4-1-3
翌日、沖田は一日寝込んだ。
「ゴホッゴホッ」
寝返りの度に咳が出る。
スっと襖を開けた一番隊の腕利きの隊士、大石鍬次郎が、沖田の布団の前に膝まづき、懐から注文書をだして渡した。
そして心配げな溜息。
「大丈夫なんですか、沖田組長。きちんと療養してましたか?」
「大石、この状態でわたしだってさすがに遊び出しゃしませんよ。」
大石はからかうように、本当かな〜?とボヤいた。
「ゲホッゲホッ、くぉら、大石!」
「はいはいっと。件の呉服屋の使い、こなして来ましたよ。同じ牡丹の羽織りは無かったので、沖田組長の案の椿にしときました。」
「ゴホッゴホッ。そりゃあどうも、助かりました。その、椿の羽織りは、見栄えがしますか?」
大石は自信満々に告げた。
「そりゃあ、元の安い羽織りより、沖田組長が高い金積んでますから。たいそう美しい羽織りでしたよ。いやぁ、女に興味無いとかぬかしながら、やる時はやる!切符の良さに惚れますねぇ!」
沖田は激おこだ。
「からかわないでくださいよっ!わたしは遊びじゃないんですから!別に恋しい方を羽織りで釣ろうなんて腹は無いので!いいですか?大石。このことは、くれぐれも内密に。」
大石は沖田の本気っぷりを察し、讃えながら立ち上がる。
「初志貫徹!アンタは男の鏡だ。俺たちゃ、自身の惚れた沖田組長の邪魔はしませんよ。口も硬く閉ざします。」
大石の言葉で、沖田は微笑した。
大石鍬次郎は沖田総司と並ぶ凄腕の剣客で、唯一、沖田の自認が剣であることに気づきながら、否定をしなかった。
大石は、沖田がいずれ倒れたら、自らが沖田の代わりに剣となる覚悟すら固めていた。
後の、人斬り大石鍬次郎である。
大石が立ち去ると、沖田は組長としての強がりから腑抜けた。
「あー……けだるい……寒い……お日様の下で干した、ホカホカのお布団はありませんかねぇ……」
沖田が熱を出してから、帰っていた監察の山崎烝が、土方への依頼を済ませてから、襖を開けて戻り、沖田を看病した。
「布団がどうとか、言ってました?今、隊士達が干してますから、お待ちなされ。そも、自業自得の可能性が。夜半に何処か歩かれたでしょう?発熱と咳がお悪い。この山崎烝、松本良順先生に習った医師でもあります。誤魔化しは効きませぬよ?」
「ゴホッゴホッ、すみません、山崎さん。厄介になりますね。お薬って出ますか?」
「いえ。看病自体は困っていませんからお気に召さるな。薬は安心なさってください。石田散薬の知識ある土方さんにも協力していただきましたから。しかし、結核を悪化されてますね。沖田君の場合、結核なのか風邪なのか、判別し難いし、両方って場合もあります。本来なら、治療に専念して新撰組を休まれるべきですよ。昨晩は、一体何を?」
沖田は真っ正直な自分を悔やみながら、嘘を嫌い、何とか紛らわした。
「ご好意でいただいた、寝る前の甘酒で、酔っ払ってしまい……寒過ぎる厠以降は、覚えていません。嘔吐して治ったかと。で、ですが!確か武田さんの愛人を発見しました!隊士達から、さらなる修道の被害に!土方さんに言伝願い、被害者を除隊させてあげてくださ、ゲホッゲホッ!!」
土方が襖を開き、沖田の寝床に膝まづく。
「また武田か。あのこすずるい小悪党めが。山崎、諸士調役を任ずる。なに、武田は修道、遊郭へは行かんし、屯所の夜しか動かねぇさ。昼間は総司を任せた……頼まれた薬だが、西洋薬学だな?こいつはちと苦ぇぞ。吐かねぇように、ぬるま湯で飲みな。」
山崎の諸士調役とは、新撰組隊内の目付け役である。
「承りました。武田観柳斎……尊王思想から取調べの沙汰もあり、あのお方は二度目ですが。」
土方は念入りに告げた。
「山崎。何を懇願されても気を許すなよ?あの男は近藤さんに媚びへつらいながら、裏で近藤さんの陰口を叩く野郎だ。一直線の永倉よか、余程タチが悪かろうよ。」
「勿論ですよ。彼を良く思う者は少ないです。さぁ、沖田君、椀に入ったぬるま湯で、薬を飲みましょう。土方さん、見事な手並みですね。日の本では珍しい薬草でしたが……」
「伊達に石田散薬を継いだ息子じゃねぇんでな。しかし、確かに珍しい調合だったぜ。」
「松本良順先生に習った西洋医学ですよ。……本来なら、沖田君はあの方の元で治療なさるべきです。土方さん、沖田君の為には英断すべきだ。」
土方も、沖田の先行きを考えぬでは無かった。
家族のように親しく、甘えがあったのやもしれない。あまりの天才剣士っぷりに、つい頼りがちであった。
特に、最近の沖田に任せきりの粛清は酷く、沖田はたまに顔を曇らせるようになった。
明るく、冗談好きの、沖田が。
「総司次第だ。近藤さんには、俺からも」
「おっばァ〜〜〜ッ!!苦ッ!!エレエレ……」
沖田が薬を吐いた。土方歳三は額に青筋を浮かべた。
「総司。てめぇ、この薬がいくらすると思ってやがる?」
「無理無理!!苦過ぎますし、粉なんですよ!?高いんなら菊一文字則宗でも買ってくださいよ、そのほうがわたしは嬉しいです!」
土方、ついに沖田に拳骨。
「馬鹿野郎!命あっての刀だ!だいたい、あんな脇差しを買うのは大名くれぇのもんだぜ。とにかく薬を飲め総司、吐かずに飲め!」
沖田は叩かれた頭を抱えて、反発した。
「苦いもんは苦いですし、甘味が好きなんですよ!団子にでも包んで下さい、飲み込みますから!!わたし喉でかいですから!」
山崎烝も頷いた。
「甘味……団子なら専門家の力を借りては?島田さんに協力いただいて、団子のあんに薬を練り込みましょうか。島田さん手製ならば、食ったところで、砂糖の割合で味が変わるやも。喉がでかいならその方がよろしいかと。毎回吐かれては、薬代も馬鹿になりませんからね。」
「ちっ。寝てろ、馬鹿総司。島田を呼んで、調合し直してくらあ。」
沖田総司は、夜になると、武田観柳斎のでかい声を頼りに、眠たい目を擦って起き上がった。
「ンンンンンンンン!!美・少・年!!今宵の拙者の愛は何処かッ!!!さぁ!拙者の自慢の美少年センサーよ!!拙者を導いておくれ!!」
廊下を徘徊するやかましい武田に、沖田がボヤいた。
「目覚まし観柳斎だ。便利な世の中ですねぇ……さぁ、暖かくして、行かないと!」
着替えた沖田が屯所を出て行くのに、武田を見張っていた山崎烝が気づかないはずも無かった。
「沖田君……?」
沖田は早歩きで、お瑠璃さんの稽古する浅瀬へ。
二人は合流すると、椿の咲く秘密の場所で、猛稽古に勤しんだ。
沖田総司は、実際に師範となり、剣術の型を見せては教え込む。
「わたしの剣は天然理心流……こういってはなんですが、現天然理心流では、わたしが最たる使い手です。だからこそ、わたしは近藤勇の剣であります。北辰一刀流も免許皆伝ですが、やはりわたしは天然理心流ですね。師範のわたしはやや荒っぽいですし、厳しいですよ?」
お瑠璃さんは天然理心流の型を真似ながら、頭に刻み、沖田に返した。
「医者の娘でありながら、これほどの剣術を学べるのです。厳しく叱って結構、生易しくては身につきませぬ。わたしの求める強さを、総司さんが鍛えてください!」
沖田は木刀を取り、真剣を持ったお瑠璃さんに構えた。
「まずはわたしの木刀を斬り捨ててみなさい。天然理心流の平晴眼の構えを持って、わたしをねじ伏せてみせよ!!」
お瑠璃さんは初めてにしてはしっかりと、教わった通りに平晴眼の構えから、剣術を繰り出した。
しかし、沖田総司の素早い木刀の突きに翻弄される。
「飲み込みの早い!しかし、未熟!!獲物に頼りすぎだぞッ!!刀に頼っては自然と身体はがら空きだッ!!斬り方も生ぬるい!!刀で斬るな!!身体で斬れ!!」
言う通りだった。
刀に頼った剣術は、沖田の突きを防げない。
まだ突きを習ってない以上、斬撃で沖田を破る他は無い。
総司の踏み込みを見た。
踏み込みひとつ、そこからが既に剣術なのだ。
斬込みは刀では無い。
全身から、斬込まねばならない。
お瑠璃さんの理解は早かった。
「身体で斬る……!踏み込みから始まる!!剣術とは、身体の流動次第なのだ……!!いやあああああッ!!」
速い!
もう踏み込みを学んだ!
全身で繰り出す斬撃。
沖田は自身の木刀が斬られ飛ぶと確信し、同時に、高揚した。
同じ試衛館の天然理心流の仲間達は、沖田にかかれば幼子同然で。
沖田が認める上に立つ剣士は、流派違いの、永倉新八や斎藤一くらいのものだ。
だが、お瑠璃さんは違う。
おなごだからと、甘やかして真剣を持たせたが最期。
この踏み込みによる素晴らしい一撃は、木刀を斬り捨て、おそらく沖田総司の肩から首を持っていくだろう。
もう一人の、わたしだ。
お瑠璃さんもがむしゃらから気づいた。身体の勢いは止まらない。沖田総司は、このまま死ぬだろう。
事故だった。
幸いな、事故だ。
沖田が舐めていたお瑠璃さんの剛腕は、木刀の筋を半ば斬る最中、あまりの力で刀身が折れたのだ。
しばし見つめ合い、お瑠璃さんは恐怖から膝をついた。
「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」
沖田総司はカラカラと笑った。
「ハッハッハ!死んだって本望でしたよ!わたしは嬉しいですよ、お瑠璃さん!貴女はただの見込みあるおなごではない!天賦の才を持っておられた!貴女ならば剣になれる!もう一人のわたしのようです!」
お瑠璃さんは、沖田総司が恐怖していないことに、学んだ。
「わたしも、剣馬鹿でしたが……総司さんの概念、よくわかりました。剣は、振るい方次第では、愛する人さえ殺める……そして、剣なれば、いつでも果てる覚悟。この事故はわたしの勉強でした。」
沖田総司は、凛々しい顔つきに変わった。
「はい。わたしも、兄と慕う山南敬助を斬った剣ですから。剣は愛する人の命を奪う。所詮は、人殺しの道具なのです。恐ろしいですか、お瑠璃さん。剣に迷いが、生まれましたか?」
お瑠璃さんは立ち上がった。
「恐ろしいです。だからこそ、学ばねばならない。上達せねば、手加減など出来よう相手ではない、貴女は。わたしは、願うことなら正しい剣になりたい。総司さんを苦しめた数々の殺しではなく。わたしは、……新しい沖田総司に、なりたい。」
沖田総司は、今度は自らが考えさせられた。
「新しい……わたし?」
お瑠璃さんには、総司の苦しみが視えていた。
「総司さんは願っている。愛する人を殺めたくない貴女。優しくて苦しまれた、貴女。だから、悲しみから、人を捨て、貴女は剣になられた。ならば、わたしは総司さんの願った、また違った道へ。心ある良き剣になりたいのです。心が折れては剣は折れます。この、わたしの未熟さ故に折れた、大和守安定のように。」
沖田総司は自身の手の平を開いて、見つめた。
確かに、願ったことが一度も無い訳じゃない。
だが、現実には、そんな道は無かった。
「剣に、心は……報われないとしても、ですか?」
沖田の手は真っ黒だ。
仲間殺しの、血塗れの手だ。
「報いがなくとも。悲しみを、捨てない。心を、壊してはなりませぬ。」
お瑠璃さんは、強い人だ。死を、背負っていけるのかもしれない。
沖田は納得がいってしまった。
しかし、反抗し、突っぱねた。
「それは、違います!」
お瑠璃さんが、正しくとも。
沖田の優しさは、沖田を苛む災厄だったのだ。
「お瑠璃さん。貴女に出会うまで、わたしは悲しみから逃げたし、人を捨てたのは確かです。しかし、死の涙を割り切って、前に進んだ。貴女が正しく心ある剣であっても!その優しさは、剣を曇らせますよ!かつて、芹沢鴨はわたしに正しさを失うなと告げた。山南敬助は、わたしの優しさと明るさは美点だから、失うなと。みんなみんな、むちゃくちゃじゃないですか!わたしは剣だ!優しければ人など斬れはしないのに!残忍な心無き剣だからこそ、明るさを保てた!!狂い出したからこそ、呑気に笑ってられるんです!!」
お瑠璃さんは沖田の苦しみを思い、でしゃばりはしなかった。
今、否定しては、沖田総司の否定になるからだ。
「総司さん……だから、貴女はあんなに美しかったのでしょうか。赤い椿に囲まれた、無機質な剣だから、剣を語り美しく笑っていられた。わたしは、貴女の自己防衛を、否定は出来ません。それは、優しさ故に思い悩んだ結果でしょうから。わたしは、貴女の苦しみに寄り添いたい。」
沖田は指導しているつもりで、お瑠璃さんを悩ませた。
「心を捨てるべきです、お瑠璃さん。貴女が、自分を守る為に。わたしもお瑠璃さんを恋しく想う、寄り添いたいのです。わたしは貴女にまで、あの地獄を味わってほしくはありません。優しさは、剣にとって苦しみそのもの。剣は時に非道でなくてはならぬ。」
お瑠璃さんはボヤいた。
「わたし達が魅せられた剣は……まるで、仏様を悲しませるかのよう。」
沖田は漆黒の眼差しで、お瑠璃さんの両手を自らの両手で覆った。
「大丈夫。鬼も仏も、わたしが斬り捨てる。地獄の果てまで、貴女を連れて行く。」
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