいて、遠目で許してほしい。沖田君は窓際のベッドでな。吐血しては喜んでいた。変人かもしれないがね、貴女との思い出の、椿の赤だと、繰り返し言っていたよ。」
「血の赤……確かに、そうです。椿には、血の側面があります。わたし達には、特別な、赤。」
松本良順先生は、眉をひそめ、瑠璃の真剣な眼を見た。
「どうやら沖田君の同類らしい。あなた、使命を果たしに来たね?確かにあなたは瑠璃さんなのだろう。ここからは勇み足になるぞ。馬車を!」
瑠璃はドキリとして、松本良順先生を見た。
聡明でいて侍。瑠璃の目的はお見通しのようだ。
松本良順、瑠璃、のぶ、彦五郎は馬車へ。
嘉志太郎、武田、安藤さんは馬へ。
馬車の中で松本良順先生は告げた。
「わたしは元は旧幕臣側だが、匿うには限界があってな。沖田総司は人斬りだ。わたしは沖田君を内藤町の植木屋に匿わせた。その後、わたしは仙台で戦い、最中に沖田君は亡くなった。」
「総司さんが、死んだ場所へ……?」
一旦、植木屋で降りて、部屋に上がらせてもらった。
松本良順は、のぶに話を持っていく。
「看護婦達が最期を看取ったが……のぶさんは、酷い目にあわれた。吐き出しては如何かな?二度と機会は来ないであろうから。」
「わたしは……先生から、近藤さんの死を口止めされてて。でも手紙が絶えてからは、総司ちゃん、日に日に、ご飯を食べなくなって。その日はね、練り歩いて、椿の練り切りを買ってきたのよ。総司ちゃん、やっと元気になるって思って。だけど、帰ってみたら、看護婦さん達が来てて、看護婦さんが……総司ちゃんの顔に、布を。……布をかけたわ。わたしは怒って、駆けつけて……総司ちゃんが目を覚ますと信じてた。ずっと呼びかけて、起こそうとして……息がないと、気づくまで。」
瑠璃は聴いていて涙ぐんだ。
総司の死の実感では無かったが、のぶの悲しみを、感じ取った。
のぶの絶望は、ここにあったのだ。
「のぶさん。悲しかったでしょうに……。本当に、お待たせ致しました。その死に方は、総司さんの、いじわるだ……まるで、近藤さんが恋しくて、周りを忘れて走り出したんだかのよう。のぶさんを待ってからでも、いいでしょうに……。」
のぶは泣き笑いした。
「ふふ。やんちゃな子だから……きっと、わたしより早く近藤さんが来ちゃったんだよ。きっと、今頃あの世で稽古に打ち込んで、総司ちゃん自由だわ。」
「のぶ。おいで。」
彦五郎がのぶを支えた。
「星。」
安藤さんに、瑠璃が振り向いた。
「稽古、するなら、シエイカンの星、いるね。ソージの、為に。」
「そうですね、安藤さん……試衛館の星も、近藤さんの星も。総司さんの、大事な宝物達のお星様。」
松本良順先生が気づいた。
「地獄では報われぬ。星になれば、よい、という話かね。」
「YES。星座、みたいに。」
彦五郎さんがボヤいた。
「だったら近藤さんは、間違いなく歳三君にはお日様だけど……裏も表もあるからね、勇さんは。」
「貴方、総司ちゃんと近藤さんには、伊東先生がお天道様だから。」
「じゃあ、鬼百合は月かな。」
瑠璃は遠慮がちに、言った。
「月は……三日月の頃は、総司さんになればよろしいかな、と。総司さんは、真夜中に月明かりを受けて、淡く光る銘刀でしたから。」
松本良順先生が、珍しく口を出した。
「なら、瑠璃さんは金星かね?月と共にある星は明けの明星。あの近さならば総司君も報われよう。」
「松本良順先生が、恋の話をした?」
のぶがびっくりしていると、松本良順先生は苦笑いだ。
「わたしとて幕臣達の地獄行きより、星になるのは望ましい。西欧の神々に叱られるやもしれないが、日の本では、作った者勝ちではないかね?」
再び馬車に乗り、のぶが告げた。
「最後よ、瑠璃ちゃん。わたしは、仙台が降伏し、松本良順先生が釈放されるまで、総司ちゃんの遺体を保管したわ。この先は、わたしと松本良順先生の、最後の仕事……総司ちゃんが眠る、専称寺へ!」
瑠璃は馬車に乗ったことを、後悔していた。
きっと、瑠璃の願いは無意味な儀式に違いないし、のぶさんを泣かせてしまうだろう。
だが、松本良順先生が告げた。
「専称寺で口利きしたら、わたしは一足先に戻る。往診の途中なのでな。墓参りが済んだら、わたしの屋敷に嘉志太郎さんを。皆さんが滞在しても構わないが、それだとのぶさんが寂しかろう。それから……瑠璃さん。」
「はい……。」
「君は沖田君の同類だ。死を解するのに必要であれば、気にせず、やってしまいなさい。それは元々、瑠璃さんの使命ではないかね?」
後押しされた瑠璃は、腹を据えた。
「!……はい!!わたしと総司さんならば、鬼も仏も斬り捨てます!!」
のぶが不思議がり、彦五郎が察した。
「貴方?賊でもいたかしら。治安が悪くなったの?」
「……のぶ。わたし達は、見届けよう。今度は、瑠璃さんの番だ。」
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