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翌朝、近藤勇はきちんと早起きして布団をたたみ、朝餉の前に漢字の練習として、筆を走らせていた。
近藤は、自らに学問が無いことを恥じ、日々努力を怠らなかった。
後に、近藤の一筆は立派な書道として評価されるが。
特にこの頃は、近藤には自信が無かった。
天狗だったし、威張り散らしてはいたが、伊東先生の英知に対しては、憧れも妬みもあった。
その分、大事な沖田総司には、伊東先生との時間を与え、総司が学問に不自由しないように願った。
己は平民の成り上がりだが、沖田総司は違う。
総司は、武家の子だ。
父、勝次郎さえ早くに亡くなられなかったならば、きっと家督を継いで、不自由の無い人生だったはずだ。
近藤勇は我儘な男だが、家族同然の総司の幸せは、しっかり考えていた。
総司はそろそろ病が酷い。
吾輩の家族の宅で総司を引き取って、共に暮らすべきか?今度こそ、総司を治療させなければなるまい。
トシが言いたい事は、わかっている。
だが、西本願寺にいる限り、総司自身が納得すまい。
今の総司は悲しい思いばかりだ。
近藤の粛清は、信頼できる者にしか任じられない。
だが、そのせいで総司は。
悲しい。
我儘で頭の足りない己が恨めしく、心から優しく賢い伊東先生を、妬ましく思った。
伊東先生ならば、総司を最優先で休ませたのではないか?
「近藤局長。おめ通りいただきたい。」
襖の向こうから、山崎烝と土方歳三の影が見えた。
「トシがついておれば、構いはせぬ。入れ、山崎。」
土方を伴った山崎烝は、複雑げな、悲しげな面持ちで、襖を開けて正座していた。
「失礼致します。局長のお耳に入れたい話があって、参りました。」
近藤は眉を顰めた。筆を置いて、向き直る。
「トシがいて、解決せぬ話とは。如何なる話か。」
山崎烝は緊張し、だいぶ初めから説明した。
「実は、沖田君が持病をこじらせたおり、不審な発言が。甘酒で泥酔し、夜間外出の覚え無し、と。」
「嘘ではあるまい。総司は下戸でな。総司は昔の記憶がないやもしれんが、十三歳で正月の甘酒に倒れて厠通い。免許皆伝の折の祝いでは、酒を飲んで死にかけたのだ。以来、酒は避けるようになったが、甘酒は舐めてかかったやもしれぬ。そりゃあ、総司ならば、甘酒でも泥酔しよう。」
「……そう、わたしも思いまして。ただ、沖田君が言うには、屯所で修道被害を見たのは覚えていて、被害者を除隊させてあげて欲しいと。そこで、わたしは土方さんから、武田観柳斎殿の取調役を任じられ、夜間に武田殿の見張りを。被害者が誰かも特定せねばなりませんでした。」
近藤勇は、山崎烝の不器用な説明に唖然とした。
「……総司の泥酔と、武田観柳斎の修道が、どう結びつくのだ?まさか、被害者は総司で……それはいかん!!如何に痛手であっても、武田観柳斎を殺さねばなるまい!!」
土方歳三が、近藤勇を落ち着けた。
「早とちりだ近藤さん。山崎も緊張していて不器用になってやがる。山崎は、武田を監視する際、夜間外出する総司を見た。その報告に対し、俺が命じたのさ。武田を後回しにして、総司を見て参れ、とな。」
近藤勇はようやく理解した。
「武田観柳斎の話は、要らなかったのではないかね?」
「申し訳ないです。ただ、土方さんの命で沖田君を尾行、監視し……おったまげてしまいました。沖田君が、おなごだと、知ってしまい。」
近藤勇は厳しく命じた。
「他言無用であるぞ!」
「は、はい!もちろんです!ただ、沖田君は、一人のおなごと密会し……」
近藤びっくり。
総司の浮ついた話などは、初めてだ。
「え?総司が……恋を?あの堅物が!?」
近藤は我がことのように幸せな錯覚に陥った。
ずっと悲しいことばかりだった総司に、明るい話題がやってきたのだ。
「そのようで。おなご同士で、愛を語っていました。」
近藤は涙腺を緩ませながら、扇子を開いて豪快に笑った。
「わっはっはっは!嬉しくて泣いてしまった!ようやく総司にも春が来たか!!トシ、吾輩達で思いっきり祝ってやろう!妻に赤飯を炊かせなくてはならん!!娘と総司を招き、馳走を振る舞わなくては!!」
山崎烝は近藤のおおらかさに驚いた。
「え。おなご同士なんですよ!?だいたい、相手は貧しい医者の娘で、武家の沖田君に釣り合いませぬ!」
「とは言ってもな。総司は元々男として通してきたし、育ちも男扱いだ。おなごがおなごを好きになってもおかしくはあるまい。男にしか見えない総司を、気味悪がる輩はおるまいし。ずっと男で通せばよいではないか。ただ、娘が総司と釣り合わぬ身分なのは、正直癪だし口惜しいが……何とかしたい!吾輩から松平公に文をしたため、幕府の武家に娘を養子縁組させれば……色々考えてみよう。伊東先生にも知恵を借りて……なにせ、相手は変更出来まいぞ。総司のことだから、遊びと割り切れぬ問題なのだ。」
山崎烝は更に真っ青になった。
「祝っていいのか、わかりませぬ。一番の問題は……沖田君は、おなごに剣術を教えています。おなごには、天から与えられた、あたかも沖田総司以上の剣の才気があり……」
近藤勇は瞬きした。
そして、総司を差別されたと勘違いして、機嫌を悪くした。
「山崎!けしからん奴めが!!貴様が口立てする言われがあろうか!?おなごが剣術を学んで何が悪いのだ!事実、総司はおなごでも最強の剣客ではないか!!天然理心流に性別など関係あらず!!才気ある者に剣術を教えるなど、総司は見上げた奴よ!!」
山崎烝は思い切った。
「そこに、問題があるから申し上げました!娘は、沖田君の地獄の道連れです!!このままでは不幸の連鎖だ!!今宵は近藤局長も自ら同行なさってください。沖田君を説き伏せられるのは、局長だけです!!止めなくては、悲しみが増えるだけ、ゆえに!!」
沖田は朝餉をたらふく食べた。
伊東甲子太郎は、自分の焼き魚を丸ごと沖田総司に譲った。
「食べれたら、食べてちょうだい、沖田ちゃん。最近コルセットの締まりが悪いのよ。お酒は、太るのよね……。」
「わぁーい!いただきまーす!焼き魚の脂身が美味しいですねぇ〜!ご飯のおかわりくださーい!あ、土方さん、たくあんあげますね。大根が嫌なんで。そのお豆腐と交換しましょうよ!」
土方歳三は大好きなたくあんを沖田の皿から持って行き、豆腐の皿を沖田に与えた。
「やったぜ……。」
原田左之助と永倉新八は朝餉の席で沖田総司の回復を、嬉しそうに見守っている。
「西洋医学ってなぁすげぇんだなぁ!」
「なんにせよ、仲間が揃って飯がうめぇのは、めでてぇや!」
斎藤一はフラフラして、朝餉が進まない。
「食べないんですか、斎藤さん?」
斎藤一は、朝餉をお膳ごと沖田に譲った。
「あげる。ちょっと俺、朝方まで、飲み過ぎ……」
立ち去ろうとした斎藤一は嘔吐。
沖田はすかさず伊東にもらったそろばんを使った。
「出た!斎藤さんの嘔吐カウントだ!一回、二回、三、四」
昼間に沖田は呉服屋へ行き、美しい椿の羽織りを受け取って、風呂敷に包んだ。
「本当に、松本良順先生はすごい方なんですねぇ〜。そして習った山崎さんの覚えの成果!咳も止まったし、快調快調!」
ふいに、沖田は羽織りを真剣に物色している伊東甲子太郎を見つけて、声をかけた。
「伊東さーん。鉢合わせましたね!日頃のオシャレな羽織りは、ここで買ってたんですか?」
伊東甲子太郎は驚き、苦笑した。
「Well Well Well……
(おやおや)
物欲がバレちゃったわね?そうよ。合間を縫って色んな呉服屋を物色しているわ。尊王第一だけど、美しくありたいもの。」
沖田は感心げに伊東の掴んだ羽織りを見た。
「綺麗なお花の柄ですねぇ。異国の「どれす」の上から、羽織り。オシャレですね〜。伊東さん、この花は?桜ですか?」
伊東は沖田の花へのうとさを悪くは言わず、たおやかに教えてくれた。
「桜は桜でも、山桜よ。この花はわたしの決意の表れだわ。尊王に散った山南敬助を、継ぐという覚悟。弔いであり、前へと歩む決心になるのよ。それに、美しいしね。」
沖田は、伊東の考えに心から感心した。
「伊東さんはすごいや……わたしは、山南さんを介錯して、悲しみから逃げたのに。確かに羽織りなら、弔いながら前へと進めますね。それは、冷酷に逃げることより、とても前向きで……伊東さんは、命を継ぐんですね。みんなが優しい伊東さんを好きになるのが、わかりますよ。」
伊東甲子太郎は笑って、沖田に言った。
「周りは大袈裟だけどね。でも、そう思ってくれたなら、嬉しいわ。沖田ちゃんは、呉服屋なんて珍しいわね。まぁ、可愛らしい着物だって自信を持って買うべきだわ。今日は、何を買ったのかしら?」
沖田は風呂敷を開いて、贈り物の羽織りを見せた。
「わたしのじゃないですけど。贈り物の羽織りです。」
「あら、美しい椿の柄ね。あえて大輪の模様が素敵だわ。…………椿、ね。」
沖田総司は瞬きした。
伊東甲子太郎が、何故一瞬悩んだのか、わからなかった。
「どうしたんです、伊東さん?」
「ううん。贈り物なら問題無いのよ。ただ、今の世は、尊王志士達は命懸け……剣士はみんな、椿を不吉だと避けるから。」
「えっ?綺麗な花なのに、ですか?」
「椿は、最期の時、枯れる前に花の首ごとポトリと地に落ちるのよ。それが、まるで斬首のようだから、剣客には不吉だと嫌われてるわ。わたしは好きだし、その羽織りが沖田ちゃんのものじゃないなら、無縁な話だけどね。」
「首から、落ちる………。」
沖田は、伊東の教えに、不安どころか喜びを感じた。
わたしとお瑠璃さんの、特別な花。
最期には、首から落ちる。潔い死だ。
剣に生き、斬られて死にゆくわたし達。
椿は、わたし達に、さぞ相応しかろう。
沖田は鍛冶屋で、完成品の大和守安定を二刀、購入しようとしていた。
「如何に新撰組隊士さんでも、一度に二刀はお値段キツいでしょうな。」
「まぁ、隊士の勝手な金策はご法度ですしねぇ〜。その分、皆に比べたら、わたしの浪費は甘味くらいですから。余裕余裕、備蓄がありますよ。」
「まけなくてもお支払いで?」
沖田総司は自慢のフェアプレーだ。
「もちろんですよ!斬れ味良し強固さ良し、大和守安定を二刀ならば、正当な値段です!伊東さんにそろばんも習ったんで、間違いなく、この支払いでお釣りがくるかと!」
刀鍛冶は金を数え、沖田を褒めた。
「新撰組は嫌いだが、アンタは偉い!珍しくまともな買い手だ。そこで、アンタの為に特別だ。良い品を教えてあげよう。」
刀鍛冶はひとつ、大和守安定を出した。
鞘を抜くと、刀身は見事な青みがかっていた。
青い、刃だ。
「え……すごい!!」
「地色青く焼刃白しってな。実は、うちじゃなくて、周りモンなんだが。名刀鍛冶が死んでな。遺族が委託したのさ。だが、同じ鍛冶屋ならこいつの美しさがわからんやつはおるまいよ。普通の大和守安定より少し値が張るが、どうだい?」
青みがかった刀身。
まるで、瑠璃色だ。
「瑠璃色の大和守安定を一刀、普通の大和守安定を一刀、計二刀、買います!!」
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