4-1-5
夜更け時。
西本願寺の廊下を徘徊するは、兵法指南役、武田観柳斎だ。
「あーーッ!!拙者の美少年が除隊するなんて……許すまじ土方君!ンンンンン!!せめて今宵夜這いし、美少年との最後の官能をッ!!あの柔らかな身体に入り込み、あの小さな竿を拐かしッ!!!た・ま・らーーんッ!!!急げ修道!!まだ間に合うぞッ!!!」
武田観柳斎は走り出した。
沖田総司は眠たい眼を擦りながら起き上がった。
「幸いに起きれたけど、なんかいつもより遅いな……武田さん、もしや落ち込んでる?まぁ、行くとしますかね。」
沖田は身支度し、大和守安定を二刀携え、贈り物の羽織りを持って出て行く。
山崎烝は、それを見て、別室で待機していた近藤勇に合図を送った。
沖田君が動きました、の合図だ。
近藤は立ち上がり、山崎烝に習い、足音に気をつけながら出て行った。
沖田総司は、浅瀬でお瑠璃さんを見つけるなり、お瑠璃さんの稽古に魅入った。
邪魔したくない。
彼女は、美しい型を見事に身につけた。
もう、こんなに天然理心流を進めている。
よもや、沖田総司以上の成長の速さだ。
お瑠璃さんが沖田に気づいて木刀を休めると、沖田は走り寄った。
「素晴らしいです!本当に働きながらの夜間の稽古とは思えない、見事な型をしてらっしゃる!」
お瑠璃さんも、まともながら、剣馬鹿の部類だ。容姿を褒められるより、剣術を褒められれば、舞い上がる。
「嬉しい……。天に昇る心地です。わたしの剣は、総司さんがいればこその成果なんです。剣馬鹿のわたしは、きっと今が青春。剣術を習えて、愛する人に会えて……。」
沖田は大和守安定を二刀出し、笑った。
「そんなお瑠璃さんに贈り物です。ただ、鞘から出さないと、どっちがどっちだか……」
「わたしに刀を?そこまでお世話になっては、気が引けてしまいます。刀代は、働いて返しますから。」
「いーんですいーんです。わたしの浪費は甘味くらいでして。これでも新撰組幹部、給料は馬鹿高いですし、備蓄はきちんとあるんですよー。」
沖田は鞘から出しては刀身を確認した。
「あ、こっちは普通の。わたしのだ。じゃあ、こっち……うん!瑠璃色の刀身の大和守安定!これはお瑠璃さんの!!」
お瑠璃さんは受け取って、瑠璃色の刀身を眺めた。
「なんて美しい……青い刀身なのでしょう……まるで、総司さんみたいな刀だ。焼き刃は白く、地金は正に瑠璃色で……わたしの名前の為に、これを?どう見ても名刀鍛冶屋の技、値が張ったのではありませんか?」
「んー。愛する人の刀には、いいものが欲しいですし。その瑠璃色を見て、買わずにおれませんでした。ただ、お瑠璃さんが意外と剛腕なので、お瑠璃さんの身を守る使命を果たすまでは、折れないでくれたら、それでいいというか……それから、これ。」
お瑠璃さんが渡された風呂敷を開けると、美しい椿の羽織りに驚いた。
「受け取れません!美しいですが、こんなに高価なもの……総司さん、どうかわたしの愛を勘違いなさらないでください。わたしは、金目当てのおなごではございません。」
沖田は、自身とお瑠璃さんの金銭感覚の差を思い知り、深く反省した。
「すみませんお瑠璃さん。わたしの金銭感覚が至らないばかりに。わたし高給取りでして、慎ましい金使いを忘れていました。これは、初めて会った時に、わたしがお瑠璃さんの羽織りに嘔吐してしまって……その弁償の羽織りのつもりだったんです。決してお瑠璃さんを金で釣ろうとしたのではありません。ただ、あれから寒かろうし、防寒着として使っていただけたら。」
お瑠璃さんは、総司の目を見て、信じた。
「……総司さんは嘘の無い方。信じて頂戴致します。わたしの羽織りは安物で、確かに気に入った牡丹の羽織りでしたが、わたしとて医者の娘です。生来が着物は使い捨て、安物で構わない。父が貧しい患者さんからお金を取りませんから、わたしは日頃別の仕事先で働いておりますが、我が家に入院なさる方も度々おられます。わたしは、病の方の嘔吐を、悪くなどは思っておりませんから、総司さんはお気になさらずとも、良かったのですよ。嘔吐というか吐血というか、どのみち病状ですから、心配ではありますが……」
沖田はお瑠璃さんのいたわりに、何とも言えない気持ちだ。
沖田は、結核に負けて死ぬつもりは、毛頭無くて。
剣客として、斬られて死ぬのを、所望していた。
これは、お瑠璃さんの父であるお医者の浅井道新さんに、嫌われている要因である。
生きたい人は、たくさんいるんだ。
「着てみてください。お瑠璃さんが、温まりますように。」
お瑠璃さんは袖を通した。
美しかった。
袴などあれば、立派な女剣客のよう。
「温かいのもありますが、嬉しい。わたしと貴女の秘密の場所の、椿の柄を選んでくださった。この羽織りは、わたしの生涯の晴れ着です。」
沖田は自分のことより嬉しくなった。
二人だけの、特別な椿の花だ。
お瑠璃さんが生涯、着てくれる。
わたしが、死んでも。
「わたしは幸せです、お瑠璃さん。なんかわからないけど、幸せってこういう時の言葉ですよねぇ?好きな人がいて、喜んでもらえて。うん。きっとこれが、幸せなんだ。」
お瑠璃さんがはにかみ笑いした。
「ふふふ。わたしも幸せです、総司さん。そして、今日も剣術を磨きたい。羽織りはまた別の宝物ですが、総司さんの一対の剣になるのは、わたしの目標です。しかし、帯に着流しでは動きに限界を感じて、明日は袴など買ってみようと思いました。」
二人は手を繋いで、秘密の場所へ歩いて行く。
「袴は剣客には欠かせませんからね。着流しでも見事な剣術をこなす方はおられますが、わたしなんかは大股開きの踏み込みが特技なんで、やっぱり袴派ですかねぇ〜。」
「わたしの師匠は総司さんですから、わたしも大股開きで稽古してます。それに、おなごの帯は厄介が過ぎます。腕の振りの妨害です。」
「おなごの帯……腕の妨害だったんですか。それじゃあ、帯をはずしたら、お瑠璃さんはもっと剛腕になられるのでは?刀は力加減で折れますからね〜。帯をはずす前に、力加減を覚えなくてはなりませんねぇ〜。」
二人は秘密の場所に着くと、椿の木から、椿の花がひとつ、首ごと地に落ちているのに気づいて、お瑠璃さんが拾いに行く。
沖田は、椿の落ち方と斬首の話を思い出した。
本当だ、似ている。
無意識下で、山南敬助の首が重なった。
わたしは、勘違いで思い上がったのか?
椿の散り方は、こんなにも、残酷で……。
「椿がひとつ、死にましたね……。」
お瑠璃さんは自身の髪から留め具を取り、拾った椿の花を沖田の髪に刺して固定した。
「えっ?」
「死して尚、椿は輝きます。枯れる前に潔く落ちる。おなご達は、その花で身を飾ります。わたしは総司さんにこうしたかった。貴女は美しい、とても。」
沖田は顔を赤らめて硬直した。
おなごとして?
髪に花など、刺したことが無い。
背丈が高く、肩幅が広く。好青年としか言われない自身が、おなごのように美しいのか?
「……わたしがおなごらしいとは、思えませんがねぇ……お瑠璃さんが美しいと言うなら、そりゃあきっと、たふ がい、と、花は、相性が良かった!と、解釈しますかねぇ。」
「ふふふ。総司さんは、人を超えて美しいではありませんか。でも、あえて言うなら、これはおなごの貴女のことです。総司さんとて、タフ・ガイだけではありませんよ。表情のころころした、愛らしいおなご、花のように。……失礼を。総司さんは、剣でした。」
沖田は慌てた。
「いや!そんな!謝らないでくださいよ!わたしは剣ですけど、おなごだの花のようだのと褒められたのは初めてでして……ちょっと嬉しい、気も、しますよ?過大評価ではありますが!」
「ふふふ。可愛い方。」
「えー?絶対お瑠璃さんの方が、可愛い方でしょー?」
二人は、茶化し合いながら、剣を構えた。
「今日は希望がございます。」
「ん?力加減のみならず、ですか?平晴眼の構えや踏み込みは、もう飲み込んでいますよね。」
「天然理心流の、突き技です。総司さんは突き技が素晴らしい方。わたしも、あれを知りたい。」
総司は頷いて、距離を取る。
「さすがはお瑠璃さんですね。そう、わたしの本領発揮は突き技です。ただし、お瑠璃さんには剛腕を抑える術も学んで欲しいから、ここはあえて、折れてしまう真剣で学びましょう。」
沖田は、今まで見せなかった顔をした。
冷酷な眼差し。
平晴眼の構えをとった。
凄まじい気迫。
凡才ならば、その気迫だけで逃げ出しただろう。
お瑠璃さんは魅入るように、学んだ。
「これは、既にご存知の、天然理心流、平晴眼の構え。基礎なんですけど、まだ実戦ではなかったので。まず、平晴眼は臨機応変。確実に仕留める時はここから。」
そして、沖田は踏み込んだ。
対峙したお瑠璃さんには、その踏み込みの凄みがわかる。
一回目の突き技。
次は死ぬ、と確信した。
そして、凡人にはわからない速さの突きが、お瑠璃さんに繰り出された。
速すぎて、足音に気がつかない。
沖田は殺気立っていたが、すんでで突きを止めていた。
お瑠璃さんには、それでも自身の死のイメージが過ぎった。
「……なんて美しい絶技。」
沖田総司は、突きを額の前で止めたまま、静かに尋ねた。
「……見えてましたね?貴女は、わたしの突きを目線で追っていた。」
「……はい。」
「何回突いたか、わかりますか?」
「……一回目は、まるで距離と的を測る如き突き。その後は、不確か。……二回くらいは、死んだかと思いました。」
沖田総司は殺気を散らせ、剣を下げてやんちゃに笑った。
「すごーい!わたしの突きが三回で、初撃の狙いすら理解しているとは!その通りですお瑠璃さん!これぞ天然理心流の奥義、無明剣・三段突き!!無論、天然理心流の極意・浮島の境地を得てからの話ですが。一回目の突きで踏み込み、篭手を狙いつつ、相手との射程距離や急所の狙いを測ります。続く二回の突きは、本命なので敵には悟らせません。足音すら気をつけて見えない速度を繰り出します。胴と面です。引く度に横に払い、深手を負わせます。わたしは三段突きでは負け知らずですよ。うーん、でも、練習試合で永倉さんに三回目の突きで木刀を叩き落とされて、斎藤さんには全回避されちゃいましたけど。実戦では、敵無し!ということで!!」
お瑠璃さんは更なる猛者に半信半疑だ。
「この、神速の如き三段突きを、破られた方が?人間……ですか?」
沖田は大爆笑だ。
「ハッハッハッハッハッハ!!まぁ、永倉さんに限っては、半ば怪物のような剣客ですからね。あの筋骨隆々の重たい身体でわたしより素早くて、技のキレはもはや本能としか。幽霊だって見えてるやもしれない。人間を逸脱してますよ。一方で、斎藤さんは人間です。我流の剣術でなんであんなに強いのかは訳分かりませんけど。細身故の素早さが秘訣、人間の最強格って感じでしょうかね〜。」
お瑠璃さんは稽古を繰り返した。
型はどんどん成長し、もう沖田との真剣の対戦で、浮島……臨機応変に落ち着いて対応し、実戦においても稽古と変わらぬ平常心を保っている。
「体得しましたね。見事!」
「無明剣・三段突きまでは、繰り返し稽古していくしかありませんが……」
沖田総司は、お瑠璃さんの剣に感動し、自身の目的の境地に至った。
「わたしにも、見えました。お瑠璃さんが剣に至る、最終試練が。」
お瑠璃さんは真剣に尋ねた。
「総司さん、教えてください。わたしが剣に至る、最後の試練とは?なんだって乗り越えて見せます、貴女と一対の剣に、なる為ならば。」
総司は、笑った。
両手を広げて、声高らかに、告げた。
「ハッハッハ!簡単です!愛する人を斬ればいい!わたしを殺すのです、お瑠璃さん!そうすることで、貴女は本物の剣になれる!わたし達の愛は殺意の妄念。悲しみを捨て、貴女は銘刀になるのです!!」
「……え?」
お瑠璃さんは、動揺のあまり息を飲んだ。
総司は、もはや狂っていた。
自分本位な愛しか、考えられなかった。
「大丈夫。わたしは貴女が地獄に堕ちるまで、待ってます。わたしの死後に、わたしの意思を継いでくださる貴女を。わたし達の恋は、地獄で、添い遂げましょうぞ。わたし達にかかれば、鬼など怖くないでしょ?」
お瑠璃さんは悲しそうに、総司を見つめた。
「……わたしが、望まなくとも。それが、総司さんの願い。狭間に立たされた思いです。わたしが愛を体現するには、愛する貴女を斬らねばならない。」
総司はお瑠璃さんに優しく語った。
「大丈夫。斬られるのは、わたしが相応しい。わたしは長くないし、いずれ病で倒れる者。わたしは斬られて死にたい。潔い椿のような死。わたしの血は椿の赤だ。お瑠璃さんは、愛するお父さんを斬る訳にはいかない。剣の心得無きものを斬るは、ただの人斬りです。だからね、わたしが最も相応しいんですよ。」
「貴女を斬って……わたしが、新しい、沖田総司に?」
「そうです。」
お瑠璃さんは苦しみ、告げた。
「猶予を、……ください。」
「勿論。わたしもまだまだ、貴女に剣を教えて行きますよ。」
お瑠璃さんは、息が詰まっていたのか、座り込んだ。
「はぁーっ、はぁーっ。」
総司は手を貸した。
「大丈夫ですか?お瑠璃さん。」
お瑠璃さんは、総司を見上げた。
「総司さん。少し、息抜きしませんか?」
「息抜き……?働きながらの稽古ですもんね、疲れちゃいましたか。わたしは構いませんよ?」
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