4-1-11
慶応四年、四月二十五日。
近藤勇、斬首。
近藤勇の生首は、京にて数日間の晒し首となる。
人集りの中で、遠巻きに見ていた瑠璃は、近藤勇とわかるや、涙しかけたが、泣くことは出来なかった。
総司がどんな思いでいるだろうか。
伊東先生が死んだ。
今、近藤勇までもが、この仕打ちだ。
総司が一番辛い時に、己が泣く訳にはいかない。
瑠璃は吹っ切って歩き出した。
のぶさんに手紙を書かねば。
沖田総司は、松本良順に匿われ、千駄ヶ谷の植木屋、平五郎宅にうつって、床に伏せっていた。
近藤勇の死に関して、皆、硬く口止めされていた為、総司は近藤勇の死を知らなかった。
「ゴホッゴホッ、……近藤さんは、どうされたのでしょうね。お便りは、来ませんか?」
のぶは泣きそうになるのを抑えて、総司を励ました。
「歳ちゃんと彦五郎さんがついてるからね。近藤先生は勝ちまくって忙しいのよ、きっと。甘味と里芋を買ってくるわ。夕餉は総司ちゃんの好きな芋煮にしようね。」
総司は、甘味も夕餉も、あまり食べなかった。
「総司ちゃん……?美味しくなかった、かな?」
「なんか、昨晩も、吐いちゃったから……。わたしの墓には……椿の花が咲いた枝を、手向けにしてくださいね。」
のぶは、もう我慢出来なかった。
「やめようよ!瑠璃ちゃん、今も総司ちゃんを愛してるのに!死んじゃだめだよ!!」
総司は、穏やかに答えた。
「知ってる。お瑠璃さんを、信じてる。」
のぶは言葉を失った。
総司は、わかってる。
でも、瑠璃を残してくしか、出来ないんだ。
「のぶさん。泣かないでくれて、ありがとう。でもね。時が、来るから……。」
五月六日。
松本良順はついに、旧幕臣の軍医として出立す。
幕臣、榎本武揚は、明治天皇の叔父、輪王寺宮の江戸脱出を手助けす。
榎本武揚の忠言を聴かず、新政府軍を嫌った輪王寺宮は南北朝を唱え、奥羽越列藩同盟の盟主となる。
陸奥国、出羽国、越後国の諸藩が、仙台藩にて、会津藩と庄内藩の、朝敵赦免嘆願の活動から始まったが、嘆願が拒絶されるや、列藩同盟は新政府軍に対抗する軍事同盟となった。
松本良順はそこで軍医をした。
当時のアメリカ公使は本国へ、「いま、武蔵国には二人のミカドがいる。現在、北方政権の方が有力である。」と伝え、アメリカの新聞にもそのようにある。
成立間もない五月中に、新政府軍は東北へ侵攻を開始し、戦の中で軍医・松本良順は野戦病院のように仲間たちを治療していく。
「国が変わる……だが、己が忠道を捨てる理由にはならざり。」
医師とて侍、志しありて将軍、徳川家茂を看取った軍医の戦いであった。
六月半ば。
のぶが、ようやく甘味屋で椿の練り切りを見つけ出し、喜んで植木屋に帰宅した。
ろくに食べれなくなった総司でも、椿の練り切りなら、元気になるだろう。
のぶが草履を脱いで植木屋に入って行くと、松本良順の看護婦達が、総司の寝床の傍らに座っていた。
看護婦が、眠る総司の顔に、布をかけた。
「え?……やめて!総司ちゃんは死んでない!!」
のぶは咄嗟に駆けつけて、総司を守った。
布をはずし、呼びかけた。
「総司ちゃん!総司ちゃん、起きて!椿だよ、総司ちゃん!!」
松本良順の医院の看護婦達は、のぶをいたわった。
「のぶさん。貴女は土方歳三さんの姉であり、沖田総司さんの実の家族のようでした。よく、泣かずに堪えましたね。」
のぶは、察してしまった。
眠る総司は、息をしていない。
総司は、死んだのだ。
のぶは力無く座り込んだ。
「ご臨終です。咳は激しかったですが、幸い、眠りながら亡くなりました。」
のぶはようやく自身に涙を許した。
辛かった。
歳三に、彦五郎に、支えて欲しかった。
だが、のぶがやらねば、誰が弔う?
ひとしきり泣いてから、のぶは立ち上がった。
「お寺を……探さなくては。旧幕臣に寛容なところを、探して……お墓に弔わなきゃ……総司ちゃんの目印だわ。瑠璃ちゃんが、辿りつく為に。」
松本良順の医院の看護婦達が、申し出た。
「松本良順先生なら、お寺探しに力添え出来ます。のぶさんは、遺体を冷やし安置してお守りください。」
夜半、看護婦達が松本良順に文を出す。
一月後には、仙台から手紙が来た。
「弔うには、専称寺がよろしい。わたしが口添え致そう。こちらも形勢は不利なままだ。わたしが帰るまで、遺体を保存するように。」
のぶは、毎晩夢にうなされた。
総司の遺体が腐り、虫に食われていく。
「やめて!やめて!!」
夢の中ののぶは、必死に総司の遺体の虫を払う。
のぶは、だいたい深夜に起きて、総司の遺体を冷やす為に、手を尽くした。
奥羽越列藩同盟は、諸藩が次々と降伏し、ついに九月には、中心だった会津や仙台が新政府軍に降伏す。
松本良順も投獄されるが、明治二年に赦免され、東京の早稲田に西洋式病院を設立。
沖田総司を専称寺に弔った。
慶応四年は、明治元年となる。
明治元年、十月二十日から、土方歳三と榎本武揚の奮戦す、箱館戦争が始まった。
新政府軍と、旧幕府軍の、最後の戦いである。
元・海軍副総帥、榎本武揚は、勝海舟の説得に応じ数々の船を譲るが、自分達の主力艦、開陽等の温存に成功。
この無敵の開陽があれば、形勢不利を覆すに充分であった。
いわば、最後の武士道たる旧幕臣達の結束。
彼らの志しに感銘したフランス軍人、ジュール・ブリュネらは、敗北しか見えない旧幕臣側に見切りをつけ、帰国命令を出したナポレオン三世に逆らい、旧幕府軍に同行す。
ナポレオン三世説得の為の手紙を怠らず、最後の侍となる。
蝦夷地の新政府軍を撃退し、旧幕府軍は十月二十六日に、五稜郭へ無血入城し、榎本武揚は艦隊を箱館へ入港させた。
十月二十七日、土方歳三を総督として七百名を率いて、松前藩に武力鎮圧を試みる。
松前城は、藩主は既に逃げており、僅か百名が残存したが、二十八日に数時間で落城す。
松前城の残兵は、江差方面へ敗走した。
十一月十二日、旧幕府軍は五百名が江差に向けて進撃す。
十五日、江差に迫ると、既に松前兵は撤兵し、江差攻略の支援に来た開陽と海軍が、江差を無血占領していた。
しかし、この時いきなり天候が悪化し、主力艦・開陽が座礁。
開陽を助けに来た、回天と神速丸だったが、神速丸も座礁。
数日で開陽は沈没した。
開陽の損失により、旧幕府軍は制海権の維持が困難となり、新政府軍の蝦夷地上陸を許してしまうこととなった。
十二月十五日、旧幕府軍によって箱館政権発足。
蝦夷共和国の誕生であった。
総帥・榎本武揚は、蝦夷地開拓の嘆願書を、イギリス、フランスの軍艦に託した。
ここが、時代の分かれ目となった。
ブリュネの説得。
ナポレオン三世。
そして、ジェームズ・ドニファンという、男。
場所は蝦夷地。
新政府軍は冬が過ぎるのを待ち、翌、明治二年、二月に、八千人の兵と、軍艦四隻で、青森へ入る。
三月に宮古湾海戦にて、旧幕府軍は敗退。
四月九日、早朝。
新政府軍は蝦夷共和国・乙部に上陸した。
圧倒的兵力差に押し負ける蝦夷共和国軍だが、イギリス船から仙台藩を脱藩した見国隊四百名が加入した。
連日の敗戦が続くが、二股口の戦いで土方歳三の指揮が始まると、十三日正午過ぎから、十六時間に渡る激戦で、新政府軍は疲労困憊により稲倉石まで撤退。初の勝利を飾った。
二十二日、土方歳三は再び新政府軍を撃退。
さらに新政府軍は二回敗退。
以降、新政府軍は二股口を迂回する道を山中に切り開き、四月二十九日、矢不来が新政府軍に突破される。
退路をたたれる危険があった土方歳三軍は、五稜郭に撤退した。
五月一日、新政府軍は兵を集結、箱館総攻撃の態勢を整えた。
二日、旧幕府軍のフランス軍人ブリュネら一同は、訳あってフランス船で箱館を脱出。
十一日、新政府軍四千名は海陸両方から、箱館総攻撃を開始した。
新政府軍は四稜郭、箱館山を占領。
箱館山の番兵、新撰組は遁走し、砲台、弁天台場に逃げ込んだ。
この時の局長は相馬主計であり、共に戦ったのは島田魁である。
土方歳三は五稜郭におり、知らせを聞いて新撰組救出に向かう。
途中で陸軍奉行添役大野右仲と会い、共に一本木関門に至る。
その時、蝦夷共和国軍の艦隊が敵艦を撃沈させた為、土方歳三らの士気は大いに高まった。
土方歳三は、
「この機を逃すなッ!!」
と、大野に命じ、自ら指揮をとった。
「退却する者あらば斬る!!
斬れ!!進めぇ!!
撃て!!進めぇ!!
此処が、俺が……新撰組だァッ!!!」
歴史の分かれ目であった。
土方歳三には、しっかりと新政府軍の狙撃兵のマークがつけられていた。
土方歳三は、あわや、此処で死ぬやもしれなかった。
そこに現れたのは、フランスのコルベット艦ル デュプレックス率いるフランス艦隊である。
ブリュネの説得に応じた。
いや。
ドニファンの策中に落ちた、ナポレオン三世の計らいであった。
二十五歳のア・パリ中尉は、フランス公使の明治天皇拝謁に同行し、ナポレオン三世の手紙をを天皇陛下にお読みいただいた。
コルベット艦ル デュプレックスの海の彼方への大砲砲撃に、新政府軍も蝦夷共和国軍も目をむいた。
「休戦である!!フランス皇帝ナポレオン三世陛下のお達しあり、フランスはここに蝦夷共和国との同盟条約を果たし、フランス海軍の増援を送るものとし、改めてフランス公使は明治天皇に拝謁したのだ!!結果、蝦夷共和国と明治天皇は和平!!明治天皇のご命令であるぞ、新政府軍はただちに撤兵せよ!!蝦夷共和国は成立!!植民地ではなく、正式な独立である!!この国は、フランス移民と和人により、開拓の地となるのである!!」
ア・パリ中尉の代わりに叫んでいたのは、束の間いなかったジュール・ブリュネと、その部下カズヌーブ、マルラン、フォルタン、ブッフィエらである。日本語が流暢な彼らの通達により、箱館戦争は終戦。
明治二年 。
箱館戦争、五月十七日、終結。
中編へ続く
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