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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第四話 死が二人を別つとも ー前編ー
26/54

4-1-3

 翌日、沖田は一日寝込んだ。

「ゴホッゴホッ」

 寝返りの度に咳が出る。

 スっと襖を開けた一番隊の腕利きの隊士、大石鍬次郎が、沖田の布団の前に膝まづき、懐から注文書をだして渡した。

 そして心配げな溜息。

「大丈夫なんですか、沖田組長。きちんと療養してましたか?」

「大石、この状態でわたしだってさすがに遊び出しゃしませんよ。」

 大石はからかうように、本当かな〜?とボヤいた。

「ゲホッゲホッ、くぉら、大石!」

「はいはいっと。(くだん)の呉服屋の使い、こなして来ましたよ。同じ牡丹の羽織りは無かったので、沖田組長の案の椿にしときました。」

「ゴホッゴホッ。そりゃあどうも、助かりました。その、椿の羽織りは、見栄えがしますか?」

 大石は自信満々に告げた。

「そりゃあ、元の安い羽織りより、沖田組長が高い金積んでますから。たいそう美しい羽織りでしたよ。いやぁ、女に興味無いとかぬかしながら、やる時はやる!切符の良さに惚れますねぇ!」

 沖田は激おこだ。

「からかわないでくださいよっ!わたしは遊びじゃないんですから!別に恋しい方を羽織りで釣ろうなんて腹は無いので!いいですか?大石。このことは、くれぐれも内密に。」

 大石は沖田の本気っぷりを察し、讃えながら立ち上がる。

「初志貫徹!アンタは男の鏡だ。俺たちゃ、自身の惚れた沖田組長の邪魔はしませんよ。口も硬く閉ざします。」

 大石の言葉で、沖田は微笑した。

 大石鍬次郎は沖田総司と並ぶ凄腕の剣客で、唯一、沖田の自認が剣であることに気づきながら、否定をしなかった。

 大石は、沖田がいずれ倒れたら、自らが沖田の代わりに剣となる覚悟すら固めていた。

 後の、人斬り大石鍬次郎である。

 大石が立ち去ると、沖田は組長としての強がりから腑抜けた。

「あー……けだるい……寒い……お日様の下で干した、ホカホカのお布団はありませんかねぇ……」

 沖田が熱を出してから、帰っていた監察の山崎烝が、土方への依頼を済ませてから、襖を開けて戻り、沖田を看病した。

「布団がどうとか、言ってました?今、隊士達が干してますから、お待ちなされ。そも、自業自得の可能性が。夜半に何処か歩かれたでしょう?発熱と咳がお悪い。この山崎烝、松本良順先生に習った医師でもあります。誤魔化しは効きませぬよ?」

「ゴホッゴホッ、すみません、山崎さん。厄介になりますね。お薬って出ますか?」

「いえ。看病自体は困っていませんからお気に召さるな。薬は安心なさってください。石田散薬の知識ある土方さんにも協力していただきましたから。しかし、結核を悪化されてますね。沖田君の場合、結核なのか風邪なのか、判別し難いし、両方って場合もあります。本来なら、治療に専念して新撰組を休まれるべきですよ。昨晩は、一体何を?」

 沖田は真っ正直な自分を悔やみながら、嘘を嫌い、何とか紛らわした。

「ご好意でいただいた、寝る前の甘酒で、酔っ払ってしまい……寒過ぎる厠以降は、覚えていません。嘔吐して治ったかと。で、ですが!確か武田さんの愛人を発見しました!隊士達から、さらなる修道の被害に!土方さんに言伝願い、被害者を除隊させてあげてくださ、ゲホッゲホッ!!」

 土方が襖を開き、沖田の寝床に膝まづく。

「また武田か。あのこすずるい小悪党めが。山崎、諸士調役(しょししらべやく)を任ずる。なに、武田は修道、遊郭へは行かんし、屯所の夜しか動かねぇさ。昼間は総司を任せた……頼まれた薬だが、西洋薬学だな?こいつはちと苦ぇぞ。吐かねぇように、ぬるま湯で飲みな。」

 山崎の諸士調役とは、新撰組隊内の目付け役である。

「承りました。武田観柳斎……尊王思想から取調べの沙汰もあり、あのお方は二度目ですが。」

 土方は念入りに告げた。

「山崎。何を懇願されても気を許すなよ?あの男は近藤さんに媚びへつらいながら、裏で近藤さんの陰口を叩く野郎だ。一直線の永倉よか、余程タチが悪かろうよ。」

「勿論ですよ。彼を良く思う者は少ないです。さぁ、沖田君、椀に入ったぬるま湯で、薬を飲みましょう。土方さん、見事な手並みですね。日の本では珍しい薬草でしたが……」

「伊達に石田散薬を継いだ息子じゃねぇんでな。しかし、確かに珍しい調合だったぜ。」

「松本良順先生に習った西洋医学ですよ。……本来なら、沖田君はあの方の元で治療なさるべきです。土方さん、沖田君の為には英断すべきだ。」

 土方も、沖田の先行きを考えぬでは無かった。

 家族のように親しく、甘えがあったのやもしれない。あまりの天才剣士っぷりに、つい頼りがちであった。

 特に、最近の沖田に任せきりの粛清は酷く、沖田はたまに顔を曇らせるようになった。

 明るく、冗談好きの、沖田が。

「総司次第だ。近藤さんには、俺からも」

「おっばァ〜〜〜ッ!!苦ッ!!エレエレ……」

 沖田が薬を吐いた。土方歳三は額に青筋を浮かべた。

「総司。てめぇ、この薬がいくらすると思ってやがる?」

「無理無理!!苦過ぎますし、粉なんですよ!?高いんなら菊一文字則宗でも買ってくださいよ、そのほうがわたしは嬉しいです!」

 土方、ついに沖田に拳骨。

「馬鹿野郎!命あっての刀だ!だいたい、あんな脇差しを買うのは大名くれぇのもんだぜ。とにかく薬を飲め総司、吐かずに飲め!」

 沖田は叩かれた頭を抱えて、反発した。

「苦いもんは苦いですし、甘味が好きなんですよ!団子にでも包んで下さい、飲み込みますから!!わたし喉でかいですから!」

 山崎烝も頷いた。

「甘味……団子なら専門家の力を借りては?島田さんに協力いただいて、団子のあんに薬を練り込みましょうか。島田さん手製ならば、食ったところで、砂糖の割合で味が変わるやも。喉がでかいならその方がよろしいかと。毎回吐かれては、薬代も馬鹿になりませんからね。」

「ちっ。寝てろ、馬鹿総司。島田を呼んで、調合し直してくらあ。」


 沖田総司は、夜になると、武田観柳斎のでかい声を頼りに、眠たい目を擦って起き上がった。

「ンンンンンンンン!!美・少・年!!今宵の拙者の愛は何処(いずこ)かッ!!!さぁ!拙者の自慢の美少年センサーよ!!拙者を導いておくれ!!」

 廊下を徘徊するやかましい武田に、沖田がボヤいた。

「目覚まし観柳斎だ。便利な世の中ですねぇ……さぁ、暖かくして、行かないと!」

 着替えた沖田が屯所を出て行くのに、武田を見張っていた山崎烝が気づかないはずも無かった。

「沖田君……?」


 沖田は早歩きで、お瑠璃さんの稽古する浅瀬へ。

 二人は合流すると、椿の咲く秘密の場所で、猛稽古に勤しんだ。

 沖田総司は、実際に師範となり、剣術の型を見せては教え込む。

「わたしの剣は天然理心流……こういってはなんですが、現天然理心流では、わたしが最たる使い手です。だからこそ、わたしは近藤勇の剣であります。北辰一刀流も免許皆伝ですが、やはりわたしは天然理心流ですね。師範のわたしはやや荒っぽいですし、厳しいですよ?」

 お瑠璃さんは天然理心流の型を真似ながら、頭に刻み、沖田に返した。

「医者の娘でありながら、これほどの剣術を学べるのです。厳しく叱って結構、生易しくては身につきませぬ。わたしの求める強さを、総司さんが鍛えてください!」

 沖田は木刀を取り、真剣を持ったお瑠璃さんに構えた。

「まずはわたしの木刀を斬り捨ててみなさい。天然理心流の平晴眼の構えを持って、わたしをねじ伏せてみせよ!!」

 お瑠璃さんは初めてにしてはしっかりと、教わった通りに平晴眼の構えから、剣術を繰り出した。

 しかし、沖田総司の素早い木刀の突きに翻弄される。

「飲み込みの早い!しかし、未熟!!獲物に頼りすぎだぞッ!!刀に頼っては自然と身体はがら空きだッ!!斬り方も生ぬるい!!刀で斬るな!!身体で斬れ!!」

 言う通りだった。

 刀に頼った剣術は、沖田の突きを防げない。

 まだ突きを習ってない以上、斬撃で沖田を破る他は無い。

 総司の踏み込みを見た。

 踏み込みひとつ、そこからが既に剣術なのだ。

 斬込みは刀では無い。

 全身から、斬込まねばならない。

 お瑠璃さんの理解は早かった。

「身体で斬る……!踏み込みから始まる!!剣術とは、身体の流動次第なのだ……!!いやあああああッ!!」

 速い!

 もう踏み込みを学んだ!

 全身で繰り出す斬撃。

 沖田は自身の木刀が斬られ飛ぶと確信し、同時に、高揚した。

 同じ試衛館の天然理心流の仲間達は、沖田にかかれば幼子同然で。

 沖田が認める上に立つ剣士は、流派違いの、永倉新八や斎藤一くらいのものだ。

 だが、お瑠璃さんは違う。

 おなごだからと、甘やかして真剣を持たせたが最期。

 この踏み込みによる素晴らしい一撃は、木刀を斬り捨て、おそらく沖田総司の肩から首を持っていくだろう。

 もう一人の、わたしだ。

 お瑠璃さんもがむしゃらから気づいた。身体の勢いは止まらない。沖田総司は、このまま死ぬだろう。

 事故だった。

 幸いな、事故だ。

 沖田が舐めていたお瑠璃さんの剛腕は、木刀の筋を半ば斬る最中、あまりの力で刀身が折れたのだ。

 しばし見つめ合い、お瑠璃さんは恐怖から膝をついた。

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」

 沖田総司はカラカラと笑った。

「ハッハッハ!死んだって本望でしたよ!わたしは嬉しいですよ、お瑠璃さん!貴女はただの見込みあるおなごではない!天賦の才を持っておられた!貴女ならば剣になれる!もう一人のわたしのようです!」

 お瑠璃さんは、沖田総司が恐怖していないことに、学んだ。

「わたしも、剣馬鹿でしたが……総司さんの概念、よくわかりました。剣は、振るい方次第では、愛する人さえ殺める……そして、剣なれば、いつでも果てる覚悟。この事故はわたしの勉強でした。」

 沖田総司は、凛々しい顔つきに変わった。

「はい。わたしも、兄と慕う山南敬助を斬った剣ですから。剣は愛する人の命を奪う。所詮は、人殺しの道具なのです。恐ろしいですか、お瑠璃さん。剣に迷いが、生まれましたか?」

 お瑠璃さんは立ち上がった。

「恐ろしいです。だからこそ、学ばねばならない。上達せねば、手加減など出来よう相手ではない、貴女は。わたしは、願うことなら正しい剣になりたい。総司さんを苦しめた数々の殺しではなく。わたしは、……新しい沖田総司に、なりたい。」

 沖田総司は、今度は自らが考えさせられた。

「新しい……わたし?」

 お瑠璃さんには、総司の苦しみが視えていた。

「総司さんは願っている。愛する人を殺めたくない貴女。優しくて苦しまれた、貴女。だから、悲しみから、人を捨て、貴女は剣になられた。ならば、わたしは総司さんの願った、また違った道へ。心ある良き剣になりたいのです。心が折れては剣は折れます。この、わたしの未熟さ故に折れた、大和守安定のように。」

 沖田総司は自身の手の平を開いて、見つめた。

 確かに、願ったことが一度も無い訳じゃない。

 だが、現実には、そんな道は無かった。

「剣に、心は……報われないとしても、ですか?」

 沖田の手は真っ黒だ。

 仲間殺しの、血塗れの手だ。

「報いがなくとも。悲しみを、捨てない。心を、壊してはなりませぬ。」

 お瑠璃さんは、強い人だ。死を、背負っていけるのかもしれない。

 沖田は納得がいってしまった。

 しかし、反抗し、突っぱねた。

「それは、違います!」

 お瑠璃さんが、正しくとも。

 沖田の優しさは、沖田を苛む災厄だったのだ。

「お瑠璃さん。貴女に出会うまで、わたしは悲しみから逃げたし、人を捨てたのは確かです。しかし、死の涙を割り切って、前に進んだ。貴女が正しく心ある剣であっても!その優しさは、剣を曇らせますよ!かつて、芹沢鴨はわたしに正しさを失うなと告げた。山南敬助は、わたしの優しさと明るさは美点だから、失うなと。みんなみんな、むちゃくちゃじゃないですか!わたしは剣だ!優しければ人など斬れはしないのに!残忍な心無き剣だからこそ、明るさを保てた!!狂い出したからこそ、呑気に笑ってられるんです!!」

 お瑠璃さんは沖田の苦しみを思い、でしゃばりはしなかった。

 今、否定しては、沖田総司の否定になるからだ。

「総司さん……だから、貴女はあんなに美しかったのでしょうか。赤い椿に囲まれた、無機質な剣だから、剣を語り美しく笑っていられた。わたしは、貴女の自己防衛を、否定は出来ません。それは、優しさ故に思い悩んだ結果でしょうから。わたしは、貴女の苦しみに寄り添いたい。」

 沖田は指導しているつもりで、お瑠璃さんを悩ませた。

「心を捨てるべきです、お瑠璃さん。貴女が、自分を守る為に。わたしもお瑠璃さんを恋しく想う、寄り添いたいのです。わたしは貴女にまで、あの地獄を味わってほしくはありません。優しさは、剣にとって苦しみそのもの。剣は時に非道でなくてはならぬ。」

 お瑠璃さんはボヤいた。

「わたし達が魅せられた剣は……まるで、仏様を悲しませるかのよう。」

 沖田は漆黒の眼差しで、お瑠璃さんの両手を自らの両手で覆った。

「大丈夫。鬼も仏も、わたしが斬り捨てる。地獄の果てまで、貴女を連れて行く。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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