4-2-6
深夜、瑠璃は目を覚まし、海を見に行った。
「ルリ。ねなさい。明日には、トーキョー。シナガワワン。」
安藤さんが夜勤中だった。雨や嵐を知らせるべく、船員は交代制で甲板につく。
「安藤さん。わたしは……旅が、怖くなりました。」
安藤さんは頷いた。
「ドクターに聞いたよ。サムライの、なやみ?」
「わたしは、愛に生きる侍なのか。殺意の妄念の剣なのか……半々なんです。わたしの愛した今は亡き総司さんを巡る旅は、わたしの素顔を暴いてしまいます。それを、知ることが怖いのです。」
安藤さんは、尋ねた。
「ルリは、ソージを殺したいの?それとも、ハカについたら、ハラキリしたいの?」
瑠璃は、正直に胸の内を話した。
「腹切りは出来ません。そんな報いある死に方は、わたしには出来ない……。未熟な頃にわたしは逃げた。愛する人を斬れ無かった。沖田総司は病で、苦しみ抜いて死んだ。今は違う。斬ることは、情けがあると思う。本当に愛していたから、斬るべきだった。約束したのです、あの人を超える剣になると。でも、今では悔恨が、妄執が、わたしを捕らえて離さない……!」
苦しむ瑠璃の両肩を、安藤さんはそっと支えた。
「……ソレは、ブシの情け。ルリ。おかしくない。こわくない。ルリは、サムライになっただけ。愛してるから、ソージの剣を、超えたい。たとえ、キルしても。それ、情け。」
瑠璃は、安藤さんの答えに驚いた。
穏やかなブルーの目が、瑠璃を見透かしているようだ。
「わたしが、侍になったから……安藤さん、何故わかるのですか?わたし達が人間を辞めて剣になろうとしたこと。総司さんが、殺めてでも自分を超えて欲しかったことを。」
安藤さんは目を細めて語った。
「アンドーはね。ムサシノコクで仕事してるうち、夢みた。幕臣達、ラスト サムライや、ヒノモトのミカドの、対立と戦い。でも、ただのセーラーのアンドーは、関わるツテも無かったの。いま、ムサシノコクは、恩義あるイギリスの言いなり。アメリカ船は嫌われる。アンドーは、ココじゃない。エゾチで、最後のサムライ、関わりたい。だからわかる。ソージ、斬られて死ぬこと、望んだって。病の死、よりも。アンドーには、ルリ達も、そう。ラスト サムライ。アンドーにハオリの夢をくれたから、アンドーはサムライ、たすけたい。」
瑠璃は恩に報いようと、具体的に考えてから、返した。
「悩みを打ち消してくださって、センキュー、安藤さん。あの……安藤さんのお仕事の腕前次第では。蝦夷共和国の榎本さんが、海軍に重きを置いてるから……きっと、安藤さんのラスト サムライの夢は、今からでも叶いますよ。貴方の心と路銀次第だ。わたしも、安藤さんの夢の大成を、願います……貴方の、友として。」
安藤さんは、聞いて穏やかに笑った。
翌日。
昼餉を食べていたら、品川湾に着港した。
瑠璃達は慌てて食べ終わってから、船を降りて行く。
「ルリー!」
安藤さんが、トランクを持って現れた。
「ん?安藤殿の羽織りが無いな……。」
安藤さんは嘉志太郎に、日の本式の土下座をした。不器用ながら、形にはなっている。
「カシク、ソーリー!!大事なハオリ、なかまに売っちゃった!!」
瑠璃は理由に気づいて、微笑む。
「構わんが、安藤殿が気に入っていたのにか?」
「アンドー、夢、叶える!ロギン、必要!!なかま、話し合って、アンドー、船おりる。エゾチ行く!ラスト サムライに関わる、仕事したい!!ついでに、ルリの旅も、ついてく!ルリとソージ、見守る!」
武田が朗らかに笑った。
「踏み出しましたな!それでこそ男です、安藤さん!拙者も、伊東先生に断られても、近藤勇に論弁で挑み、除隊しました!」
瑠璃が微笑みながら告げた。
「わたしの旅路は、沖田総司の死出の道のりです。この巡礼が、地獄の道やもわからない。それでも、いらしますか?」
安藤は頷いた。
「ニゴンはゴザラヌ!ルリについてくのは、アンドーの士道!!もう、アメリカ・ドルはいらない。祖国でヤケ酒、いらない!!タケダ!アンドーの和名、書いて!」
「承った!!」
武田観柳斎は筆を取り、達筆な書道をした。さすがに学識深い武田観柳斎である。
安藤アントン益次郎
「未熟者ながら拙者が命名した益次郎、如何かな?」
安藤さんは紙を触り喜んだ。
「マスジロー!これが、アンドー?アンドー アントン マスジロー!すごい!!センキュー、タケダ!」
嘉志太郎は風呂敷から、一枚の羽織りを出した。生成色の地に、青い竹林の柄の美しい羽織りだ。
「青地の羽織りより、気に入るかはわからぬがな。生成色なら、そのせえらあ襟に合うだろう。わっちのお下がりを使え、安藤殿。」
安藤さんは喜んで羽織って、セーラーカラーを出した。
「あ、また可愛い着こなしを……。」
「センキュー!カシク!とても、ビューティ!オンにきる!!」
品川湾を抜け、嘉志太郎が提案した。
「一旦、わっちの仲良しのいる品川楼で、座敷で茶を飲みながら話し合おうか?新撰組は品川にいたのは数日、すぐ甲陽鎮撫隊になり、旅立ったからな。」
瑠璃は頷いた。そして、この先を思う。
「はい。甲陽鎮撫隊は、沖田総司と新撰組の、本当の別れ……わたし達は、総司さんの死に場所に迫っている……。少し一休みし、話し合うことに、賛成します。」
「うむ。茶菓子ぐらい出るぞ。案内しよう。」
嘉志太郎の案内で、品川楼へ。
手が空いてる女は、舞妓に遊女、花魁まで集まってきて、再開を祝った。
「嘉志久さんが帰ってきたよ!」
「こんなに立派な殿方になって!」
嘉志太郎は挨拶しながら、彼女らに親愛の握手をした。
「うむ。うむ。再開は嬉しいが……旅の仲間と今後の話し合いをしたい所存。席をはずせぬかな?」
遊女達は不満げだ。
「相変わらず冷たいね。ぶっきらぼうなんだから。永倉さんには、会えたのかい?」
「京にはいなかった。聞けば、蝦夷共和国にいる噂もあってな。そら、向こうへ行っておれ。」
「はいよ、はずしますねー!舞妓さん達!お茶とお茶菓子お願いね!」
ようやく四人は落ち着いて座敷に上がった。
「すごく綺麗な方々でした。初の遊郭、です……周りが美しゅうて、落ち着かない気持ちがしました。人払いしてもらえて、何よりかと。」
「ルリ。アンドーも。ハツ ユーカク、アジアンビューティにかこまれて、コンワク。」
武田が渋い顔だ。
「遊郭など!新時代には消えていきますよ!惑わされる男は尽きずとも、遊郭社会は男尊女卑の産物にて!男は男同士、尽きぬ欲を果たすが正道でござろう!しかも、馴染みとは言え嘉志太郎さんに色目を流しよる!キィィーッ!!妬ましや恨めしや!!」
「同僚を恨むなよ武田殿。それからわっちは武田殿とは添い遂げぬぞ?安藤殿、貴殿に武田をあげるから。」
「タケダ、ブシだけどゲイでしょ。アンドー、いらないよ。」
武田の押し付け合いに、当の武田は有頂天だ。
「あぁッ!!つれない美青年と容赦ない優男!!この武田観柳斎、選べませぬッ!!!」
「ハッハッハ……」
武田のおかげか、ようやく場が和んだ。
幼い舞妓達が、茶をいれて、東京の美しいくず餅を出した。
「さて。この先だが……瑠璃殿の心境も確認せねばならぬ。手紙には、道のりはどうありんす?」
嘉志太郎に、瑠璃は手紙を出した。
「わたしは、怖い気もしました。この先で、わたしが決定的に暴かれる気がしたのです。心無い、殺意の剣だと。だけど……安藤さんが、わたしの妄執を武士の情けだと言ってくれました。だから、わたしは前へ進む。今はもう大丈夫です。道のりは、品川から旅立って日野へ。佐藤彦五郎さんの屋敷からは……土方さんのお姉さん、のぶさんが、最後の案内人です。」
武田は、遠い眼になる。
「沖田君は、優しい子でした。その優しさが、沖田君を壊していった。沖田君は、近藤勇の懐刀……近藤勇は、素晴らしい剣客ながら、滅多には剣を振るわなかった。だが、その実、沖田君こそが近藤勇の長曽祢虎徹の化身でありました。沖田君は敬愛する山南敬助の介錯から、歯車が狂いだした。……瑠璃殿。貴女は既に、武士の情けを得た。沖田君が到れなかった境地にいる。それでも、沖田君の剣を超える為に、旅を歩みまするか?」
「……はい。愛する人だから。その死への、旅を続けたい。そして、わたし自身の剣を見定めるには、その道しか、無いのです。」
安藤さんが、すかさず告げた。
「ルリ。ソージが病で、くるしみぬいて、死んでても。ハラキリじゃない。神が罪を赦すまで、生きなきゃダメ。」
「はい。大丈夫です。腹切りはしません。わたしは斬り合いで死にます……総司さんの夢、ですから。」
武田が好奇心から尋ねた。
「ちなみに、安藤殿の神は、切腹は煉獄行きだとか?パードレ様の教えであられる?」
「NO。アンドー、カトリックじゃないよ。親はイギリス移民のピューリタン。あー……プロテスタントのなかま。パードレはいなくて、牧師さまの教え。アンドー達は、働いてお金を集めると、天国に行く。だからピューリタンとても勤勉に働く。」
嘉志太郎が不思議がる。
「働かざる者食うべからずとも言うが。働きまくると天国行きか。なら荒稼ぎしたわっちは天国行きかな?安藤さんは仏教を知りながら天竺のカレーの話もしたな。」
安藤さんニヤけた。
「船乗りだから。アンドー、どこの神も信じるよ。アメリカ先住民のインディアンにも、友達いた。神様、どこも大事。だけど殺された。アンドー、文明が壊されるの、キライ。だから、サムライ守りたい。」
瑠璃は、要約した。
「ええと。働いてお金をためて天国……でも、きっと総司さんは地獄にいる。天国行きも困るような……?」
「菩薩になられて沖田君を救う……しかし、剣客ですからなぁ。」
安藤さんが思いついた。
「星!ギリシャみたいに、死ぬ時は星になれば?ヒノモトにもある、夏、ベガとアルタイル、恋人の話!」
嘉志太郎が意を察した。
「夏の、べがとあるたいる。恋人の星。天の川を渡る織姫と彦星か!七夕伝説のように……それが良いな!なんと言うか、……英語がわからぬで、すまぬ。語彙が無い。」
武田観柳斎がサポートした。
「ロマンティック、というヤツですな?嘉志太郎殿!」
瑠璃が本気で考え込んだ。
「理想的です。剣として生を終えたら、総司さんと星になって……でも、学問が無いわたしには、どうやって星になればいいか、謎過ぎます。」
安藤さんは微笑み、教えた。
「生きてる間は、たくさんアピール、してくしかない。ルリとソージの星、語って、伝承、作る。のちの世の人が、叶えてくれるものだから。」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




