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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第四話 死が二人を別つとも ー中編ー
35/47

4-2-1

 明治四年、二月三日。京。

 瑠璃は、桐谷の義母さん、みつのそばにいた。

 深夜まで剣を稽古し、朝は早く台所に立ち、下手くそなりの粥をこしらえる。みつが喜ぶから、真ん中にしわくちゃの梅干しを置いて煮る。同時に焼いていたイワシが焦げて、瑠璃は慌てて網から救出した。

 粗方出来上がったら、洗濯した布おむつを持って、みつの部屋へ。

「義母さん、朝餉の前に、布おむつを取り替えましょう。」

「うん」

 しかし、みつの布おむつには、僅かなお小水汚れだけだ。

「義母さん……食べられてないから、布おむつがほとんど汚れてない。寿命が、縮まってしまいますよ。」

「瑠璃や。頑張って、ご飯を作ってるだろうけど。あたしゃ、もう喉を通らないよ。」

 往診のお医者様は、みつの癌患いを宣告し、寝たきりのみつは為す術なく弱っていった。

 みつは、朝餉になっても、困った顔で迷い箸している。

 無理して食べたって、吐いてしまうのだ。

 瑠璃は、告げた。

「お義母さんの好きな、しわくちゃの梅干し、取ってきましょうか?好きなものなら、食べられるかもしれない。僅かでも栄養がとれる。」

「え。いいの?あんなに高価な梅干し……」

「夏彦さんが仕入れてる、お義母さんの為の梅干しなんですから、役に立ってもらわないと。」

 瑠璃が運んできた梅干しを、みつは三個食べた。

「美味しかった。お腹がびっくりしてる。休もうかな……。」

「休んでてください。皿を片付けますから。」

 瑠璃は、皿を磨いてる時、つい布巾に剛力がこもって、皿が割れてしまった。

「あぁ、未熟者……桐谷家の良い皿が。」

 瑠璃は一通り片付け終わると、みつの傍らにやって来た。

「ねぇ、瑠璃。」

「はい。」

「瑠璃は、なんであたしに寄り添ってくれたの?あんたは新時代の女だ、嫁入り先の(しもべ)じゃあない。義理は無かったろう?夏彦は、あたしの医療費を稼ぐのに忙しいんだ。瑠璃がいなかったら、あたしは孤独だった。だけど、なんで瑠璃がこんなに孝行してくれたか、わからない。あたしはたいそうな人間でも無かったし。」

「お義母さんに孝行するのは、わたしのやりたい事ですから。ただ、下手くそなご飯しか食べさせてあげられなくて、もっと台所仕事を学べばよかった。」

 みつは笑った。

「ご飯は下手くそだけど、瑠璃は天然理心流の門下生で、格段に強いんだろう?」

「……わからない。総司さんの生前に、手合わせ出来なかった。でも、約束したから。愛する人を超えたい。強い剣客に、なりたい。」

 みつは遠い目をした。

「あたしは瑠璃のように誠実じゃなかったし、未来も夢も考えない、ちっぽけな女だった。あたしが穏やかになれたのは、瑠璃と出会ったからだ。あたしは、昔は長州人でね。夫の義母さんの世話だって嫌がって、夫のおばさんに任せきりだったし。尊王活動に熱心な義勇軍の夫に、到底理解が到らず、帰って来ないからって別の女を疑ってさ。妬みと寂しさから、あたしは嘘をついた。」

「……嘘、とは。」

「あたしが幕臣に斬られて危篤だから帰れ、とね。手紙が届くなり夫は馬を走らせて帰ってさ。すまぬ。二度と尊王活動はせぬ。犠牲にしてすまぬ、と……。夫の愛を疑った己を、呪ったよ。」

「……真相は、どうなりましたか。」

「隠しきれる嘘じゃなかった。あたしには刀傷ひとつないし。危篤どころか、パクパク飯食ってたよ。馬鹿なあたしは夫が帰って有頂天でね。あたしが寂しくて嘘をついたとわかるや、夫は離縁状を突きつけてきたよ。お前は己ばかりを知り、国の憂いを知ろうとはしない、とね。国を憂う夫に、自分の感情論だけをぶつけた、馬鹿な女だったからさ。離縁の後で、あたしの嘘は現実になってさ。夫の尊王活動から恨みを買い、あたしは幕臣に両足を斬られた。命が助かったのは、夫達の義勇軍があたしを助けて戦ったからだ。あたしは本当に、寝たきりになったのさ。夏彦は、以来、尊王と一切手を切って、あたしを連れて京へ逃げた。息子は夫を逆恨みしたが……あたしは思う。閻魔様が、嘘つきのあたしを許さなかっただけだ。」

 瑠璃は、キッパリ言った。

「それはお義母さんだけじゃあない。古い時代に囚われたおなごには、実際に、家で待つしか許されなかった。お義母さんが嘘つきおなごだったのでは無い。時代が、そういう価値観を強制しただけ。現にお義母さんは、愛情に愛情で返せる人だ。」

「過保護だねぇ、瑠璃は。あたしは、許されたかった訳じゃない。最後に話したかったんだ。ありのままの、あたしをね。」

「大丈夫。お義母さんを閻魔様が裁くなら、わたしが閻魔様を斬り捨てる。」

 みつは、にっと笑った。

「夏彦からも聞いた。瑠璃や……愛娘よ。あたしが眠ったら、あんたはあんたの道へ、旅立ちなさい。あたしの大事な瑠璃。愛する人の軌跡を追いながら、自由な女剣士になるんだ。あたしも、おなごの瑠璃が無双するのを見てる。あの世からでもなんでも、見てやる。あたしに夢を見せておくれ、瑠璃よ。……新時代を、駆け抜けるんだ。」

 みつは、うつらうつらとして、眠った。

 少し咳き込んでから。

 息を、しなくなったまま。

 みつは、安らかに亡くなった。

「おやすみなさい、お義母さん……。」


 夏彦は、みつの葬儀まで引きずらなかった。

「母さんを看取ってくれてありがとう。母さんに、夢を見させてくれて。安らかな死に顔だった。本当に、お世話になったね。」

「夏彦さん。」

 夏彦は頼もしく笑って見せた。

「後は任せてくれ。約束を、果たさなくちゃならない。離縁しよう、瑠璃。俺は桐谷商家の金持ちだから。俺が愛人を囲ったとでも、いくらでもいい訳出来るし。幸い、開国以来、桐谷商家は儲かっててね。慰謝料の建前で旅の路銀を送るから、滞在先からは手紙を。いいね?」

 瑠璃は、躊躇った。

「何故、わたしのわがままに、そこまでして下さるのですか。」

 桐谷夏彦は、穏やかに笑った。

「母さんの恩人だし……俺はね、瑠璃。貴女に最初から惚れていたんだ。貴女は最初から美しく、一本気だった。近藤勇さんと伊東先生から聞き、貴女の心を知り、見守る愛を選んだんだよ。だから、瑠璃の世話は俺のわがままだ。俺だって新時代の男、やりたいように生きるし、愛を貫きたい。遠慮なく路銀を使って、貴女の本来の道へ。失われた人生を、新時代を、駆け抜けてくれ、瑠璃。」

 瑠璃は微笑んだ。

「貴方の深い理解に、ようやく納得がいきました。わたしの愛は総司さんだけ。でも、桐谷家への家族愛はある。貴方に支えられた、夏彦さん。わたしは行きます。貴方の愛も、お義母さんの夢も、絶対に、無駄にはしないから。」


 瑠璃は、京を去る前に、総司との秘密の場所を巡った。

 二月だ。椿は花開き、美しいまま。散るまで、あと僅か。

 この場所が、戦の被害を受けなくて良かった。

 瑠璃は、大和守安定を鞘から抜き放つ。

 瑠璃色の刀身が閃いた。

 繰り出したのは、無明剣・三段突き。

 果たして、何処まで辿りついたか?

 瑠璃にも、わからないことだ。

 沖田総司がいない今、誰が瑠璃と死合えるのだろうか。

 拍手が聴こえた。

「見事なり。噂に聴こえし、天才剣客、沖田総司殿かと、錯覚致しかけたが。あなや、貴殿はどこな猛者なのか?」

 瑠璃は振り向いた。

 今まで花か何かだと思っていたのは、美しい羽織り。

 日陰を作って、世にも美しい女が、瑠璃を眺めていた。

 休息中の、花魁のような。

 瑠璃は、刃を鞘に納めてから一礼した。

「先客に気づかず失敬致しました。総司さんを、ご存知であられますか?美しい花魁の方。」

 花魁は艶やかに微笑んだ。

「いいや。面識はござらぬ。わっちが一方的に、噂を知っているだけだが。新撰組に関与すりゃあ、あれほどの剣客、知らぬままではおりますまい。」

 瑠璃は、彼女の訛りや、彼女が帯刀していることに気づいた。

「貴女様は、京の方では、ありませんね?新撰組に関わる、花魁……?剣をお持ちであられますが?」

 花魁は羽織りを取り、立ち上がった。

 花魁道中の下駄では無い。華やかな草履だが、あくまで旅の草履だ。

「わっちの話しはちと長いゆえ、端折るが、よろしいか?」

「はい。」

「わっちはかつて江戸であった東京から、はるばる旅をして参った。聞けば、新撰組は明治天皇の指揮下に降ったという噂。なれば、わっちが知己を訪ねてもお咎めはなかろう。ただし、尋ね人は行方不明でな。」

 この美しい花魁は、新撰組に用があるのだ。

「わたしも新撰組に用が。貴女様の名は、なんと申されます?」

「わっちは東京、洲崎の品川楼で花魁を務めた嘉志久(かしく)。身体の生まれは女であるが、男として名乗って育った。ゆえ、親からもらった男の名は、伊東甲子太郎と言う。」

 瑠璃はその名に驚いた。

「伊東甲子太郎……参謀・伊東先生に(ゆかり)の方ですか?」

 嘉志久こと、伊東甲子太郎は首を振る。

「永倉殿も、わっちの名にたいそう驚かれたが、御陵衛士の伊東甲子太郎殿とは縁もゆかりもござらぬ。むしろ将軍家のお膝元の生まれ故、胸に秘めたる思想は旧幕。わっちの本名は伊東かし、母の干支が甲子であったゆえ、おかしと名付けられてな。それで、甲子太郎の名をもらい、名乗り申した。混同なさるならば、嘉志久の字で嘉志太郎(かしたろう)でも、何も問題ござらぬ。こう書く。」

「嘉志太郎さん……身体はおなごで、育ちは男。では、内面は?」

 少し、沖田総司に似た育ちだが。総司は見た目に反して、愛らしいおなごの心の人だ。

「飲み込みが早くて助かり申すぞ、女剣士殿よ。貴女と違い、わっちは内面も男。天が魂の器を間違えた、というところか。華美に着飾るのが好きな男でな。そしてこの剣は、目当ての銘刀、四ツ谷正宗でござる。訳あって親の借金を完済すべく、品川楼に身を置いたが、そんな理由で身など売りはせぬ。すべては目当ての品川楼の宝、四ツ谷正宗を我が物とする為であった。ところが思いのほか花魁まで成り上がり、まさに籠の鳥よ、外へは出れぬ。そこでイギリス大使をもてなした日に、わっちから芹沢財閥の芹沢殿へ、新撰組への入隊を相談したところ、芹沢殿が身請け金を払ってくださり、この通り今は自由になり申した。」

 瑠璃は嘉志太郎に一礼し直し、自らも名乗り出た。

「遊女となられてまでの見事な責務を果たし、お疲れ様です、嘉志太郎さん。わたしは沖田総司ゆかりの女剣客、桐谷……いいえ。ここで改めまして、沖田瑠璃、と申します。わたしと総司さんは二人ともおなごの剣客にて、おなご同士で惹かれ合い、三日間の愛に生き、一対の剣となることを誓った身。わたしは亡くなった総司さんの道のりを旅して参ります。そして、我が剣を、見定めたく存じます。」

 嘉志太郎は微笑み、尋ねた。

「総司殿の墓は存ずるところ。沖田瑠璃殿よ、わっちもその巡礼の旅に、お供してよろしいか?おなごで男のわっちに、おなご同士の剣士の恋人とは、他人と思えぬ。この新時代に、我らの剣が何処まで辿り着くのか、わっちも確かめたく思う所存。」

 瑠璃は頷いた。瑠璃にも、他人とは思えない通ずるものがあり、純粋に嬉しく思った。

「ありがとう。新撰組を目指す方よ。共に、参りましょう。……嘉志太郎さん、その四ツ谷正宗を見てもよろしいですか?」

 瑠璃とて、剣客として気にならぬ訳が無かった。

「うむ。ほれ。わっちも瑠璃殿の剣が見たい。普通の大和守安定ではござらぬな?」

「はい。どうぞ。思い出の一振りです。」

 二人は慣れた手つきで刀の手入れをしながら語る。

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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