4-2-9
中に入ると、敷地内の東に道場があった。
嘉志太郎が食いついた。
「場違いな輩ですまぬが、道場を見てもよかろうか?」
「どうぞ。この道場には、近藤さんや沖田君が出稽古に来ました。所謂試衛館の皆さんが笑って競い合った思い出の場所のひとつです。」
道場の中は立派で、ひとつ、建築の間取りを頭に入れた武田観柳斎が、甲州流兵法をやってみせた。
「この位置ならば剣で一人ずつ仕留められる。鉄砲ならば、こっちですな。」
彦五郎は感心した。
「見事な兵法であられる。よもや、武田観柳斎さんか?」
「いかにも。なれど、拙者の兵法は時代遅れです。悔しい!洋館の建築図も頭に入れましたのに。それはそうと、彦五郎さんはさぞかし剣が達者でしょう?拙者は昨晩、土方君の剣の熱心さを隼人殿に語りましたが、拙者は軍師で、剣はまるで素人です。しかしこれでも猛者に囲まれて暮らした身なれば、足つきから、貴方の強さはわかる次第にて。」
彦五郎はたおやかに笑った。
「そう、おだてになられずに。近藤さんは貴方が大のお気に入りで……天狗になってしまわれましたよ。慢心こそが剣客の天敵、褒め方にはお気をつけください。しかし、甲州流兵法は使い手の頭次第でしょう。何故、時代遅れだなどと?」
嘉志太郎が木刀を持ち剣術を繰り出した。
「わっちに兵法を教えれば良い。この通り雑魚なら敵では無いからな。」
その様を見て安藤さんは真剣に正座。
「それは懐かしい型だね。だけど、久しぶりなのか、握りが危ないな。」
「うむ?ならば今まで相手が雑魚で良かったと言うべきか……」
佐藤彦五郎は、嘉志太郎に握りを教えた。
「これで大丈夫だろう。学んだのは、小さい頃かな?北辰一刀流だね?何年もの余白があるようでいて、衰えてはいない感じだ。お侍さん、お名をなんと?」
「嘉志久、また、伊東甲子太郎。混乱を来すから、嘉志久の嘉志太郎でよい。こう書いて……うむ。彦五郎殿は随分手馴れた教え方だ。」
彦五郎は穏和に笑った。
「近藤勇が上洛してから、近藤道場を繋げるべく、師範代理をしておりました。わたしと近藤さんも、義兄弟です。」
武田は笑った。
「彦五郎殿は近藤勇の強い味方ですな。ずっと彼の支援を?この道場とて、よほどの志し無くば建てなかろう。」
彦五郎は、調子を崩さず、打ち明けた。
「家が放火された折、強盗によって母が目の前で斬殺されまして。大切なものを守るには、剣術が必要だと思い知り、この道場を建てました。」
「これは、悲しい話をさせてしまいましたな。失敬を致しました。」
「サトウさん。」
安藤さんが向き合い、彦五郎は応じた。
「はい。」
「サトウさんの剣、ニクシミですか?前向き、ですか?」
彦五郎さんは深く考えた。
「ユニークな問いかけですね。憎しみ……わたしのような男とは、憎しみは無縁でした。無論、一時的な恨みは抱きましたが……悲しみです。悲しみの連鎖を防ぐ為に、道場を建て、稽古をしました。結果的に、近藤さんや歳三君達、皆との変え難い絆を得まして。最終的には、我が剣は前向きやも、しれませんね。」
安藤さんは、悲しそうな顔で尋ねた。
「サムライの被害、ひどかった。イサミの首、京で晒されても、サトウさん、悲しみ?」
「……悲しかった。本当に、悲しかった。……鬼百合や 花なき夏を 散りいそく。自ら参加した甲陽鎮撫隊の敗北から、わたしは身を隠すのが精一杯だった。近藤さんは、せっかちで。また、置いていかれたのだ。だけれども、近藤勇も新政府軍も、人間だよ。近藤さんが過ちで殺めた、伊東甲子太郎の実弟、鈴木三樹三郎なら、人を憎む権利はあるやもしれない。だけど、善も悪も抱えて進む近藤勇について行ったわたしには。人を斬ったわたしに、憎む権利が何処にあろうか。ただ、このような悲しみを断ち切る、守る為の剣を、わたしは願った。」
安藤さんは、彦五郎の思いを受け止めた。
「サトウさんは、優しきブシドー。こんな優しい人でも、イクサに出た。ラスト サムライ、守りたい信念の為に。」
瑠璃が紹介した。
「彦五郎さん。彼は安藤さんです。蝦夷共和国で、ラスト サムライに関わる仕事の夢を叶える為に、アメリカ船を降りて共に旅をしています。わたしを支えてくれる、友です。」
「いや。うん……見た目で異人さんとはわかるが、安藤さんを知れば、確かに伊東甲子太郎先生が正しかったのがわかる。彼は夷狄などではない、まさに対話する隣人……旧幕臣の思いを、受け継いでいる。安藤さんもまた、侍なのでしょう。」
「アンドー……サムライ?全然、カタナ、わからないよ?」
彦五郎さんが告げた。
「蝦夷共和国のブリュネさんも、刀はわからずとも、侍だと、歳三君が文に書いてましたよ?」
「あの……。……いいえ……」
瑠璃は、疼いていた。
彦五郎の足取りひとつ、強さがわかる。
のぶが、勘違いして瑠璃に告げた。
「瑠璃ちゃん、厠は外よ。案内するわ。」
彦五郎もまた、うずいていた。
「のぶ。厠ではないよ。」
「え?」
「これは、剣士のうずきだ。武者震いだよ。瑠璃さんはまるで総司君……足音の無い、あの踏み込みと同じだ。瑠璃さん、手合わせ願いたいが、わたしでは死に至るから、防具をつけさせていただきたい。」
瑠璃は頭を下げた。
「師範代理を務めた兄弟子に、手合わせをしていただけるとは、幸いです。」
のぶは、瑠璃のすごさはわからなくとも、彦五郎が圧倒されているのは伝わった。
「総司ちゃんの、剣……?もしそうなら、彦五郎さんは頭を突かれたら、死ぬわ。永倉さんの時だって、貴方」
嘉志太郎は頷いた。
「わかっていて瑠璃殿に挑まれるか。彦五郎殿も、剣客だな。」
いざ、防具をつけた彦五郎と、羽織りと袴の瑠璃は、木刀で対峙した。
二人共が、平晴眼の構え。そして、浮島に至る。
瑠璃は気づいた。
彦五郎は、奏者に徹している。
奏者とは、相手の攻撃から身を守る技であり、攻撃は行わない代わりに、臨機応変な防御技を放つ。
容赦はいるまい。
瑠璃は、大きな踏み込みひとつ、一の突き。
小手は、やはり防がれる。しかし、急所の距離を掴んだ瑠璃は、足音の無い神速で、二の突き、三の突き。
彦五郎は防具越しでもしりをつき、頭の防具を外せば、額が赤く腫れていた。
「天然理心流・奥義、無明剣・三段突き。見事!君は、あたかも沖田総司……或いは、それ以上の……」
彦五郎が倒れて、皆が驚き、のぶと安藤さんが抱え起こした。
「あ……レディノブ!コレ、ダメ!ヒコゴロー、ねかせて!」
「え?なんで……」
医者の娘たる瑠璃は、安藤さんの言いたいことがわかって、慌てて彦五郎さんを持ち上げた。
「ルリ!やはり、チカラモチ!!」
「のぶさん、寝床へ案内してください!脳しんとうです!治るまで絶対安静!わたしのせいですが!」
「わかった!こっちよ、瑠璃ちゃん!」
(あぁ、未熟者!真剣ならば折れていた!)
瑠璃の悔恨虚しく、有り余る剛力は健在であった。
のぶは、屋敷に案内し、居間の隣の客室の襖を開けて、布団を敷いた。
「皆さんと離れ離れじゃ、彦五郎さんかわいそうだし、ここにしよう。」
瑠璃は丁重に彦五郎さんを寝かせた。
のぶが、彦五郎の防具を外してあげながら、大興奮した。
「瑠璃ちゃん!あれは、総司ちゃんの剣だった!!元気な頃の、全盛期の沖田総司だわ!!」
瑠璃は苦笑いだ。
「お褒めにあやかるのは嬉しいのですが、総司さんなら、彦五郎さんを誤って脳しんとうにはしない。また、やってしまった……。」
嘉志太郎と武田は、彦五郎さんの頭の防具を眺めていた。
「窪んでおる。速すぎて見えない突きが、この威力なのか?」
「何たるパワーでしょうか!この力、永倉殿にも劣るまいて!!」
のぶは、立ち上がった。
「皆さんで、彦五郎さんを診ていてください。わたしはお茶菓子とお茶を持ってくる。氷水と手ぬぐいも。」
安藤さんは彦五郎さんの瞼を開いて、眼球を確認。
「アイは、どう?ヒカリ、つらい?」
「なんだか、お日様の光が辛いな……」
瑠璃は安藤さんと一緒に、彦五郎さんの頭を調べた。
「表立った内出血は無し。でも、脳しんとうは見えないし……」
彦五郎さんは痛みの中で、堪えて笑ってみせた。
「大丈夫。脳しんとうって言うのか。この状態は初めてじゃあないんだ。軽い方だよ。永倉君の剛剣では、防具無しの時、彼のやんちゃな戯れによって、冗談で頭に一撃食らって……一週間は寝たきりになってね。厠すら行けなかった。永倉君は毎日来て詫びてたけど、あの時は参った。今回は、防具に守られたから、大丈夫だ。」
瑠璃は彦五郎を案じた。
「本当に大丈夫でしょうか。わたしの剛力は、剣が折れるし、人も死ぬ……扱い次第では、剣は愛する人を殺めると学んでおきながら、この始末……わたしの剣が未熟で、大変申し訳ございません。」
彦五郎さんは、頭痛の中で、諭した。
「剣は丁重に。確かに、真剣ならば折れただろう。ただし、天然理心流は、実戦の為の剣術だ。これでいいのです、瑠璃さん。人は死にます。剣とは、戦いの為の道具です。」
瑠璃は、己の迷いを尋ねた。
「……戦いの道具。ならば、真に正しい剣など、この世に存在するのでしょうか。綺麗事では歩めないのが、剣の道……。けれど、総司さんのように苦しみ、自壊してゆく剣では、ならないと……わたしは考えます。」
「勇さんの……闇討ち、だね。ああいう剣は、正しいとは言えない。だけどね、愛する人達を守る為の剣は……人を殺していても、自壊はしない。安心なさい、瑠璃さん。剣は戦いの道具だが、人を守る武器でもある。人が人を殺すことは、正当化してもならないし……正しい剣、とは、違うかも、しれないけれど。時には、鬼が勝つ……そんなものだ。」
「愛する人達を……守る為の、剣。鬼が、勝つ?」
瑠璃のボヤきに、安藤さんが続いた。
「ギルティ、背負いながら……仲間、守る剣。ヒコゴローは、良き剣、だね。」
罪を背負いながら?
瑠璃には分からなかった。
人を殺めては、近藤さんの闇討ちと、どう違う?
優しい彼が言った、鬼の意味も。
考えても、まだわからない。
だが、それがわからなくば、瑠璃は守る剣にはなれない気がした。
「ありがとうございます、彦五郎さん。まだ、ご助言の真意はわたしでは、わかりませんが……考え続けます。良き剣、守る為の剣を。」
「はは……わたしの話が、役に立てるか、わからないけどね。」
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