4-2-7
四人の深刻な話し合いは、割と楽しく、結託を深めて終わった。
品川楼を出て、夕方までは日野への道を進む。
瑠璃は貨物室に積んでいたイギリス式自転車、三人は馬でだ。
「早い早い!瑠璃殿、待って!!」
「あれは、イギリスの産業革命の自転車。フランスのナポレオン三世の、悩みの種。」
嘉志太郎は安藤さんに尋ねた。
「何でも知っているのだな。ちな、なにゆえフランスのなぽりたん三世は悩むのだ?」
「イギリスとフランス、永遠のライバル。ずっと敵。でも今、イギリス少し有利。」
下り坂。
瑠璃が何やらわめいている。
「ルリ?」
下りで車輪は凄い速さだ。
「ブレーキが効かない!ブレーキが……不味い!!」
ずっと瑠璃は故障と戦っていた。
ブレーキのイカれたイギリス式自転車は猛スピードで走っていたが、瑠璃とて負けない。
「いやぁーッ!!」
掛け声を上げて三段跳びした瑠璃は、無事に着地して脱出。
追いついた三人が緊急事態だとようやく悟った。
「よくぞ無事でしたな。ものすごい身体能力であられる。」
「天然理心流の賜物です。門下生は、体術も習いますので。」
坂の下で倒れたイギリス式自転車を、馬から降りて安藤さんが起こした。
「コレ……ブレーキ、変形してる。」
「え?」
「商品欠陥、違う。コレ、ルリのパワーで壊れた。」
嘉志太郎と武田が驚いて瑠璃を見て、瑠璃はため息をついた。総司の生前から注意されていた、剛力の力加減を誤ったのだ。
「あぁ……またやってしまった……。」
瑠璃の爆走で、思いのほか早く、日野近くまで進んだが、もう夕暮れを過ぎている。
瑠璃達は、民家に宿を借りようとしたが、農家はアメリカ人を見て頑なに戸を閉ざした。
「随分警戒心が強いな。尊王の世とは思えん。」
「田舎などはそういうものです。土地が痩せている、耕すことで精一杯なのでしょうな。」
「なら、地主さんなら、口を聞いてくださるかもしれません。」
瑠璃達は、地主の農家にやってきた。
「すみません。宿を貸していただけませんか?」
地主は、白髪の老男性で、瑠璃の帯刀した刀や、袴を見て、尋ねた。
「貴女は、女剣士か?その、歩き方は……歳三?歳三!!帰ったのか!!」
瑠璃は驚き、改めて名乗った。
「わたしは、天然理心流門下生の沖田瑠璃と申します。土方歳三さんは、わたしの兄弟子に当たります。こちらは、土方さんの生家ですか?」
初老の男性は、我に返って名乗り出た。
「いやはや、天然理心流の剣客殿であられましたか。いきなり耄碌して申し訳ない。土方歳三の兄、土方隼人です。もっとも、歳三は我が家には寄りつきませんが。よろしければ、歳三の話を聞かせてください。小うるさいうちのガキ共もおりますが、一泊なされよ。」
瑠璃は頭を下げた。
「ありがとうございます。あの……安藤さんはアメリカ人ですが、日本語を解します。どうか警戒なさらずに。」
安藤さんは日の本式にお辞儀した。
「アンドーです。」
土方隼人は別の心配をした。
「背の高い、異人さんよ。貧しい我が家では、腹が満たされるかどうか。粟粥ぐらいしか、出せませんが。」
「アワガユ?」
瑠璃が支援した。
「ライスより安い、庶民のご飯です。あの、わたし達が何か買い足しましょうか?」
「野菜は年貢ですから、売るものはおりません。良い土地に恵まれた百姓は、余った野菜を売って子供を道場にも通わせますが、ここは痩せた土地ですから。田舎は、初めてであられますか?」
瑠璃が申し訳なさそうに頭を下げた。
「失礼を致しました。わたしは京の生まれで、貧しくとも近所と野菜等は支え合えた、世間知らずにございました。」
嘉志太郎が庇う。
「それを言うならわっちも肥沃な土地の百姓の子で、父に剣を習い、水滸伝を読み聞かせしてもらった世間知らずでな。土方隼人殿、世間知らずが寝泊まりしても構わぬか?」
「構いませんとも。ただ、腹を空かせて寝れぬでは、わたし達も申し訳たたぬ。粟粥の後は、丸薬で腹を満たされよ。」
武田観柳斎が嬉々として尋ねた。
「おお!それは、土方君秘伝の、石田散薬の丸薬ですかな?」
「ほっほっほ。歳三に石田散薬を教え込んだのは、わたしですからな。なんなら、薬部屋に来ますか?歳三の知人の方よ。」
「是非とも!」
「ガンヤク……?忍者の?」
土方隼人は頷いた。
「古くは忍も丸薬をもちいて、空腹を凌ぎました。なか!粟粥を多めに作っておくれ!」
なか、と呼ばれたおばあちゃんは、首を振った。
「嫌です。」
「なか。」
「わたしゃ、歳ちゃんの母親代わりですよ。歳ちゃんの知人の方に、わたしもついてく。」
「とは言っても、なかよ。」
なかは娘を呼んだ。
「ぬい!お前、粟粥作っといて。」
若い小綺麗な娘、ぬいは、嫌がった。
「えぇ〜?なんでわたしなんだよ、作助にやらせなよ。」
綺麗な見た目によらずかなりのズボラか、畳に寝そべって動かない。
弟の作助が渋々出てきた。
「奉公先から帰ったばっかなのに。もういいよ。俺が作るから。ただし姉ちゃんはメシ抜きね。」
「勝手に鍋から食べるからいいよ〜。」
「父さん、おかしくない!?家訓では、働かざる者食うべからず、じゃないの?」
隼人は深いため息を吐いた。
「ぬいは、自宅警備員だとか……まぁ、わたしが何とか嫁に出すから、それまで辛抱してくれ、作助よ。」
「嫁になんかいかないよ。作助に付きまとって一生食ってくから、大丈夫だって。」
「やだァ!!付きまとわないでッ!!」
瑠璃達は、先程、隼人さんが言った「うるさいガキ共」の意味を解した。
「これも、新時代……なのでしょうか?」
「左様。しかし、我が家には新時代の悪い寒波が押し寄せましてな。さて、なかも来なさい。皆さん、ご案内します。この家も先は無いし、今更秘伝を隠していても製薬技術が消えるのみです。薬部屋をお見せしましょう。」
「石田散薬……」
瑠璃は少し胸が踊った。
これでも医者の娘だ。
「さぁ、どうぞ。くれぐれも落とされぬように。」
薬部屋を見るなり瑠璃が飛び込んだ。
「刀傷の薬に癇癪の薬、結核の治療薬も!!……あぁ、失礼致しました。貴重な薬だらけで、つい我を忘れて……。」
隼人さんは唸った。
「さては、瑠璃さんは医学の心得がおありで?しかし、結核は薬があっても、働きながらでは治るまい。きちんと療養せねば。わたしの両親も、結核で死にましたからな。」
武田がびっくり。
「土方君のご両親も結核で?」
「父は歳三が生まれる三ヶ月前に死にました。母も病床につき、歳三が六歳の頃死にました。歳三は、母親に抱き締められた記憶はないでしょうな。」
なかが、謎の母性を発揮。
「いいじゃないですか、わたしゃ歳ちゃんの母みたいなもんです。わたしがいっぱい抱き締めましたよ。」
隼人さんが不審がる。
「なか、お前は美少年好きの美男子好きで、母としてはあんまり。」
「ぐへへ。歳ちゃんの生足うまぁ〜。ってなわけあるかーい。たしかに可愛かったけど、母代わりでしたよわたしゃ。」
武田観柳斎がなかに握手した。
「なか殿。土方君はどんな美少年でしたか?拙者も美少年愛好家にて候!」
「マジモンが出たやないかーい。最初の子の歳ちゃんは秘密厳守だけど、作助なんか歳ちゃんと違うタイプのやんわりとした美少年でしたよ。だから、ぬいがこじらせちまったんだろうねぇ。」
嘉志太郎は必死に棚を調べていた。
「傾いたお侍さん、何をお探しです?」
「うむ。月経を止める薬。それに、汗疹の軟膏をな。」
「奥様にですか?こちらと、こちらです。」
「感謝致す。言い値で買おう。」
「歳三の知人にそれはなりませぬ。三割引で。」
なかが隼人に食ってかかった。
「半額!!奥様思いの美男子ですよ貴方!!はーんがくっ!はーんがくっ!!」
「押しが強いな、お前……お侍さん、半額で。でないとわたしがなかにぶちのめされます。」
嘉志太郎が苦笑した。
「なんと言うか。土方殿の家は、女が強いな?」
隼人が愚痴った。
「武人を志す歳三の影響あり、我々土方の男は女に手を上げませんからな。そこに気づいた妻や娘は、日々ふてぶてしく増長しまして。我が家は女尊男卑のただ中かと。働いても守っても、男道は報われぬ運命にございます。うちで得をするのは、美男だけでしょうな。」
「笑ってすまぬ。それでは、男女平等とは言えぬな?なか殿、もう少し旦那さんにお手柔らかにされよ。おなごを守るは男道だが、おなごに殴られては行き場が無かろうて。殴るなら強盗でも殴られよ。」
なかは嘉志太郎にはウンウンと頷いた。
「はいはい。美男子さん、わたしゃ貞淑な妻ですよ。強盗は任せてくださいな。わたしとぬいが自宅警備員ですから、既に何人かはボコボコにしましたよ!」
(うーん、働かぬのかー……)
安藤さんは、丸薬を取り出す隼人さんに歩み寄った。
「ワン。飲んでも、いい?」
「椀?向こうで、夕餉の時にどうぞ。」
瑠璃が慌てて止めた。
「いけない!安藤さん、日本語だと、丸薬をひとつ、ですよ。隼人さん、丸薬は粟粥の後ですよね?」
安藤さんは口を抑えた。
「ソーリー。ひとつって出て来なかった。」
隼人さんは興味深げだ。
「ひとつは、わん、なのですか。我々も語学に通じていれば、開国するなり石田散薬が儲かったでしょうに。」
なかは安藤さんの顔に興味津々だ。
「お肌がお白くて日焼けなさって、なんて目の大きい方でしょう。愛らしくて、くりんくりん。」
「oh、くりんくりん、なに?ルリ?」
「なかさんなりの、安藤さんの目への褒め言葉かと存じますよ。」
武田観柳斎が不敵に笑った。
「なか殿。なかなかに、見る目がございますな?しかも、安藤さんは容姿だけではございませぬぞ!優しいのですッ!!」
「マジで〜っ。妾になりてぇ〜。ババアだけどいかが?老人介護体験も出来るよ〜。」
安藤さんびっくりしながら、なか婆さんに失礼が無いように断った。
「アンドー、志しはブシなれど、まだまだ我が身は、未熟者なれば。エゾチまで、仕事も無い、有り様。ヒジカタのダンナサマの甲斐性に、かないませぬ。ユエ、ジタイ致す。ナカの幸せ、祈るよ。」
隼人さんが静かに叱った。
「なか。安藤さんを困らせるんじゃあない。」
「柔らかい断り方だ、温かくて優しい人だねぇ〜。」
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