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慶応三年、二月。
沖田総司は近藤勇宅に住み、新撰組を事実上、離脱。
沖田総司の寝床での話し相手は、夜遅く律儀に帰る近藤勇や、約束通りに足繁く通った大石鍬次郎や、勇の妻・つね、勇の娘・たまと、その婚約者、宮川勇五郎であった。
「総ちゃん!お布団干さないと、具合悪くなるから!大石さん来たから、軒下行きなさいよ!大石さん立派なお味噌くれたから、夕餉は総ちゃんの好きな鯖の味噌煮にしようね!」
「はぁい。」
総司はつねに布団を任せて、軒下に日向ぼっこに来た。
その日は大石鍬次郎が、良い味噌を手土産にやって来て、沖田総司の近くに座り、近況を知らせた。
「沖田組長は休んでて正解だ。粛清は、どんどん親しい人になってきたんでね。人斬り鍬次郎も悩んじまいますよ。局長なりに、荒れてるんですかねー。」
「ゴホッゴホッ。大石、近藤さんは家族にはそういう心配かけない人ですから。でも……大石鍬次郎も人の子だ。時には他の人に頼んで、自己防衛するんですよ?斎藤さんとか、融通聞いてくれますから。それに……話題がヤバい!つねさんやたまさんに聞こえちゃいますよ。……伊東さんは?なかなか会えないですけど……」
大石は眉間に皺を寄せた。
「……伊東先生、なんか、雲行きが怪しい。局長とぶつかってるようでありながら、伊東先生や篠原が言ってることは、おかしいとは、俺は思わんのです。伊東先生側の説得に、近藤さんが耳が無いように怒ってる感じで。……近藤局長は、敵とみなしたら……伊東先生、いま、危うい立場にありますよ。」
総司は顔を曇らせた。
「そんな……近藤さんだって伊東さんだって、同じ夢を見て語り合ってきたのに。篠原さんだって、ちょっと前に伊東さんの代理で見舞いに来てさ。心配いらないって……。」
大石は、総司を励ますべく、明るく振舞った。
「まぁ!あの二人の対立は、朝廷か幕府か、なんでしょうし?篠原が心配いらないと言うなら、信じましょうか。そもそも、思想を持たない俺達には、関係ないですよ。剣はただ、斬るのみだ。」
「大石さん?」
幼さの残るたまさんが帰ってきて、大石が来ているのに気づき、二人分の練り切りを運んできた。
「総司さんの励まし、ご苦労さまです。お二人で食べてくださいね。どうぞごゆっくり。」
「わぁー!甘味だ!たまさん、ありがとうございます!」
「たまさん、俺のことはいいのに!」
総司はふいに、練り切りを見て気づいた。
「なんだ、梅だぁー。芹沢さんなら泣いて喜ぶ花だけど。わたしは赤いから、てっきり椿かと。まぁ、甘味大好きだから、全然有り難いのですが。」
たまさんが不思議がって振り向いた。
大石が、告げた。
「沖田組長。彼女、今も着てますよ。椿の羽織り。」
総司は、涙腺を堪えながら、くしゃくしゃに笑った。
同年、三月十日。
伊東甲子太郎は朝廷に認められ、晴れて御陵衛士となる。
だが、近藤勇を説得する文には、欠かさずに沖田総司の病状について、瑠璃への代筆を頼み込んだ。
近藤勇は、沖田総司の為に、自らの娘たまに代筆させ、瑠璃との文通をさせた。
家事に追われっぱなしのつねでは、時間も無かろうし。
たまは、そこで初めて瑠璃が大石の言っていた椿の人だと、文からさとり、誰にも言わなかったが、ある日、総司の為に帯留めを買ってきた。
「ゴホッゴホッ、たまさんこれ!!椿じゃないですか!!わたしにくれるんですか?」
「帯留めの椿ですよ。総司さんのお守りになればと思って。良くなって、椿が咲く時期を待ちましょうね。」
総司は泣いて喜んだ。
「わぁーい!わぁーい!!宝物だァー!!」
たまの婚約者、勇五郎もまた、そんな総司を不思議がったが、たまは婚約者に聞かれても、総司から勇五郎に話す日まで、沈黙を守った。
瑠璃は、夫の桐谷夏彦の母親みつが寝たきりで、両足切断の治療の為に往診に来る医師に習い、包帯を巻き、四六時中看病する。
合間に文を書き、みつが寝入る夜半には、剣術稽古に励んだ。
夜遅くに帰った夫の桐谷夏彦は、書きかけの文や、瑠璃の汗だくの稽古を、庭先で見ていた。
瑠璃は、剣の手を休めて、振り向いた。
「夏彦さん?」
夏彦はしみじみと語った。
「お瑠璃さんには、愛する人がありながら、こんなに家族に尽くしてもらえるなんて……読み書きをし、剣術もすごいし。母が……みつ母さんが死んだら、貴女を自由にしてあげなければ。貴女は、剣士になるべき人です。桐谷の家が妨げになっちゃあ、いけない。」
瑠璃は微笑んだ。
「わたしも、貴方の理解に助けられています。お義母さんのことは、助け合い。それに……」
「ん?どうしたの。」
「わたしの愛する人の姉君が、お母さんと同じ、みつ、という名前で……他人とは思えない。わたしは、みつお義母さんに、孝行したい。例えわたしの自己満足であっても。」
桐谷夏彦は優しく微笑む。
「いいじゃないですか。例え、お互いの自己満足からの支え合いであっても。確かな信頼がある。わたし達は、ひと時の家族だよ。」
同年、十月十四日。
征夷大将軍、徳川慶喜が、大政奉還を行い、政権は朝廷に返上された。
これにより、旧幕府軍と新政府軍の対立が始まる。
軍医、松本良順もまた、旧幕府軍へ。
同年、十一月十五日。
坂本龍馬が暗殺される。近江屋事件である。
当時では、新撰組の仕業と騒がれ、近藤勇は土佐藩から恨みを買ってしまった。
三日後、十一月十八日。
御陵衛士・伊東甲子太郎が、近藤勇の暗殺を企てたとし、騙し討ちにて暗殺された。
沖田総司の代わりに、地獄に魂を売った、大石鍬次郎の剣による。
伊東甲子太郎の近藤勇暗殺計画は、事実無根であり、伊東甲子太郎の死体の懐からは、朝廷に提出した一和同心の縦白書の三通目の移しが収められていた。
旧幕臣を部下に採用なさること、等も含まれた、穏健な意見である。
おそらく、それにより、新撰組と朝廷の間を取り持つ為に、罠に応じて近藤勇を説得したのだとされる。
伊東甲子太郎の死に心動かされ、泣き疲れて倒れた近藤勇だったが、土方歳三らは近藤勇との最初の作戦を実施。
油小路の変である。
後日、総司は、たまさんがたおってきた椿の枝にはしゃいでいた。
「椿が咲いたー!わぁーい!!」
娘の行動で総司がいちいち元気になるので、勇の妻・つねは、たまに提案した。
「総ちゃんがそんなに元気になるなら、庭に椿の木、植えちゃえばいいじゃないよ。」
「父さんに聞いてみないと……」
「帰った。」
「あ、貴方。おかえりなさい。あのね、総ちゃんが……貴方?大丈夫?」
朝帰りになった近藤勇が、落ち込んだ様子で、妻と娘に告げた。
「つね、たま。席をはずせ。人払いを頼む。」
「わかりました。」
「はい、父さん。」
「あれ。近藤さん?」
近藤勇は座り、総司に伊東甲子太郎の死を知らせた。
「総司。伊東先生が亡くなった。」
「ん?なんで……?」
「吾輩の妬み深さが、伊東先生を殺めた……すまぬ。総司。お前が信じ、懐いていた時点で……吾輩に正しさを解する器があれば。吾輩とて賢くなりたかった!妬ましかった!!あの方の清らかさが、頭の回りが、妬ましくて……!!最期に、伊東先生と共に夢見た、世界……関羽が見たであろう、異国の夜明け……鎖国ではならないのだ。伊東先生は、日の本の夜明けを見ていた。新撰組の為に、幕臣と朝廷の、和解の縦白書まで書いて……すべて、吾輩が台無しにしたのだ。」
沖田総司は、意外にも、泣かなかった。
「近藤さん。実はね、先に立ち寄った土方さんに少し聞きました。わたしは正直、伊東さんの遺体を餌にした油小路は怒ってます。」
「ぐうの音も出ぬ。我ながら、最低な罠だ。」
沖田総司は、軒下に座り、青い空のお天道様を見上げた。
「でもね、近藤さん。わたしは最期を聴けて、嬉しいですよ。伊東さんは、覚悟していた人だから。命懸けで、日の本を背負って走り回って。新しい時代は、叶ってる。伊東さんきっと、お天道様になって、笑って見てますよ。最期に近藤さんの夢を取り戻して、きっと、念願叶って笑ってます。」
「総司………」
近藤勇は総司の解釈に驚き、そして泣きながら頷き、お天道様を見上げた。
「うむ。伊東先生は、お天道様になられたのか。報いが、あれば……良いな……。」
総司は振り向いた。
「近藤さん。伊東さんの羽織りは、何の花でしたか?」
「む。……桜。いや……あれは、山桜やもしれぬ。」
総司は、満足した。
「なら、志し高く、最期をまっとうしたんですね。伊東さんにとって、山桜の羽織りは山南さんと共にあることだから。きっと、死を恐れなかったはずだ。」
近藤勇は号泣した。総司の手前、わめかずに泣いた。
「山南敬助から、吾輩の過ちは走り出した。もはや、新撰組は後には戻れん。」
総司は、ふいに大石鍬次郎を思った。
「大石は……わたしの代わりに、渾身の思いで伊東さんを斬ったんだな。伊東さんが、間違ってないと、あいつはわかっていながら……。」
「総司……!」
総司は、ようやく泣いた。
泣き笑いで、ボヤいた。
「ハッハッハ。なるほど、そういうことでしたか。……わたしじゃ、伊東さんを斬れないや。悲しい。悲しいよ……。ハハッ。わたし、人間だったんだなぁ……。」
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