4-1-10
十二月十八日。
沖田総司が民家で、相変わらず寝込んでいると、唯ならぬ殺気に気づき、総司は慌てて布団から出た。
玄関からは、元御陵衛士三名、阿部十郎、佐原太郎、内海次郎らが乗り込んで来た。
「頼もう!!」
仮にも伊東の教えを受けただけあり、民家の家族が不在であると確認した上での奇襲だった。
「人斬り沖田総司!!我らが死合い仕るッ!!伊東先生闇討ちの、天誅であるッ!!!」
「げっ……!!殺されて、たまるかッ!!」
総司は寝間着のまま、軒下から庭、庭から裏口を走り抜ける。
咳など気にしては、斬られていただろう。
がむしゃらに走り抜き、総司は得意の足音消しで途中から敵をまいた。
走って無事に、伏見奉公所まで逃げ切った。
「助けてください!人斬りに追われました!ゴホッゴホッ」
新撰組が一斉に駆けつけて、総司を守り、皆は刀を抜刀して玄関口へ出た。
「大丈夫です、沖田組長。我らの本部で殺し合いをする馬鹿はおるまい。」
「ゲホゲホッ。はぁ、はぁー。あいつら。きっと次は、近藤さんが危ない……!」
その日、夜更けに、近藤勇は二条城から乗馬で戻るさなか、伏見墨染で阿部らに狙撃され、右肩を負傷した。
「ぬぅおおおッ!!」
「大丈夫か!近藤勇ィ!?」
阿部らは意気揚々と叫んだ。
「これぞ新時代の天誅であるッ!!伊東先生の無念を思い知れェ!!」
永倉新八は咄嗟に追撃。近藤勇が怒鳴った。
「追うでない、永倉!彼らの報復は吾輩の責である!おい、聞いているか!!永倉ッ!!不届き者めが!!家来が命令を違反するのかッ!!」
永倉新八は止まらずに怒鳴った。
「うるせぇッ!!家来じゃねぇし、局長が撃たれて反撃しねぇ訳があるかッ!!」
近藤勇は馬で逃げて生き延び、石井清之進と、勇の僕久吉は、銃弾に倒れた。
阿部らは次の弾を込めた。
「永倉新八!新撰組最強の男だ!殺せーッ!!永倉新八の損失は近藤勇の大打撃となろうぞッ!!」
鈴木三樹三郎は仲間を諌めた。
「よせ!!兄様の無念、確かに果たせた!永倉など相手にしては、我らは兄様の教えを新時代に届けられぬまま、墓の中ぞ!!」
これに対し永倉新八は、自らの二番隊に加え、総司不在の一番隊をも率いて応戦した。
永倉新八の突撃に、阿部らは発砲。
しかし、永倉は本能だけで弾をすべて斬り捨てた。
「……撤退!退避せよ!!化け物だ!!」
「許さーんッ!!」
怒りの永倉に、伍長の島田魁が宥めた。
「永倉組長。わかってるはずです。新撰組は、恨まれておかしくないことを、したんですよ。」
永倉は荒れた。
「わぁってらい!!胸糞悪い油小路まで殺ったんでい!!だがな!!伊東殿の教えを受けた御陵衛士が、伊東殿の嫌う卑怯をした事が、何より腹立つンでいッ!!!」
島田魁は、かつての伊東を思い、告げた。
「それは違う。永倉組長。飛び道具は、もう卑怯じゃあないです。」
永倉は島田魁に驚いた。
「んぁ?」
「伊東さんの目指した新時代の産物です。夷狄と対等な和人が、夷狄と商売して鉄砲を買った。いま、時代遅れなのは、俺達新撰組です……!」
永倉新八は、しばし、放心した。
「……そうか。参った。剣の時代は……もはや、終わっちまったんだな……。」
慶応四年、一月三日。
鳥羽・伏見の戦いである。
負傷中の近藤勇、肺結核悪化の沖田総司は参戦出来ず、大阪城で療養する。
軍医・松本良順は率先して、治療に専念した。
鳥羽・伏見の戦いでは、旧幕府軍、つまり新撰組の敗戦となる。
六日に、撤退す。
十二日。
将軍とお供の乗る軍艦富士山丸と、兵の乗る汽船順徳丸は、午前四時、品川湾に投錨した。
江戸帰還後、新撰組は大名小路の鳥居丹後守役宅をあてられ、一同ひきうつる。
この頃、品川楼の花魁・嘉志久は、旧幕臣側の英雄、永倉新八に出会う。
まだ負傷中の近藤勇は隊士達の人員検査を行うが、鳥羽・伏見の戦いで、副長助勤の井上源三郎や山崎烝が行方不明となり、その他隊士二十余名を失っていた。
二月二十八日。
新撰組は甲陽鎮撫隊となる。
近藤勇は、徳川慶喜に、我らに甲府城の支配を一任されたし、と願い出て、勝利の暁には徳川慶喜に甲府城を捧げ、幕府を盛り返す目論見があった。
この考えに、幕臣と新政府軍の対話を願う勝海舟はかなり悩まされたという。
沖田総司も何とか同行し、土方歳三の故郷である日野までは気力で通過した。
土方歳三の義理の兄、佐藤彦五郎の家では、元気なフリをして見せた。
「総司。おめぇは、降りな。ここで姉貴の飯を食ってろ。姉貴は、料理がうめぇんだぜ?」
土方歳三も、やんわりとほだしたが、総司は強がった。
「なんのなんの!池田屋で斬りまくった時はたいそう疲れましたが、わたしはまだまだ、この通りです!!」
総司は相撲の四股を踏む真似をして見せて、周囲に心配をかけまいとした。
そして、足が布団で滑って、総司はひっくり返ってふんどし丸出しになる。
「どっしぇ〜ッ!!」
佐藤彦五郎が笑った。
「アッハッハッハッハッ!相変わらず、やんちゃな総司君だ。」
夜半、総司が咳で苦しむ中、土方歳三は、姉ののぶを連れて部屋から離れた。
のぶに、瑠璃への文を託した。
「この住所に桐谷瑠璃という、総司の想い人がいてな。総司に内緒で、瑠璃さんに総司の容態を文に書いて、知らせてやって欲しい。」
「うん、頼まれたわ。でも、意外ね。歳ちゃんは遊女さん達からの大量の恋文を送ってきて、モテることを自慢していたのに。わたしの下手くそな文より、歳ちゃんの方が文も恋も経験豊富でしょ?」
土方は、頭をかいた。
「俺ァ、この先に進むし……あん時ゃ、調子に乗った天狗だった。おつむがガキだったのさ。瑠璃や総司のような、一途な恋を知らねぇ。剣を目指す、あいつらが悪くも見えねぇ……剣客の先は地獄で違ェねぇしな。だから、俺にゃ解決出来なかった、そして近藤さんまでお鉢が回ったのさ。俺なら、剣になるという総司を認めちまう。その悲しみがわからねぇ。今は、そいつが悲しいぜ。……姉貴。瑠璃さんへの手紙だけじゃない。総司が悪化したら、この場所へ……金子は近藤さんや俺が用意したから置いていくぜ。馬車に乗って、幕府最大の医者、松本良順先生を訪ねて、総司を預けて貰いてぇ。」
のぶは、涙は堪え抜いた。強い。強い姉だ。
「うん。任せてちょうだい。歳ちゃんは、旧幕府軍についてく。戦って戦って、死ぬのね。きっと、これは最期の頼みだわ。わたしは、貧しくて、幼少期以来の姉だから。少しは、頼れるお姉ちゃんらしいとこを、見せなきゃね?」
土方歳三は、涙腺を堪えた。のぶが耐えているのに、自分が泣く訳にはいかない。土方は、不器用に告げた。
「姉貴がいたから、剣の道が叶ったし、近藤さんに出会えたよ。姉貴のメシは、日の本一だ。初めての飴玉だって、美味かったんだぜ。まだ、俺ぁ死なねぇ。必ず手紙を出すから、待っててくんな。」
翌朝、沖田総司は皆が進軍したと知り、咳が落ち着いてから、のぶが作った精一杯の飯を食べた。
「ごめんね、総司ちゃん。ついて行きたかったでしょうに。」
「いえ。ご飯、美味しいなぁ……」
もち米のご飯。旨みの詰まった焼き魚。煮物。
どれも、特別に美味しい。
「こんなに、美味しいのに。」
彦五郎が心配し、励ました。例え、嘘をついてでも。
「大丈夫だ、総司君。君も皆さんもとても強い。生きてさえいれば、必ず皆さんは戻ってくる。だから、栄養を欠かさずにとるんだよ。君の役目は回復だ。いいね?」
総司は、気落ちした自分を勇気づける、お人好しの彦五郎の為にも、明るく振舞った。
「そりゃあ、そうですよね!おかわりくださーい!佃煮とかありましたら、それもください!」
のぶは、嬉しそうにおかわりを盛って、茸の佃煮を出した。
「総司ちゃん、足りる?たくあんも漬けてたんだけど、歳ちゃんが全部食べちゃったの。」
「あ、大丈夫です、わたし大根苦手でして。土方さんとは昔っからたくあんとお豆腐、交換してるんですよー。」
のぶは笑った。
「総司ちゃん昔から変わらない、お豆腐が好きね。夕餉は湯豆腐にしようか?柚子ぽん酢でいただくの、どう?」
総司は無邪気に笑った。
「久々の湯豆腐ですねぇ〜是非とも多めにこしらえてください、わたしお豆腐なら無限に入っちゃいますからね!」
翌日、近藤勇の使いが来て、勇と義兄弟であった佐藤彦五郎もまた、甲陽鎮撫隊に出兵す。
「ついに、近藤道場の師範代理も終いか。のぶ。もはや、我が家も危ない。総司君の治療に、ついて行きなさい。」
のぶは再び涙を堪えた。
「任せて。行ってらっしゃい、貴方。」
やがて、総司は、浅草今戸八幡境内の、松本良順邸に匿われた。
のぶは総司の治療同伴者としてついてきたが、ただで居候は出来ないと、秘伝の石田散薬をお手伝いした知恵を元に、薬調合で働いていた。
松本良順先生は、自身の立場も危うい中で、親身になって治療を続けた。
「牛乳は?」
「ゲホッゲホッ、朝に、飲みましたよ。」
「牛の肉は?夕餉は残したかね?」
「全然!あんなに美味しいもの、残しゃしませんよ!」
「肺結核の治療には遅すぎたが、血肉は活力の元だ。先の新撰組往診の折に、ここに来ておれば、君はもっと生きられたのに。」
「ゴホッゴホッ……ゴハァッ!!」
総司の寝床の、真っ白な布団のかけ布が、吐血で赤く滲んでいった。
「アハハ……綺麗だなぁ……」
松本良順先生は総司の精神を伺った。
「吐血が美しいかね?ポンペ教授に習ったケースに似ている。病から、心も患ったかね?」
総司はニコニコしながら、話した。
「だって、椿の赤ですよ?わたし、長くないですよね。今年は椿が咲くまで生きてるか、わからないし。」
松本良順先生は、医者なりに、患者を勇気づけた。
「出来る限りは治療する。わたしの邸宅にも、椿の木を植えてある。咲くまでを目標にしなさい。大事な花なのだろうから。」
総司は松本良順先生にお願いした。
「良順先生ー。お守り袋をとってくださいよ。」
松本良順先生は、佐藤のぶに託されたお守り袋を渡した。
お守り袋は、のぶが一から裁縫してくれた、小さな臙脂色の巾着だ。
中には、近藤たまが買ってくれた、椿の帯留めが入っている。
「あぁー……頑張ろ。」
「……どうやら君は、変わったらしい。昔の君なら、死の際に剣を握りしめたろうに。君は女性でありながら、花になど一向に振り向かぬ剣客だったからな。」
「椿は、最愛の人の思い出ですからねぇー。もし、家族以外に、わたしの墓を尋ねる女性が来たら、ちゃんと教えてあげて下さいねー。」
「遺言かね。……引き受けたが、まずは生きることを諦めずに。」
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