4-2-2
「四ツ谷正宗。芸者と尊王に生き、酒に溺れて自害した名刀匠・源清麿の最上の剣。……あれ?これは、手入れされたばかり?」
「わっちと添い遂げようと迫る馬鹿共と斬りあったばかりでな。わっちの見た目がコレでは、参る。呉服屋を目指していたが、土地勘が無くてな。これは、大した名刀匠の品だ。銀地は瑠璃色か………?」
そそくさと歩み寄る不審な男。
すかさず嘉志太郎は大和守安定の切っ先を突きつけた。
「何奴だ。」
「ご容赦くだされ!椿の日陰で休んでおりましたら、お話聞こえてしまった次第にて。その旅路、この拙者も仲間に入れてはくださらんか?拙者は強者に媚びて弱者をいじめる小悪党なれど、同士たる御二方には計らいはせぬ。沖田君の素性や、墓の話を知り……思うところありました。拙者は修道。愛する馬越三郎きゅんから目覚め、男同士の愛に生きた、新撰組の軍師です。フランス式調練からは、甲州式兵法の拙者は古いと言われ、御役御免ですがな。除隊出来るならば伊東先生について行きたかったものですが、フリーとなった拙者は尊王活動を大いに盛り上げ、新撰組に闇討ちされかけて、奔走して今日まで息を潜めておりました。ですから、京は庭のようなもの、呉服屋なら任されたし。拙者がいて利益もござれば!御二方の旅路の道中、見るからに強面のオッサンたる拙者が睨んでおれば、御二方に言い寄る不作法者は中々現れまい。いわば、護身道具になりたく!」
「何だ?変質者の馴れ合いでは無いぞ。去れ親父!」
瑠璃が瞬きした。
「もしや……貴方は、武田観柳斎さんでは?」
武田観柳斎、涙ながらに手ぬぐいを噛み締める。
「そうですッ!!男に生まれて男しか愛せぬ!!外道と呼ばれながら堕ちていくだけの、武田観柳斎とは拙者のこと!!おなご同士愛し合ったり、おなごに生まれて男であったり、拙者にはあなた方が他人とは思えませぬ!!生まれて初めて、対等に感じまする!新撰組は既に懲り懲りだが、拙者も志しに生きる者。是非とも、お力になりたくッ!!」
嘉志太郎が辟易した。
「だからと言ってな……わっちは男ぞ?貴様、わっちに手を出したら斬り捨てるが?」
武田観柳斎は指を振る。
「おなごのお身体のうちはご安心召され!仮に、嘉志太郎殿の漢気や内面に惚れたとしても、拙者の求める肉体は男にて!!そう、ピュア ラブなる話にございますれば!!」
「同じ男として被害者達が不憫でならぬ。よし、殺すか。」
瑠璃は笑った。
「あははは……よろしいのでは?面白い方です。たしかに、同じ立場の方だし、武田観柳斎さんには、息抜きになっていただいて。わたし達の目指す剣の道は、とても殺伐としたもの。わたしは死んだ愛する人の軌跡を歩む。息抜きは、必要です。武田さん、よろしくお願いいたします。」
武田観柳斎は今までの自身の罪悪感を拭いたいのか、瑠璃達に好意的に接した。
「やさしー!世捨て人・武田観柳斎が、お役に立てるならば!拙者の性格の悪癖が出たら引っぱたいて良いので。時に嘉志太郎殿、いくら傾いてようが、前結びの帯は剣術の邪魔!!普通の花魁は戦わぬからこそ、前結びなのです。派手好きの高杉晋作とて、花魁姿で斬り合いはしませぬよ!!青地に紅葉の羽織りはよいが、下に着ているその着物が気に入りなら、呉服屋で仕立て直すがよろしい!!ンンンン、イケメン素養がもったいなし!」
嘉志太郎、容赦なく剣で武田観柳斎をガンガン突き刺した。
「このように、前結びでも突きには困らぬ。二・三着は男物に仕立て直しに来たが、この錦はわっちの戦利品だ。引きづってでも戦う所存。」
「おおっ!見事!判断の速い突き!!」
血塗れ観柳斎に、瑠璃は嘉志太郎を宥めた。
「ツッコミが激しすぎると、武田さんがお身持ちを崩して、剣をふるえなくなる。嘉志太郎さん、お手柔らかに。」
「瑠璃殿、優し過ぎやござらぬか?」
三人はまず、元近藤勇邸宅を訪ねた。
もはや、近藤家は立ち去ったかと思われたが、たまさんの親友、伊予さんが玄関を開けた。
伊予さんは道場稽古姿だ。
「どなた様ですか?」
「新撰組の沖田総司縁の者です。総司さんが、一時期こちらで療養なさったと言います。門下生の田中瑠璃之助と、師範にお知らせ下さい。一宿、滞在してもよろしいでしょうか?」
伊予さんが告げた。
「お待ちを。」
しばらくして、すっかり髪を短くした勇五郎がやってきた。
「お瑠璃さん!ちょうど良いところに参られましたね!訳あって京に滞在していましたから、どうぞ泊まって行ってください!」
瑠璃も意外な顔に驚いた。
「勇五郎先生?……まさか、お会い出来るとは!てっきり違う師範かと。」
「たまは東京で留守番ですがね。詳しい話は夕餉時に。俺は日中出稽古がありますので、行かなくては。瑠璃さん達は荷物を置いて、京を散策なさっては?だって瑠璃さんは、総司さんの軌跡を追って、京を離れるんでしょ?」
「……はい!」
瑠璃、嘉志太郎、武田は旅の荷物を置いて、嘉志太郎は荷物を紐解いた。
「京の呉服屋は仕事が早いか?」
「そりゃあ本場ですからな!伊東先生が贔屓していた呉服屋に案内しましょう。何せ腕が良くて早い!」
嘉志太郎はとびきり傾いた着物を二、三着選び、風呂敷に包んだ。
三人で呉服屋に行き、仕事を頼むと、主人が瑠璃に気づいた。
「沖田組長の椿の羽織り……貴方が、浅井瑠璃さんでしたか。」
「あ、はい。わたしは浅井ですが……もしかして、総司さんの贈り物の羽織りは、此処で?」
「はい。沖田組長は一日寝込まれて、部下の大石さんは牡丹を探してましたが、品切れで。沖田組長の案で、椿をお選びに。大石さん、真剣に映える部分を選びまして。採寸の指示まで頑張ってましたね。受け取りは翌日、沖田組長がね。あの方は大喜びでした。やんちゃな方で、人斬りとは言われても、わたしゃ、しっくり来ません。」
瑠璃は微笑んだ。
改めて、有り難い事だ。
「ありがとう、呉服屋さん。そしてお世話になっていた大石さん……この、総司さんの贈り物は、わたしの、一生の羽織りです。」
嘉志太郎を採寸した呉服屋の針子から、嘉志太郎に告げた。
「着流しだと、男帯では、貴女様の豊かな胸が見える恐れがありますよ?」
「サラシを巻けぬかな?」
瑠璃が慌てて教えた。
「嘉志太郎さん、危険です!わたし達のような大きな胸の身体は、サラシで潰せば潰すほど、痛くて死にます!医者の父も言いました、くしゃみだけで潰した肺に穴が空くと!」
「だが……男には覚悟があらねばならぬ!」
結果的に嘉志太郎はサラシでぺったんこになり、ほぼ呼吸困難。
日本髪を解いて一本結びにし、仕立て直す着物の仮止めでは、背が高く立派な傾き男に見えた。しかし、顔色は青白い。
「ひっ……ひっ……慣れねば、低酸素、呼吸を!」
「無理をなさらず。剣を扱えませぬよ?」
武田観柳斎、燃える。
「やだーめっちゃイケメンなんですけど〜!!この顔立ち!また、背の高いことで!拙者、リバに目覚め申し、此度は尻に挿入されたく!!」
尻を突き出した武田に、嘉志太郎は容赦なく尻に剣を突き刺した。
「こうか?」
「あぁッ!!大ハードなプレイも乙なりやッ!!」
「嘉志太郎さん!剣を大事に、清潔に!!四ツ谷正宗を汚してはなりません!!武田さんも、そんな大ハードに目覚めては、厠で己が困りますよ!!」
瑠璃達が近藤邸宅に帰ると、勇五郎も帰ってきた。
台所では、伊予さんのお母さんが、皆の夕餉を作っていた。
「お手伝い致します。」
勇五郎が慌てて止めた。
「瑠璃さんダメ!伊予さんの母殿は料理に厳しい方だ、台所は任せよう!」
瑠璃のような下手くそが乗り込んでは、こっぴどく叱られてしまうのか。
伊予さんのお母さんはキビキビ動きながら告げた。
「台所はあたしの戦場だよ。任せな。」
「では、お任せして……」
瑠璃、嘉志太郎、武田、勇五郎は、部屋に入った。
「瑠璃さんのお気持ちは、実は、たましか知らなくて。たまは頑なです。瑠璃さんご本人が話すまで、待て、とね。」
勇五郎に、瑠璃は俯き、意を決してから顔を上げた。
「わたし達は三日間だけの恋をした。今でも、総司さんを愛してる。だから悔いてます。総司さんは愛する者を斬れと言った。総司さんを斬って本物の剣になることが、わたしの最終試練。だけど、僅か四日目に、その時が来て……総司さんは死の床につき、近藤さんと伊東先生、土方さんは、総司さんの導く地獄からわたしを助けるべく、桐谷商家に嫁がせた。近藤さんの自腹で、立派な白無垢を着ました。でも……わたしにとって、あの時の判断が正しかったのか、今は疑っている。総司さんは剣客だ。椿の花の如く、潔く死なせてあげる道もあった……わたしは、愛する人を殺す業から逃げて、総司さんを病で苦しませたに、過ぎない。」
勇五郎は、温和に微笑んだ。
「なるほど。ようやく、総司さんの独白の意味がわかりましたよ。でもね、瑠璃さん。総司さん成長して、変わりましたよ。貴女との三日目で、気づいた愛だって。……生きてさえいれば、貴女と添い遂げて、老いていく瑠璃さんを支えながら、二人でたくさんの幸せを過ごし……貴女の最期を、看取りたかったって。自分が馬鹿だった、お医者さんが正しかったって、すごく泣いてた。」
瑠璃は息をのんだ。
生きる希望を抱いて、総司は死んだのだ。
「わたしが馬鹿です。人の成長を考えて無かった。だったら、いくらでも、会いに来れば良かったのに。」
嘉志太郎がボヤいた。
「わっちには、総司殿の願い。斬られて死にたかった気持ちも、生きていたら添い遂げたかった気持ちも、わかる気が致す。しかも、その二択は、病の沖田総司には選べぬ二択であろうことも。切腹の誉れより、椿の首のように、斬り合いの最中に死にたい。それも幸せな死だ。だが、生きられるならば、添い遂げたいのは、人間らしい愛なれば。」
武田は沖田総司を思い、悲しくなる。
「新撰組に、やんちゃな沖田君を嫌う者はおりますまい。ことさら伊東先生達尊王派にも親身になり、あの子には誰にも悪意が無かった。意地の悪い拙者のことすら、夜這いの徘徊観柳斎さん、だのと茶化して遊んでも、敵視はしておらず。西本願寺を去られて、どうしたかなとは、思っておりましたが……一皮剥けて、生きての幸せを願って、病が進んだなど、なんと痛々しい……拙者が近藤局長を持ち上げたから、たくさんの粛清があり……沖田君は、剣であるしか、無かった。拙者まだ死にとうはないが、永倉殿に斬り捨てられても、到底言い訳出来ぬ。」
嘉志太郎と武田に、勇五郎は尋ねた。
「そちらの、瑠璃さんの連れの方々。花魁だったはずの方は、お仕事柄、髪洗いに不自由したのでは?どうぞ、風呂場をお使いください。そして、総司さんの仲間の……もしや、武田観柳斎さん?義父さんが大変な失礼をしました。除隊を認めたのですから、武田さんが尊王活動したって、新撰組が武田さんを殺す理由なんか、無いですよ。……それからね。瑠璃さん、花魁だった方。俺は道場主だが、弱い男です。実力では無く、門下生の責任を背負う為の跡継ぎですから。だからね。総司さんはかっこいい。あの人は、俺の夢見た剣士だ。椿のような死に様も浪漫だし……ただ、武田さんの言うように、生きたいのに弱っていく総司さんは、痛々しくって。俺はあの人に、生きて欲しかったんだ。」
「勇五郎先生……。」
「瑠璃さん。この先、貴女は何度も自問自答するだろう。総司さんの死に方に、自分の役割を疑うだろう。でも、貴女は天然理心流最強の剣士です。俺は願います。貴女が折れない剣であるように。貴女は、新時代の人。その最強の剣で、明治を駆け抜けてください。」
瑠璃は、真剣に頷いた。
「……はい!!」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




