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伊予さんと伊予さんのお母さんが、夕餉の御膳を運んできた。
「勇五郎先生!兄弟子の瑠璃さん、お連れの皆様!母さんの料理は屈指の腕前、明日に向けて英気を養ってください!」
瑠璃は、大盤振る舞いの御膳に、勇五郎の京の用事は、さぞ体力勝負なのだと気づいた。
「すごい料理だ。さぞかし栄養になる。時に、勇五郎先生は、なぜ京へお戻りに?」
「正式な近藤の婿養子になりまして。門下生を集めるべく、昔の弟子達を回っております。東京にある道場は、試衛館と言いまして。佐藤彦五郎さんが守り続けたおかげで、今がありますが……明治のご時世に剣術は流行りません。それで馴染みを勧誘に来ました。試衛館には、ある程度、舎弟が暮らせる広さがあります。伊予さんも来ますよ。たまが喜びます。」
瑠璃は今更気づいた。
幼さが残る勇五郎では無い。もう、立派な大人だ。
「大任、お疲れ様です。わたし達も馳走にあやかってしまい……なんですか?この、艶やかな醤油色の里芋は。きらきらしている。」
伊予が言った。
「母さんの自慢の芋の照り煮です!」
瑠璃は口に入れて、余りに美味しくて言葉を失い、せっせと白米と芋を口に運ぶ。
伊予はニヤリとし、悪魔の誘惑。
「いいんですかあ〜?芋で白米がなくなっちゃう。この秋刀魚は、母さん自慢の大根おろしと柚子ぽん酢で、脂身の調和した品。兄弟子だから教えますけど、白米なくなったら、後悔しますよ〜?」
瑠璃は慌てて秋刀魚を口に入れて、その美味しさにびっくり。だが、茶碗の白米がもうあまりない。
「あぁ、だから父に、ばっかり食いは良くないと言われたのに……!」
「ですよね〜!」
伊予さんのお母さんが、伊予さんをコツンと叩く。
「バカ娘が!兄弟子さんなら、おかわりしてよかろうが!瑠璃さん、二杯でも三杯でもお食べなさい。聞けば天然理心流最強の剣客だという。おなごの夢ではありませんか。」
瑠璃は不器用ながら応じた。
「それは、師匠に沖田総司をいただいたからで……大変美味しいおかずが、たくさんあり……料理下手のわたしには、こんな機会は滅多に無く。白米のおかわりいただけますと、ありがたいです。」
伊予さんのお母さんは、茶碗に白米をモリモリ盛りながら、答えた。
「勇先生は常々、言ってましたよ。総司は剣を教えるとなると怒号のやまぬ師範で、そこだけは嫌われ者だとね。それを乗り越えて奥義に到る貴女。自信を持ちなさい。伊予など、貴女には子供でしょう。」
むくれる伊予さん。
「わたしだって強くなるのにぃ〜!」
伊予さんのお母さんに、瑠璃は真面目にお答えした。
「総司さんの教えです。いかな達人たれど慢心は死因に到る。どんなに強くなれど、満足してはならない。更なる高みを目指すのだ、と。」
伊予さんのお母さんは、新撰組を思い出してか、厳しい顔が涙で潤む。
「沖田総司らしい言葉だ。懐かしい。さぁ、美味しかったらお食べなさい。お酒も温めてある、飲める方は何名か?」
瑠璃は箸が止まらない。
「お酒は好きですが、今宵は美味しいご飯でお腹いっぱいになりたく。」
嘉志太郎はキッパリ断った。
「わっちは酒乱で、罵詈雑言に大暴れも致すから。わっちは今は飲まぬ。永倉新八がいる場所までは禁酒するぞ。剣も無く暴れるわっちを止められる猛者がおるまいからな。」
武田が告げる。
「嘉志太郎殿、永倉新八は元々酒乱の豪傑が好きだからして……きぃぃッ!!相変わらず宿敵は永倉殿かッ!!ちなみに、髪を洗うならば酒は飲まぬが得、酒の後の湯は危ういですからな。拙者は刺された尻が痛み出し、痛み止めに酒をいただきたい所存。」
勇五郎は笑った。
「嘉志太郎さんと武田さんは、余程美味しいご飯に慣れてらっしゃる。俺も酒は控えめにして、美味しいご飯で腹いっぱいになりたいかな。」
嘉志太郎は答えた。
「花魁だったのでな。しかし、遊郭でも無い芋煮が、何故こんなに美味いのかはわからぬぞ?贅を凝らした遊郭の飯が美味いのは、当たり前だ。工夫して芋煮を上手く作る母殿は偉業の御業。……時に、勇五郎殿はモテなさるだろう?おなごの自立を支える新時代の器。わっちも見習わなくてはな。」
勇五郎は照れ笑いだ。
「え?そんな、嘉志太郎さんみたいな浮世離れした美形に褒められると、天狗になるから、お控えくださいよ。まぁ、色々恋をしましたが……おなごには来るべき新しい時代なんですよ。それに俺、門下生でも、瑠璃さんには一歩下がってます。瑠璃さん強い人だから、近づき過ぎると頼りきりの害悪になるんです。俺は、弱い男だからね。」
嘉志太郎は笑った。
「己の弱さを制御するも、また良きところではないか。奥方は、たま殿、と言ったか?たま殿は良い男に恵まれたな?」
勇五郎は照れて困る。
「だから、褒めないで!天狗になりたくない!」
「新時代の男、優しき器。確かに、素敵なお方だ……ドキッ!この観柳斎、さくらんぼみたいに甘酸っぱい恋の予感にて候!!」
勇五郎、慌てて御膳ごと逃げた。
「武田さん!俺は修道じゃないからね!?妻がいる!勘弁してください!」
御膳を持って迫る武田観柳斎。
「まぁまぁ。奥方あって妾は浮気。ですが、男は浮気になりませぬぞ!」
「助けてー伊予さん!」
伊予さんはニヨニヨ笑いながら見ていた。
瑠璃と嘉志太郎は、風呂場を借りた。
潔く脱ぐ瑠璃に、嘉志太郎が躊躇いを感じた。
「瑠璃殿?何故脱ぐ。わっちが男だと忘れていらっしゃるのか?」
「でも、ついてるものは同じだし。総司さんとも温泉入りましたよ。嘉志太郎さん、髪洗いに助けがいりますよね?」
「……うーん?脱がないで欲しいのはあるが、まだ、伝わらんか。」
嘉志太郎の髪洗いは大仕事だ。
二人がかりでも手に負えない。
「何故こんなになるまで?」
「花魁や芸妓の日本髪は、特別めかしこんだ結い方でな。金もかかる故、とく事は許されぬ。」
湯じゃあ、脂が取れない。
伊予さんのお母さんが顔を出した。
「瑠璃さんには悪いが、仮の旦那さんの桐谷商家に走って来たよ!イギリス石鹸買ってきた!服の汚れも落ちるよ、使いなさい!」
「ありがとう!」
石鹸で何度も髪を洗っては流し、繰り返し続けていく。
伊予さんのお母さんが、さらに湯を沸かした。
「湯が尽きたら寒かろう!」
「ありがとう!恩に着ます!」
やがて、ついに嘉志太郎の髪が泡立った。
「重みが無い。頭が軽い。スッキリした。」
瑠璃は頭皮をくまなく泡立てた。
「頭皮の脂がずっと湯を遮ってた。花魁の苦労を初めて知りました。あの華やかな結髪は、といてはならない……嘉志太郎さん!いっそ、武士の一本結びにして、いつも髪を洗いましょ。今は頭皮に汚れひとつ無い、頭が軽ければ剣も軽くなる。」
これには美しいもの好きの嘉志太郎も身に染みたらしい。
「うむ!美しかろうと、汚れの重しには懲りた!髪に入る虫だってうんざり致しておったぞ。しかし、一本結びより、わっちは男らしく散髪したいかな。」
「鋏だよ!勇五郎先生が散髪に使ってる!アンタ、殿方みたいにしたいんだろう?こいつであたしが散髪するよ!」
伊予さんのお母さんは、すっかり爽やかな短髪に切ってくれた。
嘉志太郎を流し終わると、瑠璃は好奇心から自分の髪をイギリス石鹸で洗ってみた。
湯船で嘉志太郎が温まりながら見ている。
「すごい……頭が軽くなる。サッパリした。夏彦さんにイギリス石鹸をかかさず頼まなくては。」
翌日、瑠璃達は勇五郎に別れを告げた。
「勇五郎先生。今は新時代。再び、会えるやもしれませぬ。その時まで今一度、お別れです。」
「瑠璃さん。お達者で。伏見、大阪城の後、東京では、佐藤彦五郎さんと会うでしょう。そこで、たまが総司さんのお守りにした帯留めを、受け取ってください。」
「……はい!」
旅路の前に、呉服屋で、仕立て直した着物を受け取る。
嘉志太郎はすっかり男物を着こなして、秘蔵の錦を羽織りにした。
武田は大喜び。
「キセルを持つべきにござる!」
「キセルも三味線も嗜むのが花魁、自前があるぞ。」
「かっこいい……マジかっこいいでござ候〜!!まるで拙者の憧れ、長州の麒麟児、高杉晋作殿みたい!ンンンンンン!高ぶる拙者のマイ ハート!!」
瑠璃は嘉志太郎に耳打ちした。
「胸は?痛いでしょう?」
「死にそうだ。胸の肉を剥ぎたいくらい苦しいぞ。肺が心配だな。」
「この旅の果てには、松本良順先生がいるはず。父も患者が乳癌で乳房を切ったことがある。きちんと費用を払えば、改善の見込みはあります。」
「切れるものなのか……荒稼ぎして、金には困っておらぬ。費用は払う。」
「では、松本良順先生に、相談しましょう。それまでしっかり、わたしも支援致しますから。」
「助かる。瑠璃殿、感謝致すぞ。」
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