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四月十日、知らせを受けた土方歳三は斎藤の迎えに隊士二十名を相馬に率いさせて送り、自身も逸る気を抑えながら屯所の玄関口に立った。
「いい知らせでもあったのかい?あんたが自ら玄関口だなんて、風向きが変わったか。」
土方、気配の無い男を目で探った。
ヒラリと玄関口の上から、巨魁、降りてくるは、永倉新八。
以前は旅の商人に身をやつしていたが、今は剣術道場師範のような、きちんとしたナリをしていた。
「永倉。お前さんの言う風向きってぇのは、近藤さんのことだろう。よしな。あの人の最期は無念なものだった。」
「へっ。俺とてあの人がどんなに変わって見限ろうが、試衛館時代の友情は潰えちゃいねぇやい!だが、土方歳三の呼びかけでなくば、この永倉新八応じることは無し!」
土方歳三、微笑する。
「婚儀は済んだか。」
「あぁ。それに、奥方にも恵まれてな。俺は今は人を生かす剣術を門下に教えている。っとは言っても、神道無念流に変わりはあるまいが。どうだい、土方歳三。」
「俺ンチは経済に恵まれなくてな。奉公に出て剣の始まりは出遅れちまったし、近藤さんちの天然理心流も、免許皆伝になる前に京まで上洛している。」
「ならば決まりだな。木刀をとりな、俺が稽古をつけてやらぁ。」
土方歳三、木刀を手に、永倉新八から距離を取る。
「永倉。人を生かす剣術とは、どうした思いつきだ。」
永倉新八側から面や胴を叩きこまれ、土方歳三は反射神経が追いつかない。
「剣とは志したるやの技だ。殺し合いの剣にも武士の志たれば、人を守る為の剣にも新時代の志したらん、人を生かす剣、活人剣を習得致したく!」
「剣に志が宿り、活人剣に到る、か……いいじゃねぇか。活人剣、活かせば人斬り集団にあらず、士道を弁えたる立派な治安組織にならァ。」
土方の打ち込み、三合ゆかず、永倉新八に打ち払われて後ずさる。
「永倉……うちで剣術指南役をしねぇか?」
「いいね。だが、昔と違って蝦夷共和国は安月給、新撰組の傍ら、俺はフランス伝習部隊に稽古をつけにゃ、家族の食い扶持ままならぬ。」
再び二合、互いに打ち合ったと思ったら、
「お胴ッ!!」
土方、永倉に胴を取られてしまい、なぎ倒れた。
「京の給料ならばまだしも、蝦夷共和国では副職は致仕方あるめぇよ。組長はやるか?」
「いんや。前線にはもはや出まいと心に決めている。」
「妻子あっての賜物か。ならば剣術師範だな。」
永倉新八、歌舞伎のように頭を振り、声を張った。
「あいや!お引き受け、つかまつ〜るぅ〜!!」
剣術師範、永倉新八、これにて再加入。
相馬の案内で斎藤一は馬車に荷を降ろし、新顔らを眺めた。
「斎藤さん、如何なさいました?」
「ううん。まぁ……案外、新しい隊士も増えたのね。変な意味じゃないよ?でも、土方さんの蝦夷地行きは、死地を探してるようなもんだったでしょ。だからちょっと虚をつかれたなってね。」
相馬、納得し、応じた。
「合点が行きました。初めは俺達とて、新撰組が蝦夷地で生きてゆくことになろうとは、思いませんでした。土方さんは死地を探していたことに間違いはありません。俺達は、斎藤さんのように、会津若松で恩義に尽くした上果てる道もありましたし。ですが、俺達は立ち止まらない土方さんに、新撰組を……最後の侍を、見いだしたのです。それほど陸軍奉行並を果たした土方歳三は強く志し高く、その憧憬に夢を見た隊士は、今では地位が高かった幕臣や、武家では無い商人の子が、ないまじって、剣を磨き共に暮らしております。土方歳三にある新撰組という夢が、俺たちを繋げたんでしょうね。」
「夢……近藤勇は、まさに夢追い人だったよ。でも、近藤さんを失ったあの人は。俺と別れた時も、土方歳三が本当に土方歳三だったかは、わかんないね。近藤勇の武士という夢。士道という美しい生き方を、身代わりになって走り出してさぁ。変わんないねぇ、土方さん。」
「そ、その土方さんが、密偵としても組長としても一番に信頼のあつい斎藤さんと、こうして口を聞ける日がこようとは……いやぁ、昇進はしてみるものです。」
「ありゃ。相馬ちゃん、そんなに遠い間柄でもなかったでしょうに。斎藤なんかに憧れていいの?俺、密偵として油断させたい時は結構なちゃらんぽらんを演るのよ。そんなにかっこいい仕事じゃないよ、密偵なんてさ。詐欺師と変わんないからね?」
相馬、馬車で立ち上がり、頭をしこたま打ちつけて、座った。
「すごいじゃ!!いたっ!!……すごいじゃないですか、伊東甲子太郎一味をやり込めての大仕事ですよ!そりゃ、隊の内外では、伊東甲子太郎暗殺に勧善懲悪とは申せません、我々新撰組が尊皇攘夷と袂をわかった事件ではあります。ですが、貴方は近藤勇の命を救いましたよ!新撰組は、あの出来事から存続することが出来ました。斎藤さんは、手柄を誉ととらえてよろしいかと存じまする。」
斎藤、微笑してやり過ごす。
「まぁまぁ。あの汚ぇ仕事で知らないところで英雄になってたのね俺。でも俺は至って変わらない普通の人間だから、気にせず隣で飯食って喋っててもらっていいから。相馬ちゃんさぁ、相席しても飛び上がんないでね?」
「ええー?相席?俺には自信がありませぬ。飛び上がるやも。」
「はは……そんな、同僚でしょ?ん、あれは。」
「あ、はい!あれが新撰組が屯所に使用しているオテルです。あれ、あれは……土方さん?」
馬車が止まり、相馬、斎藤、騎馬の二十名の隊士がやって来ても、土方歳三は永倉新八に木刀で打ち込むのを諦めなかった。
「土方さん……」
「稽古ならではだが……持久力はすげぇや。追い込まれる程集中力は上がっていると見たが、如何か?」
「そうかもなぁッ!!」
「あ、おっ」
永倉よろけて、ようやく土方の木刀は永倉の頭を取る。
「面ッ!!」
永倉、一撃には動じず、足の裏に張り付いた石を投げ捨てる。 土方歳三はしりをついて息も荒いが、眼光だけは生き生きと笑っている。
「どうだ?一本取ってやったぞ……」
「その調子だぜ!もっとも、この永倉新八が石でぐらつくことなど、滅多やたらにはねぇがな!」
「土方さん、頑張れ!」
隊士が一人言うと、隊士二十名は口をそれぞれに、応援した。
「土方さん、免許皆伝、頑張れ!!」
「土方さん!!」
「長年の夢の、剣術を!!叶えてください!!」
「土方さん!!頑張れ!!」
土方歳三、微笑して木刀を抑えた。
「ふん。柄になく励まされちまったな。」
斎藤一は、土方歳三を見るなり、察してしまった。
あぁ。まだ、この男は。
近藤勇を背負ったまま、自分を殺して、近藤勇の新撰組を抱えて、走っていた。
「約束……果たさなきゃあな……。」
斎藤一は、誰もが読めない踏み込みで、土方歳三に近づいた。
永倉新八、剣気を感じ取り、斎藤一の土方歳三を狙い済ました極限の突きを剣で打ち払った。
「チェーッ!!!」
打ちなる剣戟の音は激しく。
最強の永倉新八ですら、本能でしか戦えない。
斎藤一の剣には、流派の型は無いのだ。
「……斎藤。」
斎藤一、いつになく真剣そのもの。
その瞳に宿るのは憤怒。
剣を土方にかざして告げる。
「変わんない。変わんないよアンタ。どの面下げて戻ろうかとも考えたが、俺はどうやらあんたに嘘つけないらしいや。だから、殺す。あんた、殺してやんないと、止まれないから。」
「斎藤……あん時の約束は、違えねぇさ。待ってたぜ。殺しに来な。俺ァ立ち止まらねぇからよ。」
続く突きを、土方は払えずに、永倉新八が土方をつき倒して、事なきを得た。
斎藤一は怒鳴った。
「夢だと?ふざけんなよ!!新撰組は過ちを続けてきたんだよ!尊皇を唄いながら同士たる山南さんを殺して!佐幕の何たるかも心得ないまま、尊王の伊東甲子太郎を殺ってきて!ただただ、後戻り出来ねぇだけじゃねーかよ!!そんな組織の何に夢を見る?会津若松からの恩義がなけりゃ、新撰組はただの人斬り集団!せめて会津と運命を共にして、時代から消え去るべき遺骸だったんだよ!!なぁ、土方ァ!!今はアンタの背負った近藤勇が!あんたが近藤勇ごっこで引き寄せた、多くの隊士達が!この蝦夷地で仲良く心中しようとしている!!慕うヤツらを巻き込んで、いい加減にしろよッ!!」
土方歳三は、斎藤にすまし顔で返す。
「今は俺が死んだって、こいつらが新撰組だ。隊士ある限り、新撰組はそこに在るぜ。俺が死んで、蝦夷地が消えて、隊士が降伏したとしても。生き残った隊士達の中に誠の志しあらば、そこに新撰組は成立する。近藤勇の夢は、潰えるこたあ無かったのさ。斎藤。俺達は血迷いながら突き進み、多くの仲間の血を流してきた。だが、進んだ先に蝦夷地があり、真の仲間の結束があった。確かに志士達の中には英雄もいれば、俺達は英雄を斬り殺してきたことんなる。なればこそ、此度こそもっとマシな道を選べるんじゃあねぇのか。この新しい蝦夷共和国、なればこそ。だから、新撰組を再起してぇのさ。俺は、隊士一人一人に英雄たる理念を持ってもらいてぇ。近藤勇が散った。ならば、俺が新撰組を受け継ぐ。あん時、壬生狼の誰もが夢見た新撰組を、俺がやる。お前とは、会津若松で約束したな。まずは、お前を乗り越えなけりゃあ、話は進まねぇや。」
斎藤、目を細め、しかし殺気は薄らいだかに見えた。
「わかんねぇかな。アンタの暴走を止めるには、俺の手で始末しなきゃならねぇってことがよ。誠の志しあらば新撰組は早いとこ解散して、志しだけにして欲しいんだわ。アンタが巻き込んだ百余名の隊士の命、ここで武蔵国に返させて貰うぜ。」
永倉新八、声を張る。
「いざ!!いざ、いざ、いざ!!!これより尋常にぃ!!!!」
土方、脇差を抜く。磨き抜かれた和泉守兼定、返せば音を裂く。
「やるか?斎藤……」
斎藤、脇差を抜く。無銘の刀は鋭い突きにて、何本かの替えがあり。その構え、新撰組随一の我流にして無敵。
「アンタを殺して、新撰組は事実上瓦解させる。俺自身がとどめを刺す。いざ参らん!これなるは不敗の剣戟、そのお命頂戴致す!!」
永倉新八、声を張り上げた。
「勝負ッ!!!!!!」
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