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一同がちゃぶ台につくと、不思議と狭さは無かった。
「随分と、大きなちゃぶ台なのですね?」
「ええ。うちは、生き延びたのは六人兄弟ですが、元は十二人家族でして。父が生前に家族の為にと、あつらえたちゃぶ台です。」
作助が台所から姉に呼びかけた。
「姉ちゃん!明らかに粟が足りない!筍生えてないか見て来て!」
ぬいは愚痴りながら出て行く。
「春じゃね〜んだから、生えね〜だろ。ほら、生えてないだろ〜!」
作助が青くなる。
「歳兄さんのお客なのに、こんな量の粟粥出すわけ?」
ぬいが仕方なく巾着袋を渡した。
「ダメ弱虫!使えよ、わたしのおやつ!」
一方、瑠璃達は隼人さんに尋ねた。
「筍?表の立派な竹から?」
隼人さんは言った。
「あの竹は、幼少期の歳三が植えまして。我、壮年武人と成りて、天下に名を上げん……みたいな意味の、幼子言葉で、竹に誓っておりました。まぁ、言うてアイツはバラガキですから、歳を重ねてもぶっきらぼうな言葉使いです。」
武田観柳斎は何か納得した。
「一徹の方ですからな……幼き日の誓いを叶えてしまわれた。」
瑠璃は、今までの土方の表情に、妙に納得した。
「わたしと総司さんを近藤さん達が止めた時。土方さんだけは黙って見ていたのです。どことなくですが、総司さんの剣への執念に、彼だけは理解があったのかもしれません。土方さんの志し、ここで学ぶことが出来ました。」
「……歳三は、誰よりも剣客の味方ですからな。一徹の執念だけで、貧しい馬車馬の生活から、剣の道に辿り着いた男です。おそらく、総司さんの味方だったのでしょうが、何せ不器用な奴でして。」
嘉志太郎が告げた。
「栗の匂いがするな。この辺りでは、栗は普通か?隼人殿よ。」
「小山にはゴロゴロ落ちてます。もっぱら、子供のおやつですが。いや御免、言い換えましょう。実際にこの辺りの栗の木を仕切っているのは、わたしの娘のぬいです。」
「京や東京の料亭に売れば高いぞ。思いのほか、馳走にあやかるな。」
「ん?」
作助が鍋を運んで来た。とても良い匂いだ。
「父さん、すごいことになった!粟粥に姉ちゃんの甘栗剥いて煮込んだら、やたら旨い!!」
「旨い?ならばでかした!!」
一同はちゃぶ台について、栗の粟粥をいただいた。
「栗がほこほこ……。」
「マロン、アンドーも好きだよ。マロンのカユ、旨いね!」
「こんな贅沢な粟粥は初めて食べましたよ!」
隼人さんは子供達を褒めた。
「作助!ぬい!偉い、よくやった!」
ぬいは巾着袋をまだ持っている。
「まだまだあるけどな。こっちはあげないよ。」
作助が苦笑した。
「姉ちゃんのほっつき歩きも、無駄にならなかったな。」
なかがはた、とした。
「忘れてた。わたしゃ、熱燗とか温めるべきだよね?」
隼人さんが首を振る。
「なか。蝦夷共和国が成立して、歳三の文をのぶが届けた日に、皆で飲んだきりだ。金はないし酒もない。」
瑠璃が微笑んだ。
「旧幕臣は、奇跡的な生還でした。大事なお祝いですからね。わたし達は、お酒はいりませんから、お気になさらず。」
嘉志太郎が次いで告げた。
「ちなみに、わっちを止められる巨魁でもおらぬかぎり、酒は出さぬが良いぞ。わっちは酒乱でな。」
安藤さんが尋ねた。
「シュラン?カシク、ソレなに?」
「酒を飲むと、荒れ狂って、喚き散らして、暴行に及ぶ輩が、酒乱という。酒に弱い下戸と違って、酒乱は酒が好きでな。更に飲むから、尚更始末に負えぬのだ。安藤さんも気をつけるがよいぞ。」
「なるほど。どの国も、いる、シュラン。」
なかと隼人さんは、折を見て話し始めた。
「実は、我が家は父が死んでからは、地主とは名ばかり。貧しさに大家族が食えぬ有様で、歳三も剣の道を志しながら、九年奉公に勤め、薬の行商でも馬車馬の如く働いて、ようやく我が家を出て天然理心流の門を叩いたのは、二十六歳だったと思われます。以来、うちには立ち寄らなくなりまして。姉ののぶがいる、佐藤彦五郎さんの家に入り浸り……。我が家は、歳三の苦労時代の象徴。致し方ないのですが……。」
瑠璃が申し上げた。
「わたしも働きながら夜間だけ剣を素振りしましたが、奉公先では夜間すら自由は無かったでしょう。兄弟子の剣への執念、初めて思い知りました。あの徹底ぶりは、隼人さんが養われたある種の才能です。長い忍耐の成果なのですね……親代わりの隼人さんはお寂しいでしょうが、彼は一徹を通して、今も新撰組を守ってらっしゃるのでしょう。」
武田観柳斎もまた、申した。
「拙者、今更ながら申しますと、元新撰組軍師、兵法指南役、武田観柳斎と申します。土方君は、副長でありながら、毎回稽古に参加しては真剣に学びました。拙者は裏表のある小悪党ゆえ、彼には嫌われていたかに思いますが、それでも拙者の甲州式兵法を信じ、拙者の指導の元で彼は鍛えました。何故、彼ほどの男が、天然理心流の免許皆伝に至らなかったのか、拙者には謎でしか無かったが、ようやく理解致した。まさに、時が足りなかったのみ。彼の剣への執念は、沖田君とはまた違う妄執。強くならん、ただその一心を感じた次第にて。」
隼人さんは懐かしさと、変わらぬ歳三の想いに涙した。
「瑠璃さん。武田さん。お二人の歳三の話、痛み入ります。時に、瑠璃さんよ。貴女の眼差しは歳三を彷彿とする。武田さんの仰る通り、歳三の眼差しは、強くならん、の一言であった。瑠璃さんもまた、まさにその意思に満ちてらっしゃる。」
「そうかもしれない……いいえ。そうです。わたしは、わたしが愛した沖田総司を超えたい。強き一振りになりたいのです。総司さんの死に向かう旅路の先で、この剣を確かめる。それが良きものか、悪しき剣なのか……そこでしか、測れない。」
隼人さんは頷いた。
「その時。良くも悪くも、答えが出たら……貴女は、歳三に会われよ、瑠璃さん。貴女の剣は、そして沖田総司の剣は、歳三の夢だったはずだ。歳三は新撰組を、朝廷側まで持ち込めた。今なら、あいつこそが、剣客に相応しい居場所のはずだ。」
瑠璃は頷いた。
「はい、ありがとうございます、隼人さん。良きものであれば、きっと。総司さんの仲間たちの、役に立ってみせまする。」
翌朝、見送りに来たかの土方隼人さんに、瑠璃は念入りに告げた。
「土方さん、きっとわたしと同じ頑固者だから。いつか、役目を終えたら、父が懐かしくなってふらっと現れると思います。だから、秘伝の石田散薬は、御身の為にお使いください。長生きしてください。生きてさえいれば、叶う夢は、ございます故。」
隼人さんは、この歳三によく似た娘と離れ難い思いがしたが、グッと堪えた。
「はい。瑠璃さんが言うならば、そうでしょう。粘り強く、生き長らえましょう。実は、まだお別れではなく……彦五郎さんちに、ご案内してから、退散しようと思いまして。」
「それは、かたじけない。」
「歳三はよく、委細は彦五郎さんに聞いてくれ、と、文に書きまして。まぁ、実際従兄弟の中ですから、そこまで遠い訳でもありませんので。」
一同は、馬をゆっくり進めた。
佐藤彦五郎は、日野宿問屋役、日野組合村寄場名主である。
立派なお屋敷の門の前で、先に知らせをもらった佐藤彦五郎と、のぶは、待っていた。
一際、泣いて笑っているのは、おそらくのぶだろう。
「隼人さん、ありがとう。確かに、瑠璃さんをお引き受け致します。」
「彦五郎さん、お頼み致しました。」
瑠璃は、佐藤彦五郎に一礼して、のぶに駆け寄った。
「佐藤彦五郎さん、しばしお待ちくださいませ。先に奥様に、失礼します。……佐藤のぶさん、ですね?総司さんの最期まで、絶えずに文をやり取りして下さり、本当にありがとうございます。沖田……瑠璃、です。」
のぶは、感極まって泣いた。
「瑠璃ちゃん、本当に椿の羽織りね!うん、沖田瑠璃が相応しいわ。やっと会えたね……泣いちゃってごめん、わたし、嬉しいのか悲しいのか、いま、ごっちゃになっていて。あ、瑠璃ちゃんのお連れ様の皆さん、入ってください。貴方、わたしお茶菓子運ぶから皆さんの案内をお願いします。」
彦五郎さんは優しくのぶを止めた。
「お茶菓子は後にしよう。のぶ、お前も待ちに待った日だ、瑠璃さんといなさい。」
のぶはぐしゃぐしゃに泣いた。
「はいっ……!」
瑠璃は、のぶの涙を見て、胸がチクリと痛んだ。
「文を読んで……総司さんが亡くなったのだと、頭ではわかっていましたが………今思えば、わたしには実感が薄かったようです。のぶさんの涙を見て、初めてわたしは揺らいだかもしれません。わたしも、のぶさんに傍にいてもらいたいです。この、ささやかな胸の痛みは……のぶさんからしか、知ることは出来ませんから。」
「うん。きっと、そう。わたしもね、総司ちゃんがいないなんて、受け止めるのにいくらかかかったから。受け止めて、瑠璃ちゃん。わたしから、そしてこの先の旅路から、ね。」
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