4-1-2
屯所の夜中は静かだった。
皆が出かけていた。
そこに現れた騒音の主。
「ンンンンン!!美・少・年!!センサーッ!!……何故だか最近、拙者のセンサーは調子が悪いな。妨害電波か?独り寝の夜は寂しく候、宵には美少年こそが至高なのだッ!!あぁっ!拙者のホットな接続部が美少年を求め血湧き肉躍るッ!!いざいざ、参らーんッ!!」
廊下を徘徊する武田観柳斎がやかましくて、すっかり沖田は眠気が覚めてしまった。
武田は美丈夫の沖田を目指してセンサーを巡らしたのかもしれないが、引っかからないのは沖田からしたら当然だ。
(武田さん、うるさかったなぁ。もう、眠れなくなってしまった……)
沖田は酒に弱く、甘酒ですら酔っ払って、頻繁に外の厠に通っていた。
酒はすぐ尿意に繋がるのだ。
しかし、外の厠は寒過ぎた。
「ゲホッゲホッ……か、厠の冷えが、すごい……。尻なんか出してたら、具合が悪化する……!」
冷える尻。今度は腹まで痛くなりかねん。甘酒程度で酔う体質を恨むしかない。
「あぁッ……お戯れを!」
沖田は振り向いた。
屯所の寝床で、隊士が二人、絡み合っているではないか。
「良いでは無いかッ!!お主は武田観柳斎殿にも肉体を許したのであろう!?俺も、お主が欲しいッ!!!」
「あっ……いけませぬ、いけませぬぅ……ッ!!」
修道現場だ。
大変だ。
沖田は顔を真っ赤に染めて、厠から走り去った。
武田さんの愛人が、さらに別の隊士に……!
助けてあげるべきだったが、恥ずかしくて、立ち入れ無かった。
そもそも、武田観柳斎はまたしても、風紀を乱したのか。
そしてがむしゃらに走るうちに、気づいた。
あの道を通らねば、寝床に帰れないではないか。
「ゲホッゲホッゲホッ!な、なんて場所で修道してるんですか!寒いけど寝床に帰れないし……。仕方ない、愛剣だけはある。素振りでもしに行こう……。」
沖田は、屯所を出て、冷える外気に咳き込みながらも、昼間に近所の子供たちと遊ぶ浅瀬を目指した。
ふいに、気づいた。
先客だ。
素振りの先客とは、珍しい。
近づいて見て、沖田は驚いた。
「はっ!はっ!はぁッ!!」
低い声だが、素振りをしているのは、女の人だ。
この時代に、女性は剣を習えない。
伊東の言う通り、まだ日の本は時代錯誤なんだろう、と、沖田は考えていた。
だが、この女の人には、未来が芽吹いているではないか。
中々の素振りだ。
きちんと教え込めば、そこそこの使い手にはなるだろう。
女の人は素振りを止めた。
ふいに、沖田は目が合って、びっくりした。
「……いっ!?ゴホッゴホッ、お邪魔でしょうか?ゴホッゴホッ」
「滅相もございませんが……」
女の人は沖田に歩み寄り、自らの牡丹の羽織りを、沖田に羽織らせた。
「えっ!?よ、良いのですよ!?貴女の羽織を奪う訳には参りません!ゲホッゲホッ」
「……お寒かったでしょう。寝間着でここまで歩く事情がおありで、ご病気患いの方。実は最初から、咳は、聴こえていましたが……素振りの千回目が近く。故、お待たせ致しました。」
沖田は素振り千回目と聞いて、目を輝かせた。そして早口になる。
「その剣への執念こそが素晴らしい!持久力とやる気だけが、剣の才気を伸ばす秘訣ですから!中々の素質のある素振り、見事でしたよ!町人が日々仕事に追われながら、限られた時間に素振り千回は、さぞかし鋼の意思がおありでしょう!それに、おなごにここまでの向上心があるとは、感服致しました!剣に性別の垣根など一切ございませぬ!よろしければ、わたしが剣を手ほどき致しましょうか!?」
女の人は、唖然と沖田を見て、やがて笑った。
「あはは……ふふ。」
「あれ?どうしましたか?」
「無礼を、お許しくださいね。剣への姿勢があまりに美しい方。おなごのわたしに、剣の手ほどきを頂けるとは、わたしは幸運者です。ですが、貴方様は、何故か寝間着で現れて咳き込んでらして、羽織を申し訳なさそうにしてらしたのに。剣の話ではまるで別で、生き生きとしていらっしゃる。輝く眼差しが、無邪気な幼子のよう。わたしも三度の飯より剣を愛しますから。とても、好ましく思えまして。」
「えっ……!?そう言えばそうです、失礼をしました!まずは羽織をお返しし、ゲホッゲホッ、わたしの剣をどうぞ。剣とは片刃、刃の側面を意識しながら、ぜひ素振りの参考に致して、ごっ……ごばぁッ!!」
沖田が嘔吐した。
嘔吐というか、ほぼ吐血だ。
女の人は、沖田に渡された剣を抱え、何やら沖田を支えたいが、沖田の大事な剣を落とす訳にもいかず。オロオロしながら、沖田の腰周りを探った。
「無作法お許しください。まずは鞘を、失礼して……」
女の人は沖田の鞘に剣を納めてから、沖田の背中をさすって、肩を貸した。
「大変、お具合が悪いご様子。嘔吐に大量の血が混ざっておりますよ?……結核の疑いが。わたしはお会い出来ただけで満足です、わたしが責任持って、貴方をご自宅まで送りますね。」
沖田は恥ずかしさに半泣きだ。
「大変失敬致しました。貴女の羽織りが台無しに。弁償致します。これは、持病の方では無くてですね……実はわたし、甘酒で酔っ払ってしまい、眠れずに厠に通っていました。そこで、修道の営みをしてる隊士らを目撃してしまい、恥ずかしくて逃げているうち、寝床に引き返す道を失い、ここへ参りました。今は帰れませぬ。嘔吐は、甘酒によるものにて、酔いは冷めましょう。見苦しいものをお見せして、申し訳ないですね……。」
「真っ正直なお方であられますね。嘔吐というか吐血というか……そこまで幼くはないでしょうに、酒も女も、修道も、嗜まれませぬか。」
沖田は、まだ酔っていたのか?
それとも、この女の人だから、話したくなったのか?
そうだ。
沖田は彼女に、自身を重ねて見ていたのだ。
剣を愛する、自分のように。
真面目な眼差しで、尋ねた。
「剣を志すおなごの方。名を、何と申されますか?」
「浅井瑠璃、と。日中は働きに出ている、貧しい医者の娘に、ございます。」
沖田は、真摯に応えた。
「お瑠璃さん。剣の道に、医者の家だのおなごだの、関係ありませんよ。わたしは新撰組一番隊組長、沖田総司と申します。わたしにはみつという姉がおり、姉は婿を迎えて家督を継ぎました。わたしは、父、勝次郎の夢であった武士道を継いだ、おなごの生まれにございます。父が早く死に、九歳から道場で暮らし、剣を学んでおりました。幸い背が高く、声も低いので、男で通しておりますがね。」
お瑠璃さんは瞬きした。
「噂に名高い、天才剣士殿であられましたか。父が常々、わたしと同じ剣馬鹿だと、話しておられました。沖田総司様は、おなごだったのですね。ならば、わたしは貴方様のお休み場所に、もっと相応しい場所を選びます。もはや、遠慮致しませぬ。」
沖田は抱えあげられ、びっくりした。
「ん?んん!?ちょ、お瑠璃さん!?」
沖田だって修行の成果で、デカいし筋肉質で充分重たいはずだ。
それでもお瑠璃さんは沖田をどんどん運んで行ってしまう。意外に、この人は力持ちだ。
お瑠璃さんの選んだ場所は、沖田の見た事の無い穴場だった。
わからない。
でも、綺麗な場所だ。
「冬場に、花が……?花は何処かで見た事があるような?何ですか、この木は?季節を間違えてるんじゃないですかねぇー?」
お瑠璃さんは、花々が咲いた木の元に沖田を座らせた。
「総司さんは、本当におなごの知識は無いのですね。この木は、冬場に咲く椿の花です。おなごによっては、だいたい十一月から椿の柄の着物を着て、咲くのを待ちかねます。わたしが総司さんから剣を手ほどき頂けるならば、此処が良い。」
「へー!ひとつ、勉強になりましたよ!お瑠璃さんが此処が良いならば、そうしましょうか!行っきますよー!!」
沖田は剣を鞘から抜き、お瑠璃さんに握りを教えていると、夜風が吹いて、花弁が散る。
「握りはこう。刃は下に向けて、前に歩む……あ、お花が。」
頭から花弁を払うお瑠璃さんだが、別に、払わなくても良いような。
不思議な気持ちがした。
花弁をかぶった彼女は美しく、払わないで欲しい気がした。
「花は、払わなくて良いかもしれません。似合っていらっしゃいますよ?わたしは剣に夢中過ぎて、今更気がつきましたが……お瑠璃さんは、たいそうな美人の方なのですね。花が良く似合います。」
「え?……まさか。ふふふ」
「あれ?お瑠璃さん、わたし本当にそう思ったんですがねぇー。」
沖田はふくれた。
お瑠璃さんは、花開くように微笑んだ。
「いえ。妙な話があるものだと、思いまして。わたしなぞ、総司さんに比べたら、京にはそこそこいる程度の手合いでしょう。わたしは、総司さんは凛々しく美しい剣士であられるから、おなごと秘密を打ち明けて下さった時、迷わずこの内緒の場所に案内致しました。この椿の赤い花々は、さぞかし、綺麗な貴方の引き立て役に相応しかろう、と。」
「えぇっ!?」
沖田は真っ赤に染まってしまい、たじろいだ。
「わたしが美丈夫って話ですか。伊東さんに習った周りの評価の対訳は、すぽうつまん しっぷ!たふ がい!て話ですよね?美しいとか綺麗は無縁な輩ですよ?」
お瑠璃さんは感心した。
「まぁ。英語をお習いですか?わたしの父も西洋医学の解読の為に、苦戦しておりますよ。スポーツマンシップは、確かに総司さんの志しの美しさのひとつかと。ですが、それは今、わたしが言いたいことではありませんね。」
変なの。
おなごとして、褒められたのか?
別に、美形だ、好青年だー、くらい言われるのは、慣れているはずなのに。
「お瑠璃さん。それは……男としてのわたしですか?おなごとしてのわたしですか?」
「男でもおなごでもある、沖田総司としての、貴女の美しさ。そして、剣に向き合う、その美しい生き方です。まるで、貴女自身が美しい銘刀のよう。椿に囲まれた銘刀は、人を超えて美しい。」
沖田は、異様にしっくり来た。
それは、一番求めていた評価かもしれない。
「そうならば、嬉しい。わたしはある頃から、第三者としてわたしの一喜一憂を見てきた。悲しみも、涙も、無に帰すものだから。剣とは、使い道次第の道具です。正しき剣なら名刀に。悪しき剣ならば、妖刀にもなる。使い手は一人。剣は、常に技を磨き続けるのみ。わたしは、血に汚れようが、曇り無き剣でありたい。美しいひと振りでいたいのです……病であろうと、汚れ仕事であろうと。人では無く、美しい剣のように。」
沖田は我に返り、苦笑した。
度重なる粛清からの、現実逃避やもしれなかった。
「ははっ!おかしな話ですよね。少し、人間であることに、疲れたのやもしれませんが。」
お瑠璃さんは、熱く沖田を見つめた。
「わたしは、剣に魅せられたのかもしれません。人であることに、くたびれてしまわれた、総司さん。貴女は……剣でも、恋をしますか?」
沖田は再び真っ赤に染まるが。
しかし、真摯に考えた。
この人は、こんな珍妙な娘の自身に、好意を寄せてくれる。
それに、自身とて、彼女に惹かれるものがある。未来が芽吹く人だ。だから、おなごだと打ち明けたのだ。
ならば、真面目に応えねばなるまい。
「わたしが剣だとわかっていて、貴方がそう仰っるならば。剣は、恋とて、するやもしれません。ですが、剣の妄念は、愛でも殺意でもある。とても険しい茨の道ですよ?」
「わたし達が、おなごだからですか?それとも、総司さんが、剣の信念そのものだから、ですか?」
「後者です。愛情には、おなご同士くらい関係ないです。お瑠璃さん、わたしは剣だ。同じ道を往くならば、貴女も、剣であらなくてはなりませんよ。正しく悪を断罪する剣となるか。はたまた、悪逆非道の殺しの剣となるか。すべて、貴女次第です。今のお瑠璃さんは、まっさらな刀身なのだから。」
お瑠璃さんは、深く理解し、総司に借りた剣を眺めた。
「わたしも、剣になる……。いえ。わたしが、剣になる!!教えて下さい、総司さん!わたしに、剣の道を!」
沖田総司は自分のこと以上に嬉しく、眼差しを輝かせて剣を語り、教え込む。
恋ゆえの盲目か。
剣としての仲間意識か。
どちらでもいい。
この人を、立派な剣客にしてみせる。
愛しさと、大志で、心が弾んだ。
「わぁーい、ぜひに!請け負いました!!まず、竹刀では無く木刀を選んだのは実に良く、実戦向きです!お瑠璃さんの木刀の扱いであれば、真剣に持ち替えたとて、怪我はしません。わたしがいる日は、わたしの剣で練習なさればよろしいですよ!わたしは実は愛刀、加州清光を折ってしまいまして。今の脇差しは大和守安定、そこそこ名刀ですが、貴女なら折ったりはしません。仮に折れても、買える範囲ですから。大丈夫、二人で強くなってさえしまえば、わたし達の恋に誰にも文句は言えません!わたし達は、一対の剣になりましょうぞ!」
壬生狼チャンバラ
第四話 死が二人を別つとも ー前編ー
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




