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お瑠璃さんはにっと笑った。
「ご案内しましょう。またしても、わたしの秘密の場所です。まぁ、京の者は知っていても近づかない。野生の猿が占領する温泉です。」
お瑠璃さんの案内について行きながら、総司は瞬きした。
「猿を……殺すんですか?それとも、愛でたいのですか?」
道はどんどんけもの道へ。
「危険地帯です。猿達は凶暴で、愛でる余裕はありません。猿を撃退して、温泉を独占しましょう。総司さんとわたしなら、猿など、怖くない。」
総司は目を輝かせた。
「なるほど!汗をかいた稽古の後の温泉!いいですねぇ〜!猿退治、一丁やってやりますかねー!!」
総司とお瑠璃さんは、猿温泉を見つけるなり、構えた。
猿達は目が合っただけで襲いかかる。
「キーーッ!!」
「せいやぁッ!!」
木刀で、次次と、迫りくる猿を滅多打ちにしていく。
「キーーーッ」
「たあぁぁぁッ!!」
「温泉を、寄越せーーーッ!!」
二人の剣豪の大暴れに、猿達は一大パニック。
猿達は逃げ出して、晴れて総司とお瑠璃さんは猿温泉を占拠し、着物を脱いだ。
「猿退治!なかなか乙でしたねぇ!!」
「あ、総司さん気をつけて。結構、湯が熱いです。」
総司は勢いよく飛び込んだ。
「ああ!お尻が火傷しちゃうっ!!」
「大丈夫大丈夫!江戸っ子は風呂が熱い方が好きなんで!」
「いいお尻ですねぇ〜。てっきり火傷して、お猿さんのように赤くなってしまうのかと、ヒヤヒヤしましたが……」
「ははは!尻だけはおなごらしいでしょう?」
総司とお瑠璃さんは湯船に浸かって満喫。
「いい湯じゃあないですか〜。疲れが解けますねぇ〜。」
「あ、総司さん。これは……刀傷?お背中痛まないですか?」
「あぁ。これは、情けをかけた敵にトドメを刺さなかったばかりに、後ろからバッサリやられてですねぇ。殺しましたけど。古傷だけど、ちょっと敏感な部分ですね。皮膚が薄くって。」
「そんな!結核だけで無く、父に診て貰うべきですよ!軟膏を貰いましょう。それに、年老いてから、古傷は神経痛となって悩まされるのですよ?」
さすがは医者の娘で、的確な指示だ。
「あはは。お気になさらないでくださいね、お瑠璃さん。剣士とは、己の失敗からの傷は残すのです。自身への、戒め、みたいなもんで。」
「そう……だったのですか。ですが、それは、貴女の優しさへの戒め……武士の情けとも言う、立派な志しで、見逃されたのだと、わたしは思う。」
「ハハッ。お瑠璃さんてば、近藤さんみたいなことを。近藤さん、あー、わたしの兄貴分は、大層気にしまして。立派な志しからの怪我なのだから治すようにだとか、武士の背中の傷は誰にも見せてはならん、と。わたしを匿っちゃって。まぁ、おなごだという事実も隠せるから、風呂は伊東さんと二人でいいんですよ。」
お瑠璃さんは、瞬きした。それから微笑む。
「近藤さんとは、新撰組局長の近藤勇様ですね?総司さんに理解者がいて、安堵致しました。それから、お風呂の伊東さん……新撰組は、意外とおなごの隊士さんが複数いらっしゃるのですか?」
「あ。伊東さんの場合は、身体が男性、心がおなごなのです。日の本第一の先生で、新撰組で一番賢い人ですよ。わたしも、英語?や、そろばんを習いました。」
総司の話に、お瑠璃さんは食いついた。
「英語は父ですら煮詰まっているのに。伊東さん、いえ、伊東先生は、まさに未来が芽吹いたおなご……あっ。」
総司は手ぬぐいで顔を拭いていた。
「ん?どうしましたか、お瑠璃さん。」
「ごめんなさい。お胸を拝見して、つい、あの身のこなしに納得がいき……」
総司は自身の小ぶりな胸と、お瑠璃さんのたいそう大きな胸を見比べた。
良く見たら、生のほうが大きいし、はずしたサラシが置いてある。
「わぁ!お瑠璃さん、おっぱい大きいですねー!サラシを巻いてても、大きくて、剣術しにくかろうとは思ってたのに!」
「はい。揺れるし痛いし、重たいです。着物も、はだけてしまうので、胸の下にたくさん手ぬぐいをしいて、胸と腹との段差を無くしてから帯を締めます。胸は、わたしには剣の妨げでしかないもの。」
総司は考えた。おなごとしては羨ましい気もしたが、お瑠璃さんは本気で悩んでる。剣客として考えなくては、誠意が無かろう。
「なるほど〜。サラシを巻いても斬撃では腕がぶつかる……よし!お瑠璃さんは、尚更突き技がよろしいかと!斬撃は二の次で、突きを追求しましょう!胸にぶつからぬ工夫をして、突きからの斬り払いは外向きに。ただし、ますます帯が重要だとわかりました。袴に変えても、胸を抑える帯は締めましょう!着物からポロッと出ては、急所丸出しの危機ですから!」
「心得ました。話が通じて助かります。さて……」
お瑠璃さんは風呂敷を漁った。
ポイポイと、湯に花弁を投げ入れた。
最後には、風呂敷の中の花全部、湯にぶっこむ。
花弁は湯に浮かび、総司は感心した。
「すごいや……綺麗な花弁のお風呂だ。これは、椿ですか?」
「はい。潮時か、たくさん落ちましたので。最後まで、楽しみましょう!」
お瑠璃さんは、椿湯を、総司に飛ばしてきた。
「うひゃあ!やりましたね!こっちも行きますよー!」
無邪気な戯れ。
だが、総司は何故か幸せを感じた。
生きていれば、いつだって。
こんな戯れは出来る。お瑠璃さんとなら。
いきなり、迷いが生じた。
今まで恐れなかった死に、迷い始めた。
わたしは、言ったではないか。
芹沢さんに。
生きてさえいれば、なんだって出来ますよ。
もし、わたしが生きてたら。
年老いたお瑠璃さんを世話して、生涯添い遂げて、彼女の死を看取る。
本来、あったかもしれない、数々の幸せが、総司の脳裏を過ぎった。
「あ、総司さん?」
「えっ?」
お瑠璃さんが総司の目を診て、心配した。
「わたしの飛ばした湯が、目に当たってしまいましたか?」
総司は泣いていた。
慌てて目を拭う。
「ハハッ!そうやもしれません。仕返し、行きますよ〜!!」
「きゃあ〜!ふふふ!」
本当に、お瑠璃さんを、愛しているなら。
地獄に、道連れには、出来ない。
お瑠璃さんと総司がひとしきり遊んでいると、猿達がワラワラと戻ってきた。
「あれ?懲りない猿だなぁ……」
お瑠璃さんは指をさし、真っ青になった。
「違う。総司さん。あの山から来る軍勢は!猿は、仲間を連れて報復に来たんですよ!!」
総司は猿の軍勢を見て青くなった。
「げぇーーーッ!!お瑠璃さん、殺しちゃダメなんですよね?」
「保護動物だから殺せない!逃げましょう総司さん!!」
今すぐ襲いかかる猿達から、総司とお瑠璃さんは着物や脇差を回収しながら、走る。
着替えの余裕など無い。
素っ裸で走って逃げた。
「お龍さんとて、未知の領域ですよ!」
「お瑠璃さん!お龍さんて!?」
「旅籠の働き者の、坂本さんの奥方です!裸で刺客が来ると知らせたそうですが!裸で山降りしている、わたし達程では、ございますまい!!」
「そりゃあ、そうですよ!!」
二人はすっぽんぽんで、無事に猿軍団から逃げ延びた。
翌日、総司は丸一日寝込んだ。
神妙な面持ちの土方歳三と、心配げな島田魁の薬団子を出されて、飲んで。
それきり。
山崎烝も、土方歳三も、来なかった。
総司は、一向に回復しなかった。
「ゴホッゴホッ……なんで?島田さんの薬入り団子、きちんと飲んだのに……ゴホッゴホッ」
大石鍬次郎が襖を開けて、布団から出て畳を這いずっている総司を見つけ、慌てて止めた。
「いけない、沖田組長!アンタ、もう」
総司は大石鍬次郎を振り切って、畳を這いずった。
「ゴホッゴホッ……こんなのに、負けてたまるか……ッ!!ゴホッゴホッ……剣を!大和守安定さえ握って、精神集中すれば、病なんて」
総司は、目当ての大和守安定を取る。
剣は、総司の手から落ちて、鞘と刀身のぶつかる音がした。
「ゴホッゴホッ……え……?」
総司は自身の手のひらを見た。
震え?痙攣?
咳が酷過ぎて、手は、言う事を聞かない。
剣を握るたび、剣を落としてしまうのだ。
妄執が、総司に繰り返させた。
もう、握ることは、出来ないのに。
「剣……!わたしは、剣なのに?……剣を、持てな……」
総司は吐血した。
畳に赤い血溜まりが出来る。畳は、血が沈み込み、ただ、赤いシミが残る。
「はぁーッ、はぁーッ、はぁーッ……剣を。剣をッ!!」
大石鍬次郎は、見てられず、総司の震える手を握った。
「頼む、沖田組長。アンタは療養するんだ。局長が、アンタを養ってく。俺が代わりに剣になる。アンタの代わりに、何人だろうと、斬ってやる。だからアンタは療養して、生きろ……!!」
総司は怒り狂った。
「何言ってるんだ!!わたしはまだ戦える!!落ち着いたら剣だって、握れるんだぞ!!」
大石鍬次郎は、総司に怒らなかった。
ただ、誉れある剣士に報いる為に、言い方を改めた。
「……わかりました。俺が、沖田組長が戻って来るまでの、代わりになります。アンタは負けない。病が落ち着いて、復帰するまで。局長の家で、休んでください。」
総司は、布団に戻って、涙を堪えた。
大石に理不尽に怒ったって、どうにもならないことは、わかっていた。
「大石……なんで、誰も、来ないんだろう……ゴホッゴホッ」
「……土方さんの命令です。沖田総司の状態は、隊士達の士気に関わります。俺は警備に賄賂を握らせて、ここに来ました。」
「ゲホッゲホッ……ご法度だ。切腹にならぬよう、気をつけてくださいよ。ゴホッゴホッ、わたしに……何の話で?」
大石鍬次郎は蒼白になった。
「今の沖田組長には、話せません。……俺が甘かった。出直します。沖田組長が局長の宅に居ても、俺は会いに行きますからね。」
「ゴホッゴホッ、そうかぁ……あの、大石。」
総司は大石に頼もうとした。
今夜は、お瑠璃さんに会えるか、わからないから。
大石が背を向け、告げた。
「近藤局長、用事が済んだら、話に来ると思います。多分、伊東さんも土方さんも。……負けないで、くださいよ。」
大石鍬次郎は、襖の向こうに立ち去った。
総司は再び吐血した。
布団に滲む赤。
椿だ。
わたしとお瑠璃さんの、椿の赤だ……。
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